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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百六十七話 命の価値

 東門で街を出る手続きをする。と言ってもいつもの様にステカを読み取るだけだ。実に便利なものだ。

 それが済めば僕とダニエラは一先ず北に向かうことにした。そちらが川の上流だったので、何か面白い物があるかもしれないと、僕の提案によるものだった。


「川の上流には何があるんだろうな」

「この川は大きいからな。どれだけ進んでもあまり変わらないように見えるが……」


 2人で歩きながら雑談する。こうしたゆったりとした時間というのも久しぶりな気がする。ダニエラが適当に拾った棒をぶらぶらと振るのを見て、小学生の時はあんなことしてたっけと思い出すと同時にノスタルジックな気分になる。今やっているクエストも探険のようなものだし、そんな状況も相まってのことだろうと1人、心の中で呟く。




 上流に向かって歩くこと30分くらいだろうか。支流を見つけた。小さな細い川が、本流から反れて平原へと続いている。今度はその小川に沿って歩くことにした。


「ダニエラ、魚が居る」

「ふむ、小さいな。これではお腹いっぱいにはならん」

「そうだな。大きく育つまで頑張ってもらおう」


 なんて、川を覗き込みながら喋っていると、気配感知エリアに侵入者がやってきた。ダニエラと顔を見合わせて腰の剣を抜く。気配的にはゴブリンだ。しかし数が少し多い。


「多分、複数の群れが合流したんだろう」

「なるほどな。来る方向は……あっちか。この辺に水でも飲みに来たんだろうな」

「ならその岩場の陰に隠れよう」


 ダニエラの提案に頷き、2人で岩場に隠れ、こっそりと向こう側を覗く。風に靡く草の陰から、小さいがゴブリンの姿が見える。ギャァギャァと鳴きながら手にしたボロい剣を振って、草を切りながら進んでいるようだ。

 それからすぐにゴブリン達は小川へと到着した。小川の傍は草が少なく、土が露出している。なので、今ゴブリン達の姿は丸見えだ。

 武器を持ったゴブリンが2匹。周りを伺っているのが4匹。そして小さいのが5匹。家族だろうか……親達が警戒しながた子供達に水を飲ませているようにも見える。

 しかし、放置することは出来ない。あれはいずれ人を襲うことになる。今のうちにその芽を摘むことに若干の罪悪感を感じるが、これも異世界のルールだ。残酷なことだが、仕方ない。これに抗ってしまえば、僕は冒険者として、この世界の住人として生きられなくなってしまう。


「アサギ、川の水を凍らせることは出来るか?」

「あぁ、水源が傍にあるならある程度は出来ると思う」

「なら、まず小さい奴の動きを抑えてくれ。逃げられると見つけるのに手こずる」

「分かった」


 ダニエラの指示に従い、そっと小川の水に紺碧色の魔力を流す。パキパキと表面を凍らせるそれが子ゴブリンの顔に届いた時、一気に魔力量を増やして顔毎凍らせる。突然の出来事に大慌てで氷の中から顔を引っこ抜こうと暴れる子ゴブリンの様子に気付いた親ゴブリン達が、何事かと戻ってくるので、其処をダニエラと一緒に叩く。

 風のように走るダニエラの後ろから抜いた短剣を投擲する。真っ直ぐに飛んだそれが武器持ちのゴブリンの背中に突き刺さり、投擲の勢いのまま地を滑る。子からそのゴブリンに視線が移ったところを、ダニエラが細剣でまた背後から1匹を串刺した。

 突然凍った子ゴブリン。相次いで死んだ親ゴブリン。そのことに流石に気付いた残りの親ゴブリン4匹が落ちていた武器や枝を手に襲い掛かってくる。それをダニエラと共に処理する。剣を持つ手を刎ね、がら空きの胴を突き、足を切って転ばせ、その背に剣を突き立てて。油断なく動き回るゴブリン全てを始末してから、今だ凍る子ゴブリンに振り返る。


「あとは此奴等か……」

「だな」


 ダニエラと一緒にその無防備な背に順に剣を突き立てる。何の抵抗もなく背中から腹へと通った剣により、子ゴブリンの命は消えた。分かっていたこととはいえ、やはり気分の良いものではなかった。


「アサギの顔を見れば言いたいことは分かるつもりだ」

「悪いな……情けない僕で」

「そんなことはない。命を慈しむ心は何よりも大事なものだ。それを無くしてしまえば人は人で無くなる」

「でも殺すんだ。仕方のないこととはいえ、な」

「それでもだ。命の取捨選択は人も魔物もすることなのだから」


 僕が人でありながら森狼の眷属であることでフォレストウルフと戦いにくい感情は、果たしてゴブリンからの付与があった場合、ゴブリン側へと傾くのだろうか。そんなことを考えてしまう。一層の事、レイチェルの眷属になってしまえば、そんな悩みも消えるのだろうか。


 そんな悩みを、ダニエラに相談してしまう程に、僕はきっと弱い生き物だったのだろう。




「……そうだな。私が同族と戦うことで芽生える感情があるように、アサギにも置かれた状況と感情がある。それを解決するのはとても難しいと思う」

「例えば、レイチェルの眷属になってもか?」

「眷属と表現するからアサギは拒絶してしまうんだ。盟友だと思うのはどうだろう?」

「盟友か……」


 レイチェルが発した『眷属』という言葉が思いの外、頭に引っかかっていたことに気付く。『盟友』と言われた瞬間、それも良いなと感じてしまったのだ。


「神狼の盟友。私は良いと思うぞ」

「そう言われてみると、存外悪い気分でもないな」


 あのフェンリルと友好を結んだと、どこか自信に繋がるところもある。


 でも、もしそうなってしまえば、僕はまたフォレストウルフを躊躇無く殺してしまうのだろうか?


