第百五十五話 ダニエラの傍へ
2分程休めば視界は元通りに回復した。たった2分がとんでもなく長く感じたぜ……気配感知エリア内には反応はない。盗賊もイヴも、ダニエラもだ。だがダニエラの消えた方向はしっかり覚えている。さぁ、すぐに追おう。
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点々と付いた血の跡を追う。もちろん、これはイヴの物だ。赤いまだ濡れたままの血を追えば、町の方から戦闘音が聞こえてきたので速度を上げる。向かう先は川方面、町の中心部だ。そして進むに連れて気配の数も増えてくる。盗賊か住人かは分からないが、忙しなく動いているのが盗賊だと仮定して油断せずに走る。
「あ、お前!」
「ん……!」
建物の陰から衛兵が飛び出してきた。また盗賊かと剣を振り上げる。
「待て待て待て!」
「はい?」
「俺だ俺! ほら、拾い物の!」
「……あっ」
見たことあるぞ。詰所の裏で退路を断ってくれた素早そうな衛兵おじさんだ。腰に剣を下げてはいるが、抜いてこない。戦うつもりは無いってことか?
「何してるんですか」
「お前、イヴと殺り合ってんだろ。加勢するぜ」
「んん? おじさんは部下の盗賊じゃないのか?」
「違う違う。俺は向こう岸から潜入捜査に来た兵だ。向こう岸とこっち側は対立してるんだよ。盗賊の頭を引きずり降ろそうってな」
なんと、イヴの正体は割と普通に知られているらしい。聞けば決定的な証拠がないだけで、公然の秘密扱いになっているらしい。イヴも相当警戒心が強いらしく、なかなか尻尾を掴ませないのだとか。
「俺の他に2人居ただろ。彼奴等もスパイさ」
「え、でも賢そうな衛兵おじさんに有無を言わさずイヴの元に行かされたんですけど」
「あれはあぁするしか無かったんだ。で、絶対何かあると思って俺等はそれとなく離れて監視してたのさ」
「なるほど……」
変に庇えば正体がバレてしまうし、庇って何も無かったら怪しまれてしまうと。あの場面では僕達を送り出す以外の選択肢が無かったようだ。
「でもやることなんて無いですよ」
「そうなのか? んー……じゃあ此奴を持ってけ」
そう言って衛兵おじさんは懐から何本か瓶を取り出す。どれも今まで見た中でも一番鮮やかな色をした液体が入っているが……。
「回復ポーションだ。緑のが体力、青いのが魔力で、黄色いのが疲労回復だな」
「良いんですか? 何か高そうですけど」
「あぁ、一応用意出来る最上級ポーションだ。大抵の傷は治るし、魔力も回復するぜ」
「めちゃくちゃ高価な物じゃないですか! 本当に良いんですか? 返しませんよ?」
「良いさ。俺が持っててもしょうがないしな」
そういうことなら貰っておこう。ぶっちゃけ結構疲れてたりするし……ならば黄色いポーションだなと、その場で蓋を開けて飲み干す。
「んくっ、んくっ……ぷはぁ。あー……何か疲れ取れたかも……」
「其奴は良かった。じゃ、俺は邪魔にならないように隠れてるぜ。気を付けてな」
「おじさんもね。ポーションありがとう」
「良いってことよ。じゃあな!」
手を振った衛兵おじさんが走り去って行く。なかなかの健脚で、あっという間に建物の陰に隠れて見えなくなった。
予想外の再会だったが……お陰でコンディションはバッチリだ。この町も色々あるんだなぁ……。でも良いことを聞いた、反対岸に逃げ切れば勝ち確定だ。イヴの敵であるということは僕達と敵対する理由はないはずだ。衛兵おじさんが証言でもしてくれればまず間違いないだろう。俄然、やる気が出てきたな。
「っし、行くか」
疲労が吹き飛び、両足に掛かる負担も無い。いつもの様に渦巻く銀翆の風が僕をダニエラの元へ運んでくれるだろう。
「とか言って走るのは僕なんだけどな」
いつも前に進むのは僕の意思だ。自分の意思で走り、この手で勝利を掴み取ってきた。今回も、確実に勝ちをもぎ取る。勿論、油断は無しだ。さっきのようなヘマはしない。最速でイヴを仕留める。今度こそ奇襲で確実に仕留めるつもりだ。
銀翆の風と共に町を駆ける。すれ違う武器を振る盗賊を斬っていると、ところどころで此方に向かってサムズアップする衛兵を見掛けた。彼らも潜入兵だろうと思い、途中から間違って斬らないように小手で殴ることにした。これなら死ぬ程痛いけど死なないだろう。間違ってたら謝るということで……。
「おい、おい!」
30人目の盗賊を殴り飛ばした時、建物の陰に居た衛兵に呼ばれる。あの巨体は……強そうな衛兵おじさんだ!
