第百六十一話 絡まれ系男子
翌朝はダニエラと2人同時に目を覚ました。顔を洗い、運ばれてきた朝食を部屋で食べながら今日の予定を確認する。ちなみに朝食はスクランブルエッグにサラダ、焼きたてのパンに果物と実にフレッシュでジューシーでデリシャスでゴキゲンな朝食だった。
「私は報告出来なかったイヴのことを話しに行こう。ベーコンだったな?」
「あぁ、覚えやすい名前だったからしっかり覚えてる。間違いないはずだ」
「何か聞いた名だな……まぁいい。了解だ。アサギはどうするんだ?」
僕は着替えながらベッドの下に置いてあった鞄を足で指す。
「此奴に仕舞ってある素材とか売り飛ばしてこようと思ってる」
「換金か。ギルドはあるのか?」
「ある。昨日確認してきた」
屋台街から帰る時に冒険者風の男達を尾行した結果、冒険者ギルドに到着したので問題ない。何も不正はなかった。
「そうか。ところでウィンドドラゴンに関してなんだが……」
先に着替え終えたダニエラが左手をグーパーする。
「あぁ、装備か」
「あぁ。素材を分けてもらえると助かる」
「分かった。ついでに破れたその服も新しくするか?」
ダニエラの服は肘から先をウィンドドラゴンに囓られた為に破けていた。勿論、防具もない。
「そうだな……長年着ていて愛着があったが、そろそろ交換時ということだろう」
「じゃあウィンドドラゴンは僕達の装備のグレードアップに使って、余ったら換金ということで」
「悪いな」
「気にするなって」
パーティー、恋人であっても金銭のやり取りは大事だが、助け合うことの方がもっと大事だ。持ちつ持たれつ、二人三脚でやっていくんだからこういう所はどんどん頼って欲しい。あれもこれも許可が必要だとか、ルールをちゃんとしなきゃとか、堅苦しすぎるのは駄目だ。適度に、適当なルールが少しあれば、何も問題ない。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ」
腰にグラム・パンツァーを差して鞄を背負う。服はいつも街を歩く際に着る安物だ。着込む必要もないだろう。一応鞄には入っているが。
「私はトイレに行ってから行く。覗くなよ」
「覗かねーよ!」
「聞き耳も立てるなよ」
「立てねーよ!」
「気配感知で確認するからな」
「信用ねーな!?」
まったくもう! と、僕はちょっとプンスカしながら106号室を後にした。
カウンターにはクラマスさんではない別の従業員さんが居たので、外出する旨を伝えて宿も出る。そこから少し歩いて大通りへ出る。相変わらずの活気と混み具合に少し目眩を覚えながら人にぶつからないように気をつけながら歩き、昨日見たギルドへ向かう。
「『冒険者ギルド アスク支部』ねぇ」
白いレンガをたっぷり使った立派な建物が目の前に聳え立っていた。何だか宮殿を彷彿させるが、怖気づいても仕方ない。どうせ中はいつも通りの冒険者でごった返しているのだからな。
扉ではなく、垂らした布で目張りされた入口を抜ける。やはり中はそろそろ見慣れてきた光景が広がっていた。大きな川の傍の交易都市のギルドということで装備の意匠が色々と違うが、これもまた異文化コミュニケーションというやつだろうか。いや違うな。
中の作りは殆ど今までに見たギルドと一緒だった。『登録受付』『クエスト発行』『クエスト依頼』『報酬引渡』『換金』『質問・その他』の受付があって、奥には酒場が併設されている。エントランスの横には団欒スペースが設けられていて、色んな冒険者達が数々の冒険自慢を繰り広げていた。
そんな中をお上りさんよろしく、キョロキョロと見渡しながら歩く。そして『換金』カウンターの列の最後尾に並んでボーッとカウンター上の素材を眺める。……あれはオークの牙だな。形が特徴的だから分かる。ということは彼はオークを倒して来たということだろう。そのオークがアーサーでなければ良いのだが。……というか彼奴、何処に居るんだろう? 会うこともなく川も越えてしまったが、オークも川を越えるんだろうか……。
なんて、腕を組んて床を眺めながらボーッと考えていたら急に割り込まれた。顔を上げるとニヤニヤと下衆い顔が3つ並んでいた。まぁ、ここで怒っても仕方ない。待っていれば順番は来るのだし、気にするだけ無駄だろう。肩を竦めておくに留まり、再びアーサーのことを考え始める。
「ははは、ナイル兄ちゃん、此奴喋れないらしいぜ」
「おいおいザンベジ。彼はそういう病気なんだ。馬鹿にしちゃあ可哀想だろう?」
「あはははは! ザンベジ兄ちゃん、ナイル兄ちゃん、此奴は耳も駄目みたいだぜ。聞こえてすらないみたいだ!」
……人が折角横入りを許してやっているというのに煽ってくるとはどういう了見だ。カチンと来たので少し見上げて睨みつける。
「……あ? なんだてめぇ、文句あんのか?」
「文句があるなら聞いてやるぜ? 喋れるんならな!」
「あははははは!」
此奴等は人を苛立たせる天才なんだろうな。怒らせるのではなく、苛立たせる所に職人のこだわりがあるに違いない。絶妙な匙加減で攻めてきやがる。テクニシャンかな?
