第百五十話 水郷都市
祝150話です。
「次」
そんな言葉だけが聞こえるニコラの西門、午前8時。
音源は勿論、ニコラの衛兵さんだ。くわえタバコにだらしのない隊服の着こなし。噂通りの治安の悪さ加減は逆に安心する。今までの町の衛兵さんは皆親切で良い人達ばかりだった。
「次」
目の前の商隊が捌けて、僕達の番となった。絡まれたくないと仮面を被ってお静かなダニエラからステータスカードを預かってそのまま衛兵さんに手渡す。それを引っ手繰るように奪う衛兵さん。これが前情報無しであればカチンとくるところだが、イースさんの情報のお陰で猫の額程の器でも余裕を保てるってもんだ。
そんな平和なお仕事中の衛兵さんではあるが、ここで厄介事を頼まれてもらうことにしよう。
「いやー、お仕事中にすんません。ちょっとヤバいもん拾っちゃって……」
「……なに?」
ここは軽薄なキャラで行こう。なに、客商売をしていた僕は演じることが得意だ。各年齢に合わせた接客を心掛けていた僕には分かる。ここは軽薄で下手に出る系男子が一番無難だ。
ジロリと、初めて衛兵さんと目が合った。少し周りに目配せをしてから顔を寄せてくる。ウッ、タバコ臭い。
「ブツは何だ?」
「魔鉱石ッスね。昨日ほら、酷い雨だったでしょ? そこで慌てて逃げ込んだ小屋の中にあったんスよ」
衛兵さんに合わせて小声で報告してから鞄を親指で指し示す。この中にあるぞ、と。
「はー……小屋、か……小屋ねぇ。お前さん、そこにあった物を全部持ってきたのか?」
「えぇまぁ。よく入る鞄なんで」
「……じゃあそこの詰め所の裏に置いてってくれ。くれぐれも……」
耳元で衛兵さんが囁く。
「人目につかないようにな」
どういう意味か、詮索するつもりはない。首を突っ込めば、厄介なことになるのは一目瞭然だからな。
「りょーかいッス」
「それでいい」
やっと離れた衛兵さんが手にしていた槍で詰め所の方を指す。通って良いってことだな。んで、そこで置いていけと。大人しく従うことにしよう。
□ □ □ □
詰め所の裏に行くと如何にもサボってますオーラを醸し出す3人の中年衛兵さんが胡乱げに此方を見やる。あーこれ、ちょっとアレだな……。
「あ? なんだお前ら」
「やー、あの、門の衛兵さんに拾い物は此処に持ってけって言われまして」
「拾いもんだぁ? お前、何か聞いてるか?」
「いや、そういった話はまだ来てねぇな」
スッと立ち上がる3人のおじさん。賢そうな衛兵おじさんが『上に連絡取ってみる』とその場を離れる。そのまま流れるように強そうな衛兵おじさんが僕の前に立つ。身長がヤバい……僕は木陰に入った気分だ。そして3人目の衛兵おじさんが素早く退路を塞ぐ。逃げ場がない。
「で?」
「あ、ちょっと待ってくださいね。すぐ出しますんで」
鞄を降ろして蓋を開け、両手を突っ込んだ。そのまま木箱の端に触れ、引っ張り出す。この鞄の不思議な所は、完全に引っ張り出すまで重さを感じない所だ。空間やら何やらを弄ってるんだろう。詳しい仕組みは分からないが。
そっと衛兵さんの横に木箱を置く。それを繰り返して計12箱の木箱を積み上げた。
「今開けますんで」
一言掛けてから蓋を開いて中身を取り出す。手に持つのは琥珀色の魔鉱石。土属性だ。土属性の鉱石ってこれもう意味分かんねぇな……。
「こんなのが箱全部に入ってました」
「あー、よく分かった」
それだけ言うと衛兵さんが中身を取り出して手遊びながら溜息をついた。
「はぁぁ……お前、よそもんだろ」
「そうッスね。ランブルセンから来ました」
「あー……じゃあこれは、そうだな。俺達が預かっておく。お前もそのつもりだろう?」
「ッスね。拾い物は衛兵さんへ、って常識でしょ?」
「あぁ、まったくだ」
箱の中に鉱石を放り込んだ衛兵さんが僕達の後ろの素早い衛兵さんに合図をすると、その場から離れてくれる。よし、これで後はおさらばするだけだ。この強そうな衛兵さんが話の分かる人で良かった。
「じゃあ、よろしくッス!」
「おう、まぁなんだ。いい旅をな」
気さくに手を振るおじさんに手を振り返してその場を離れ……ようとしたところで声が掛かった。
「そこの冒険者。ちょっと待ってくれ」
その声は賢そうな衛兵さんか。素早くダニエラと目配せをするが、ダニエラは小さく首を横に振る。離れた方が良いという合図だな。
「や、ちょっと先を急いでるんで……」
「まぁすぐに済む。うちの隊長がお前達にお礼を言いたいそうだ」
怪しすぎる。お礼も何もこの人は確認しに行っただけで何を持ってきたか知らないはずだ。ただ物を拾って持ってきただけで隊長がわざわざ出てくる訳がない。賢い市民に賞状を渡す警察署長じゃあるまいし。
「さ、こっちだ。ついて来い」
