第百六十話 アスクの夜
祝160話です。これからもどうぞよろしくお願いします。
クラマスさんの案内でエントランスへと向かう。木造の柱が立ち並び、床やカウンターも木製。しかし和風とは違い、何だかまた別の意味で懐かしさを感じる。行ったことのない町を見て懐かしく感じてしまうような、そんな気持ちだ。
とりあえず、諸々の事情が片付くまでということで延長込みで2週間の間、お世話になることにした。案内された部屋は1階の手前から6部屋目。106号室だ。
クラマスさんが鍵を開けてくれたので、ダニエラを背負いながら中へと入る。いつもながら入口の傍に防犯の魔道具が設置されている。見た目はよく分からないが木製でアレンジされているので、やはりこの宿の雰囲気に合った外見だ。この魔道具は応用が多いな……こうなると本来の姿というのが気になっってくるところではあるが。
部屋の雰囲気は魔道具から察することが出来るように、木の温かみに溢れた落ち着いた部屋だ。しかし森の宿場町、ヴァドルフで泊まった宿のような森の中の部屋という感じではなく、どちらかと言えば『木の中』と表現した方がしっくりくる。
天井はまず、木だ。綺麗な木目が幼い子には顔に見えたりして怖いかもしれないが、僕は良いなと感じる。風情があるというか、木目によって異なる絵柄が目を楽しませてくれる。
テーブルと椅子はロータイプで、どちらも木製。椅子の方は赤い布のクッションが付いていて座り心地は良さそうだ。テーブルも年季の入った見た目で、触れてみると驚くほどスベスベだ。
部屋の奥は窓が付いていた。外を見ると、先程見た宿の裏とはまた別の空間が広がっているが、川が川が此方にも流れてきている。癒やしの空間が広がっていて落ち着く。
くるりと向き直って更に部屋を眺める。トイレはあるが風呂はない。共同浴場だろうか。ベッドは二つ。レプラントのような大きなベッドがドン、と置かれているわけではないので、イチャつくには少々物足りない。が、触れてみるとふかふかで肌触りも気持ち良い。とりあえずそこにダニエラを寝かせた。
「どうですか?」
一通り確認を終えた僕にクラマスさんが声を掛ける。
「良い部屋です。木製って好きなんですよね」
「あら、それは良かったです。うちは木の良さを前面に出した宿ですので、散歩してみるのも良いかもしれませんね」
「時間があれば見学させてください」
嬉しそうに微笑むクラマスさん。可愛らしい人だが、内面は意外とサディスティックだ。地雷に気をつけないと……。
「あら? アサギ様、何か?」
「いえなにも!」
□ □ □ □
ダニエラが目を覚ましたのは日が暮れてしばらくしてからだった。虫の鳴き声に耳を傾けていたらダニエラが起き上がる気配がした。
「起きたか」
「ん……此処は?」
「宿だ」
「そうか……」
ポリポリと頭を掻きながらダニエラは部屋を見渡す。ゆっくりとした動きで見る姿からまだ半分寝てるんじゃないかと勘ぐってしまうが……。
「……うん、良い部屋だ」
「あぁ、僕もそう思うよ」
僕は椅子から立ち上がり、自分のベッドに腰をかける。
「あれから川を渡ったんだ。んで、反対側の町に来た。名前はアスク。そこで衛兵に捕まってな、ニコラで起きたことを聞かれたんだ」
「ふむ……ここの衛兵は優秀だな。もう耳にしているか」
「まぁ、竜種出たしな。見えない距離でもないだろう」
「それもそうか……それで?」
降ろしていた足を持ち上げて胡座をかきながら続ける。
「あぁ、洗いざらい吐くから宿紹介しろって言って此処を紹介させた」
「ハハッ、アサギは転んでもただでは起きないな」
「まぁな」
何だかけち臭い気もするが、元々宿を探そうと思っていたところで捕まったから手間を省かせてもらうのは当然ということだ。
「んでな、ダニエラ、お前グッスリだったからイヴの詳細を話せてないんだ」
「ふむ……」
「首は無いか、だとさ」
「無い。あれはどうしようもない女だったが、腐っても同胞だ。同胞の首を刎ねるようなことはしない」
「そっか……んじゃあそれ、今度時間ある時に詰所のベーコンって奴に話してやってくれ。アサギに言われて来たって言えば通してもらえるはずだ」
「ん、了解だ。それよりもアサギ」
ダニエラが居ずまいを正すので僕も何となく胡座を解いて座り直す。
「腹が減った」
「まぁそんなことだろうと思ったよ」
こんなこともあろうかと、ダニエラが寝てる間に町を散策して屋台街も見つけておいた。こう、何処の町にでもあると文化って感じがしてくるな。異文化コミュニケーションってやつだな。違うか。
鞄を引き寄せ、蓋を開けてまさぐると中から分厚い紙の箱で作られた焼きそばが出て来る。ソースは異世界ソースだが、味は良い。そういえば麺類ってあまり見てこなかったな。肉に目を奪われてしまっていたからかな?
「はい、謎ソース焼きそば」
「なんだそれ」
まだアツアツのそれを差し出すとクスクス笑いながらもダニエラはそれを受け取って、ベッドから降りてローテーブルへと向かう。食事には向かないテーブルだが、ベッドの上で食べて溢したりしたら大変だからな。偉い偉い。僕も同じ謎そばを出してダニエラの反対側に腰を下ろす。
「いただきます」
「いただきまーす」
2人で食前の儀式を終えて麺を啜る。そういえば麺を啜れない人というのが居ると昔聞いたっけ……啜れない人ってストローで飲み物飲めなかったりするのかね?
