第百八十八話 アサギの失態とアサギの槍
翌朝、僕は森樹亭の5.5階で目を覚ました。起き抜けの頭で辺りを見回し、ちゃんと帰って来れたことを確認する。隣ではダニエラがお腹を出して寝ていたので掛け布団で隠してやった。
昨夜摂取したアルコールも全部抜けてはいるが、騒いだ疲れはまだ抜けきっておらず、気怠い体を動かして階段を降り、風呂場へと移動した。
昨夜は花提灯で酒を夕食を楽しんだ後、ナナヤの悪ノリに付き合わされてホストクラブへと足を運んだ。この世界にもこんな店があるのかとか、何で僕がこんな店に行かねばならんのだとか、色々あったが、結果、楽しかった。
おかしな話だ。僕はホスト達に囲まれていた。何でも、僕が二つ名持ちの冒険者ということで今までの冒険譚を聞きたいだとかでだ。お前等は女の子の相手をするのが仕事だろうとぼやいたが、酒の力が僕を調子に乗らせた。持ち上げ上手なホストに囲まれ、ダニエラとナナヤとアエネウスの声援に後押しされながらまるで主演俳優のように身振り手振りを加えながら、話してやった。それはそれは大盛り上がりで、結局夜更け過ぎまで馬鹿騒ぎしてしまった。
そしてダニエラと共にふらつきながらの帰還だ。半分意識が無かったので今朝、無事に着いていたことを確認した訳だな。
「はぁぁ……喉痛い……」
湯船から上がり、体を吹きながらぼやく。結局、自業自得なのだが、独り言くらい言ったって罰は当たらないだろう。
綺麗な服に着替えて風呂場から出るとダニエラが降りてくる所だった。
「おはよ」
「ん……」
8割程閉じた目を擦りながら返事するダニエラからは覇気と言ったものは感じられない。ただ、ちょっと駄目な子感が出てて可愛い。いつの間に買ったのか、ちょっと大きめのパジャマの袖で隠れた手が非常にポイントが高い。萌え袖いいね!
「まだお湯、温かいから入ってきなよ」
「わかった……」
ボソリと呟いたダニエラが風呂場に行くのを見送ってからソファに座った。窓の外はもう日も高く、随分と寝過ごしてしまったことを教えてくれる。
「今日で6日目か……」
また1週間もしたら旅立つのかと思えば忙しなく感じる。だが、1週間もあれば観光が出来るとも言える。なんてポジティブに捉えてみるが、5日も無駄にしたのは僕だった。何とも言えない。
さて、今日は何をしよう。観光とは言ったが特に見て回るような用事もないとも言える。アスクではダニエラの服を見繕った。ついでに僕のも。防具に関しては帝都でということになっている。此処、ユッカで竜種素材を扱える店を見つけても残り1週間と考えると難しいだろう。僕の防具は出来合いの物だったから時間は必要無かったが、1から作るとなるとそれなりに時間は必要なはずだ。どれくらいかは分からないけれど。多分1ヶ月くらいだろうか?
「あ、そういえば……」
そうそう。自動人形を鞄ちゃんに仕舞いっぱなしだった。あれの確認をしてみよう。
僕は5.5階のベッドの傍に昨日置いた鞄を手に取り、蓋を開けて中に腕を突っ込んでズボッと自動人形を取り出す。相変わらず端正な顔立ちで素晴らしい体のラインだ。黄金比というのだろうか。非の打ち所のない体型をしている。
改めてその凄さを思い知る。皮膚の感触と変わりない膜で覆われた体は、女性的な部分は非常に柔らかく出来ている。それ以外の部分に関してはギュッと握ると内側の硬質な感触が伝わってくる。驚いたのが、腹筋の硬さが絶妙だったことだ。やはり古代エルフはHENTAIなのだろう。
何よりもこの青少年が健全に生きる上で非常に拙い部分の造りは見事だった。コアを外されて幾年。想像もつかない遥か過去から存在している自動人形でありながら、そっと指を入れると優しく包み込みつつ、じんわりと吸い付いてくる。ダニエラと同じくらい凄い。
「これを売るのは勿体無いだろう……」
しかし金貨5000枚。売れば僕達はほぼ一生遊んで暮らせると言っても過言ではない金額を手にすることが出来る。
「んー……実に悩ましい……」
「何が悩ましいんだ?」
「そりゃあ此奴を手放すのが……あっ」
「そうか、そんなに悩ましい質感なのか。羨ましい限りだな」
