第百九十話 一本の槍
祝190話です。いつもありがとうございます。
「でさ、シキ。ちょっとこの2本を試してみたいんだけど場所とかあるかな?」
「それなら裏に試し切り用の場所があるぞ。行こうか」
と、武器に目が眩んでいたシキに大凡の武器説明をしてやった後に、この槍が自分の手に馴染むかどうかのテストがしたい旨を伝えた。
武器の素材等、聞いた経緯などを伝えると、別人の如く狂喜乱舞したが、それはまた別の話ということにしておく。
ということで裏庭にやってきた。そこにはまぁ、土地を区切る壁と魔物の皮を巻いた丸太が何本か地面に打ち付けられていた。切り傷や刺し傷があるので、あれが試し切り用の物に違いない。
「じゃあ適当にやってくれ。俺は此奴をもっと研究する」
と、シキは藍色の大剣をじっくりと眺め始める。此奴は結構なマイペースマンだなと感想を抱きながら、まずは水銀氷石の槍を手に取る。ミスリル様の槍だ。
改めて持ってみた感じは悪くない。割と軽めで、長さも僕の身長くらいだ。刃は僕の顔程の大きさで、返しも無く、刺して抜くのが楽そうだ。逆に言えば悪どい傷を負わすことは出来ないが。装飾は凝った物はない。シンプルだ。が、簡素というわけではない。部分に散りばめた浮き彫りがアクセントとなって実に綺麗だった。氷の冷たさ。水の流麗さ。そしてミスリルの神秘的な魅力が、この装飾から感じられる。
「良い槍だな……」
見てて飽きない、美しい槍だった。
ということで《器用貧乏》を起ち上げる。脳内で分割された僕達がそれぞれ槍を持ってお手本を見せてくれる。まずは基本だ。僕はそれに習ってその場で振ってみる。ビュウ、と空気を切る音が何度か鳴る。
「ほう、なかなかの動きだな」
大剣から顔を上げたシキが頷きながら言う。まぁ、お手本に従いながらだからな。体の動きも《器用貧乏》を通して伝わってくるので、ある程度の動きは出来る。ある程度しか出来ないのが玉に瑕ではあるが、そこはそれ。もう慣れた。
シキをチラリと見てから丸太へ向かう。的に当てての実践練習だ。
まずは突く。真っ直ぐに引いた槍を突き出すだけの簡単なお仕事。丸太を突く度に芯から伝わった振動が腕を痺れさせる。
そこから速度を上げてみる。連続の突きを丸太にお見舞いしてやる。突いて抜いて突いて抜いてを繰り返すだけの簡単なお仕事だが、僕にかかれば御茶の子さいさいだ。
「本当に初心者なのか?」
「アサギは大体の武器は扱えるぞ」
後ろのダニエラとシキの会話が聞こえる。基本だけはマシなレベルだ。基本が大事なので僕としては満足だがね。
次の動きはちょっとアクションを混じえてみる。突きでは無く、叩く動き。それを丸太の左右から行う。左から叩いて頭上でくるりと回しながら持ち手を変えて右から叩く。右から叩けばくるりと回して左から叩く。
うん、なかなか様になっている。気がする。
「やるな……」
「うん、良い動きだ」
後ろの審査員からの評価は上々だ。ならば、この動きで良いのだろう。少し槍を使うことへの自信が出てきた。
「さて……」
槍の大体の動きは把握出来たはずだ。簡単ではあるが、標的との間合いや、手にした得物の扱い方も身についた。
では、本番だ。この槍の真骨頂。魔法鉱石由来の真価を発揮させる。
グッと握り、体内を巡る魔力に色を付ける。その色は紺碧。深い青は水を閉じ込めた色だ。スゥッと槍の温度が下がっていくのが掌から伝わってくる。程なく、パキパキと穂先から氷の刃が顕現する。それは、先程のシンプルな刃とはまた違い、大きな返しの付いた両刃の刃だ。触れれば相手を凍てつかせ、刺されば簡単には抜けない。ずっと起動している《器用貧乏》先生からはそんな様子が配信されていた。
ピシッと、その音を最後に槍の変化が収まる。改めて見るとその変化は劇的だ。透き通るような槍は白一色となり、刃も攻撃的な姿に変わった。装飾の一切は氷の中に閉じ込められ、シンプルではあったが優美な槍は、シンプル故に戦う為だけの槍となった。
ふと、何のきっかけもなくイヴが二種類の属性の魔力を流して魔法を発動させていたことを思い出した。この槍も複合属性だ。もしかしたら面白いことが……出来ないと、《器用貧乏》先生が教えてくれる。残念だ。
「やるな……」
「うん、良い槍だ」
ポンコツ審査員が槍を見てうんうんと頷く。流石にこの槍で丸太を突けば、酷いことになるのでその場で魔力を霧散させた。詳しく言うと、この槍で突いた丸太はガチガチに凍って崩れた。或いは、槍を通して流れた氷の魔力により、中から無数の氷槍を爆発させた。どちらにしても無残な丸太の最期だった。
「良い槍だろう?」
シキが言う。僕はそれに頷く。正直、ここまでの物とは思わなかった。氷魔力上昇のポイントが高いのだろうな。
