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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百九十三話 レイチェルの元へ

 ある日のことだった。


 レハティが森の奥で2ヶ月に1度起きる不安定な人狼化に悩まされている時、不運にも人間の冒険者に出会ってしまった。


 当然、事情を知らない冒険者は恐れ、逃げ始める。レハティも傷付けるつもりもないので逃げる。しかし、逃げる姿を見た冒険者達は一転、攻撃の意思を見せた。


 逃げるレハティの背に矢を射掛け、魔法を放ち、それでも逃げるレハティを追いかけたという。だが人狼化したレハティの足に追いつける訳もなく、命からがら逃げ遂せた。


 見たこともない魔物。レアな素材。そんな風に思っていたのだろう。


 しかしレハティにしてみれば、やはり人間は恐ろしい生き物だと思い知らされた事件だった。


「それから、大好きな風呂も諦めてずっと森で過ごしてた。月日が経つにつれて、自分のこの症状がある程度コントロール出来るようになった。また、町の宿の風呂に入れるようになったんだ」


 そうしてレハティはまた、小金を稼いでお風呂に通いだしたという。


 今もまだ、2ヶ月に1度は森の奥に隠れるレハティ。お風呂が大好きな獣人子は自身の体質と相談しながら生きている。

 でも、温泉島に行けばなんとかなるかもしれない。わざわざお金を稼がなくても島には温泉が湧いているからタダで入り放題だ。僕はどれ程の規模の島か分からないが、活火山の島であれば溶岩なんかで面積は広がっているだろうし、それなりに広いんじゃないかと考えている。そうすれば、レハティが森の奥に住んでも人に邪魔されずに生きていけるかもしれない。


 なんとかなるかもしれないとは言ったが、どうにも出来ないかもしれない。それでも僕は、あの一人ぼっちの女の子を助けてあげたかった。



  □   □   □   □



 森の小道を歩いていると、前方から人の気配がした。それはもう、よく知った気配。ダニエラだった。


「はぁ、まったく……」

「なんだよ。出会い頭に溜息か?」

「こんな紙切れだけで出ていくなんて今後はやめてくれ」


 ダニエラの見せた紙には僕の書き置きが書いてあった。


『ちょっとルーガルー見てくる』


「場所とか書いてくれないと困るんだが?」

「あ、ごめん。書いたつもりだった」

「はぁぁ……」


 再びダニエラの長い溜息が僕とダニエラの間を流れる。


「で? 会えたのか?」

「まぁな。ちょっと驚く人物だったぞ」


 それから僕はレハティと出会った経緯をダニエラに話した。




「なるほど。それでレイチェルの空間魔法でレハティを温泉島に連れて行ってやりたいと」

「あぁ。出来るかな?」

「それはレイチェル次第だろう」


 僕は鞄から取り出した玄関空間への鍵をダニエラに渡す。


「別に私じゃなくても良いと思うんだが」

「まぁ、ほら。何となく」

「よく分からんぞ」


 と言いつつ、魔力を込めた鍵をその辺の空間に差し込むダニエラ。すると空間は縦に裂け、あの裏路地が向こう側に見えた。


「じゃあ行くか」

「おう」


 2人で裏路地へと足を運び、すぐ傍の窓を開く。


「レイチェルー。居るか?」

「ん? あぁ、朝霧か。何か用かの?」

「お、居た居た。ラッキー」

「人をラッキービースト扱いするでないわ」


 窓の向こうの居間で卵かけご飯を食べていたレイチェルだ。僕とダニエラは勝手知ったる他人の家と言わんばかりに靴を脱いで入り込む。改めてこの空間魔法の凄さを知る。なんてったってこの落ち着く感じ。まるで我が家だな。


「今日はちょっと相談があるんだ」

「ふむ、聞いてやらんでもない」


 素直じゃないなぁと思いながらも、ダニエラに話した内容と同じ話をレイチェルに聞かせた。


 レハティの過去。経緯。そして現在。それらを事細かに話し、そしてレイチェルにして欲しいことを伝えた。

 その間、レイチェルは箸を置いてジッと僕を見ながら話を聞いてくれた。こういう真摯な所が僕がレイチェルに対して信頼を置く理由の一つだ。お陰で卵かけご飯は乾いてしまったが。


