第百四十七話 対策会議、安心と安全
「よしダニエラ。まずはスリ対策だ」
村を出て東へ歩くこと数時間。日も暮れて、夕食も胃の中に納まり後は朝を待つだけの時間。僕達はニコラの治安に打ち勝つ為の会議を始めた。
「ふむ、スリと言えばポケットの中身を奪われるのが定番だな」
「そうだ。不用心に入れっぱなしにしてると『おっとごめんよ』とか言ってぶつかられて、奪われるんだ」
絶対にこういうのってあるよな。見てきたかのように話しているが経験はない。だが知識としてしっているから大丈夫。
「でもアサギ、財布は虚ろの鞄の中だろう?」
「ん? あー……まぁ、そうだね」
普段から落とさないように鞄の中に入れることにしているからね……盗られようがないね。
「まさか鞄を奪われるなんてことはないだろうし、大丈夫か」
「いや、甘いぞアサギ」
ダニエラが焚き火に薪を放り込みながら言う。
「私は以前、鞄を奪われたことがある」
「なんだって?」
そんなお間抜けさんだったのか……?
「昔のことだがな。宿を探していた時に宿の子を自称する子が現れてな。案内するから鞄を持つというので持たせたんだ。サービスがしっかりしているなと思ったのも束の間、人混みに紛れて奪われた」
「うわぁ……」
「こういうこともあるから、鞄はしっかり大事にしなければいけない」
外国に行った素人旅行者がやらかしそうなミスを犯すなんて……。
「あとはこういうこともある。新しい町ということで浮かれて辺りをキョロキョロ見ていると、背中に背負った鞄の蓋がいつの間にか開かれて……中身だけ奪われる」
「えぇ……」
まるで平和ボケした素人旅行者のような……いやいや、僕も油断出来ない。なんてったって異世界だからな。鞄は前に下げることにしよう。
「しかしだアサギ。そうやって警戒心を剥き出しにしていると絡まれる。舐められたりするから要注意だ」
「どうしろってんだ……」
あれも駄目、これも駄目。対策のしようが無いじゃないか。
「簡単だ。常に気を張り、絡まれれば即殴る。集団で来ようが不意打ちして来ようがこれを正面から迎撃、殲滅する。そうすれば向こうから手を出してくることは無くなる」
「どっちが物騒かって話だな……」
郷に入っては郷に従えと言うけれど、同じように野蛮になってしまっては意味がないだろう。僕達は品のある冒険者なんだからもっとこう、スマートに、エレガントに解決したい。
「そうは言っても武力には武力だぞ? 奴等は言葉が通じないんだから」
「そこまで言うか。いやでも通じていても不思議なフィルターが掛かっているのはどこも一緒なんだろうな」
夜勤をやっていた時もそんなお客さん居たなぁと思い出し笑いをする。
「アサギも経験があるのか?」
「まぁな。あっちの世界だけど」
「なるほどな……どこにでも居るということか。勿論、殲滅したのだろう?」
「するわけねーだろ」
普通に捕まるわ。
ということで何の実入りもない対策会議は閉会した。こんなんで大丈夫なのかな……。
□ □ □ □
翌日は明け方から降り出した雨の中の行軍となった。視界は悪いし、道もぐちゅぐちゅだ。アスファルトが恋しい。
「こういう時って何か雨を防ぐ物ないの?」
「んー……傘とかあるが、邪魔になるからな。それに高い。基本はフードなんかを被って我慢だな」
うへぇ……濡れるのは嫌だな……と言いつつ僕も対策としてフードを被ること以外出来ないので、しっかり目深に被っている。コンビニにはあんなにもビニール傘が売っていたというのに……。
湿気でうねる髪を払って足元に気をつけながら進むこと3時間。そろそろうんざりして来た頃に雨雲の薄い部分が目立ち始めた。そろそろ晴れそうだ。
「アサギ、魔物だ」
「マジか……」
もうちょっと止む所なのに、空気の読めない奴等め。せめて土以外の場所で出てきて欲しい。
腰の剣を抜いて雨だからとおざなりにしていた気配感知を真面目に広げる。すると左手の方にいくつかの反応があった。この感じ……ゴブリンか。
「雨の日に出てくるゴブリンか?」
「いや、ただのゴブリンだな。だが油断するなよ」
「僕が油断したことあるか?」
「割と」
「……」
根も葉もない噂だ! そんな記憶は無いと抗議しようとした所で複数のゴブリンが汚い武器を振り上げて襲い掛かってきた。雨の中だというのに腰蓑一枚で元気一杯だが、邪魔なので退場して頂く。武器を弾き、出来た隙を狙って首を刎ねるだけの簡単なお仕事だ。
勿論、周囲への警戒はバッチリなので背後からの不意打ちなんて阿呆な結果はあり得ない。何よりダニエラがカバーしてくれるしね。当然僕もダニエラのカバーはしているのだが、ぶっちゃけダニエラの立ち回りを見る限り余計なお世話感が半端なかった。レベルはだんだん追いついていくが、現場での経験値が追いつかない。こういう小さな所からコツコツと積み上げるのが大事なのだろう。
