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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百五十九話 交易都市

 桟橋に降り立つ。そこには多くの人で賑わっていた。ニコラとはこの時点で大違いだ。


 幾つもの木箱が溢れ、それを運ぶ労働者が大勢居る。しかし鉱山のような労働奴隷ではなく、皆生き生きとした顔で仕事をしている。服もボロくないし、不潔でもない。ここは働き手として十分成り立つ環境なのだろうな。


 辺りをキョロキョロと見ながら歩いていると荷車が目の前を横切った。その上には麻の袋が沢山積み重なっていた。


「なぁ、その袋の中って何なんだ?」


 ちょっと荷車を引くおじさんに声を掛けてみる。


「ん? あぁ、此奴の中は香辛料だよ」

「へぇ、香辛料! こんなに沢山か!」


 これらを買えば料理の幅も広がるってもんだ。使い方は感覚だけど。


「此処、アスクは交易の町だ。町を見な、色んなもんが揃ってるぜ!」


 川とは反対方向を指差したおじさんはそれだけ言うと荷車を押していく。その背にありがとうと投げかけると振り向かずに手だけ振る。

 そうか……交易都市とは聞いていたが、結構盛り上がっているようだな。これはなかなか楽しみだ。


「……っと、まずは宿だな」


 川や陸を入口としているこの町では宿も多いだろう。泊りがけの商売には宿は必須のはずだ。ということで宿を探すことにした。


 ……の、だが。


「おい、そこの」

「はい?」


 トントンと肩を叩かれる。振り向けばそこには衛兵さんが立っていた。


「見ていたぞ。川を渡ってきただろう」

「あー、はい」

「では町へ入る為の手続きをしないといけないな。ん?」


 門が無いので忘れていたが、普通は船を降りる際に許可を貰う手筈なのだろう。クイ、と衛兵さんの親指が指し示した方では船から降りた人達がそれぞれの方法で身分証明を行っていた。


「えぇ、まったくその通りです」

「聞き分けが良いのは良いことだ。とりあえず詰所へと来てもらおう」

「了解です」

「そこで、詳しく話も聞かせてもらうことになるな」

「……」


 何の事か分からないといった風に肩を竦めておく。アスクの衛兵達はニコラとは敵対していると衛兵おじさんが言っていたから、きっとそのことだろうが、ここで話すようなことでもない。

 それを察してくれたのか、衛兵さんは何も言わずに歩き出した。ダニエラを背負い直してその後を付いて行くと、白い建物が見えてきた。その辺の倉庫とは違う、綺麗な建物だ。よく見ればそれが真っ白なレンガだと分かった。