「……ふむ。大体の話は理解した。そしてワシの出入り口の中には温泉島がある。風呂はワシも好きでな」

「マジか! じゃあ、お願い出来るか?」

「あぁ、良いぞ。ただし、条件がある」

「条件……?」


 レイチェルが求める条件……何だろう。一夜を共に過ごせとかだったら凄く、その、困る。


「何を馬鹿な妄想しておるんじゃ……」

「何を言う。僕はいつも真面目だ」

「阿呆な顔して何を言う」

「愛嬌があるって言えよ!」


 阿呆なやり取りを挟んでいるとダニエラが溜息混じりに介入してきた。


「で……条件というのは何なのだ?」

「おう、忘れておった」


 ポン、と手を叩いたレイチェルが僕を下から見上げるように見てニヤリと笑った。


「朝霧、正式にワシの眷属になれ」



  □   □   □   □



 宿に戻って、5.5階に上がってベッドに倒れ込む。

 夕方頃、南門を外からノックして開いてもらった時は門番達に驚かれたが、考え事をしていた僕は敢えて知らん顔をして通り過ぎた。視界にサラギさんの姿もなかったのもある。

 町の活気も何のその。今の僕には無関係だ。


「どーすっかなぁ……」


 呟く声は誰にという訳でもなく。でも、その呟きはダニエラに拾われる。


「なれば良いじゃないか。眷属」

「んー……」

「私は全く気にしないし、寧ろそこまで気にするアサギのことが心配だな」


 ダニエラが果実水を注いだカップを持って階段を登ってくる。


「僕が心配?」

「あぁ。私に言わせればアサギは小さいことで気にし過ぎだ。そんな事で悩んでいるようじゃこの世界では生きていけないぞ」

「それはそうなんだが……」

「アサギには妥協という言葉が存在しないように思えるな。何もハーレムを築けとは言ってないだろう。恋人は私。レイチェルは盟友。それだけだ」


 ダニエラが差し出すカップに口をつけて唇を湿らせる。


「フィオナが相手ならまぁ、分かる。あれは完全に雌の顔をしていたからな」

「雌の顔言うなや……」

「ローリエも雌の顔をしていた。アレッサの娼婦のリーサも怪しいところだな。怪しいと言えば双子のオリーブとオレガノもだ」

「おいおい。それじゃあ僕がまるで行く先々で女を誑し込んでるみたいじゃないか」

「私はずっとそういう認識だったが?」


 何言ってんだお前、と目で訴えるダニエラ。嘘でしょ、そんな訳ないじゃん……そういうのは松元君みたいな正統派主人公の仕事でしょ。僕には主人公補正は無いのだから。


「だから、私としては今更気にすることでもないし、アサギが今更気にしても遅いって話だ。理解したか?」

「うぅむ……」


 とは言ってもすぐに飲み込めるような話じゃない。僕に言わせれば青天の霹靂のような出来事だ。


「まだ分からないって顔だな?」

「そう、だな」

「なら、分からせてやる。お前がどんなに気にしたって、結局お前は私以外の人間には靡かないんだ」

「あ、ちょ、ダニエラ……っ」


 僕の抗議の声はダニエラの唇に塞がれ、結局翌朝まで僕の反論は封殺されてしまった。



  □   □   □   □



 気怠い朝は何度迎えても慣れない。夜勤前の起床と同じくらい気怠い。が、気分はそれ程悪くはなかった。

 ダニエラの身を挺した説得という快楽に飲み込まれた僕は、ダニエラの男であることを再認識させられ、レイチェルの条件を飲むように気持ちが出来上がっていた。べ、別にダニエラの所有物だってインプリンティングされた訳じゃないんだからね……!


 ダニエラを起こして一緒に風呂に入り、体の汚れを落とす。落としながら汚れてしまったが、また落とせば何も問題はない。

 その後は宿の食堂で朝食を食べ、出掛ける旨を伝えて宿を出る。そして向かうは昨日と同じ南門だ。

 昨日、僕が帰ってきたことで多少ざわついた所為もあってか、僕の姿が見えると、衛兵達が顔を覗かせた。だけどまぁ、気にする程のことじゃない。ただ、通るだけだ。


 森の小道は昨日と同じく、落ち葉に隠れて分かりにくい。けれど、迷うような道でもないので、真っ直ぐに廃村へと向かう。予定通りであれば、先にレハティが到着しているはずだ。


「緊張するな……」

「緊張するようなことでもないだろう?」

「僕は緊張すんの」


 眷属になりに行くのだ。緊張もするわな。ベオウルフの時は全く意識もしてなかったし、眷属であることも分からなかった。でも、今回は全て理解した上で行くのだから緊張で僕は胃が痛かった。




 廃村は魔物に襲われた訳でもなく、ただ、近くに出来たユッカに移り住んだ結果、廃れただけだ。まぁ、こういうのもなんだが、平和な廃れ方だった。

 それでも時々掃除に来る人が居たのか、意外にも家屋は倒壊することもなく建っている。まぁ、ルーガルー騒動のお陰で足も遠のいたのか、落ち葉や土で汚れてはいたが……。


「アサギ!」


 と、そんな建物の中からレハティが出てきた。うんうん。今日も立派な人狼姿だ。


「おはよ。レハティも見覚えがあるだろう。ダニエラだ」

「よろしく。馬車での盗賊退治では世話になった」

「いやいや、私は出来ることをしたまでさ」


 気さくに笑うレハティではあるが、彼女と戦った盗賊は手足が明後日の方向へと折れ曲がっていたのを僕は覚えている。


「さ、向こうでレイチェルが待ってる。あまり待たせると怒り出すからな」


 チラ、とダニエラを見ると、頷いて鍵を取り出した。


「うぅ、緊張するなぁ……相手は伝説の魔物だしな……」

「そうだな……」

「2人して緊張か……アサギはそろそろ腹を括れ」


 ダニエラがバシンと背中を叩いてくる。意外と痛く、ゲホゲホと咳をして、顔を上げた時にはもう裏路地が広がっていた。

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