第百四十五話 夕日に照らされて
騒がしくなった牧場が静かになったことで村人達が集まり始めた。皆、手に松明を持って来るのでどんどん明るくなり、それに連れて牧場の惨状がはっきりと分かる。
血に染まった牧草。風に壊された柵。抉れた地面……最初にやってきたおじさんが牧場主らしい。イースさんと話しながらこっちへ来た。
「やぁ、君があのレッサーワイバーンを仕留めてくれたんだね。ありがとう。私は牧場主のリーガルだ」
「アサギです。すみません、めちゃくちゃにしてしまって……」
「何言ってるんだ! 君が奴を仕留めてくれなかったらもっと酷いことになってたさ! 感謝こそすれど、咎めるようなことなあるはずがないだろう?」
その言葉に下げていた頭を上げる。リーガルさんは右手を差し出して満面の笑顔だった。そんな嬉しそうな顔をしていると思わかなった僕は虚を衝かれたというか、何というか、気付けば自然と笑顔を浮かべながらその手を握っていた。
それから僕はその場をイースさんに任せてダニエラの元へと走った。ダニエラは先程と同じ建物の陰から此方の様子を伺っていたらしく、落ち着いた様子で手を振っていた。
「ただいま、ダニエラ」
「おかえり、アサギ」
ギュッと抱き合う。ダニエラの震えは治まっていたが、それでも僕はきつく抱き締めた。
「遅くなってごめんな」
「気にするな。お互いに生きてる。それで良いだろう?」
そういって軽く背中を叩かれたので腕を解く。もう充分ということなのだろう。
「それにしてもダニエラ、あんなに恐れていた竜種と渡り合えるなんて驚いた」
「私が一番驚いているよ。多分、アサギと一緒に居たことで毒気が抜けたんだろうな」
ずっと1人だったもんな……やっと得た薬のような感じか。もっと一緒に居ればそのうち完治するのかな。
「ありがとうな」
「気にすんな。さ、戻ろう。皆待ってる」
「あぁ、行こうか」
ダニエラと2人で牧場へ向かうと、マルコが走り寄ってきた。じゃれるその顔を撫でながら入るとイースさんが手を振っていた。2人で手を振り返すと、年甲斐もなく満面の笑顔で更に激しく手を振り出した。その姿に思わずダニエラと顔を見合わせて吹き出してしまった。
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あの後は各々の家に戻って夜を明かした。処理やなんかは翌朝ということで、解散した形だ。
翌朝、日が昇ってから僕とダニエラ、イースさん、ミド、マルコの4人と1匹で並んで牧場へやってくると、村人の皆がレッサーワイバーンを解体しようと躍起になっていた。しかしあれは普通の金属じゃ刃は通らない。ということで僕が生成した氷剣(包丁サイズ)を皆に配って手分けして解体作業を開始した。包丁の維持にごっそり魔力を持って行かれながらの解体は、結果的に昨夜のレッサーワイバーン戦より疲れてしまったのは内緒だ。
解体作業が終わった頃にはいつの間にか日が暮れる間際だった。おかしいな……さっき空を見た時はまだ朝方だったはずなのに。
「いやぁ、探り探りの解体は疲れたねぇ!」
牧草の上に腰を降ろした僕の隣に立ったリーガルさんが額の汗を拭きながら、でも楽しそうに笑いながら言う。
「ワイバーンを仕留めたのは初めてじゃないんですけど、解体は初めてだったので疲れましたね……」
「え、アサギ君はワイバーンと戦ったことがあるのかい?」
「えぇ、まぁ……冒険者達が戦ってるのを隠れて見てたんですけど、何かヤバそうだったので割り込んで皆を逃して殿を受け持ちながら、そのまま倒しちゃったんですよねぇ」
「ひぇぇ……君って実はとんでもないねぇ……」
そうは言ってもあのワイバーンは満身創痍だったしな。飛ぶこともできなかったし。
「でも、そんな君が来てくれて良かった。あのワイバーンには結構家畜、食べられちゃっててね……次は人か、なんて話も出てたくらいだったから本当に困ってたんだよ……」
「死者が出る前に対処出来て良かったです」
「あぁ、まったくもってその通りだね!」
家畜を失うということは商売道具、生活の基盤を失うということだ。そんな状況なのにリーガルさんは楽しそうに、嬉しそうに笑っている。生きていたという、それが嬉しくてたまらないのだろうな……生きていることに感謝、か……。
