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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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180/403

第百八十話 さようならアルカロイド

祝180話です。これからもよろしくお願いします。

 降り続いた雨は明け方には止んでいた。日の出の頃には雲も晴れて暖かな日差しがアルカロイドの町並みを照らしていた。

 それを僕は満身創痍でベッドの上から眺めていた。


「ダニエラ……ほら、朝だ……」

「ん……はぁ、もう朝か。まだ物足りないな」

「いい加減起きようぜ……」


 クタクタになりながらベッドから這い出た僕は新しい着替えを持って浴場に行くことにした。男女どっちかは分からないが、男だったらラッキーということで。




「天は僕に味方しているらしい」


 服を脱いだ僕は温かい湯の中ではふぅ、と息を吐く。浴場の前に下げられた札は『現在、男湯』となっていた。きっとあの時、獣人の子の元に男が入らないようにとひっくり返したのが功を奏したようだ。順番が逆転したのだろうな。つまり、本来は今は女湯だったのだ。だが、それに気付かなかった従業員がそのままひっくり返したので男湯となった。まさに運命の女神は僕に微笑んだのだ。


「はぁ……」


 湯に浸かれば疲労は湯に溶け出して湯気となって消えていく。代わりに睡魔が鎌首をもたげるが、喰らいつかれる前に湯の中から脱出する。今日、宿を出るので持ってきた服は冒険者スタイルの服だ。幸いにも宿で乾燥の魔道具をレンタル出来たので早速借りて濡れた服は全部乾かした。世の中には便利な物があって助かる。

 浴場を出たところで従業員さんがくるりと札を返す場面に出くわした。如何にも新人さんといった雰囲気で、きっと返す時間だけ覚えて男女の時間帯を覚えてないとみえる。彼のお陰で僕は風呂に入れたのでこの失敗は許すとしよう。


 部屋に戻り、1人でベッドを占領するダニエラを起こして風呂に入るように促し、部屋の片付けをする。と言っても素泊まりだったので散らかってるのはベッド周りだけだ。シーツに関しては、宿の人の仕事と今回は割り切らせてもらった。どうしようもない。

 浴場から帰ってきたダニエラが着替えるのを待って部屋を出る。カウンターで鍵を返し、汚してしまったお詫びに従業員に金貨を1枚握らせて買収しておいた。金貨さえあれば人は笑顔になる。世は事も無しだ。




 雨上がりの空は晴れやかで、陽の光に照らされたアルカロイドの町は部屋から見た時よりも一層綺麗に見えた。屋根の端に垂れる雨粒に光が反射してキラキラと輝く。

 町並みは石造りで、湿地が近いからか湿気対策をしているように見受けられる。風通しも良さそうだ。


 そんな町並みを眺めていると馬車が視界に入った。そういえばタンジェリンさんも馬車移動だったな……。


「なぁダニエラ」

「なんだアサギ」

「ぶっちゃけさ、今日、超辛い」

「それはお前へのお仕置きなんだから仕方ないだろう」

「いや、途中から楽しんでたのはダニエラだろう。つまりだ」

「なんだ?」

「馬車で行かない?」


 僕は止まってる馬車を指差して言う。歩きたくないのだ。寝たいのだ。馬車に揺られて眠って、起きたら次の町。最高じゃないか。


「景色を楽しむんじゃなかったのか?」

「偶には馬車旅も良いと思う」

「まったく……だがそう都合良く帝都方面行きの馬車が出るとは限らないぞ?」


 ダニエラの言うことも御尤もだ。世の中そんなに上手くいかないだろう。だが、今日の僕は一味違うのだ。

 スッと目を閉じ、耳を澄ます。騒がしい朝の町に響く声や物音の中から探す。


「………………」

「何してるんだ?」

「シッ」

「……」


 横でダニエラが溜め息を吐く。そんな小さな音も気にせず、聞きたい音を探す。


「………………聞こえた」

「……何が?」

「こっちだ!」


 ダニエラの手を引いて音が聞こえた方向へ導いていく。今日の僕は最高に絶好調なのだ。だから、耳も良い感じなのだ。


「ユッカ行き、もうすぐ出るよー!」


 それが僕が探していた音だ。ユッカは次に向かう森林の中の町の名だ。

 馬車は大通りの傍で止まり、もう何人かの乗客を乗せていた。御者は大きな声を張り上げてこれ以上居ないかと客を探す。そこに現れたのは乗客志願者2名だ。


「乗ります乗ります! 2人!」

「はい! これで満員だ! ユッカ行き締め切り!」


 先に馬車に乗ってダニエラを引っ張り上げる。都合良く事が進んでダニエラは不満顔だ。此奴は僕の味方じゃないのかよ?