有無を言わさぬ態度で扉を開く。後には引けない、か。いざとなったら暴れてでもダニエラを逃がすしかないな。
「……じゃあ折角ですし、お邪魔しますね!」
「あぁ、この奥の部屋にいらっしゃるからな」
「りょーかいッス。じゃあ失礼しまーす」
本当は行きたくないが、仕方ない。虎児を得るつもりは全く無いのだが、虎穴に入るとしよう……。
中は特に怪しい場所は無く、ただ廊下が伸びているだけだ。でもその辺の扉から何だか怪しげな声が聞こえる。ダニエラがよく夜に聞かせてくれる声に似ているが、まさかな。……ちょっと開けて確認してみようかな。
「アサギ、さっさと行くぞ」
「や、ちょっとだけ確認を」
「もうアサギとは一緒に寝ないぞ」
「先を急ごう」
こんなことしている場合ではないな。とっとと隊長とやらにお礼を言ってもらってすぐにここを抜けよう。あぁ忙しい忙しい。
奥の奥まで行くと両開きの大きな扉が待ち構えていた。如何にも偉い人の部屋といった感じだ。別にこの魔窟の主を敬うつもりはないが、刺激しないように礼儀正しくノックから始める。
「コンコン」
「誰だ」
意外にも女の声だ。
「拾い物を持ってきた冒険者です」
「……入れ」
その声に、僕とダニエラはお互いに頷き合い、油断しないように気を入れ直して扉を開いた。中は割と広い。それなりの人数が入りそうだし、沢山物も置けそうだ。
「失礼します」
「……」
その部屋の奥からジッと僕とダニエラを見る女隊長。それはこの世界に来て初めて見る褐色の人種だった。褐色の肌に黒い癖のないロングヘアはどこぞの女優のような風格を醸し出している。そしてその髪から見える耳は尖っていた。
「エルフ……?」
「あぁ、黒エルフだ、冒険者。そしてそっちの女。白エルフだな」
「……」
バレている。知ってる人は知っている感じだろうか。ダニエラはそっと付けていた仮面を外す。
「ふん、やはりな。白金の髪。白い仮面。それを聞いただけでお前だと思ったよ」
女隊長はクツクツと笑いながら大胆にもスリットの入ったスカートのまま脚を持ち上げて机の上に置く。見えそう……。
「こんな所で何をしているんだ? ダニエラ」
「えっ?」
まだ名乗ってないのに女隊長はダニエラの名を呼んだ。
「……久しぶりだな。イヴ」
心底嫌なものを見るかのように顔を歪ませながらイヴと言う女を見るダニエラ。衝撃的だった。スラム街の衛兵隊長とダニエラはお知り合いだった。それも、訳ありの。
「久しぶりだなぁ。元気そうじゃないか」
「お陰様でな」
「釣れないな。100年振りの再会だろう。もっと喜べよ」
「貴様なんぞ、会いたくもなかった」
「くはははは! 嫌われたもんだ!」
めちゃくちゃ仲悪い……正直居辛いことこの上ない。とっととダニエラの腕を掴んで逃げるべきか?
「そこの冒険者。お前、アサギ=カミヤシロだろう?」
「あっ、はい」
バレてるし……。
「報告を聞いてからカードの情報を調べたらそこに懐かしい名前があったからな。詳しく見たらお前の名前が書いてあった」
「あー、隊長さんだから確認出来るんですね」
「当たり前だろうが」
ニヤリと口端を吊り上げて笑うイヴ。性格悪そうな感じがひしひしと伝わってくるね。
「ふぅん……ダニエラが二つ名持ちねぇ。お、お前も二つ名持ちか。冴えない顔の割にはヤることヤッてるんだな」
ニヤニヤと笑みを浮かべたままカードの写しを眺めるイヴ。
「で? 此処に呼んだ理由は何だ」
我慢の限界か、ダニエラが問い詰めるように質問する。
「別に。私が援助している盗賊の資金源を掻っ攫って来た奴が居て、間抜けにもわざわざそれを私達に預けようとしたと聞いてな。顔が見たかっただけだ。それがまさかダニエラだったとは、予想外だったがな!」
手を叩きながら大きな声で笑うイヴ。やっぱり衛兵と盗賊は繋がっていたのか……。
「まぁ、カードの報告は夜には確認するからお前の名を見つけた時点で追手を出していただろうよ。手間が省けたとは、このことだな」
「私を追ってどうする」
「知れたこと。その死生樹の神器を私の物にするだけだ!」
パチン、とイヴが指を鳴らすと、背後の扉が勢い良く開かれる。そこからなだれ込むように衛兵達が乗り込んでくる。皆、その手には武器を持って、だ。
「さぁ、其奴を私に渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」
「聞けないお願いだな」
「そうか。ならばそこのカスと共に死ね!」
イヴの声に衛兵達が動く。武器を持って、僕達に襲い掛かるということは、敵だな。人間相手は気が進まないが、命の危険だ。応戦するしかない。
僕は素早く腰の剣を抜き、まずは眼前に迫った剣を弾く。戦いたくはないが、火蓋は無情にも切られてしまった。




