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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百五十二話 ダニエラの過去、イヴとの出会い

 前後の記憶が曖昧だが、現在地は空だ。


「……っぁあ!」


 焦ってジタバタしてしまうが、《森狼の脚》を纏えば何もない空を足場に出来る。今までは踏み続けている感覚でいたが、練度が上がったのか、今では普通に立っている感覚と変わらない。浮く、という感じでもないな……何もない場所に立っているという独特の感覚だ。


 眼下には粉々になった詰め所が見える。ほぼほぼ更地だが、ここは高過ぎてよく分からないな。


「それにしても……何でこんな場所に……」


 一瞬、気絶していたのは間違いないだろう。でも何がどうなってこんな上空に居るのか。落ち着いて考えてみる。……が、ダニエラの竜巻に飛ばされたとしか。後はイヴの放った複合属性魔法が何かしら作用したのかもしれない。上昇気流的な……仕組みは分からん。


 改めて自分の状態を確認してみるが、特に異常はない。流石は竜種装備と言ったところか……正直、ズタボロになるんじゃないかと不安だった。やはり風の加護は備わっているようで、その効能は目を見張るものがある。


 諸々の状況は判断出来た。そして今最も大事なのはダニエラの安否だ。無事に逃げ遂せたなら何も問題ない。だが、予想以上の魔力を注ぎ込んでいたからひょっとしたら魔力欠乏状態になっているかもしれない。ならば、フラフラの状態だ。上空から見下ろして、回収出来たならその足で川を越えよう。ぶっちゃけこの脚で越えても良かったのだが、出来る限りルールに沿って行動したかった。渡し賃を払う必要があればちゃんと払うし、身分の確認があるなら包み隠さず答える準備があった。

 この脚で越えることが簡単でも、その後の問題というものがある。川を渡ったことの正規の証明が必要と言われた時、困るのは僕達だからな。尤も、僕もダニエラもそんな事を相談するまでもなく当たり前に町を抜けて川を渡るつもりだったが。そのお陰でこの様なのだから何ともいえないが……。


「正直者が馬鹿を見る、か……」


 何とも言えない気持ちのまま、僕は銀翆の風を緩め、地上へと落ちていった。



  □   □   □   □



「探せ! まだこの辺りに居るはずだ!」


 遠くで走り回る衛兵の足音が聞こえる。ここで隠れてやり過ごしたいが、そうも言ってられない。


「何だアンタ、どこから入ってきた!?」

「すまない……迷子なんだ。すぐに出ていくよ」

「迷子……? そうは見えないな」


 重い体で慌てて入り込んだ扉の向こうに居たのはこの町の人か。この町の善良な人間か、それとも裏の人間か。私には判断出来ないが、とりあえず此処に居ては彼に迷惑が掛かるし、すぐにでも出ていかねばなるまい。だが、体が思うように動かない。魔力欠乏による倦怠感が足を持ち上げてくれない。


「顔色が悪いな。大丈夫か?」

「大丈夫だ……どこかで休めばすぐにでも良くなる。邪魔したな……」


 震える腕を何とか持ち上げ、ドアノブに手を掛ける。そのまま捻れば扉は開くのに、捻る力がなかなか出ない。


「まぁ待て、休むなら此処で休めばいい」

「いや、しかし……」

「気にするな。別にアンタをどうこうしようって気はないさ」


 男はコップを持ち、水道の蛇口を捻って中を水で満たす。それを私に手渡し、支えながらゆっくりと飲ませてくれた。冷たい水が喉を通る感覚に、思わずほぅ、と吐息が漏れた。いくらか体の制御が帰ってくる。手に持ったコップを返しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう……助かった」

「まだ元気じゃないだろう。もう少しゆっくりしていけ」


 しかし助けてくれた男は肩を貸してくれて、近くの椅子まで運んでくれた。ベッドへ運ばないのは彼の良心の表れだろうか。


「世話を掛ける……私はダニエラだ。名を伺いたい」

「名乗るほどの者じゃないけどな。まぁ名乗れば俺はヴェントだ。よろしくな、ダニエラさん」

「あぁ、すまないな……ヴェント」


 早くこの町を離れないといけないが、まだまだ体が言うことを聞かない。動くのは手くらいだ。アサギのことも心配だし、イヴのこともある。何一つ状況が分からないまま、体を休めるしかないというのも歯痒い。焦る気持ちばかりが募るが、どうしようもない。


 そうしてジッとテーブルを見つめながら回復に専念していると、目の前に皿が差し出された。その上には綺麗な黄色い丸が二つ。それを囲うように白身。目玉焼きだ。その傍にはこんがりと焼けたアサギの次に大好きなべーコンが3枚も乗っかっていた。

 顔を上げると、ダメ押しにパンが差し出される。傍にはコップに注がれた水。


「腹減ってるだろう。だから力が出ないんだ」

「いや、私は……」

「黙って食え。毒なんか入ってないから」


 そう言って可笑しそうに笑うヴェント。置かれたフォークを掴み、そっとベーコンに突き刺す。それを口に運んでからは、止まらなかった。あっという間、と言う程の速さは全盛期の私程は出ないが、皿の上は何一つ残らない更地と化していた。


「良い食べっぷりだ。作った甲斐があったよ」

「旨かった……ありがとう。食事まで頂いてしまって」

「気にするな。俺が食わせたかっただけだ」


 アサギといい勝負の腕前だった。疲労に空腹が重なったことによる相乗効果からの過大評価かもしれないが、それほどまでに旨かった。お陰で体も多少は楽になった。自分でも気付かないくらいに疲れていたようだ。