「そんな顔するなよ。良いじゃないか、今日ぐらい」

「まったくお前は……」


 ご機嫌斜めのダニエラだが、乗ったものは仕方ない。此処からでも景色は楽しめるんだ。妥協も旅には必要なーのだ。


「じゃあ出るよ!」


 御者の声と共に馬車はゆっくりと進む。ガタゴトと大通りを抜けてやがて門へと到着し、停止した。

 門番の衛兵がやって来て手続きを始めた。昨日と同じ流れで衛兵さんは馬車の中を検める。ひょこっと顔を出したのはまさかの衛兵隊長。レモンフロスト=グラシルフだった。


「あっ、ダニエラ先輩じゃないですか!」

「ん……君は確かレモンフロストだったか。奇遇だな」

「えぇ! 先輩はもう町を出るのですか?」

「帝都に向かうのでな。この馬車でユッカまで向かう」

「帝都ですか……いいなぁ。私も行きたいですよ」

「休暇でも取れば良いんじゃないのか?」

「それがこの仕事、休暇ないんですよね……」

「そうか……」


 ガックリと肩を落とすレモンフロスト。衛兵職はブラック企業だった……?


「まぁ、帝都には暫く居るから会えるならまた会おう」

「きっと先輩に会いに行きますよ! ついでにアサギさんも!」

「ついでかい……」

「あはは! まぁダニエラ先輩が居るならこの馬車は安全ですね! 行ってよし! です!」


 ダニエラに会えたからか、ハイテンションなレモンフロストは碌に確認せずに通行許可を出す。それで良いのか衛兵隊長。

 しかしどんな理由であろうと許可が出た馬車は進み始める。そして感慨深く思う暇もなく、門を抜けてアルカロイドの町を出たのだった。



  □   □   □   □



 ぎゅうぎゅう詰めとまではいかないが、それなりに詰まった馬車は街道を進む。ガタガタ揺れる馬車は心地良いとは言えないが、思っていたよりは揺れなかった。それに加えて何枚も布を尻の下に敷いておいたので、それがクッションとなって僕とダニエラを揺れと酔いから守ってくれていた。そのうち綿とか使ってちゃんとしたクッション作りたいね。レイチェルの玄関空間を隈なく探せば綿くらい出てきそうだが、後が怖い。


 ふと馬車の中を見渡す。乗客は色んな風貌の人間達だ。皆、誰とも言葉を交わすことなく下を向いたり振り返って外を見ていたりする。向かい合うこの座席スタイルは非常に気拙いことこの上なかった。顔に大きな傷のある男。軽鎧を身に着けた女。魔法使いのようなローブを着込んだ男とも女とも分からない奴。大きな鞄を抱えた商人風の男。日焼けした筋肉ムキムキの男。肌が露出した服を着た娼婦のような格好の女。大きな帽子を被った昨日、浴場で助けた女。身なりの良い貴族風の男。そして僕とダニエラ。実に10人の乗客が仲良く5人ずつ並んで座っていた。


「……あれ?」

「ひぅ……」


 見たことある奴が居るぞと視線を向けると帽子の女がパッと目を逸らして下を向く。


「昨日の人ですよね」

「あぅ……」

「あーやっぱり。具合どうです?」

「うぅ……あの、大丈夫……です……」

「そりゃ良かった。あんまり長湯しちゃ駄目だよ」

「あの……その……はぃ……」


 顔を真っ赤にしながら消え入るような声で返事する女性。どうやら引っ込み思案系女子のようだ。


「ん? その子が昨日、アサギが裸を見た女か?」


 ダニエラがおや? といった顔で言うが、内容が内容だけに乗客の視線が集まる。


「そうだけど、そうだけどお前」

「あぁ、事故で……ということだったっけ」


 視線から何やら苛ついた感情が伝わってくる。此奴もしかしてわざとやってないか?


「ということも何も事故だ、事故」

「そうだったかな?」

「こ、この野郎……!」


 このままじゃ暴漢と勘違いされて馬車から放り出されてしまう!


「き、君からも言ってくれないか。昨日のあれは事故だったって……!」

「ひぇっ……え、あ、あの……確かに……えっと……」


 そうそう、その調子だ!


「は、裸を……見られ……うぅぅ……」


 全部言う前に顔を真っ赤にして突っ伏してしまった。こ、このままじゃいけない!

 しかし弁明しようと口を開きかけたところでダニエラが話し始める。


「確か、君が逆上せて湯の中に沈んでしまったのをアサギが助けたのだっけ」

「そうそう、それを早く言ってほしいんだダニエラ」

「助けて裸を拝んだのだな」

「皆さん、知ってますよね。不可抗力って言葉」

「まったく、私というものがありながらお前は……」

「皆さん、人命救助したんですよ、僕は」


 獣人の子もダニエラも味方じゃなかったと知った僕は孤軍奮闘、乗客の皆さんに事情を説明し、何とか理解を得ることが出来た。

 だが、空気は依然として最悪なままで、助けを求めるように盗み見たダニエラはニヤニヤとほくそ笑んでいた。こうしてダニエラのお仕置きは完遂されたのだった。

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