第百七十話 女物の服は分からないが高い
祝170話です。いつもありがとうございます。
「それはそれとして、僕に似合う服ないかな?」
ダニエラの件が良い感じに終わったので、ついでに僕の服も探す。
「あまり舐められない程度に着やすい服が良いな」
「んー……少々お待ち下さいっ」
セグラさんが店内をウロウロと歩いて、適当に服を取っていく。店員さんのおまかせとは僕も、なかなかやるようになったな……今まで3着いくらの世界だったというのに。
ダニエラと他愛もない話をしながら待っていると沢山の服を抱えたセグラさんが戻ってきた。
「お、お待たせしました……」
「これはまた随分持ってきたな……」
ドサッと台の上に置かれた服はパッと見で20着は越えている。これを着回すのか……。
「サイズは多分大丈夫だと思うんですけど……」
「ん……うん、いけそうだな」
インナーを1枚取って合わせてみると、すっぽりと入りそうだった。
「でも、舐められない感じのラフってどんなのよ?」
トゥリアさんが腕を組みながら尋ねてくる。
「僕も分からない。ダニエラがそういうのを着ろって言うから……」
「アサギは冒険者の癖に格好が見窄らしいんだ。だからどこへ言っても舐められる」
ダニエラがうんうんと頷きながら言う。
「でもダニエラ、僕は別に自分が強いことをアピールしたい訳じゃないんだが」
「それなりの格好をしろと言ってるんだ。そうすれば絡まれることもない」
「絡まれても負ける気はしないけどな」
そういうことじゃないんだがなぁ、とガックリと項垂れるダニエラだが、実際その辺の冒険者には負ける気がしない程度には強くなったと思っている。結構色んな戦いを乗り越えてきたからな……箔が付くような傷はないが。
「ウィンドドラゴンも倒せるようになったし、大丈夫だって」
「過信はよくないぞ」
「数少ない自慢なんだ。許してくれ」
上社朝霧という人間の歴史に刻める出来事なんだ。自己アピールに書けるのはこれくらいしか無い。
「……ちょっと待って。貴方がウィンドドラゴンを倒した?」
僕の自己アピールにトゥリアさんが食いついてきた。
「昨日、最高品質のウィンドドラゴン素材が市場に流れたって話で盛り上がってました。その素材を買い付けてきたのだと思ってたのですが……自前だなんて……」
セグラさんが信じられないという表情で僕を見るが、嘘ではないんです。倒したんです。
「ほらな、そんな格好をしているから疑われるんだ」
「ぐぬぬ……それを言われると返す言葉が無い……」
確かに、こんな休日のおっさんみたいな格好の人間がウィンドドラゴンを倒しましたなんて言っても誰も信じられないだろうな……なんだか服の必要性がグッと伝わってきた。
「アサギもウィンドドラゴンの素材で作ってもらったらどうだ?」
「いや、もうあるし」
幼体だけどな。
そんなグダグダとした会話を続けているとセグラさんが痺れを切らしたように僕へ服を押し付けてきた。ダニエラ主催の『もっとちゃんとした格好をしろの会』のメンバーになってしまったらしい。トゥリアさんに救いを求めて視線を向けるが、目を逸らされた。3対1で敢え無く敗北した僕は1人ファッションショーに強制参加させられ、日が暮れるまで服を着回すことになった。
□ □ □ □
儲けた金貨でダニエラの服と装備を買う予定だったのに、先に自分の服を大量に買ってしまった。なんだか申し訳ない気持ちになったが、ダニエラ会長の指示によるものだったので必要経費だと思うことにした。
翌日からは僕もいくらかまともな格好をすることになった。少ない服であればそれを着回すだけだったが、大量の服を持つことになった途端、おしゃれに目覚めてしまう。現金なものである。まぁ、ファンションセンスが無いのでダニエラが決めた服を着るのだが……今は学ぶ時だと心に決めて、ゆくゆくは自分で選んだ服を着て外に出たいというのが今の目標だ。
一週間というのは存外、早く過ぎるもので、ギルドでクエストをしたり、食べ歩いたり、旅グッズを買い漁っていたりしたらあっという間に過ぎ去った。
今日は『白百合服飾店』に行く日である。
ということで店内に入ったのだが、セグラさんもトゥリアさんも見当たらない。おかしいな……今日来ることは分かっていたはずなのに。
「私が見てこよう」
ダニエラが珍しく率先して探しに行く。やっぱり自分の服のことだからかね? 僕は置いてあった椅子に座って待つことにした。
□ □ □ □
数分後、ダニエラが帰ってくる。ダニエラだけだ。
「あれ? 2人は?」
「ん……あぁ、もうすぐ来ると思う……」
「?」
何だか歯切れの悪い言い方だな? と思ったのも束の間、店の奥から2人がパタパタと小走りにやってきた。心なしか顔が赤い。ていうか真っ赤だった。
「す、すみません……っ」
「はぁ……はぁ、ん……ふぅ。待たせて悪かったわね……」
「大丈夫か?」
忙しかったのか、息を切らせた2人。
「だい、大丈夫……」
「ボタン、掛け間違えてるけど」
「!?」
慌ててトゥリアさんが後ろを向いて服を正す。よく見たらセグラさんも服が前と後ろが逆だった。指摘すると『ひゃぁぁぁ……』と鳴きながら店の奥へと帰っていった。
「2人とも何してたの?」
呼びに行ったダニエラにこっそり尋ねる。
「ナニしてたんだろうな……」
「はぁ?」
よく分からないことを言ってる。見れば耳が赤いが、結局何があったかは分からず仕舞いだった。
□ □ □ □
「では気を取り直して……これがダニエラさんの新しい服よ!」
カウンターの下からバサリといくつかの服を取り出すトゥリアさん。ふむふむ……よく分からん。
「ダニエラさんは冒険者だから動きやすい格好ということで男装っぽかったので、今度は動きやすさを兼ね備えつつも女性っぽく仕上げてみたわ!」
バッと広げた服は……ワンピースっぽいな。
「でもこれじゃあ動いたら下着が見えちゃうな」
「こんな格好で戦う奴居る訳ないでしょ……」
半眼で呆れられる。なんだよ、世の中にはビキニアーマーだってあるんだぞ! レプラントで見たもん!
