表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

182/403

第百八十二話 団体客は去り、乗客は進む

 私は馬から降りて銀翆……アサギの元へ進む。


 戦闘中も彼は、相手が盗賊だというのにまるで泣きそうな顔をしながら剣を振るっていた。殺すことへの抵抗と、殺さなければ殺されるという矛盾を孕んだ感情が、その表情なのだろう。


「お疲れ、アサギ」

「ん……あぁ、テトラさん。怪我はない?」

「ちょっと掠った程度だね。こんなの、冒険者をやっていたらよくあることだろう?」

「まぁ、そうだね」


 グイ、と頬に付いた返り血を拭うアサギ。赤い血の下の彼の頬には一筋の傷も無かった。




 首領の首はアサギが取りたがらないので私が取ることにした。髪を掴み、切りやすい角度にしようと持ち上げるとズルリと半身が浮き上がる。


「ひっ……」


 思わず手を離してしまった。ベシャリと汚い音を立てて首領の半身が血溜まりに沈む。どう斬れば、こんな有様になるのだろうと考える。並大抵の技や威力だけでは駄目だ。剣自体の頑丈さも必要だろう。恐る恐るアサギを盗み見る。


「はぁ……」


 拭った時に付いた血を見ながら溜息を吐く彼。あの表情の裏にはきっと『人を殺したくない』という感情があるのだろう。その心だけはひしひしと伝わってきた。しかし、やっていることは盗賊よりも恐ろしい。


 力だけを持った心の弱い男。それが、私が彼に感じた印象だった。



  □   □   □   □



 首を手に、道を戻る。アサギは盗賊を埋葬しようとしていたが、敵はまだ殲滅していないと言うと死んだ盗賊達に手を合わせた。何かのおまじないだろうか。

 それを済ませるとアサギは剣を手に走り出す。その二つ名と同じ風を両足に纏い、疾風の如き速さであっという間に見えなくなる。彼が居れば馬車も大丈夫だろうと、先程の戦いを思い出す。それよりも私は逃げた盗賊が居ないか確認しながら戻るべきだろう。


 と、辺りを警戒しながら戻る途中で顔に大きな傷を負った男と出くわした。此奴は確か、馬車に居た人間だな……。


「おおぉ、すげぇ血だな。返り血か?」

「まぁな。そっちのその血も返り血だろう?」

「当たり前だろう」


 ニヤリと笑う男。彼も彼で盗賊を討伐していたのだろう。なら、この辺りは大丈夫だろうということで男を後ろに乗せて馬で戻ることにした。大丈夫だろうと言っても、警戒は怠らなかった。




 馬車の周りは文字通り、死屍累々の有様で、織りなすように盗賊が重なり、死んでいた。その体には切り傷、矢傷、あとは骨の折れ曲がった死体と、まるで展覧会だ。それぞれの傷が、それぞれの武器によるものだと馬車の周りに立つ乗客達を見て納得した。


「あぁ、おかえり。テトラさん」

「ただいま。いやぁ、死体の山だね」

「これは僕じゃないよ。戻ってきたらこうだったんだ」


 これは、ね。


 馬から降りて、馬車組と意見交換をする。どうやら盗賊はこの40人で全員だそうだ。白風の気配感知は高レベルで、後詰の部隊も、集落も無いとのことだった。なら、もう此処に居る必要はないだろうと、商人風の男が言う。確かにそうだ。男の言葉を皮切りに、各々が武器を仕舞い始める。私も剣を鞘に仕舞い、馬車に乗る。馬は御者が馬車に繋いでいたので、そのまま連れて行くようだった。


「アサギ、行くぞ」


 白風の声に顔を上げる。馬車から声を掛ける白風の視線の先にはアサギが居た。アサギはジッと森の奥を見つめる。埋葬出来ないのが心残りなのだろう。

 確かに、しっかり土に埋めないと腐乱して疫病の元になることもある。が、この辺りは魔物も多い。放っておけば奴等が掃除してくれるだろう。そうして肥えて、生んで、増えた魔物を私達が頂く。冒険者の生活とはそういうものだ。アサギの気持ちも分からなくはないが、同時に甘いなとも思う。彼がこの世界で生きるのは相当な苦労と隣合わせなんじゃないだろうか。まぁ、それを支えるのは白風だろう。


