第百八十九話 三本の槍
「店の奥には秘蔵という程でもないが、まぁ、良い武器がある……お前さんみたいな冒険者に売る用のな」
店主はポケットに両手を突っ込みながら進む。ちょっと猫背な所と口調に気怠さが滲み出ている。
「あぁ……悪い。俺は店主のシキだ。お前さんの名は?」
「アサギです。よろしくお願いします」
「敬語なんて怠いのは無しにしよう……ほら、此処だ」
シキが開いた扉の奥にはズラリと並んだ武器の山。どれも素晴らしい出来なのが僕にでも分かる。これは当たりを引いたな……。
良い武器を売り、儲かっていても建物を立て直す気も起きない程に武器造りにのめり込む……そんな職人こそが素晴らしい武器を扱っているんだ。
「これは凄い……」
「分かるか? まぁ……その辺の職人には出せないレベルだと自負はしている」
薄っすらと笑うシキ。自慢げな笑みなのに気怠さが見えるとは難しい表情をする……。
「槍だったな……こっちだ」
再び歩き出したシキの後ろをついていくと、木製のラックに幾つもの槍が立て掛けられていた。
鉱石由来の槍は刃が綺麗な色をしていた。シンプルだが、細かい部分まで気を遣っているのが分かる。
魔物由来の物はワイルドな見た目で、刃以外の部分でも致命傷が与えられそうな装飾が目を引く。
「ふむふむ……」
「気に入った物はあったか……?」
「鉱石由来の物が良いな」
大剣は魔物由来。片手剣は鉱石由来。短剣は謎の出土品だ。水属性が色濃い大剣は戦っていて楽しかった。今は水刃化しか出来ないが、上手く《器用貧乏》を使えばもっと別の形での運用法も見つかると思う。ただ、大剣の扱い方を学ぶ為、それと属性剣の扱い方を学ぶ為に凝った事はしてこなかった。
片手剣はひたすらに硬い鉱石、『鎧鉱石』で出来た剣だ。多少、無茶な扱い方をしても折れないし、欠けない。鍛冶屋に出してもちょっとの手入れで済んでしまう。不寝番の時はこっそりと砥石で手入れしたりして節約しているが、それでも何の問題も無いレベルの剣だ。
短剣に関してはそれ程使った場面は実はあまり無い。補助武器だしな。ただ、二刀流として片手剣と短剣を手に戦った時は実に扱いやすい物だなと感じた。短剣で相手の攻撃を防いでもガッチリ防御してくれるし、攻撃に使っても切れ味は折り紙付きだった。
こうして今は3つの武器を扱っている僕だが、鉱石由来……それも、属性付きの物はまだ使ったことが無かった。片手剣は鉱石由来だが無属性だ。ただ硬いだけと言ってしまえばそれまでだが、そここそが魅力ではある。
ならば、次に使う武器、槍は、鉱石由来でありつつ、属性付きの物を使いたい。ずっとそんなことを考えていた。
「そうか……鉱石で属性ね。アサギ、お前さんの得意属性は?」
「氷と水だ。あと、火もステータス上は表示されてはいるが……」
「氷と水じゃあ、火なんてカスみたいなもんか……」
くっくと笑うシキではあるが、まぁ、否定はしない。湯を沸かすだけで相当な魔力を持っていかれるのだ。運用は難しい。
「じゃあ氷と水のどっちかだな……」
「大剣を持ってるんだが、それが水属性なんだ。だから氷系の槍が欲しいな」
「ん? 大剣も持ってるのか……」
今は腰に片手剣、鎧の魔剣しか下げていない。大剣は虚ろの鞄の中だ。
「見る?」
「あぁ。片手剣も見てみたいな……っと、それより槍だ。氷のはそこの3本がそうだな」
興味津々のシキが指差した槍は透き通った、まるで硝子のような槍と、白い半透明の槍。それと、薄い青を主体とした槍だ。
「じっくり見ても良いか?」
「あぁ、気の済むまで見てやってくれ……ところでアサギ」
「まぁ待てって。今渡すから」
うずうずといった雰囲気のシキに苦笑しながら剣帯から鎧の魔剣を外し、それから虚ろの鞄を開いて足切丸と藍色の大剣を取り出す。
「良い鞄だな」
「まぁね」
此奴との付き合いも長くなったもんだ。ますますボロ……いや、ヴィンテージ感が出てきている。
シキに剣を預け、そして鑑定眼鏡を取り出した。
「目が悪いのか?」
「まぁ、ちょっとね。無くても大丈夫なんだが、良い槍だからじっくり見たい」
「そうか……嬉しいことだな」