「あぁ、衛兵さん。無事でしたか」
「その様子だと誰かに会ったな? まぁそれはいい。この先でイヴとアンタの連れが戦ってる。アンタのお陰でイヴは満身創痍だが、何か切り札を隠してるんじゃないかってのが俺達の見解だ」
「ならば早くダニエラの所に行かないと」
「気を付けてな! あぁそうだ、此奴を持ってけ!」
「これは……?」
手を掴まれて何か乗せられる。ジッとそれを見ると指輪だった。
「いや、あの……えっと、僕、付き合ってる人が居るし……結婚は、ちょっと」
「お、馬鹿野郎だな? それは気配遮断の魔道具だ。精度は低いが何かの役に立つだろうし持っていけ!」
おぉ……これは、良い物だ! 幅広の銀色のリングを人差し指にはめる。何か思い出すなぁ。昔、原宿でこういうの買ったわ。1000円で。
「ありがとう、助かりました!」
「おう、じゃあまたな!」
グーを突き出す衛兵おじさんにグーを打ち付ける。ニィ、と笑った衛兵おじさんはそのまま建物の陰に消える。すると気配も消えた。おぉ、これがひょっとして気配遮断の魔道具の力か? と、驚いていると再び気配を発した衛兵おじさんが陰からこっちを見てサムズアップする。やはり隠密能力だろう。もう一度消えると、衛兵おじさんはそれっきり居なくなった。
「魔力さえ流せば使えるのが魔道具の素晴らしい所だな……」
夢の隠れ身、隠密。気配遮断スキルだ。お試しだけどな。これを機にスキル生えてくれたらなぁと思うが、人生そんなに甘くない。今は魔道具に頼っておじさんが指し示した方向へと走る。
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崩れた建物が目立ち始めた。これがダニエラとイヴの戦いの跡だというのなら、あの傷でイヴはどれだけの力を残していたのだと冷や汗が流れる。それと共にダニエラの安否が気になる。
ダニエラは長命であるが、戦闘を最低限に行って生きてきたエルフだ。対してイヴは同じエルフであって戦いに明け暮れた人生を送ってきたのだろう。盗賊というのはそういう人種だ。奪い、殺して生きる人種。戦うことが日常の生き物だ。
ダニエラも最近は戦闘を繰り返したことで多少はレベルが上がったと喜んでいたが、それでもイヴには届かないのではないかと考える。が、ダニエラを信じている僕の感情がダニエラの勝利を疑っていない。
「そろそろ気配遮断をしておくか……」
ここからは《森狼の脚》も無しだ。確実にバレずに近付き、奇襲で決着をつけるんだ。
爆発音が響く。そして巻き上がる粉塵、瓦礫。彼処にダニエラとイヴが居る!
僕は走る。気配遮断のお陰で傍で見張る盗賊は僕には気付かない。今なら後ろから一撃で仕留められるが、そんな暇はない。すぐにダニエラの応援に行かなきゃいけない。
僕は走る。目の前の瓦礫は《森狼の脚》を一瞬だけ発動させてジャンプで飛び越える。昔見たアニメの登場人物のように飛び越えるが、着地は上手く出来なかったから転がった。要訓練、だな。
僕は走る。火柱が見える。もう、その瓦礫の向こうだ。鞄からシュヴァルツ・テンペストを抜き、手に持ちながら走る。
「あああああああああっっっ!!!」
イヴの声が聞こえる。瓦礫を越えて戦場を確認する。そこは建物も何もかもが瓦礫とかした荒野だった。所々でイヴの放った火炎が燻っている。
「あ……」
やっとダニエラを見つけた。イヴの火炎がダニエラの傍を抜け、それをダニエラが避ける。ここから見るとそこはちょうど荒野の中心だ。
そしてイヴの顔が醜く歪むのが見えた。何かよく分からない不安が僕の背を押す。
『何か切り札を隠してるんじゃないかってのが俺達の見解だ』
そんな衛兵おじさんの言葉を思い出す。
あの顔は、避けたことに悔しくて歪んだんじゃ、ない。
あの位置に来たことで勝利を確信した顔だ。
「ダニエラアアアアアアアアアアア!!!!!!」
思わず叫び、走り出す。何か起こる。とても拙いことが。
「死ねえええええええええええ!!!!!」
イヴの声と共に何かを地面に叩きつけて割った。するとダニエラの足元に魔法陣が浮かぶ。あんなの見たこと無い。浮かんだ魔法陣はカッと翡翠色の閃光とともに発動する。そこから現れたのは巨大な、顎。赤い舌、並んだ牙がダニエラの左腕に食らいついた。そのまま魔法陣から這い出てきたその姿は巨大な見たこともない姿。でも僕はそれを知ってる。
竜種だった。




