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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百四十六話 さようならダアナ村

 その日の夜もイースさん宅にお世話になった。皆クタクタで、僕が出した屋台飯を頬張ると、とっとと風呂に入って寝てしまった。僕とダニエラも解体作業と、加えて僕は魔力消耗が激しく、朝まで泥のように眠ってしまった。

 翌朝、イースさんの手作り朝食を頂いた。スクランブルエッグと炒めたベーコン、焼いたパンと、シンプルではあるが素材の味が活かされているというか、シンプルゆえの極上の味というものを知った。これからの料理に活かしたい。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「それは良かった。もっと食べて欲しい所だが……行くのだろう?」


 食後のコーヒーを飲みながらイースさんが言う。驚いたことにこの村ではコーヒーが出回っていた。ついぞ見なかったカフェインの元に驚いたが、この辺り……帝都近くでは名産品らしい。

 僕も久しぶりのコーヒーに舌鼓を打ちながら口にする。


「……えぇ、もう2日もお世話になっちゃいましたし」

「俺としては気にしていないのだが、それはまた別問題だからな」


 そう言ってイースさんは笑ってくれる。嬉しいなぁ……こうして気に入って貰えるのはいつだって嬉しい。だけど、旅は途中だ。ダニエラと世界を巡るという目的を道半ばでやめることは出来ない。


「ありがとうございます。それと、お世話になりました」

「とても良い数日を過ごせた。ありがとう」


 ダニエラと揃って頭を下げる。イースさんは照れ臭そうに頬を掻くが、ミドとマルコは寂しそうに俯く。僕はそんな2人の頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めて笑う。


「そういえばミド、イースさんから聞いたけどマルコと一緒にこの村に来たんだって?」

「うん、そうだよ。僕は全然覚えてないんだけど、マルコがここまで連れてきてくれたんだ。それからはイースさんが一緒に暮らしてくれてるんだ」

「そうかそうか。偉いぞ、マルコ」


 わしわしと撫でてやると『わふわふ』と鳴くマルコ。良く見ればマルコの瞳は燃えるような赤色だ。普通のフォレストウルフは確か茶色だったかな……そこがフォレストウルフとヴァルトウルフの違いなのだろう。不思議な生き物だな……魔物って。


「ミド、僕達は旅立つけれどマルコとイースさんと仲良くな」

「うん……アサギも元気でね。ダニエラも!」

「あぁ、ミドも元気で。しっかり食べて大きくなれ」

「うん!」

「ワン!」


 ギュッとマルコを抱き締めたミドが元気よく返事をする。きっとミドは大変な目にあってこの村までやって来たんだろう。幸せになってほしいな。


「リーガルがレッサーワイバーンの素材を預かってくれてるはずだ。旅立つ前に受け取ってくれ」

「はい、必ず」


 しっかり受け取らないとな。ダアナ村の皆の気持ちが詰まった物だ。そうだな……大きな町に着いたらダニエラと僕とでお揃いの首飾りなんか作ろうかな。ペアネックレスか……胸が熱くなるな。


「それと一つ、忠告だ」


 イースさんが先程とは打って変わって真面目な顔で僕とダニエラを交互に見てから話し始める。


「恐らく帝都に向かう途中に最低限寄る町がある。そこはこの村とは違い、治安が悪い。気を付けることだ」

「そうなんですか……この村に来るまでどこも治安が良かったのでちょっと怖いですね」

「帝国でも珍しいな……軍の連中もあそこだけはなかなか膿が絞りきれないらしい。闇が深い町だ。用心するんだぞ」

「はい、わかりました」


 ちょっと不安だな……でも最初から用心しておけばきっと大丈夫だ。備えあれば憂いなしというし。


 僕とダニエラは借りていた部屋へ戻って旅の支度をする。外していた防具を身に着け、荷物を外に出して軽く掃除をする。一宿一飯の恩義というやつだ。箒を買っていて大正解だな。

