第百八十三話 深緑都市
「はいー、お待たせしましたー」
やたら軽薄そうな雰囲気の衛兵さんが馬車の前に立つ。
「乗り合い馬車ッスか? いやー、それにしてはやばい人ばっかッスね!」
「ははは、盗賊に襲われてね……」
「マジッスか? それなら納得ッスよ! てかウチらの警備がザルってことッスよね……マジすんませんッス!」
えらい軽いな……実際、僕達が討伐するまで結構な被害があったと思うんだが。
「でも皆討伐してくれたんスよね? なら報奨金が出るんで、申し訳ないんスけどこっちの詰所の方に全員で入ってもらっていいスか?」
「ちょっと待て、私は戦闘には参加してないぞ。急いでるんだ。通してくれ!」
鞄を抱えた商人風の男が馬車から乗り出して抗議する。確かに戦闘には参加してなかったが。
「いやー、すんません! 一応ほら、乗客として、戦闘に参加してない立場としての意見が欲しいんですよ!」
「ならこの2人に聞けばいいだろう。此奴等も戦闘には参加してないぞ」
「一応ね、全員から聞きたいなーって思ってんスよね。ほんっと申し訳ないんスけど、どうか! この通り!」
衛兵さんは地面に頭が付くんじゃないかってくらいに頭を下げる。声も大きいし、周りの視線を集める。これ、作戦のうちだろうな。商人風の男も断るに断れないようで、不承不承といった感じの顔で『仕方ないな……』と了承した。
「あざっす! 皆さんもすんませんした! 御者さん、こっちに馬車をお願いするッス!」
「はーい」
特に反対していない御者さんは馬車を詰所へと走らせる。他の乗客も特に反対意見はないようで、初めから大人しいものだった。勿論、僕もダニエラも反対する理由がないのでそれに従った。
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それぞれの部屋に別れての聴取となったので、各部屋ごとに別れて入る。そこからまた少し待って、僕の名前が別の衛兵さんに呼ばれたので、それに従い部屋を出る。
案内された場所に入ると、先程のチャラい衛兵さんが待っていた。
「やー、お待たせしました」
「いえいえ。それで、僕は何を話せばいいんです?」
用意された椅子に座ってジッと衛兵さんを見る。先程はちゃらい衛兵さんだなと思ったが、こうして見るとそれが演技臭く見えてくるのが分かった。口調も軽く、下手に出ることで円滑に詰所へ誘導する……もしそうだとしたら、彼はなかなか演技派で優秀な衛兵ということになる。
「ではですね、貴方が討伐した状況を聞かせてください」
「分かりました」
それから僕は先程の事を思い出しながら話し始める。馬車の上で寝ていたらダニエラに起こされた事。すると40人の盗賊に囲まれていたこと。そしてその半数をテトラさんと討伐したこと。
「ふむ……そうでしたか。いや、詳しく報告頂き感謝します」
衛兵さんは僕の話に相槌を打つ中で、口調が変わっていた。多分、これが素なんだろうなと思うとクスリと笑ってしまった。
「ん? どうされました?」
「口調、戻ってます」
「……あっ」
しまったとばかりに口を抑えるが、取り繕うことが出来ないと分かると恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いや、お恥ずかしい。血塗れの乗客なんて厄介事を相手にするにはああいった口調の方が御し易いのですよ……」
「貴方の前に座った時に、何となくそうなんだろうなと思いました」
「ふむ……良い目をしていますね」
見る目が変わったと、衛兵さんは微笑む。
「まぁ、これでも色々あった……ような、なかったような」
「ふふふ、面白い人ですね。貴方のような方が盗賊に殺されなくて良かった。さ、これで聴取は終わりです」
そう言って衛兵さんが書類を纏め始める。
「ありがとうございました、アサギさん。先程提示して頂いたステータスカードを読み取りましたので、このまま町に入ってもらって大丈夫です。冒険者ということなので、後日、報奨金がギルド経由で振り込まれますので確認をお願いします」