氷のような微笑を湛えたダニエラが階段の最後の1段に足を掛けた状態で僕を、僕と自動人形を見ていた。
「ち……違うんだ」
「何も違わない。見れば分かる」
「そうじゃないんだ。説明させてくれ!」
「必要ない。見れば分かる」
「ダニエラぁぁ……」
結局僕は、6日目をダニエラのご機嫌取りに使い果たすことになった。あんな厄介な人形は金に変えるべきだと心から思った1日だった。
□ □ □ □
翌日、ユッカ7日目。僕はクタクタの朝を迎える。対してダニエラはつやつやとした肌を遺憾無く晒しながら風呂場へと向かって行った。自業自得だったが何となく悔しかったので僕もその後を追い、一緒に風呂へ入ることにしてやった。
それから朝食を食べ、出掛ける準備をする。
「今日はアサギの武器を見に行こう」
風呂場でダニエラが提案した今日の予定だった。それを言われて向かい側で僕は首を傾げてしまったが、よく考えると僕はこれから槍を手に戦う予定だったことを思い出した。その槍は無事、アエネウスの手に戻ったことで僕の手には今、槍がない。自前の短槍と古代エルフの遺跡で回収した槍があるが、どちらもオーバースペックなので使えない。槍を学ぶのに槍で敵を消し飛ばしていたら実力は身に付かない。1から始めて、学習するから経験値として加算されるのだ。
まぁ、僕は《器用貧乏》で近道が可能なのだが。近道は飽く迄も道なので初めから完璧に使いこなせない。半チートではあるが、僕はそういうのが好きなので良かったと思っている。
「準備出来たぞ」
「うーぃ」
気の抜けた返事と共にソファから立ち上がる。着替えて5.5階から降りてきたダニエラの本日のファッションはワンピースに七分丈パンツスタイルだ。清楚だが活発そう。可愛いのに格好良い。ダニエラは何を着ても似合う。
「そんなに見るな。照れるだろう」
「瞼に焼き付けるんだ……」
「馬鹿」
ぷい、とそっぽを向いたダニエラの頬はほんのりと赤かった。
宿を出て、窓から見えた剣の建物へと向かう。途中、買い食いしながら歩けばもうデートだ。空を見上げれば抜けるような青空。ニコラに来た時とアスクを出た時は酷い雨だったが、この地域は天気が両極端だなと感じる。
そんな事を考えながらてくてくと歩いていると剣の建物が見えてきた。と言っても周りは剣の建物ばかりだが。
「ふむ……どの店にする?」
「こういう時は一番古い建物が良いって相場が決まってるんだ」
僕のよくハズレる勘を頼りに一番古い建物、老舗を探す。しかし老舗と言っても、儲かっているなら建物を立て直すだろうし、腕の悪い儲かってない店を建て替えられずに古いままだ。結局何が正しいのか分からないまま、偶々店先に槍を置いていた店に入ることにした。
「すみませーん」
「はいはーい」
カンカンと鉄を打つ音が響く店内。作業場と商店部分が一体化したスタイルのようだ。焼き鳥屋で店主が串に差した肉を焼いているのが見えるスタイルに似ている。
「槍が欲しいんですけど、オススメあります?」
「少々お待ちください! 親方ー! 槍ー!」
従業員兼お弟子さんなのだろう。彼が親方と呼ぶと鉄を打つ音が止まる。
「でけぇ声出すなよ……聞こえてる」
「親方、槍が欲しいってお客さんが」
「聞こえてたっつーの……」
鍛冶屋って生き物は皆、筋骨隆々のスキンヘッドスタイルが一般的だと僕は今まで思い込んでいたが、此処に居る親方と呼ばれた男は実に普通の青年だ。
そう青年なのだ。壮年ではない。若いのに親方とは、なかなか優秀なのだろう。
「アンタか……槍が欲しいのは」
「はい。槍の使い方を学びたくて」
「……見た所、今更槍を使う必要は無いように見えるが?」
凄いなこの人。見ただけで僕のステータスが分かるのか?
「色んな武器を扱えるようになりたいんですよ」
「そういう人間は総じて器用貧乏になるが……まぁ、アンタは大丈夫そうだな。来いよ。槍、見せてやる」
フッと笑った青年が店の奥を顎で指し示してから歩き始める。何だか分からないが気に入られたようだ。お弟子さんもビックリしているようなので、滅多にないことなのだろう。
まぁ、気に入られたなら何よりだ。僕はダニエラと顔を見合わせ、頷いてから店の奥へと向かった。