「あぁ、今行く」


 漸く視線を戻したアサギは、やはり悲しそうな表情を浮かべていた。



  □   □   □   □



「もうすぐユッカですよー!」


 御者の声が耳に届くが、反対側の耳から抜けていく。空は抜けるような青空。しかし視線を落とせば血の染み付いた小手(ガントレット)。その赤が、どうにも僕の心に影を落としていた。

 盗賊の討伐から僅か1時間程でユッカの辺りまで来たようだ。途中から脇道が増え、前を走る馬車や後ろを走る馬車が増えだした。しかし乗る人間は僕達を見て皆、息を呑む。血に塗れた乗客が大半なのだ。そりゃ驚きもするわな……。


 ガタガタと揺れる馬車の中で隣に座るダニエラに肩を寄せる。するとそれに気付いたダニエラが僕の顔を覗き込んで、察してくれたのかふふ、と微笑んだ。


「今日明日は町に着いたらゆっくり過ごそうか」

「うん……ちょっと、休みたい」


 人を殺す事に未だに慣れない僕ではあるが、それと同時に生き残った喜びと、ダニエラの無事に安堵を感じていた。これが、本物の戦闘なのだと心から思う。


 ふと、ニコラでの事を思い出した。あの時の僕は殺さなければ何も守れないと思った。だから、殺した。しかし、その時殺したのはウィンドドラゴンだ。結局盗賊とはやり合ってない。


 なので、今回が心機一転した僕の初の殺しだ。気持ちを切り替えたことである程度の耐性は上がったが、やっぱり慣れないなぁと、つくづく思う。あの平和な国で育った僕の倫理観だとか、道徳観念だとかは、そう簡単には変えられないようだ。

 でも、変えられないからと言って変わらないなんてことはない。何故ならば、そうしなければ大事なものを守れないからだ。隣に座るダニエラが、居なくなるだなんて考えられない。もう、此奴は僕の一部なのだから。


「町に言ったら、まずはこの服をどうにかしないとな」

「ダニエラは弓だから返り血が無くていいな」

「あぁ。今回は意地でも弓で戦うつもりだった。この素敵な服を血で汚したくなかったからな」

「援護の為じゃないのかよ」


 あまりにもあんまりな理由に思わず笑みが溢れる。このダニエラの心の強さは見習いたいものだな。


 でも、それを学ぶにはあと300年は必要かもしれない。



  □   □   □   □



 漸く町が見えてきた。とは言っても、見えるのは円形に植えられた木と、その向こうに建てられた壁だ。魔物の蔓延るこの世界ではどこの町も立派な壁を作っているなぁ。見慣れた壁とは言え、町毎に特色めいたものを感じるようにはなった。ユッカの町は石組みのようだが、規則的で、芸術的だった。それでいて頑強なのだから立派なものだ。

 門部分は結構な数の商隊や冒険者達が並んでいる。というか、詰まっていた。


「なぁ、入口は彼処しかないのか?」


 傷の男が御者に問う。


「ユッカは町の入口が二つしかないんだ。此処、西門と、あとは北門だけだ」

「へぇ、変わった造りなんだな」

「ユッカの東と南には魔物の住む森があるんだ。その森に住む魔物が結構な強さでね……最初は門があったんだが、今は閉めたまま、開くことはない」

「なるほどね……」


 納得したのか、馬車に背を預けて目を閉じる男。しかし彼のお陰で各々の内に出来た疑問に対する答えが出た。皆もまたふんふんと頷きながらジッと順番待ちの態勢に戻った。


「魔物ってどんな魔物なんだ?」


 でも僕はその魔物というのが気になる。何故ならギルドで調べた限り、この辺りに生息している魔物にそれほど脅威を感じる種類は無かったからだ。


「この辺りじゃ有名だよ。名は『ルーガルー』」

「ルーガルー……」


 人狼、か?

 ふと、獣人子を見る。が、彼女は顔を伏せたままで表情は伺えない。


 まぁ、人狼だからと言って彼女に関係があるとは限らないか……それにしても獣人という人種の存在を知った僕は興味が尽きない。そのルーガルーも実は獣人だとかありそうだ。勘違いや行き違いがあって、魔物扱いされていたとしたら悲しいことだとも思う。

 順番待ちをする僕の頭の中でそんな妄想が繰り広げられる。ルーガルー……ちょっと会いたいかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