なんて、取り留めのないことを考えながら麺を啜る。あぁ、そういえば昔読んだ小説で異世界に来た日本人ってテンプレみたいに醤油とか味噌作り始めるよなぁ……僕全然作り方知らないから出来ないや。でもこの異世界ソースは口に合ってるから恋しくはならないな。ま、松本君が作りそうだし出来たら出来たで貰うことにしようかな。
「アサギ、おかわりはあるのか?」
「ん? あぁ、あるぞ。食うの早いな……ちょっと待ってて」
食べかけの麺をテーブルに置いてベッドに置いてあった鞄まで移動して、同じく屋台街で買ってきた川魚の塩焼きを取り出して戻ってくる。
「はいよ。骨は大丈夫だよな?」
「あぁ、問題ない」
ま、此奴が食べ物で苦手なことなんてないよな。食い意地美人だからね。まぁそこは僕も好いている部分なので良いことなのだが。さて、僕も食事を再開だ。と、テーブルの上に置いた謎そばに手を伸ばしたところで固まった。
「なぁダニエラ」
「もぐもぐ……なんだアサギ」
「僕のそばがないんだが?」
「ん? あるじゃないか」
「え? 何処にだよ?」
「ほら此処、私の腹の中だ」
「……」
前言撤回。食い意地美人に関しては矯正していくことにしよう。
それから僕は自分用に買っていた魚を食べてダニエラと2人で風呂へ行くことにした。ダニエラが寝ている間にカウンターの人に聞けば、宿を出て少し歩いたところに共同浴場があるとのこと。男女に別れた健全なお風呂だそうなので、安心して入ることが出来る。
「んじゃあまた後で」
「あぁ」
入口でダニエラと別れて男湯へと入る。時間が時間だからか、客が多い……商人らしい男から冒険者まで幅広い人種が全裸で入り乱れている。漢祭だな……。僕も祭に参加する為に服を脱ぐ。籠の中に入れながら不用心だな、と思ったがよく見ると部屋の端で衛兵さんが立っていた。なるほど、見張りが居る訳か。でも何だか落ち着かないな……周りの人は気にもしていないが。慣れっこなのだろう。
タオルだけ持って引き戸を開けると熱気と湿気とおっさん達が僕を出迎えてくれた。特に興味もないのでさっさと体を洗う。ウィンドドラゴンの血が少し付いていたので、それを擦って落とす。僕もローリエみたいな無魔法使いたいなー。なんてゴシゴシしていると隣にでかいおっさんが来た。近いなと離れながらチラ、と顔を見て驚いた。強そうなおじさんじゃないか!
「おじさん、おじさんじゃないか!」
「んぁ? お、お前!」
パァッとおじさんが嬉しそうに僕を見下ろす。
「こっちに帰ってきてたんですね」
「まぁな。仕事終わったし。感謝するぜ。お前がニコラのボスを倒してくれたお陰で帰ってこられた」
そう言っておじさんが手を差し出す。
「テムズだ。名前を聞かせてくれ」
「アサギです。お仕事お疲れ様でした」
「アサギか! ありがとな!」
ガッチリ握手をして互いの無事を喜び合う。それから体を洗い終え、2人で湯船に浸かりながら戦いのことを話した。
「そうか……竜種か……お前強すぎだな……」
「偶々ですよ」
「でも一刀両断ってお前……まぁいいや」
「そういえば他の方はどうしたんです?」
あの場には3人居た。素早そうな衛兵おじさんとはあの後一度会ったが賢そうな衛兵おじさんとは会っていない。
「あぁ、セヴァーン……ってのはお前と初めてあった時に逃さないように後ろに立たせた奴なんだが、其奴は報告に一足先に帝都に帰ったよ」
「帝都?」
「ん? あぁ、言ってなかったな。俺達は帝国軍人だよ。一応、諜報のな」
諜報って言えば裏の仕事担当じゃないか。バラしていいのか?
「アサギなら大丈夫だろ。イヴを倒したってことでお前とダニエラには暫く監視がつくかもしれないからな。先にバラしておけば万が一捕まっても吐かせる前に分かるだろう?」
「なるほど……帝国の脅威になるか、ならないか……その見極めってところですか?」
「まぁな」
帝国も馬鹿じゃないってことだろう。ニコラに巣食うイヴを排除しました。やったぜこれで平和になるぜ。と、これで終わらせてはまた第二のイヴが生まれた時に困るからな。解決した人間、町を治めるに値する人間の選定。ここからは帝国の処理速度が肝心という訳か。
「それともう一人居たじゃないですか。彼は?」
「あぁ……彼奴か。ウェルランドは俺達と撤退する時に、盗賊の矢で、な」
「……そうでしたか」
彼とはゆっくり話したかったのだが、まぁ、これも戦場の出来事とあっては致し方ないとはいえ、残酷なことだ。
その後はお互いに言葉少なに風呂を上がった。
「アサギ、俺はもう帝都に帰る。もし帝都に来ることがあったら頼ってくれ。力になろう」
「ありがとうございます、テムズさん」
「良いってことよ。じゃあな!」
服を着替えたテムズさんは軽く手を挙げて脱衣所から出ていった。帝都にはそのうち行くので、その時は会いに行くことにしようと心のメモ帳に書き記して僕も脱衣所を出る。先に上がっていたダニエラと合流して夜のアスクを散策しながら宿に帰り、ゆっくり休むことにした。