そうなるとこの水銀氷石の槍が一番に見えてくる。が、候補者の審査は最後までがモットーな僕は、もう1本の槍を手に取る。霧氷石の槍だ。
「次は此奴を試してみるよ」
「あぁ、存分にやってくれ」
シキの許可を得たので試すとしよう。霧氷石の槍は先程の水銀氷石の槍と違って槍自体が攻撃的なフォルムだ。刃の返しは最初から装備済みだし、その刃自体も大きい。僕の頭の天辺から胸くらいまではある。この刃なら切るという動作も出来るだろうな。
そして刃に見合ったサイズの柄は、僕よりも大きい。僕が170後半(だと思いたい)くらいなので、恐らく2mくらいだろうな。
槍への装飾もまた別物だ。刃の根本、鍔の部分に空けられた左右の穴にはリングが通され、そこから長い青色の装飾布が靡く。左右で2本。風に舞う姿が美しい。石突の部分は研磨され、透き通った鉱石が嵌められて、攻撃力は無さそうだが、結局硬そうなので当たると痛いだろう。
水銀氷石の槍と違い、装飾が多い霧氷石の槍。そうなると重量も増え、取り回しもまた変わってくる。間合いも感覚も変わり、槍という種類は変わらないが、扱い方は別のものだった。
先程掴んだ感覚との違いに戸惑いながらも丸太を突く。抜くことを意識しながら突くのを繰り返すべし、と脳内映像から伝わってくるので、その通りに体を動かすと、なるほど、一連の流れの淀みが薄まった。
次は叩く動作から切る動作へと変わる。ここは大剣での技術に助けられた。切る時、というより、薙ぎの動きの際に腰で振ることに力を入れると、思い通りの動きへと変わった。やはり重く、長い分だけで違いが出る。水銀氷石の槍で得たコツが固まる前にこの槍に触れられて良かったと心から思う。まだ柔軟な槍常識が覆されること無く、混ざりあった。
「アサギ君の槍捌きは天性のものだね……」
「まぁ、アサギだからな」
ダニエラの意味不明に思える返事も、《器用貧乏》というユニークスキルの知識の有無で意味が変わってくる。知識無しで聞けば、ただの惚気である。
「問題はここからだ」
僕は1人呟く。手には馴染んだ。扱い方も学んだ。様々な違いを知り、そして最後に魔力を流す。体内で練り上げた氷属性を流す。すると、驚くほどにスムーズに魔力が伝達し、パキィン、と透き通るような音と共に、あっという間に鉱石の槍は氷の槍へと変化した。
刃の返しが鍔より下へと伸びる。突いても切っても痛いのが目で見て分かる。その鍔から垂れる装飾布は青から紺碧へと色を変え、チラチラと氷の粒が舞う。さながらダイヤモンドダストだ。
柄は白い半透明から、真っ白へと変わる。霜のようにも見えるが、冷たさはない。その白さは石突まで覆っている。
純白の槍。そこへ差し色として紺碧色が乗ると、いっそうその純白さが引き立った。溜息も漏れる程の美しさだった。まるでそこで見ているダニエラのようだ。
「綺麗だな……」
「良いだろう。その槍はなかなか扱える人間が居ないが、アサギ君はまったく問題ないな。誰よりも上手く扱えている」
ミスリルの有無でここまで変わるのだろうか。大自然の力、なんて茶化してはいたが、その凄さを身をもって知った。
そして、知ってしまえばこの槍以外の選択肢は無くなってしまう。
「シキ、この槍にするよ」
「良いのかい?」
「あぁ。この槍が良い」
「まいどあり……ふふ、良い顔をするね」
シキが僕を見て微笑んだ。頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。するとそれにダニエラが続いた。
「実に楽しそうに笑っていたぞ?」
自覚はないが、自覚してみると確かに僕の頬は緩んでいた。何だか恥ずかしかったのでキュッと口を結んでやった。
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屋内に戻り、シキに金貨300枚を支払う。そして手に入れた槍を一先ず、虚ろの鞄に仕舞った。
「ありがとうシキ。君のお陰で良い槍と出会えた」
「こちらこそだ……アサギ君。君の望む物を与えられて職人冥利に尽きるよ」
ギュッと握手し、そして店を出た。今日は昼頃からの活動となったお陰で、もう夕方だ。でも、有意義な一日を過ごせた。
あと一週間。そう思うと少なく感じる。尤も、その大半の原因は僕にあるのだが……。まぁ、それももう過ぎた事だ。今更後悔したって時間は戻らない。そう、僕は前を見て生きていくだけだ。
明日からは本腰を入れるつもりだ。この町に流れる噂。ルーガルー。それをこの目で見たい。その旨をダニエラに伝えると、同じ気持ちだったらしく、すんなりと明日からの予定が決まった。さぁ、そうと決まれば宿へ帰ろう。
明日が、待ち遠しい。