「堂々巡りとは、まさにこの事だな」

「感情というのは本当に面倒臭いな……」

「そういうな。アサギが私のことが大好きなのも、感情あってのことなんだから」

「それを言われるとぐうの音も出ない」

「グゥ……」

「何でダニエラがぐうの音を出すんだ……?」

「今のは腹の虫だ。ご飯にしよう」



  □   □   □   □



 食事休憩をしてからゴブリンの討伐証明を剥ぎ取る。以前、ちょろっとダニエラに聞いたが、資料室で改めて確認した。ゴブリンの証明部位は『左耳』だ。11匹分の左耳を虚ろの鞄から取り出した革袋に詰める。それを虚ろの鞄に仕舞って背負い直してダニエラに向き直ると、明後日の方向を見ているダニエラがそこに居た。何してんだ?


「何か見えるのか?」


 隣に立ち、右手を目の上に置いて日光を量を制限してダニエラの見る方向を見つめる。が、よく分からない。


「いや、私もアサギのように命のことを考えていた」

「そうなのか?」

「あぁ……私は魔物に家族を奪われた身だ。だから魔物の命を奪うことに特に何も思うことはなかった。寧ろ、憎しみすら抱いていた」

「そうだろうな……」

「それが、長く生きることで多少は薄れてきたんだろうな……魔物を殺すことが私の生きていく上での一部となっていた。生きる手段というか、生活の一部、日常と言えば良いんだろうか。どんどん、魔物の命の価値が下落して、薄くなっていった」


 ダニエラは遠くを見つめながら続ける。


「だが昨日、レイチェルに会って驚いた。人間の姿をして、人間の言葉を使い、人間と同じ感情を持っていたのに、あれが元は魔物だと言う。長く生きてきたが、あんな魔物は見たことがない。あれは、人間だ」

「確かに、レイチェルは人間だな。でもダニエラ、あれは極々特殊なケースだ。彼奴の魂は僕と同じ世界、同じ国から転生してきた魂だ。体が魔物でも、中身は人間なんだよ」

「そうだろうな……人間の魂を持っていなければ、魔物が人になどなれないだろう。なろうとも思わないはずだ」


 僕が強盗に刺されて、その死の淵、ギリギリの所でこの世界に飛ばされた。


 もし、死んでいて、ゴブリンとして転生していたらどうしただろう?


 魔物ならまだ良い。虫や、木だったら?


 僕は一体、どうなっていただろう?


「私も、ベオウルフやアーサーに会って何も思わなかった訳じゃない。フォレストウルフの異常進化個体、オークの異常進化個体、それだけでは説明の付かない魔物達と出会った。それと同時に、魔物とは何だろうと考えた」

「それで……?」


 遠くを見つめるダニエラが僕へと視線を合わせる。


「同じ命だと、そう思った」


 そのまま視線をずらして僕達の後ろで転がるゴブリンを見る。


「人も魔物も同じ命、同じ生き物だ。人が命に価値をつけるように、魔物にも命の価値がある。一方的に奪っていい命などない。だが、奪わなければいけない命もあると、そう思った」

「同じ人間でも、どこまでも良い奴と、どこまでも悪い奴が居るからな」

「あぁ、そうだな……。私が思ったこと、感じたことでやることが変わった訳ではない。ただ、明確な理由というか、そんなのが見えた気がするよ」


 今までの行いに説明の付く理由のようなものが出来たと、ダニエラはすっきりした顔で言った。


 殺してはいけない理由。殺さなければいけない理由。


 倫理観だとか、道徳的な理由だとか、それは人や場所、状況によって変わることはざらだ。戦争中は殺しが正義だったりと、同じことだ。


 ならこの世界では?


 世界が変われば、倫理観だとか、道徳的な理由とかも変わってくる。魔物の命は人よりも低いし、人の命の重みも現代日本とは違い、ここでは軽い。

 しかしだからといって、やはり命には価値あるものだ。軽々しく奪えるものでもない。だが、僕の命だってあっさりと奪われてしまう命なのだ。


 なら、どう生きるか?


 奪うしか無かった。自分の命が奪われる前に、奪う。誰かの命が奪われる前に、奪う。

 結局は、身に降りかかる火の粉は自分で払うしか無い世界だけど、払った火の粉が誰かに引火しないように気を付けるのも、悪いことじゃないと思った。

 僕もまた、魔物を殺すことの理由が、芽生えた気がした。無闇に殺すのではなく、後々の被害を抑えるために間引く……それもまた、異世界での生き方なのだろうなと、そう思った。

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