第百四十九話 考え方の違い、あの日の想い
少し短めです。
罪悪感はある。ならば、それを解消するためにはどうしたら良いのか。
比較的乾いた地面を見つけた僕達はそこに何枚も敷き布を敷いて寄り添って朝を待つ。隣でダニエラが警戒している中、僕はそのことばかり考えていた。
今まで使っていた虚ろの鞄。これも盗賊から回収した物だ。しかしそれは衛兵という職業の人間が職務として回収した物で、ちゃんとした経緯があってのものだ。
では今、鞄の中にある木箱は? 一介の冒険者が押収して良いものなのか?
答えはノーだ。クエストも発行されてない自主的な回収だ。それはやっぱり泥棒と変わりないことだと僕の良心と常識が訴えかけてくる。さっきからずっと、だ。
平和な世界からやって来た余所者の僕と、生まれた時からこの世界にいるダニエラ。
なかなか上手く噛み合っていたとは思っていたが、こんな所で考え方の違いが出てくるとは思いもしなかった。
やはりここはじっくり話し合うべきだろう。幸いにも時間はたっぷりあった。
僕は意を決して口を開く。
「なぁ……ダニエラ」
「なんだアサギ」
鼻の奥が痛い。変な緊張の所為だろうか。
「まず言い訳させてくれ」
「ん? どうした?」
「僕は異世界人だ。こことは違う世界で生きてきて、やっぱり根本的な所で考え方は違う。ダニエラに嫌われたくないからあまり反対はしなかった」
「あぁ、その気持ちは私も分かるつもりだ」
「ありがとう。そこでだ、やっぱりさっきの木箱は……僕達が持つべきものじゃないと思うんだ」
「ふむ……分かるように話してくれ」
ジッとダニエラは僕を見つめながら言う。あぁ、何だか手が汗でびっしょりだ。僕はこういうのは苦手なんだ。ノーと言えない日本人の典型なんだろうな。意見が食い違うと途端に及び腰になってしまう。
でも、僕は今まで考えていたことをダニエラに説明する。身振り手振りなんか出来ないが、ただ、目を逸らさずに気持ちを訴えかける。
「……だから、非正規な手段で得たこれらは、これから僕達が胸を張って生きていく為にも衛兵に渡すべきだと思うんだ」
「……なるほどな。いや、アサギの意見は真っ当だ。何の間違いもないし、正しい意見だ。だが、ニコラは治安の悪さで有名だと言う。もし、衛兵が裏で盗賊と繋がっていたらどうする?」
それは僕も当然考えたことだ。だが……
「そこから先は国の仕事だ。例えばその結果、被害者が出ても僕達にはどうすることも出来ない。だが勿論、目の前でそういうことが起きたのなら僕は盗賊を殺す覚悟がある」
「衛兵に渡すことで、それが遠回りして盗賊の為になったとしてもか?」
「それでもだ。僕は僕が真っ直ぐ前を向いて生きていく為だけに、そうする」
そう、結局は自己満足なのだ。自分が罪を犯したと思いたくない。思われたくない。胸を張って生きる為。その陰で誰かが泣いたとしても、全てに責任を持てる訳ではない。実に自己中心的な考えだ。
犯罪を犯さない。ただそうしたいだけなのに、こんなにも様々な感情が入り乱れる。
それでも、僕は平和な世界を生きた人として、人間として、最後までそれを貫きたかった。
「……アサギの気持ちは分かった。そして一つ思い出した」
「思い出した?」
「あぁ……私も昔はアサギと同じ考え方だったことをな」
ダニエラはフッと微笑む。
「長く生きるというのも、考えものだな……気付かないうちに見えない部分が擦れてしまったみたいだ」
「でもそうやって切り捨てて、拾い上げてダニエラは生きてきたんだろう? それは何も間違いじゃないよ」
「そうだな……今だけはアサギの真っ直ぐさが眩しくて、なんだか憎たらしいよ」
そう言って僕の頬を指先で摘んで引っ張る。いひゃいれふ……。
「私も昔は正義感があったんだ。悪いことは悪い。良いことをするべき、とな。だが……極限の中で、生きる為に奪うことを覚えてしまってからは、その生き方があまりにも楽で、本来の気持ちというものを忘れてしまった」
「大変だったんだな……」
「あぁ、それなりにな」
何処か遠くを見つめるダニエラの横顔には色んな感情が渦巻いて見える。憂いや後悔、嬉しさや懐かしさ。ダニエラの今までの旅を追い掛けるかのように目まぐるしく入れ替わる目に見えない表情。
だけど、今までで一番、綺麗だと思った。
□ □ □ □
2人で過ごした場所は町からほど近く、歩けば20分程で入口に辿り着く程度に離れた場所だ。ここからは町がよく見えた。
今までも見てきた町を魔物や盗賊から守る壁は灰色。水の町だと言う割には何だか薄暗く感じてしまうが、それがこの世界の感覚なのだろうと勝手に思い込む。
スピリスやレプラントのような大都市とまではいかないものの、町とは言えない規模のニコラは、それなりに厚い壁を持つのか、時折松明を持った衛兵が壁の上を哨戒しているのが確認出来た。どうやら最低限の仕事はしているらしい。押し付けられて嫌々やってるんじゃないか? というのは僕の妄想だ。
ここから見えるのは町の西門だ。僕達は真っ直ぐ東からやってきたが、どうやら北や南からも街道は続いているようで、馬車なんかが泥を跳ねさせながら走り抜けていくのを何度か見た。やはり帝都に行く為にはここを通らざるを得ないのだろう。最後に見たキャラバンは何人もの護衛を引き連れて門へと向かっていった。
そんな様子をのんびり眺めていたのは、朝食を食べていたからだ。慣れない議論をしてしまって腹が減ったと、珍しく僕から提案してその場で火を起こして朝から良い肉を焼いた。
道行く人達の恨めしげな視線も何のその。実に旨い朝食を頂いた。
「じゃあ確認だ、アサギ」
「おう」
「押収した木箱は衛兵に引き渡す。その後は国の責任として、すぐに町を抜ける」
「何から何まで僕達がやる必要は無いからな」
「そういうことだ」
え~っと~、ちょっとそこの小屋で泊まったら~、こんな木箱があって~、な~んか怪しいな~って~、蓋開けたら~、石めっちゃ入ってたんスわ~。
それで無事に僕達の心は保たれる。善性100%で成し遂げたぜと、おさらば出来る。以後、ニコラの問題はニコラの問題として国に任せるのみだ。異世界人である僕は帝国人では無いからな。
「うっし、じゃあ腹も満たしたところで出発するか!」
「水郷都市ニコラか……私も久しぶりのスラム街だ。気合入れていかないとな」
「アレッサと比べたらどれくらいだろう?」
「あんなの可愛いもんだろうな。国が手を出せないんだ。油断したら……ふふっ」
「お前はどっち側の人間なんだ……」
汚れた布も纏めて鞄に仕舞って立ち上がる。さぁ、出発だ。
アサギやダニエラを悪者のまま今日を終わらせたくないという気持ちが強くて、つい明日の分を更新してしまいました。
ちなみに明日も更新します。




