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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百四十四話 レッサーワイバーン

ブックマークが500件を突破しました。ありがとうございます。励みになります。これからも小手先をよろしくお願いします。

「ワイバーンですって!?」


 あまりにも予想外の正体に少し声が裏返る。そんなの冒険者を掻き集めて漸くな相手じゃないか……と言いつつ自身は単独で制覇したことを思い出す。しかしあれはレックス達が満身創痍にまで削って得た勝利だ。確かにワイバーン特有のモーションなんかは把握しているが、キレッキレのワイバーンなんて相手に出来ない。八つ裂きになってお終いだ。


「正確にレッサーワイバーンだ。ワイバーンの劣化種だが、この村には冒険者が居なくてな……現役を引退した俺が何とか追い返しているが、正直決め手に欠ける。手伝って欲しいというのは其奴の討伐なんだ」


 それがあの依頼の真相だった。こんなの、ダニエラと相談している場合じゃない。イースさんがやられたら村は終わりじゃないか!

 それが今、ダニエラが単独で相手取っているのであれば、悠長に話している時間はない。だが僕は鎧の魔剣(グラム・パンツァー)を差し直し、防具も着直して藍色の大剣(シュヴァルツ・テンペスト)も取り出す。急がば回れ、だ。こういう時こそしっかり装備を整えなくてはならない。ダニエラは僕より強いから早々に殺されるはずがない。自信があるし、賭けても良い。イースさんも流石ベテランなだけあって、すぐに意図を汲んでくれて装備を整え始める。簡単な鎧だが、素材の良さが見ていて分かる。あれは良い物だろう。


「よし、行くぞ。奴はきっと牧場を襲っているはずだ」

「了解です」


 イースさんを先頭に走る。追い風が僕達を急かすように吹き抜けていくが、実際に精霊さんが急かしているのだろう。ダニエラが呼んでいると思えば気が急ってしょうがないが、ダニエラならこういう時、『落ち着け、馬鹿野郎』と言うだろう。笑われちまう。

 ふと気付けば僕の後ろにマルコがぴったりと付いて来ていた。


「イースさん、マルコが!」

「なに!? おいマルコ、お前は家で待ってろ!」


 走りながら振り返ったイースさんが声を荒げるが、マルコは言うことを聞かない。聞いてやるものかという力強い意思が両目に篭っていた。


「ったく、無茶はするなよ!」

「ワンッ!」


 フォレストウルフじゃ正直足手まといだが、良いのだろうか?


「イースさん、フォレストウルフじゃ勝ち目が……それに傷も」

「あぁ、言ってなかったか。マルコはただのフォレストウルフじゃない。亜種だ」

「えっ?」

「正確にはヴァルトウルフ。フォレストウルフの中で生まれる希少種だ」


 初めて聞いた。異常進化個体とは違うのだろうか?


「あれとは出自が違うな。あれは長く生きた個体が高濃度の魔素に晒されて進化する個体だな」

「よく知ってますね……禁忌指定の情報ですよ?」

「アサギ君がそれを知ってるように、俺もコネがあってね」


 振り返ったイースさんがパチリとウィンクする。ちくしょう、格好良い。


「ヴァルトウルフは高濃度の魔素の中で生まれた個体だ。母親が魔素に晒されると体内で変種するらしい。長く晒されれば母親も死んでしまうが、それほど長い時間でないなら死ぬことはない。だがまだ体が弱い胎児は強い影響を受けてしまう」

「そうして出来上がったのが変異種のヴァルトウルフと」

「そういうことだな。……む、騒がしくなってきた。やはり奴は牧場だ。戦ってる人間もいるぞ!」


 暗い夜道ではあるが、《夜目》のお陰で道は見える。最近、夜の活動が多かった所為か、多用していたのでレベルが上がったらしく、いつも以上によく見える。建物の奥、柵の中に小柄だが立派な翼が見える。あの形は忘れる訳がない。竜種だ。


「……しまった、失念してた!!」

「どうしたアサギ君!」

「先に行きます!!」


 竜種、竜種だ。レッサーワイバーンは竜種だ。ダニエラの最も苦手とする相手だ! クソ、こんなことならあの時しっかりイースさんの話を聞いておくべきだった!