「はい、分かりました。お役に立てて良かったです」
お互いに握手を交わして、締めとした。衛兵さんが先に動き、扉を開けてくれる。それに従い、会釈しながら部屋を出る。
「私は書類を纏めなければいけないので此処までです。申し遅れました、私、ユッカ衛兵隊監査官のラミーと申します。この度は手間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」
「いえ、全く気にしてないので大丈夫ですよ」
「そう言っていただけると助かります。では改めて、深緑都市『ユッカ』へようこそ。私達はあなた方を歓迎致します!」
ビシっと敬礼したラミーさんからはもう、チャラさも軽薄さも見当たらなかった。やはりその辺、演技派なのだろう。でも少し抜けている所は愛嬌があるとも言えた。この町に来て初めに会えたのが、彼で良かったと心から思った。
□ □ □ □
衛兵さんの案内で皆が待つ部屋へと通される。ここからは各自で行動して良いとのことだったので、ダニエラを連れて部屋を出ることにした。
「色々あったけど、皆さん無事に到着出来て良かったです。また縁があったら何処かで会うでしょう。その時は声掛けてください」
扉の前で別れの挨拶をする。乗客だった皆は手を振ったり、挨拶してくれたりと、意外と親しげだった。乗って、誤解されて、その後はぐっすり寝て、起きたら盗賊退治に行って。殆ど交流は無かったはずだが、これも僕の日頃の行いだろうかと心の中でガッツポーズをとった。
ちなみ獣人子も、ぎこちなくではあるが手を振ってくれた。それが少し、嬉しかった。
詰所を後にして町を歩く。しかし僕達の見た目は……いや、僕の見た目は最悪だ。なんせ血塗れ。『洗濯日和』が使えないのだからどうしようもない。脱ぐ暇も場所もないので本当に嫌だ。
「早く宿探そうぜ……」
「そうだな。まずはその格好をどうにかしないといけないな。私と違って酷いもんだ」
僕だって弓が使えればそうしたさ……。
兎に角、宿だということでなりふり構っていられない僕達は慣れない聞き込みをして善良な市民を怖がらせながら宿の場所を聞く。最低条件として洗濯が出来る場所をということで聞いてみるが、皆、震えて声が裏返って聞き取りにくい。
「駄目だ、アサギはその路地で隠れててくれ。ここは私に任せろ」
「大丈夫か? 知らない人に声、掛けられるか? 危ないことはやめてくれよ?」
「お前は私の保護者か……大丈夫だ。こう見えて私はお前より長生きしてるんだからな。やって出来ないことはない」
「そうだな、300歳だもんな」
「それは言わなくてい良い」
可愛らしい服を着てプンスカするダニエラはずんずんと通りへ向かっていった。あぁ、心配だ。コミュ障で言葉足らずなダニエラに聞き込みなんて出来るんだろうか。不安で不安で仕方ないが、ダニエラが出来ると言ったんだ。僕はそれを信じてこの暗い路地で待つだけだ。
ふと、その路地を見る。そう言えばレイチェルの玄関空間も路地だったなと、そんな事を思い出す。あの時はどこまでも路地が伸びていたが、この路地は向こうに裏通りが見える。それがちょっと安心に繋がる。
「そういえばレイチェルはランブルセンに行くって言ってたな……」
もうフリュゲルニアに居る時間の方が長いが、ランブルセンは思い出深い場所だ。何せ、僕が転移してきた場所だからな。帝国を旅して落ち着いたらランブルセンを旅したいなぁ……。
「アサギ、宿が見つかったぞ」
「おぉ、凄いじゃないか! でかした!」
「そんなに褒めるな。照れるだろう?」
ふふんと鼻高々なダニエラ。ドヤ顔可愛い。ぶっちゃけもっと時間が掛かるかと思っていたので驚いた。
では移動するとしよう。ラミーさんとダニエラのお陰で気持ちは落ち着いてきたが、心労というのはすぐになくなるものでもない。暫くはゆっくり休むとしよう。ダニエラの見つけてくれた宿で。ダニエラの見つけてくれた宿で。




