第百四十八話 盗賊の資源
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夜通しの見張りは何度も旅の夜に行っていたので慣れたものだ。ただ、今回は少し違う。治安の悪い町の傍の猟師小屋だ。何があるか分からない。それでも野宿よりはマシということで妥協したが、どうにも心が休まらなかった。
時刻は深夜2時を過ぎた頃だ。そろそろダニエラと交代しなければならない。寝ないと次の日に支障が出るからなぁ……ただ、これでも夜勤を続けていたので多少の耐性はあるつもりだ。ここは無理を通してダニエラを休ませてあげるのも……。
「んぅ……ふあぁ……」
なんて思案しているとダニエラがムクリと起き上がる。こういう時は自主的に起きちゃうんだよなぁ……。
「アサギ……交代しよう」
「もう少し寝てても良いのに」
「なんだか目が覚めてしまった。やっぱり熟睡とはいかないな……」
ダニエラもやはり緊張しているのだろう。お互いに気を遣ってしまうな……。
「じゃあ少しでも寝るとするか……一応、今のところは人も魔物も反応無しだ」
「ん、了解だ。ゆっくり休め」
横になった僕の頭をダニエラが優しく撫でる。なんだろう、こんな状況だというのに凄く安心する。目を閉じてもダニエラは撫でるのをやめない。一撫で毎にどんどん意識は遠のき、やがて僕はそのまま眠りに落ちた。
□ □ □ □
アサギが寝息を立て始めた。こんな状況だ、少しでも安らいで貰いたい。
「ふふ……」
アサギの寝顔を見ていると自然と頬が緩んでしまう。普段はしっかりしているつもりの此奴も、寝てしまっては取り繕うことも出来ない。幼気な寝顔は母性を掻き立てられる。まぁ、母親って年齢でもないのだが。ぶっちゃけご先祖様だ。
「はぁ……」
自分で考えて落ち込んでいるのだから情けない。気を取り直して周囲の警戒に意識を向けよう。
雨は日が暮れる前に止んだ。それからは少々強めの風が吹いていたが、比較的乾いた風だった。地面の水気を含んではいたが、頬を撫でる風は心地良いものがあった。
それからも風は止むこと無く今も小屋の隙間から入り込んでいる。
ああいった大きな雨の日は風が強くなる。それは滅多にあることではないので、風の精霊達がはしゃいでいる証拠だ。聞けばあんな大きな雲が出る日は凄く空気の感じが良いらしい。
『くうき、いいかんじー』
なんて言いながら風と共に流れていく精霊を見てそういうものかと考える。人間である私からしてみれば、吹き飛ばされないか不安で仕方ない。この小屋だって丈夫なものではない。今も戸がガタガタと音を立てて揺れている。気配感知には何の反応もないので、実は揺らしていたのが人間でした、なんてことはない。
隙間風というのも、実は精霊が出入りしているだけだ。とはいえ、パジャマ姿で眠りながら風に流されるがままに入り込んでいるので本人達の意思ではない。見ていてどういう仕組なのか気になるが、精霊だからと言われればそれまでだ。考える意味は無いだろう。
「……暇だな」
何もすることがない。気配感知には魔物1匹引っ掛からない。平和なのは良いのだが、こう何もすることがないと眠気の足音が聞こえてきそうでやや、拙い。
「ん?」
ふと、重なった木箱が気になった。そういえばここは猟師小屋ということで一応の答えはでたが、あの木箱は何に使うものなのだろう?
立ち上がり、そっと一番上の木箱の蓋を開けてみる。中には埃が被らないようにか、一枚、布が被せてある。これを動かしてしまうのは少し気にかかるが、暇、好奇心、といった単語が私の背中を押す。
端を摘んで、ゆっくりと持ち上げる。
「…………あー、そういうことか……」
中に入っていたのは色とりどりの魔石だった。
□ □ □ □
「いらっしゃいませー、おはようございます」
夜勤と言っても朝の挨拶はするものだ。何故ならば、夜というものは必ず明けて朝がやってくるからだ。朝のラッシュが終わるまでが夜勤なのだ。
「朝霧君、顔が眠そうだよ」
「すんません……でも眠くって眠くって……」
「オラ、起きろって言ってんだ」
「すんませんっ」
うちの女ボスは二重人格なんじゃないかといつも疑問に思っている。豹変っぷりが半端ないんだよなぁ。
でも言われてることは普通に注意だ。お客さんに無様な姿は見せられない。シャキッとしろ、朝霧。頬をパン、と叩いて気合を入れる。よし、あと少し! ……ふぉぉ!?