「へぇ……」


 綺麗なもんだな……。


「よし、着いたぞ」

「え? あ、ここが詰所なんですね」

「ん? 何だと思ったんだ?」

「いや、綺麗な建物だから金持ちの家かなと」


 都内の豪邸とかこんな感じだしな。行ったこと無いけど。と思ってそう言うと衛兵さんはキョトンとした顔をしてから、大きな声で笑いだした。


「アッハッハッハッハ! 相当酷い家を見てきたのだな! この町じゃこれくらい、普通の建物さ!」

「ちょ、衛兵さん声でかい……!」


 ダニエラが起きちゃう! と人差し指を立ててシーッと合図すると衛兵さんも慌てて口を閉じるが、時既に遅く、ダニエラが目を覚ました。


「んんぅ……うるっさいな……」


 寝不足で不機嫌そうな声を出しながらダニエラが眩しそうに目を開ける。


「あ……? だれだ……」

「ハッ、私は交易都市アスク衛兵隊港支部衛兵隊長を勤めています、ユーコンであります!」


 ユーコンと名乗った衛兵さんビシっと敬礼までしている。


「ユーコンか……そうか……ごくろうだな……わたしはベーコンがすきだ……」

「ハッ、ありがとうございます! 私もベーコンは大好きです!」


 何の話だ……。


「しっかりな……ベーコン……ぐぅ……」

「ハッ!」


 最終的にダニエラは再び夢の中に帰る。その寝顔は実に幸せそうだ。きっとベーコンに巻かれる夢でも見ているのだろう。


「……ふぅ、何だか逆らえない圧力のようなものを感じたよ……」

「うちのがすみません……」


 敬礼を解いたベーコンが額の汗を拭う。


「いや、俺が大きな声を出したのが原因だから……。何だか、気が抜けちまったな。あんた、名前は?」

「僕はアサギです。此奴はダニエラです」

「あぁもう敬語とかいいって。そんな空気じゃないしな」

「それもそうか……よろしくな、ベーコン」

「ユーコンな?」


 額に青筋を浮かべたベ……ユーコンが訂正してくるので、しっかり覚え直しておいた。



  □   □   □   □



「さて、町に入る前にステカの認証だけやっておくぞ」

「あぁ、頼む」


 虚ろの鞄からステータスカードを2枚取り出してベーコンに渡す。ベーコンはそれをササッと読み取り器具に通すと返してくれる。


「……ゲッ、アサギもダニエラも二つ名持ちなのか……」

「言ってなかったっけ?」

「言ってないな。先程までの無礼をお許し下さい」


 そう言って畏まるベーコン。


「ハハッ、今更やめてくれよ、ベーコン」

「ユーコンだって言ってんだろ!」


 ドン! と机を叩くベーコン。


「そんなことより宿探してるんだ。紹介状書いてくれよ。洗いざらい話すからさ」


 こめかみをピクピクと動かしながらベーコンが椅子に座って紙を取り出す。あれに書いてくれるんだな。


「……ったく。で? ニコラで何かあったのは分かってる。詳しく教えてくれ」

「分かった。まず僕達は……」


 小屋に泊まり、魔鉱石を見つけたこと。そこからの始まった激動の流れを細かく話していく。全て話し終えた時には昼も過ぎていた。


「……なるほど、な」

「大変だったよ。まさか竜種が出て来るとは思わなかった」

「俺はそれを倒せるとは思わなかったよ……」


 疲れた顔でベーコンは言うが、あんなの出てきたら倒す以外に無いと思う。実際、逃げていたらあれはニコラを破壊し尽くして此処、アスクまでやってきただろう。それを未然に防いだのだから感謝こそされど、呆れられる筋合いはないはずだ。


「いやいや、人間、やばいもん見た時とか感情が追いつけなくなるからな」

「そんなもんか……」


 なら是非もないね! そういうことにしてこの件は終わりということにしよう。


「……で、イヴの死体は? 首でも良い」

「いや……見てないな。イヴはダニエラが殺したからダニエラに聞けば分かるが……」


 そっと視線をダニエラへ向ける。部屋の隅で椅子を4つ使って眠るダニエラへ向ける。


「起こすに起こせないな……」

「すまない……うちのダニエラがすまない……」


 ということで後日出頭し、報告ということになった。だけど、僕はイヴの死体を見ていないからな……多分、まだニコラに転がってるはずだ。ひょっとしたら盗賊が持ち去っているかもしれない。

 これが後々、どう響いてくるかはまだ分からないが、何事も無ければ、それが一番だ。



  □   □   □   □



 ベーコンとの聴取も終わり、帰り際に渡された地図と紹介状を頼りに宿を探す。宿の名は『せせらぎ亭』。シンプルな名前だが、ベーコンオススメの宿ということで期待は高まるばかりだ。

 ずり落ちるダニエラを背負い直しながら地図の通りに進み、大通りに出る。活気はレプラントと同等くらいか。実に賑やかだ。通りに並ぶ店からは呼び込みの声や、鉄を打つ音が聞こえる。人通りも激しく、商人風の男から冒険者風の女、貴族風の老人やスラム育ちと思われる子供も居た。老若男女、様々な身分の人間が入り乱れている。


「すげぇなぁ……」


 これだけの人はなかなか見られないな……朝も昼も夜も騒がしい町になりそうだ。


 宿はそんな大通りを横断し、いくつかの道を入り込んだところにあった。ここは大通りとは違って閑静な通りで、見れば何軒も宿が並んでいる。なるほど、宿を取って休む人は静かな場所でということだろう。意外と考えて作られているんだなと感心する。


「『せせらぎ亭』……此処か。……ん?」


 目的地の宿の前に立つ。すると耳に小さな川のせせらぎが聞こえてきた。あの大きな川とは反対方向なのだが……と、キョロキョロしていると小さな路地を見つけた。そこへ興味本位に入ってみると、宿の裏へ出る。そこには小さな浅い川が流れていた。


「これがせせらぎの正体か」


 小さいが、澄んだ綺麗な川だ。そっとしゃがんで手を入れてみると、冷たくて気持ち良い。


「ふふ、飲水にもなるんですよ?」

「えっ?」


 急に後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには綺麗な女性が立っていた。


「女性を背負った黒髪の男性が訪れるので饗してやってほしいとユーコンさんから連絡がありました。アサギ様ですね?」

「ユーコン……? あっ、はい。アサギです。これを」


 鞄からベーコンから貰った紹介状を取り出して女性に渡す。それを広げた女性は流し読みし、ふふ、と小さく微笑んだ。


「あぁ、いえ、すみません。ユーコンさんったら、紹介状が途中から恋文になっていましたので、つい」

「ユーコン……ユーコン……あぁ、ベーコンのことか!」

「ベーコン?」

「あぁいえ、すみません」


 ダニエラのお陰で変な覚え方しちゃったぜ。まったく……それにしてもベーコンの奴め、紹介状とか言いながら僕達をダシに使ってこの女性を口説くとは……許せない奴だ!


「それで、お返事は? 僕がすぐ言ってノーと口汚く断ってきましょうか?」

「ふふ、いえいえ、放置しておくのが最適解です」


 顔に似合わずサディスティックだった。恐るべし女性、哀れベーコン。


「あぁ、申し遅れました。私、『せせらぎ亭』の女将をさせてもらっています。クラマスです。よろしくお願いしますね」

「はい、此方こそ。アサギ=カミヤシロです。こっちがダニエラ=ヴィルシルフ。暫くお世話になります」


 自己紹介を終えるとクラマスさんは柔らかく微笑んだ。


「では改めまして、ようこそ、『せせらぎ亭』へ。歓迎いたしますわ」

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