 《森狼の脚》をフル回転ででぶん回す。イースさんを気遣う余裕なんて微塵もなかった。


「う、わ!?」


 驚くイースさんに心の中で謝罪しながら一気に空を踏んで駆け上がる。空を飛ぶワイバーンであれば上からの奇襲は予想出来ないだろうという目論見が一つ、最大の目的は上空から見るダニエラの安否だ。


 広い牧場のその中央。夜なので家畜は居ないが、その代わり嘘みたいな魔物が1匹。以前倒したワイバーンよりは一回り小さいが、その動きはあの時の満身創痍とはまるで違う。小刻みに跳ねて攻撃を躱し、流れるようなモーションで尾を振るう。時折放つ翼からの風が牧場の草を撫で付けていた。

 そのレッサーワイバーンの相手をしているのはやはりダニエラだった。細剣を手に、何度も転がりながら既の所で攻撃を躱しているが、動きにいつものキレはない。それでも以前の怯えた姿を見ていた僕は、戦う姿に安堵の息を吐く。震えてしまって、蹂躙されているのではと思っていた。でも、ダニエラは何とか戦える程に克服してきているようだ。だが、だからと言って悠長に見ている場合ではない。


「今行く……!」


 大剣を構え、藍色の魔力を込める。剣身を渦巻く水が覆い、その切れ味を極限まで高める。竜種に効くかは分からないが、今僕が出来る最大の威力の攻撃だ。

 体を地面に向け、天を踏んで直下する。両足に纏う銀翆の風が僕を地面へと飛ばしてくれる。狙うはその翼だ。頭を落とすことも考えたが、この攻撃が効かなかった場合は洒落にならない。奇襲というアドバンテージが無駄になってしまう。だからせめて細い付け根なら。そう思い、その場所目掛けて剣を振るう。


「避けろダニエラァ!」

「……ッ!」


 もう反応しても避けられない位置で声を上げる。ダニエラはそれだけでレッサーワイバーンから離れる。勿論、僕の声はレッサーワイバーンにも聞こえる。声に反応し、首をもたげて確認しようとするが、遅い。止まって見えるその動きではこの剣を避けることは出来ない。確認ではなく、回避であれば結果は違ったかもしれないな。


「ハァッ!」


 藍色の一閃。それは見事に右の翼を切り落とした。


「ギャオォォァオアアアア!!!」


 痛みにのたうち回るレッサーワイバーンから距離を取ってダニエラを回収する。《森狼の脚》で駆け抜け様に抱き上げ、素早く建物の陰に避難させた。


「悪い、遅くなった」

「良い……来てくれた……!」


 ダニエラが腕を回してギュッと僕に抱き着く。僕も無事を喜び、抱き返す。ダニエラは手も体も、震えていた。怖かっただろう、幼い頃のトラウマとの戦いだったんだ。怖くないはずがない。


「怪我は無いか?」

「あぁ……アサギが来るって信じてたから、頑張ったよ」

「ありがとう……すぐ終わらせてくる」

「ん……待ってる」


 腕を解いたダニエラが目に浮かべた涙を袖で拭う。風に乱れた髪をそっと撫でて、立ち上がる。気配感知で牧場に居るレッサーワイバーンがのたうち回る様子から立ち上がって、僕を探しているのが分かる。さっさと出ていかないと所構わずブレスを吐くかもしれない。急がねば。

 腰を折り、ダニエラの頬に口付けをして走る。建物を越え、わざと奴の前に躍り出てやる。僕を見つけたレッサーワイバーンは憤怒の形相で吠える。


「ゴァァァアアァァアアア!!!」

「っせーなこの野郎、ダニエラを虐めやがって! ぶっ殺してやる!」


 大剣を構えて走り出す。レッサーワイバーンは無くした片方の翼で羽ばたいて風を巻き起こすが、1枚の翼から出る風など効くはずが……


「ぐ、ぁあッ!」


 予想外に風が僕の指先や頬に傷を作る。ただの風だと勘違いしていた。竜の魔力による風の攻撃は見たことがあったが、羽ばたきの攻撃は見ていない。あの時はレックス達が翼を使い物にならないくらいに傷つけていたからな……。ただの羽ばたきでも竜の魔力は乗るらしい。一つ学習したな……同じ轍は踏まないぞ。


