第百八十一話 団体客を斬る
ダニエラのお陰で余計な体力を使ってしまった僕に、睡魔がニッコリと微笑みかけてくる。その魔性の微笑みに抵抗する力など皆無な僕は、あっさり陥落。気付けば昨夜の分を取り戻すかの如くぐっすりと深い眠りに落ちていた。
そんな夢の世界を堪能していた僕を揺り動かすのはダニエラだ。うっすらと目を開けるとダニエラが僕の顔を覗き込んでいた。
「起きたか?」
「あぁ……ふぁ……」
グイ、と凝り固まった体を伸ばして解す。森を割いた道を馬車が走っていた。空はまだ明るい。
「今どの辺?」
「そろそろユッカ……なんだが」
「?」
ダニエラがそっと目配せをする。周りを見てみると、乗客の中で戦闘職と思われる人間は皆、それぞれの武器に手を掛けていた。
「え、なに」
「私の気配感知エリアに侵入者だ。反応は多数の人間」
「それって……」
思わずゴクリと唾を飲み込む。嫌な予感しかしない。
「……盗賊だ」
ダニエラの宣告に長い溜息を吐き出した。またか……またなのか。また、斬らなきゃいけないのか。
「アサギ、気持ちは分かるが戦闘は避けられない。このままだと後数分でぶつかる」
「はぁぁ……いや、切り替えていく。もう大丈夫」
いつまでも嫌だ嫌だとは言ってられない。戦えない人間から死んでいく世界だ。殺られる前に殺らなければ、大事なものを失う世界なのだから。
深呼吸し、フードを深く被って気持ちを切り替えたら腰に下げた鎧の魔剣の柄に手を掛ける。乗客の戦闘職達は皆、それぞれの武器を手にしている。近接ばかりだ。それを見たダニエラは弓を手に取る。ダニエラなら誤射も無く確実に仕留めてくれるはずだ。
と、気合が入ったところで僕の感知エリアに侵入者だ。数は全部で40。多いな……。
「数は?」
軽鎧の女が顔を顰めた僕に尋ねてくる。僕の様子だけで僕が気配感知持ちだと気付くとは、なかなかやるようだ。
「40だ。左右から20人ずつ来るみたいだ。団体客だな……」
数だけ伝える。
「厄介だな」
傷の男が顔を顰めるが、心配ご無用だ。
「これだけの人数が居るんだ。1人5人くらい倒せば何とかなるさ」
見た感じ皆強そうだし、僕なんかより戦い慣れてそうだから問題ないでしょう。ないと思う。
「じゃあ各々頑張って戦おう。なんて、さっきまで寝てた僕が言うことじゃないけど」
僕の冗句に皆、頬を緩ませながら剣を抜く。御者さんには止まってもらう。囲まれる危険はあるが、動いていては仕留められる敵を仕留められない。ここで待ち受けて返り討ちにしてやるのだぜ。
「来るぞ!」
ダニエラの言葉に気配感知に意識を戻すと、もうすぐ視界に入るところだった。掌を上に向け、ピシリという音と共に『氷矢』を生成する。誰かの息を呑む気配がしたが、気にしている場合じゃない。
その時、木々の隙間から矢が飛んできた。
「伏せろ!」
ダニエラの声に僕以外の皆が身をかがめる。非戦闘職は床に這いつくばっている。娼婦系女子と貴族系男子と商人系男子だ。獣人系女子は意外にも戦闘職らしく、手にナックルダスターを嵌めていた。ふぇぇ系女子の癖にグーパンで戦うのか……。
ダニエラが首を傾けて矢を避ける。それに怯むこと無く応射する。ダニエラの矢は吸い込まれるように矢を射った盗賊にヒットする。
見れば其奴は馬に跨ってたようで、主の居なくなった馬だけが此方へと走ってくる。
「馬!」
僕は『氷矢』を握りつぶして魔素へと還元させ、ジャンプして馬に飛び乗る。宙ぶらりんな手綱を握って《器用貧乏》先生を起ち上げて『誰でも分かる! 簡単、馬の宥め方!』を視聴してそのとおりに手綱を引っ張って馬を宥める。
「どうどう!」
声を掛けて背中を撫でてやればあっという間にお馬さんはブルルルと嘶きながら落ち着いてくれる。