剣を抱いたシキが気怠げに微笑む。
「じゃあ俺は向こうの……カウンターで剣を見てるよ。ゆっくり見たいからゆっくり見てくれ」
「あぁ、ありがとう」
槍コーナーの前でシキと別れる。心なしか、シキの足取りが軽かった気がするが……今はこっちだ。
「どれどれ……」
まずは硝子の槍を鑑定眼鏡で見つめる。
『水銀氷石の槍 銀魔石と氷鉱石と水鉱石の合金製。氷属性の魔力上昇。水属性の魔力微上昇』
ほう、ミスリルと氷鉱石と水鉱石が混ざったらこうなるのか。銀魔石と表記されてるように、魔法的なアレが混ざっているらしい。詳しい仕組みは分からんが、良い物だろう。
うん、なかなか素敵だがまだ槍はあと2本ある。次は半透明の槍を見てみよう。
『霧氷石の槍 霧氷石製の槍。氷属性の魔力微上昇。水属性の魔力微上昇』
ん? 見たことのない鉱石が出てきた。その文字、『霧氷石』を注視してみる。
『霧氷石 氷鉱石に何らかの理由で水鉱石が混ざった物。銀魔石の仲介無しに混ざることは滅多にない』
ということはやはり水銀氷石はミスリルの作用で氷鉱石と水鉱石が混ざった物のようだ。というより、それこそがミスリルの力なんだろうな。
そしてこの霧氷石。ミスリルの作用を無い状態で混ざった鉱石らしい。自然発生した物なのだろうか? かなりの激レア鉱石だと思う。
レアとか限定に弱いことに定評のある僕ではあるが、まだ焦るような時間じゃない。3本目を見てみよう。
『蒼氷星槍 氷結晶と隕鉄の槍。氷属性の魔力上昇』
色々凄いが、まずは氷結晶だ。
『氷結晶 氷鉱石が長い間、紺碧龍脈に晒され、変異したもの。氷属性の力を上げる効果がある』
なるほど。紺碧の魔力の中に浸り続けた氷鉱石か。そしてそこに隕鉄……つまり、空から降ってきた石で組み上げたと。浪漫と浪漫を掛け合わせた槍……恐るべき槍だ。
「うーん……流石に迷う……」
「決まらないのか?」
「おぉ!? 居たのか……」
「ずっと居たが……?」
いきなり後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くと鑑定眼鏡を掛けたダニエラが立っていた。ずっと声が聞こえなかったから何処か見に行ったのかと思ったよ。
「眼鏡掛けてるなら分かるだろう? 正直、すっごい悩んでる」
「まぁ、どれもが珍しい素材から作られた槍だからな」
値段もそれなりにするみたいだしな、とダニエラが顎で指した場所を見ると、小さな値札が下がっていた。
『金貨260枚』『金貨300枚』『金貨350枚』と、見た順に並んでいる。全部買うというのは難しい相談だな。足りるが、足りるからと言って買ってしまえば後が大変だ。金貨5000枚(予定)があるとはいえ、5000枚になるとは限らないからな。夜勤生活が長かった僕は、現金を見て余裕を感じたいのだ。財布の中が寂しい生活なんてもう御免だからな……。
「安かろう悪かろうという言葉が僕の世界にはあったが、此奴等はどれも高い。高い中での安さなんて比べても意味のないことだな」
「高いからと言って良い物とも限らんがな。まぁ此処にある槍はどれも良い物だが」
そう。だから迷うのだ。迷いに迷って、熱が出そう。
「んー……氷一辺倒というのも何だか味気ない」
藍色の大剣が水属性のみだったからな。あれに紺碧の魔力を流すとどうなるか、《器用貧乏》でシミュレーションしてみたが、何も起こらなかった。
「複合属性というのも浪漫がある」
「ということは水銀氷石の槍と霧氷石の槍の二択か」
かたや、ミスリル様の御力で合成された槍。かたや、大自然の御力で合成された槍。うーん、かなり迷う。
「此処は一つ、実際に使ってみるとしよう」
うん、まずはそこだろう。名前ばかり見て悩んでも仕方ない。ということでシキに話をつけに行く。
カウンターに向かうと、そこには気怠さなど微塵もないハイテンションなシキが藍色の大剣を様々な角度から見ていた。
「おいおいおいおいおいアサギ……! 此奴は何だ!? すげぇもん持ってるなおい!」
「あー、うん。まぁ、凄いよね」
一番凄いのはお前の変容ぶりだけどな。
ルビ回です。