 このまま、万全の状態にまで持っていきたいが、アサギのことがどうしても気になってしまう。あの竜巻を受けて上空に跳ね飛ばされたのは見た。殆ど目視出来ない程の高さまで飛んでいき、『人ってあんなに飛ぶんだな』とか、どこか場違いなことを考えながら、それでも体は崩れる建物から逃れるように転がった。あの場でアサギに縛られていた衛兵は軒並み生き埋めだろう。イヴも生きているかどうか怪しい。死んでいてくれて構わないのだが。


 再び、ジッとテーブルを見つめながら考える。100年振り、か……。長く生きたものだと、改めて考えさせられる。




 イヴとの出会いは月夜の平原だった。私は当時、誰も信用出来ない状態だった。長旅のストレスと荒んだ心を抱えながら、作業的に次の町まで歩いていたところを盗賊に襲われた。

 その盗賊を率いていたのが黒エルフのイヴ。私は遠慮なく手下共を血祭りにあげ、イヴも殺そうとしたところで魔物の邪魔が入った。運良く逃げたイヴの後ろ姿を見ながら魔物の処理をする。それから旅を再開させ、無事に次の町へと到着した。イヴとはそれっきりだと思っていた。


 ある日、私は森の中で古代エルフの遺跡を見つけた。彷徨った挙句の発見だが、お陰で手付かずの状態だ。私は誰を気にすること無くその遺跡に潜り、1週間掛けて管理されていた魔道具を見つけ出す。それが、後に図書館で見つけた古い文献から身代わりの魔道具だと分かった。


 それから何年かして、私はあるキャラバンの護衛任務に就いた。護衛メンバーには当時有名だった冒険者も居て、何かと私に話し掛けていたが、まるで興味が湧かなかった。

 町まであと2日となった頃、盗賊の襲撃を受けた。キャラバンを守りながらの戦闘は意外にも面倒で、勝手に逃げ出す奴を庇いながらの戦いは熾烈を極めた。

 そんな中、懐かしい顔を見つけた。イヴだ。向こうも私を見つけると剣を手に向かってくる。


「お前、久しぶりだな!」

「……」

「相変わらず無口な奴め……今日こそ、その剣と弓、死生樹の神器を渡してもらうぞ!」


 此奴はあの1回の戦闘で私の剣と弓が何であるか見抜いていた。そういうユニークスキルなのか、それとも何か聞いていたのかは分からない。が、くれてやる気など毛頭ない。私は相手をするのも面倒だったが、自分を守る為に剣を振るった。


 しかし、またしても邪魔が入った。今でもあの時感じた恐怖を思い出せる。

 闇夜の中、突如暴風と共に飛来したワイバーンの姿。それは私を震え上がらせるには十分な光景だ。


 私とイヴを割って入るように飛来したワイバーンは、私をその尾で薙ぎ払った。反射的に腕で体を守ったが、ボキリと骨が折れる音が耳に届いた。

 吹き飛ばされる私。その懐から身代わりの魔道具が零れ落ち、私とは反対方向に転がっていく。それを目で追いながら、『あれがあればワイバーンに殺されても一度は生き返られるな』と思った。だが、それは身に付けていなければ意味がない物で、あれだけ飛んでいってしまっては効果もなく、私は為す術もなく喰われるだけだった。


「それは、身代わりの魔道具か!?」


 目敏く見つけたイヴが声を上げるが、私はそれに反応する余裕がない。ワイバーンは人間2人よりも、キャラバンが気になるようで、私達のことは眼中にないようだ。その隙を突いてイヴが身代わりの魔道具に手を伸ばす。

 その時、ワイバーンが大きく翼をはためかせ、飛び上がった。その暴風に煽られ、私は折れた腕を庇いながら地面を転がる。回転する景色の中、イヴが魔道具を掴んでいるが見え、腸が煮えくり返りそうになったが突如、浮遊感が私を包み込む。


「えっ……?」


 ふわりと浮かんだ体。その下に今まであった地面は無く。気付けば私は暗闇に紛れて見えなかった崖へと放り出されていた。

 浮遊感はいつまでも私を包んでくれることはない。重力に従って私は崖の底へと落ちていった。抗うことも出来ず、私は此処で死ぬのかと、竜に踏み潰された両親の顔が脳裏を過った。


 そこで私の意識は途絶える。次に目が覚めたのは森の中の川の辺りだった。あの崖の底は川で、私は流され、この森までやって来たらしい。

 装備は離すまいと手に握り締めていた細剣と、背中の弓。防具は川で削れたのか、ボロボロだ。片腕は折れているし、こうして無事に目が覚めても待っているのは絶望だった。


 まぁ、そんな中でも私はどうにか生き長らえることが出来たのだが……これはもう、別の記憶になるな。

 ともかく、それがイヴとの最後だった。あの後のことは知らない。キャラバンのことも、私に話し掛けてきた冒険者も。仲良くワイバーンの胃の中かもしれないし、見事打ち勝って良い人生を過ごしたのかもしれない。今の私には知る由もないし、知る気もないが。


 何よりも今大事なのは、アサギだ。気絶していなければアサギに高さという縛りは何の意味もなくなる。あの銀翆の風が、アサギの身を守ってくれるはずだ。

 アサギのことを思うと居ても立っても居られなくなる。すぐにでも駆け出したい気持ちが募るが、足は駆け出してくれない。焦りだけが、私の心を埋め尽くしていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] これでもしダニエラが死んだら主人公はどうするつもりだろうな? 下らない正義感など捨てて皆殺しだろうか?
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