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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百九十二話 ルーガルーの過去

 昇り始めた朝日がルーガルーを照らす。それはそれは美しい景色だった。思わず見惚れてしまう程に。


「オォォォォン……」


 低く細く、長い遠吠え。それがこのルーガルーの鳴き声だと気付くまで少し時間が掛かった。僕の耳には管楽器のように聞こえていたからだ。様々な楽器が奏でるオーケストラの中で、一番低い音で支える。そんな心に響く音だった。


 思わず、1歩前に出てしまう。警戒しているつもりだが、接触したいよいう心が足を前に動かした。

 そんな僅かな歩みの音でも、あの耳では聞き取られてしまう。


 ルーガルーが此方を見た。


「ッ!?」


 ビクリと震えたルーガルーが僕とは反対に1歩下がる。


「ま、待ってくれ。戦うつもりはないんだ」


 言いながら、嘘臭いなと自分で思ってしまう。なんせ、手には大槍が握られている。


「なんで、お前が……」

「僕を知ってるのか……?」


 僕に人狼の知り合いは居ないが……。レイチェル? あれは神狼だ。


「一緒の馬車に乗ったじゃねぇか。それよりも、なんで此処に居る?」

「は? いやいやちょっと待て。一緒の馬車……?」

「ユッカに来る馬車に乗っていただろうが!」


 キレ気味にルーガルーが吼える。並んだ牙がめちゃくちゃ怖い。


「……え、じゃあお前、もしかして、あの獣人さんなのか?」

「そうだが? はぁ? 気付いてなかったのか?」

「気付かねぇよ!」


 見た目もキャラも全く違うじゃねーか!


 今もボリボリと後頭部……? 耳の後ろ……? を掻くその姿はあのふぇぇ系獣人子とは似ても似つかない。逞しい戦士の様だ。まぁ、あのナックルダスターを付けて戦っていたことを思えば、その点に関しては納得出来るか……。


「はぁ、なんだ知り合いか……」

「私を殺しに来たのか?」

「いや、ルーガルーを一目見たいなと思って遥々やって来たんだよ」


 力が抜けた僕は木のそばに腰を降ろした。のっしのっしと此方へ向かってきたルーガルーはその隣に座る。


「……そういえば名前、聞いてなかったな」

「あぁ、僕はアサギ。ただの冒険者だ」

「ただの冒険者が盗賊を蹂躙出来るかよ……私はレハティ。狼族の獣人だ」


 先祖返りの、な。とレハティは最後に付け加えた。


「私がこんな姿なのも、先祖返りが原因なんだ。お陰で2ヶ月に数度、こうして私は森で姿を隠さないといけない」

「それは大変だな……」

「大変なんてもんじゃねーよ……あー……クソッタレだぜ……」


 夜明け空を見上げながら悪態をつくレハティ。その姿と言動からは、あの時風呂場で逆上せていた子と同じとは思わえない。


「ま、たっぷりお風呂に入れたのは良かったけどな」

「だからって逆上せるまで入るなよ……本当にビックリしたんだぞ」

「あ、あれはその、ちょっと長く入ってたら他の人が入ってきて、其奴が出たから私も出ようとしたらお前が入ってきて出られなかったんだ……」


 獣面をポリポリと掻くレハティ。まぁ、確かに獣耳を見られるのは拙いだろうな……隠れ住む獣人が、高級宿で風呂に入っているとは誰も思わない。それを見越しての強行だったのかもしれないが、まぁ、リスクがデカすぎるな……。


「この姿になったら、すぐには戻れないんだ。大好きな風呂に入られない……なら、その前にたっぷり入りたいと思うのは当然だろう?」

「まぁ、言いたいことは分かる」

「だよな!? はぁ、良かった。私は間違ってなかったぜ……」


 お風呂が気持ち良いのは同意する。僕も大好きだからな。


「なら温泉地帯に行けば良いんじゃないか?」

「温泉かぁ……行ってみたいが、遠くてな……」


 適当に提案してみたが、温泉地帯自体はあるらしい。この辺りには無いらしいが。


「北のアレクシア山脈の端が大陸の切れ目で海になってるんだが、その先にある島が活火山でな。そこは温泉島として有名なんだ」

「あの山脈の端のそのまた先の島ね……」

「な? 遠いだろ? この体じゃ行けねぇよ……」


 あーぁ……と溜息を吐いて落ち込むレハティ。きっと、何度もその温泉島のことを夢見ては落ち込んでいたのだろう。望まぬ特性に悩まされ、お風呂も自由に入れない。普段のあのおどおどした姿を想像すると、なんとも健気に生きているじゃないかと思わされる。