「さて、君にはお世話になったしね。ここは小さい村だからね、ギルドもないし、皆で報奨金を集めた。少なくて申し訳ないね」
「いや、貰う気は全然無かったと言いますか……寧ろこの素材を皆で分け合って貰えればと思ってたんですけど」
皆で分け合って、それが被害を被った村の補填になればなと思っていた。
「いやいや、それじゃあ私達も示しがつかないよ。それに、討伐したのは君達だからね。貰う訳にはいかない。これはもう決まったことだから、貰ってくれないと困っちゃうなぁ」
「や、でも……」
困ったように眉をハの字にしながら笑うリーガルさんにタジタジになっていると後ろから声を掛けられた。
「貰ってくれないか、アサギ君」
「イースさんまで……」
そのままイースさんは僕の隣に座る。
「君のことだ。この報奨金すら、村の補填になればとか思ってるんじゃないか?」
「……まったくもってその通りですね」
「ハハッ、やっぱりな!」
笑いながらイースさんは自身の左目を指差す。お見通しと言いたいのだろうな……。
「ここは小さな村だ。小さな村だからこそ、皆が手を取り合って団結して生きていける。それがこのダアナ村の強みというものだ。ちょっとワイバーンに家畜を食べられた所で何の問題はないんだ」
「それは……良いことですけど」
「あぁ、良い所だろう?」
イースさんは夕日の照らす村を眺める。長閑な所だ。良く通る風が回す風車がギィギィと軋みながらも気持ち良さそうに回る。村の人達は皆笑顔で、剥いだレッサーワイバーンの翼膜や皮なんかを綺麗に折りたたんで風呂敷に詰めている。
小さな男の子が、何とか剥いだ牙を自慢げに母親に見せて、取り上げられていた。これはあの冒険者さんに渡すものでしょう! と怒られて、しょんぼりとしている。でも、すぐに頷いて母親から受け取った牙を持って此方に走ってきた。
「はい、これ。お兄ちゃんにあげる」
「あぁ、ありがとう。じゃあお礼に僕はこの牙を君に上げるよ」
と、受け取った牙をそのまま男の子に握らせてあげた。男の子は首を傾げながら『良いの?』と尋ねてくる。勿論、僕は首を縦に振ってやる。すると母親と目が合った。何だか気拙いが、母親は嬉しそうに笑ってペコリと頭を下げた。釣られて会釈してしまう。
「ありがとう!」
「ん、またな」
ブンブンと手を振る男の子に手を振り返してやる。心の底から嬉しそうに笑いながら今あった出来事を母親に報告する様を見て、思わず笑顔が溢れた。
「本当に良い村です」
「あぁ、俺は此処が大好きだ」
「私も、自慢の村だ」
いつの間にかイースさんの隣に座ったリーガルさんも楽しそうに笑う。
「……報奨金、有難く受け取ろうと思います」
「あぁ、受け取ってくれ。君のレベルや装備に適うかは分からないが、売れば金にはなるはずだ」
「そうそう。お金はいくらあっても困らないからね。旅の足しにしてくれたら私達も嬉しいよ!」
本当に良い人達だ。僕はお礼を言って頭を下げた。
沈む夕日に照らされたノスタルジックな風景を眺めながら、改めてこの世界に来てからのことを思い出す。僕はいつだって誰かに助けられてきた。どこへ行っても、誰に会ってもだ。それだけ、この世界の住人の心は澄んでいるのだろうと思う。確かに、歪んだ心の持ち主だって居る。けれど、そんな黒い歪んだ物よりも何よりも、この綺麗な世界の輝きは全てを覆うかのように、慈しむかのように僕の心まで包んでくれる。
ずっと考えていたことがある。この世界に呼ばれた理由だ。あの日、強盗に刺され息絶える寸前に僕の脳内に響いた声は、日々に疲れた僕の最期のお願いを聞き届けてくれた神様だったのではないかと今では思う。
あんな事や、こんな事をして、もっと良い人生を歩みたかった。
そんな、大雑把な願いだったけれど、あの時の願いは叶ったんだと今、改めて思う。隣にダニエラが居て、周りに沢山の優しい人達が居て。今も生きていることに感謝だ。
ついに沈む夕日を見ながら今、僕はあの日願った通りの良い人生を歩んでいると、心からそう思えた。
感想欄で指摘があった為、内容を一部変更しました。
討伐素材に関しては討伐者に所有権があります。アサギがそれを村に譲ろうとしていた所為で前後の文がおかしくなってしまいました。よって、この度の訂正でその点を削除、訂正致しました。
ご迷惑をおかけしました。