「下にはこれを合わせて貰うわ」
「ふむ……」
手渡されたパンツを手に取るダニエラ。七分丈の……なんだ、スキニーってやつか? 見たことある。
「翡翠色じゃないんだな」
ウィンドドラゴンなのにどれも違う色だ。ワンピースは純白で、スカート部分に翡翠のラインが入っている。スキニーはベージュで、一見すると麻っぽい。でもしっかり見れば生地が良い物だと分かる。
「専用の染色剤を使ったわ。お陰で少し値段が張るけど……オシャレをケチったら女が廃るわ!」
「ごもっともだな」
ダニエラが頷く。確かに女性ってそういうとこあるよな。
「他にも余った素材でいくつか替えの服を作ってみたわ。着てみてね」
ジャケットや、様々な丈のスカートが並ぶ。色もそれぞれ違う。女性の服って華やかだから着る側もモチベーション上がりそうだ。男物はなんだろう、着られれば良いや感が凄い。僕だけかもしれないが。
「アサギさんにも作ったのよ!」
「え? 僕?」
服は沢山買ったんだが……。
「普通の服で、戦闘用じゃないでしょ? 竜種の装備を持ってるんだからインナーも気にしないと駄目」
「それで防具着て来いって言ったんだな」
実はダニエラの服を待っている間にどこで聞きつけてきたのか、『せせらぎ亭』のクラマスさんから僕宛にトゥリアさんからの伝言を貰った。
『防具着て店に来て!』
それだけだったが、必要なことなんだろうと思ってフル装備で店に行ったら20分くらい無言でグルグル僕の周りを回った後に『もういいわ!』と店から追い出された。何の嫌がらせかと思ったが、あれは僕に合う服のイメージを固めてたんだなと、今更に思う。
実際、竜種のインナーは嬉しい話だ。何度か被弾したことはあったが、流血沙汰になった時はいつも防具のない服の上からの攻撃だった。よくもまぁ狙いすまして当ててくるわと思っていたが、速さを重視する僕は鎖帷子なんかは着られないので困っていたのだ。まさに、渡りに船である。
「さ、どうぞ」
「ありがとう!」
トゥリアさんから受け取った服は薄緑のインナーと、もう一着おまけにと黒いインナーを貰った。普段用にとのことらしい。普段着に竜種とは僕も偉くなったものだ。
「これで服は全部ですねっ」
まるで自分のことのように嬉しそうに微笑むセグラさんが、一枚の紙を僕に渡す。
「ん? 何々……会計、金貨400枚。……400枚!?」
「えぇ、竜種素材持ち込みということで安くしてあるわ」
「それにしても高いな……」
「あら、持ち込みでなく、うちが作って売ればこの倍の倍よ?」
そうだった。竜種装備は金貨何百枚の世界だった。如何せん、僕の装備が安く買えたことで感覚が麻痺していた。
「まぁ、金ならあるしな……」
「太っ腹ね!」
元の手持ちと合わせても2000枚以上あるしね……ということで虚ろの鞄からお金を取り出して支払った。きっちり400枚だ。
「毎度ありがとうございます! わー、トゥリアちゃん、凄い量の金貨だよ!」
「早く金庫に仕舞いなさい! 盗まれるわ!」
トゥリアさんの声に慌てて金貨の入った袋を持ってセグラさんが店の奥に消えていく。慌ただしい最後だったが、無事にダニエラの新しい服を入手することが出来た。ついでに僕の服も買えたので、上々である。
ちなみに僕の服は別途で金貨60枚を徴収された。端材だったのでこの値段だということだが……僕はこういう時、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。
※金額を変更しました。金貨200枚→金貨400枚/金貨40枚→金貨60枚