「なぁダニエラ」
「なんだアサギ」
「僕さ、今までゴブリンは鉄製品の資源としか思ってなかったんだけど」
「それはそれで酷い話だな……」
「討伐証明ってどこの部位なんだ?」
そう、今まで武器を回収したら放置だった。部位を集めてギルドに持っていけば金になったのかもしれないが、如何せん鉄資源の収入が大きかったので見向きもしかなったのだ。
「あぁ、ゴブリンか……しばらく私も回収していないが、確か耳だな。左右どっちかは忘れた」
「へぇ、耳ね」
まぁ集めることはないが。どこかのケチな冒険者にくれてやっても僕は痛くも痒くもないしな。回収して有効活用してくれるならゴブリンも安心して成仏出来るってもんだろう。ただし、その冒険者には実力が伴わないがそこは僕が気にするところではない。戦い無くして成長せず。冒険者として生きる大事なコツだを、忘れてはいけない。
鉄製品を回収し、ゴブリンを街道の邪魔にならない場所へ移動させて纏めて安置する。せめてもの手向けとして手を合わせ、僕達は旅を再開する。
降っていた雨も止み、雲の切れ間から暖かな陽光が差してくる。なんて言ったっけ、ああいうの。名前を忘れてしまった。
分厚い雲も風に流れて行き、漸くはっきりと太陽が拝めた頃には既に夕日だった。雨の所為で進捗が遅れて町には着かない。実は視野には入っているのだが、今からじゃあ門を閉じられてお終いだ。《森狼の脚》を使っても良いが、変に目立つのも町が町だけによろしくないだろう。
という訳で長く伸びた影を追い掛けながら今日の野営地を探す。とは言ってもどこもかしこも水浸しなので遣る瀬無い。
「どうする?」
「ん……こういう時は火魔法があれば応用で乾かせるんだがな……」
残念ながら火魔法使いは此処には居ない。僕? 駄目だ、ポンコツだ。とは言え、何もしないでは日も暮れ始めたこの時間は色々拙い。拠点を作っておかないと魔物に襲撃された時に慌てることになる。
「何かいい方法無いかな……ん?」
「どうした?」
「いや、あそこ……」
此処からでは見えにくいが、ちょっとした森の傍に小屋が見える。あそこを借りられないだろうか?
「あんまりオススメは出来ないな」
「というと?」
「……盗賊が使っているかもしれない」
「……」
それは、嫌だな。でも、背に腹は代えられないだろう。
「ギリギリまで近寄ってみよう」
「もし盗賊が居たらどうする? 殺すのか?」
「盗賊だからって端から殺してたら僕達は蛮族だろ。そっと離れて本気出して火魔法で頑張るさ」
それこそ背に腹を代えてはいけない事だ。必要のない殺しは悪なのだから。
気配感知のスキルレベルの高いダニエラは前方に集中。僕は後方、及び左右の範囲に広く感知エリアを広げる。……よし、周りには誰も居ないな。
トン、とダニエラの肩を叩くとダニエラは一度頷いて前進する。ゆっくりと出来る限り音を立てないように注意しながら進む。勿論、小枝を踏むなんてヘマはしない。細心の注意を払っての探索だ。
ある程度進んだ辺りでダニエラの足が止まった。小屋が感知エリアに入ったようだ。ダニエラがジッと小屋の中を調べる間、僕もただ待つだけではなく周囲を警戒し続ける。依然として何もない。周りに木が無いお陰で上に気配感知を広げるような無理はしなくて済むのは僥倖だが、辺りは草原。僕達も身を隠す術がない。逆を言えば敵も身を隠せなのだが。
「……アサギ、大丈夫そうだ」
「そうか……あとは中を調べるだけだな」
誰も居ないからといってただの小屋とは限らない。留守なだけで普段は盗賊が使っている可能性があるからだ。武器とか食料とか、盗品なんかがあれば即退散だ。
周囲の警戒は解かないまま、小屋の前に立つ。幸いにも罠と思われる物はない。ダニエラが調べた限り、扉にも細工はないようだ。
「開けるぞ」
「うん」
そっとドアノブに手を触れ、押し開くとゆっくりと扉が開いた。僕は予め用意しておいた照明の魔道具を点灯する。オークの居留地の地下からかっぱらってきた物だ。
照らされた中にはやはり誰も居なかった。乱雑に積まれた木箱やらが目立つが、武器も盗品も見当たらない。気配感知に引っ掛からない死体なんかもそこには無かった。あるのは外套、弓、短剣。武器と言えば武器ではあるが、これは狩り専用の装備だった。
「ふぅ……ここは猟師の小屋だったか」
「一気に力抜けたな……」
何はともあれ、盗賊関係ではないなら安全だろう。安全だからと言って見張りをしないということにはならないが、安心は出来るだろう。見れば炊事場もあるみたいだし、街道旅の最終夜はゆっくりと温かい物を食べられそうだった。
確かゴブリンの討伐証明の話はしてなかったな、と思ったのですがしてたらごめんなさい。