「ハッ、結局何も言えねーのか。玉無し野郎が」
「情けねーな。ま、これにこりたら冒険者なんか辞めちまえよ。目障りだぜ」
「あははは! そのまま回れ右で帰っちまいな、玉無し!」
ブチッと、堪忍袋の緒が切れる音がした。
「あー、悪い悪い。ちょっと考え事しててな」
「あ?」
「いやな、ギルドに来て並んでいる時にもし、割り込まれた場合のことを考えていたんだ」
「あははははは! で、玉無し野郎はそういう時どうするんだ!?」
さっきから笑い声が鬱陶しい奴が気安く肩を組んでくる。
「こうするんだよ!!」
肩に回した手を掴んで背負投げる。床に叩きつけた其奴の脇腹を蹴り飛ばせば、ザザザと床の上を滑っていく。
「セネガル! てめぇ!!」
そして一瞬だけ左足に《森狼の脚》を発動させて空を踏み、無駄に高い打点に照準を合わせて最初に煽ってきた奴の顎を右足で蹴り上げた。床を滑る奴の心配をしていた其奴は盛大に舌を噛んだのか、口から血を噴き出す。
「よくもザンベジを! ……ガッ!?」
怒鳴り声と共に殴ってきた一番デカい奴の攻撃を躱す。ダニエラの方がよっぽど早いし怖いね。そのまましゃがんで足を払うと見事に1回転半して其奴は床に叩きつけられた。床に転がる髪を掴んで持ち上げる。受け身もせずに顔を叩きつけたので両方の鼻から赤い川が出来上がっていた。神秘的だね。
「分かったか? 割り込むとこういう目に遭うんだ」
「ク、ソ野郎……んんぅ!!」
まだまだ反抗期のようなのでもう一度顔を床に叩きつけてやる。
「ご理解頂けたかな?」
「う、ぅぅ……」
目に涙を浮かべながらまだまだ元気いっぱいに睨みつけてくる。もう一度床を舐めさせる必要があるかと考えたが、どうやら時間切れのようだ。僕と其奴を挟んだ反対側に2本の足が止まった。僕は髪から手を離して立ち上がる。
「いやぁ、お取り込み中の所、申し訳ございません。少々お時間よろしいですかねぇ?」
「えぇ、勿論」
立っていたのは痩身の男だ。細面の男は姿勢良く立っているだけだが、隙が見当たらなかった。営業スマイルを貼り付けた男はカウンターの脇を通って『応接室』と書かれた扉を開けた。……ギルドの打ち合わせ室といえばフィオナとの修羅場を思い出すなぁ。
「どうかされましたか?」
「いえ、何も」
此方も営業スマイルを装備して取り繕う。そのまま男に促されるままに部屋に入る。直前にチラ、と振り返ると転がった3人をギルド員さんが足を掴んで運んでいくのが見えた。それだけで何となく察することは出来た。と、ここで男が扉を閉じたので結末までは確認出来なかった。
「いやぁ、彼らには私達も困っていたのですよ!」
「はぁ」
「ギルドに来る人間に手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けて一悶着起こすし、時にはカツアゲなんかもするんですよ!?」
「へぇ」
「しかしギルドは冒険者同士の喧嘩には介入することは難しいので手が出せなくて……彼奴等無駄に強いですし」
「はぁ」
「それにしても彼らって人を苛立たせる天才でしょう? もう腸煮えくり返っちゃって、もう、ホンット!」
「そうですか……あの、貴方誰です?」
革張りのソファに座った途端に男はまるで鬱憤溜まってましたと言わんばかりに愚痴を垂れ流し始めたが、まだ名前を聞いていない。
「あぁあぁ、失礼。私、フリュゲルニア帝国冒険者ギルドアスク支部ギルドマスターを勤めさせてもらっています、リオ・グランデと言います。以後お見知りおきを」
「ギルドマスターでしたか。僕は……」
「アサギさんでしょう? アサギ=カミヤシロ。『銀翆』の二つ名を持つ新進気鋭の最速の剣士! いやぁ、私、貴方のファンなんです。ぜひとも仲良くしていただきたいものですねぇ」
自己紹介の必要もないみたいだった。勝手に僕の手を取り握ってくるリオに寒気を感じたが、悪い奴ではなさそうだ。
「彼奴等は有名なんですか? その……悪い方向で」
「えぇえぇ、それはもう、邪魔で仕方ない奴等でして……あの足技はスカッとしましたよ!」
「それはどうも。……でも、ギルドで暴れた事の罰金はあるんでしょう?」
何だかんだで一番暴れたのは僕だ。頭にきていたよは言え、やりすぎた感はある。
「あぁ、気にしなくていいですよ。確かに罰金はありますが、貴方の罰金は彼らの預け金から差っ引いておきますので」
「良いんですか? ギルマスがそんなことして」
「良いんですよ。寧ろ私だから出来ることなので、これを活用しない手はありませんね!」
なんとも軽いマスターだ。ま、僕の身に火の粉が降りかからないのであればその方向で処理してもらっても一向に構わなかった。元々、僕は換金しに来ただけだったし、災難には見舞われたがその処理をギルドがしてくれるなら何の問題もないね。
「では話はそれだけですので。お手数掛けましたね」
「いえいえ、此方こそすみませんでした」
「お気になさらず!」
立ち上がるとそそくさとリオが扉を開いてくれる。なんだか腰が低いというか、逆に申し訳なくなる。
「ではまた何かあれば私の方へ連絡してくださいね」
「はい、ありがとうございまし…………た」
そう言って部屋を出るとビクッとして固まった。ギルド中の視線が集まっていた。しかしそれも一瞬で、すぐに視線は散らばってザワザワとした空気になる。
「ふふ、人気者ですねぇ」
「僕はひっそりと生きていたい系男子ですので、人気は必要ないですねぇ」
「またまたぁ、もうアサギさんは人気者ですよ!」
嬉しくない後押しをしたリオはそのままカウンターの向こうへ消えた。
あぁ……まったく、レプラントが平和だった所為で久しぶりにくたびれた。疲れた体を運んで再び『換金』カウンター並び直したが、今度は割り込まれることは無かった。