「店長……その髪触るのやめてくださいって」
「ふふ、綺麗な髪じゃないか。羨ましい」
これはまさに彼女の皮肉だ。つまり切れってことだ。今日は夜勤もないし、切りに行くか……。と、またお客さんだ。やはり朝はサラリーマンや学生が多い。なんてったって駅前だからな。構内のコンビニ行けやとも思うが、彼らはうちの重要な資金源なので蔑ろには出来ない。いつもありがとうございます、だ。
「朝霧君、今日はもう上がっていいぞ」
「え? でも時間……」
「そろそろ呼ばれるからな。ここは私に任せるが良い」
まだ7時半。こんな中途半端な時間に上がっても時給が……。
「オラ、上がれって言ってんだこの野郎」
「すんませんっ」
店長が言うなら良いのだろう。早く上がらないと尻でも蹴飛ばされそうだと慌てて退店ボタンを押す。さらば、僕の中途半端な時給……。
「じゃあ、お疲れさ、ま……うぐ、う……」
急に何だか目眩が僕を襲う。気持ち悪い。立ってられない……。
「ほら、お迎えだ。気張ってこいよ」
「てん、ちょ……?」
「またな」
バシンと背中を叩かれる。その一撃が最高に気持ち悪い僕への止めとなり、意識が暗転する。まるで強盗に刺された時のような……ん? 強盗? そんな記憶は……ある、な。
「あぁ……なんだ、夢か……道理で懐かしいと思った……」
□ □ □ □
「……きろ、アサギ。おい……」
「ん……」
「よし、起きたか。なら出る準備だ」
「盗賊か……?」
むくりと起き上がる僕の手の甲にぽたりと雫が落ちる。なんだ、これ。あぁ……まったく、もう戻れないというのに。女々しい奴め。
「似たような物だな。ここは偽装された猟師小屋だ。だから……ん? どうした、大丈夫か?」
「や、何でもない。で、何で偽装されたってわかったんだ?」
袖で目元を拭い、僕の顔を覗き込んで心配するダニエラに心配するなと微笑みかける。ダニエラは頷くと立ち上がり、木箱の一つを押し開けた。
「おいおい、良いのか?」
「好奇心には誰も勝てないということだ。だが、それが偶に活路を見出す時もある」
親指で中身を指し示すので隣に並んで覗き込む。中はギッチリと色とりどりの魔鉱石が詰まっていた。うへぇ……此奴は拙い。こんなもんが猟師小屋にあるわけねーべや。
「うわぁ……」
「酷いもんだ。こんなに沢山、虚ろの鞄に入るかどうか……」
「鬼かお前は」
盗賊さんの成果を掻っ攫うなんて発想するかよ普通。いやでもそれは非常に魅力的な提案だ。よく考えてみれば虚ろの鞄だって出処は盗賊だしな。
「あんまり気は進まないが……」
「真面目な話、此奴は盗賊の活動資金源だろうな。根こそぎ奪えば解散に追い込めるだろう」
「減れば減った分、奪うのでは?」
「どっちにしても奪うのが盗賊だ。しかし活動資金が無ければ装備も食事も儘ならない。弱った所を叩くことが出来るようになる」
ニコラの人間が盗賊を取り押さえるとは思えないが……旅の冒険者やキャラバンが退治することもあるか。確かに金があれば元気いっぱいだろうが、金が無ければ元気も出ないあろう。実際僕達も経験がある。
「ということで持っていこう。金になるぞ」
「お前は強かだね……」
長年の一人旅が強かなダニエラを作り上げたのだろう。今度詳しく聞かせてもらいたいね。
ということで僕とダニエラはいそいそと木箱を虚ろの鞄に仕舞い込む。何だか容量が増えた気がする鞄のお陰で十箱程あった木箱はすんなり収まった。本当チートアイテムだよなぁと改めて思う。思ったところで出処を思い出してちょっぴりゲンナリした。
「さ、盗賊が来る前にずらかるぞ……!」
「そういう泥棒みたいな言い回しやめろ!」
まったく……とダニエラを諌める。はぁ、と溜息をついて思う。どう見ても泥棒です。本当にありがとうございました。
「アサギ、所有権のない物を持っていくことに抵抗があるのか?」
「その言い方は狡い」
「切り替えろアサギ。いつだって宝は奪って手に入れるものだ」
「確かにな……」
「人からか、魔物からか。その違いだ」
そう言ってのけたダニエラは至極当然と言わんばかりの顔だ。なんだか懐かしい夢を見たことで意識が向こうの世界に持って行かれ気味だな。
今は冒険者なんだ。盗賊の力を削ぐことに繋がるのであれば、これは普通の事と言える。兵糧攻めみたいなもんだ。
「だな……うん、ダニエラの言う通りだ」
「奪うことには変わりないがな」
自嘲気味に笑うダニエラだ。そんな顔をさせてしまったことが情けない。間接的ではあるがこれも盗賊との戦いだ。見つけてしまった以上、無視は出来ない。
僕達はそこに居た痕跡をなくすと小屋を出た。月がまだ夜空に居座っているが、それも時間の問題だ。そろそろそれも西に沈み、やがて東から日が昇る。それまで何処で過ごすか。それが当面の問題だった。
賛否両論、あるかもしれません。