「馬なら私が操れる! 替わりな!」
軽鎧の女が馬車から降りながら言うので素直に降りて運転席を譲る。まだ僕は乗りこなせないし。それに木々を縫うようになんて絶対無理だ。確実に枝で顔を打って落馬する。
「よし、行くぞ!」
「ヒヒィーン!」
剣を振り上げる軽鎧系女子と前足を上げて鳴く馬。映画みたいで画になるぜ。
そのまま走っていくのを馬車を降りてきた傷の男と一緒に追い掛ける。気配感知で見ると残りは僕達の反対側に走り出し、もう半分は馬車で護衛として残った。ダニエラもその中に居るが、遠距離攻撃として戦闘には参加してくれる。心強いぜ。
「右に居る!」
「任せろ!」
傷の男が剣を振り上げながら森の中に消える。そっちには3人程の盗賊が馬車に向かって走っていたので真横からぶつかれるだろう。
僕はまっすぐ進み、軽鎧系女子の後を追う。こっち側の盗賊は弓持ちが1人とさっきの3人を残してあとの16人は奥に固まっていた。本隊だろう。ならば厄介な奴も居るかもしれない。
「馬早いな!」
森の中だっていうのに全然追いつけない。仕方なく《森狼の脚》を起動して追い掛ける。まぁ、あっという間に追いついた。
「あんた早いな!」
「まぁね。それよりこっちは多分、本隊だ。結構固まってる!」
「ならこの子と蹂躙してやるだけさ!」
強気だねぇ。僕みたいな一般人は怖くて仕方ないぜ。怖いから、掴んだ剣の柄をギュッと握りしめる。
「ていうかその風、あんた銀翆かい?」
「そんな風に喚ばれることもある……」
「ははっ、なら心強いね! アタシはテトラだ。よろしくな!
「僕はアサギ。まぁお互い死なない程度に頑張ろうぜ」
楽しそうに彼女は笑うが、僕は恥ずかしくて仕方ないのでフードを摘んで目深に被ることにした。
「銀翆がフードを被ったら気を付けろ。後には何も残らない。……噂は本当かしらね?」
「ちょっと待ってなにその噂。後で詳しく聞かせてくれる?」
主に出処を! 誰だ、そんな馬鹿みたいな話を流した馬鹿野郎は!
と、そんな馬鹿話も終わりだ。
「もうすぐしたら拓けた場所に出る! そこで待ち受けてるから先に散らかしてくる!」
「銀翆が居るなら蹂躙は任せるしかないね!」
グッとサムズアップするが、別に任せるしかないことないんだけどね。ただ、オーク戦を思い出した。顔を出した途端に一斉掃射なんて洒落にならない。
洒落にならないが、僕ならそれを退けられる。
以前掴んだ《森狼の脚》のコツを思い出し、風速を上げる。テトラと距離を離した所で最大風速にまで上げて一気に森を駆け抜ける。木々の切れ間で踏み込み、飛び出した所で盗賊達と遭遇した。やはり予想通り弓を構えた奴が何人も居た。皆、何が起きたか分からないといった顔で上を見上げている。が、僕の速さに反応出来る人間は1人だけ居た。
「う、撃て!!」
慌てて号令を掛けたのがボスだろう。最初に声を上げた奴を目印に、真上まで突き進んでから空を踏んで直下し、鎧の魔剣を振り下ろす。鎖骨から入った剣は股下まで突き進み、首領を真っ二つにした。別にそこまでする必要は無かったが、僕の実力というのを知らしめる必要があった。
「ボ、ボス……」
「う、あ……」
文字通り固まる盗賊達。その背後から蹄鉄の音と共にテトラが切り込んできた。僕は片手に剣を持ち、空いた手に『氷剣』を生成して傍で固まっていた盗賊を切り飛ばす。漸く彼我の差を自覚した盗賊達は泣き叫び、散り散りに逃げ出すが、それを逃す僕達ではない。やると決めたらやるのだ。嫌だが、此処で逃してしまっては他の誰かが被害にあってしまう。
それから僕とテトラは一心不乱に剣を振る。全ての盗賊を倒した時にはお互いに返り血で真っ赤だった。
盗賊の傷はその全てが背中側にあった。