「そういえばお前、何だか狼っぽい雰囲気があるな」

「ん? あぁ、それは……あー、内緒だ」

「ぁあ? いいじゃねーか、教えろよ、この!」


 戯れにヘッドロックを仕掛けてくるが、割と本気でめちゃくちゃ痛い。


「痛い痛い痛い痛い痛い!!」

「あ。悪ぃ」

「お、お前……今自分がどういう状態か考えろよ……」

「すまんすまん。で? なんで狼っぽいんだ?」


 内緒って言ったんだがな……はぁ、言うしか無さそうだ。


「ベオウルフの眷属なんだよ」

「は? ベオウルフ? マジかよ……」

「マジマジ。ちなみに知り合いにフェンリルも居る」

「嘘だろ……伝説の魔物じゃねーか……」


 割と驚いてくれたのに気を良くした僕はレイチェルの存在も教えてやった。なんだか友達自慢しているみたいで情けないが。


 と、レイチェルのことで思い出した。彼奴の玄関があれば遠くの温泉島にも行けるんじゃないだろうか?


「レハティ。フェンリルに会ってみないか?」

「え、会えるのか?」

「あぁ、もしかしたらお前の望みも叶うかもしれない」

「マジで!? 温泉島に行けるのか!?」

「多分だけどな。あんまり期待するな」

「やったー! ありがとうアサギー!」


 嬉しそうにギュッと抱きついてくるレハティ。その体毛の感触は実に気持ちよかったが、あと数分堪能していたら僕は絞め落とされるところだった。



  □   □   □   □



 レハティと明日、廃村で会うことを約束した。そこでダニエラに玄関へと繋いでもらってレイチェルと会う予定だ。予定なので上手く会えるかどうかは分からんが。


「叶えてやりたいよな……」


 約束をしてからレハティは、何故自分が此処に居るかを教えてくれた。




 レハティの故郷はアレッサからほど近い森の奥の奥だそうだ。そこで家族達と仲良く暮らしていたんだが、10歳を迎えた日、レハティの人生は一変した。


 人口の少ない獣人は、村民の誕生日を総出で祝う風習があるらしい。それに習いレハティもまた、村民達に囲まれ、幸せな誕生日を迎えていた。

 だが、その誕生日を祝う儀式の最後。燃える松明を村の広場で組み上げた社に燃え移した時、体に変化があったらしい。

 目の前の火の如く、燃えるような感覚。社が燃え上がるのに比例して、燃え上がる感覚。


 そして、社が全て火に包まれた時、レハティは遠吠えと共に人狼の姿へと変わった。


「それからだ。皆が私を腫れ物扱いし始めたのは」


 呟くレハティの横顔はとても寂しそうだった。


 それから程なく、レハティは村を追い出された。まだ10歳と数ヶ月の子供が森の中で生きていくのは難しい。常に死と隣り合わせの世界だ。

 だが、皮肉にも先祖返りしたレハティはその辺の魔物よりも遥かに強かった。人狼化した際はオークすらも一撃で屠れる程らしい。


 そうして1人で生きてきたレハティは、ある日、行商人に拾われたらしい。死んだ冒険者の衣服で作った帽子を被っていたことで獣人とはバレなかったそうだが、それでも人は恐ろしい生き物だと教わっていた。

 そんなレハティを連れた行商人は町に行った。顔の広い行商人が連れる人間の素性を疑うこと無く通す門番。そして声を掛けてくる行き交う人々。迎えてくれた宿の従業員。


 行き着いた先は浴場だった。普段は濡らした布で体を拭くだけだったレハティは、温かい湯に浸かることの幸せを知った。知ってしまった。


 それからはお風呂が大好きになったレハティ。森で集めた物を行商人に売っては金を稼いで宿に行き、お風呂だけ入らせてもらう。泊まると高いからだそうだ。


 そうして行商人に物を売っては、風呂に入る。しかし、そんな生活も長くは続かなかった。


 ある日、いつもの様に物を売りに来たレハティの帽子が風に飛ばされた。行商人の眼の前で、彼女は獣人であることがバレてしまった。

 慌てて逃げるレハティ。しかし、行商人は追うこともなく立ち尽くしていたらしい。


 翌日。恐る恐るいつもの場所にレハティが行くと、いつもの様に行商人が立っていた。レハティを見つけると、いつもの様に笑顔で手招きをする。

 ゆっくりと行商人の前に出ると、『昨日の分だよ』と、お金を手渡した。

 そんな優しさを受けたレハティは、大泣きしたそうだ。久しぶりに他人から優しくされたのだ。村を追われ、1人、森の中で生きる生活は思っていた以上に心を擦り減らしていたらしい。


「あの時、人間でも優しい奴が居るんだって、知ったんだ」


 そう呟いたレハティはとても幸せそうに笑っていた。


 だが、そんなレハティに再び悲劇が起こる。

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