 掃除が終わったら後は行くだけだ。リビングで寛ぐ2人に挨拶をする。


「じゃあそろそろ行きます。お世話になりました」

「世話になった」

「気を付けてな。また近くに寄ることがあったら是非会いに来てくれ」

「えぇ、勿論。ミド、マルコ、またな」

「うん、またね!」

「ワンワンッ!」


 握手とハグを交わして別れの挨拶を済ませる。名残惜しいが、再会の約束はした。寂しくはなかった。


 イースさんの家を出た脚で牧場に向かう。遠目には柵はまだ壊れたままだが、応急処置は済ませたようだ。レッサーワイバーンの血も蒸発して回帰したのか、赤い色は見当たらない。牧場に併設されたリーガルさんの家の扉をノックすると、中から返事があり、すぐに扉は開かれた。そこには喜色満面のリーガルさんが居る。


「やぁ、待ちくたびれたよ! でも君達を待たせるなんてことしないよ。これが素材だ。受け取ってくれ!」


 見ると扉の傍には大きな風呂敷が3つもある。翼膜、鱗と皮、その他諸々だ。


「ありがとうございます。大事にします」

「いやいや、大事にしないでくれ。鮮度が大事だからとっとと売っぱらったほうが良い!」


 そう言って笑うリーガルさんに釣られて笑ってしまう。別れの時でさえこうして気遣ってくれるのは彼の持つ優しさなのだろう。

 ダニエラが風呂敷を持ち上げるので、その下に虚ろの鞄を広げる。すると吸い込まれるように中へと収納される。それを3回繰り返せば回収完了だ。


「いやはや便利なものだ。さぞかし高価な物なんじゃないかい?」

「どうなんですかね? これ、貰い物なんですよ」

「なるほどねぇ」


 しげしげと鞄を眺めるリーガルさん。


「おや、可愛い人形だ。アサギ君の手作りかい?」

「実はそれも貰い物なんですよ。以前、お世話になった村の村長さんのお孫さんが、お別れにって」


 そっとメリカちゃんがくれたぐみちゃんを撫でる。いつだってこの人形を見れば元気が湧いてくる。


「ふふ、君は愛されているんだねぇ」

「出会う方々が皆優しいお陰です」

「ははは、君の人徳が伝わってしまうんだろう。僕も、君との別れは名残惜しいさ。だけど、旅をする者を引き留めようなんて野暮なことはしないさ」


 リーガルさんは僕の肩に手を置いて軽く抱き締めてくれる。


「元気でね、アサギ君。ダニエラさんも!」


 僕に続いてダニエラとも軽いハグを交わしてリーガルさんは手を振る。


「リーガルさんもお元気で!」

「また会おう」


 ダニエラと2人で手を振り返してその場を後にした。ここは良い村だと、改めて思う。誰もがたった3日居ただけの冒険者との別れを惜しんでくれる。

 東に向けて歩き、村を抜ける途中でさえ、皆が振り向いて作業の手を止めて手を振ってくれる。皆が笑顔で送り出してくれる。ダニエラと2人で手を振りながら村を出た頃には、僕の涙腺は崩壊寸前だった。


「最近、涙脆くなった気がする……年かな」

「だから年の話はやめろって言ってるだろう」



  □   □   □   □



 村を出て進路は東だ。此処から2日程歩いた場所に大きな川が流れているらしい。その川を挟んで栄える町が、次の目的地だ。勿論、ダニエラ情報だ。


「イースの言っていた町とはそこのことだろう。その町を抜けないと川は渡れないからな」

「ふぅん……帝国でも例外の治安の悪い町、か……なんて名前の町なんだ?」

「ん……確か、水郷都市ニコラだ」

「水郷都市ニコラ……」


 名前は綺麗だが、中身は最悪と……あんまり行きたくないけれど、通らざるを得ない町か……気を引き締めて行かないとな。


「ま、ゆっくり歩いても2日ある。準備は今ある分でしか出来ないが対策は出来るだろう。道中話し合いながら行くとしよう」

「だな。さ、こういう時こそアサギさんの出番だ。用意周到、備えあれば憂いなし。転ばぬ先の杖マスターと呼ばれた僕の出番だ」

「あぁ、頼りにしているぞ?」


 旅のキャリアは圧倒的にダニエラの方が上ではあるが、こういう時くらい張り切らないとな。何せ僕は夜勤時代、あるかないか分からない強盗対策を毎夜毎夜続けてきた男だ。危険に関しては敏感だ。とは言え、しっかり刺された実績があるので信用は出来ない。悲しい夜勤冒険者、上社朝霧なのであった。

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