 再び開いた距離を、今度はレッサーワイバーンが埋めに来る。2本の脚で地を掛け、開いた顎の中の無数の牙が僕を襲う。それを僕は大剣を横から振り抜いて逆に切り裂いてやる。が、レッサーワイバーンも馬鹿ではないらしい。咄嗟に口を閉じて剣を噛んで防いだ。

 大きな傷はあるが、まだまだ動けるらしいレッサーワイバーンの力はやはり竜種だけあって強い。グン、と首を振れば僕は大剣ごと引き摺られてしまう。なんとか柄から手を離さないように踏ん張るが、足が浮く。それを《森狼の脚》でカバーして宙を駆けて力に逆らわないようにしてやれば、フッと力が緩んだ。僕が手放したと思ったのだろう。顎から剣が離れた所で引き抜き、そのまま逆さまの姿勢で剣を振り下ろす。切っ先が地を掠めるが、剣速は落ちない。宵闇に紛れる深い青は当初の目的通りにその口を切り裂……けなかった。ギャリィンと嫌な音を立てて鱗が剣の行く手を阻む。


「チッ……やっぱ駄目か」


 かつて戦ったワイバーンも剣を通さなかった。魔法攻撃は届いたが、魔力を帯びた剣では駄目らしい。速度を重視させて魔法は使わなかったが、やはりさっきみたいに水を纏わせないと駄目か……。こんなことならさっさと首を落としてやればと思ったが、今更考えても仕方ない。奴の油断が翼を落としたんだ。油断のないレッサーワイバーンの首を落とすのは至難の業だ。


「ガルルルル……」


 再び剣を噛んだレッサーワイバーンが唸る。奴より小さいからと言って、それが弱いとは繋がらない。僕を睨む目に篭った殺気は本物だ。


 が、突然レッサーワイバーンが叫び声を上げて剣を離す。僕は《森狼の脚》で空を踏みつけ後方にジャンプして距離を取る。見ればイースさんがレッサーワイバーンの尾を切りつけていた。

 痛みにレッサーワイバーンが振り返る。攻撃を予測したイースさんが剣で防ごうと構えるが、攻撃など僕がさせない。がら空きの背後。その長い尾。それを今度こそ藍色の魔力を流し、水を纏わせた大剣を振り下ろす。


「ゥオラァア!!」


 大剣は難なくその龍鱗を切り裂き、肉も骨も断ってレッサーワイバーンの尾を根本から寸断した。


「グギャアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」


 激痛に泣き叫びながらのたうち回り、暴走した竜の風が辺りへ飛ぶ。なんとかそれを躱しながらイースさんの元へ駆けつける。


「君を甘く見ていた! とんでもないな!」

「いえ! 武器が良いだけです!」

「これじゃあ俺もマルコも出番が無いな!」


 実際、藍色の大剣が無ければ僕の攻撃はちまちまとしたものになる。生成した氷剣でチクチクやるだけだ。この剣には本当に助けられている。カシルに、そして藍色の鍛冶師に感謝だな。


 尾を無くしたレッサーワイバーンはバランスが取れず、上手く立てない。それよりも痛みが勝るのだろう。結局、立っても立てなくても終わりだった。後はその首を落とすだけだ。


「止めを刺してきます!」

「気を付けろ、アサギ君! こういう時が一番危ない!」


 イースさんに頷いて歩きだす。暴れるレッサーワイバーンが僕を視界に収め、怒りからか、恐怖からか、必死に吠え立てる。

 僕は大剣を後ろに引き、藍色の魔力を流す。その様子にレッサーワイバーンは痛みを思い出したのか大きく息を吸い込む動作を見せた。この一撃で仕留めるのだろう。ブレスが来る。


 しかし、その動作が一番の隙だった。


 瞬間、両足の風が爆発し僕を前へ吹き飛ばす。そして振るう藍色の一閃は誰の目にも止まらない瞬速の一撃となって素っ首を切り飛ばした。一瞬の間を置いて溜めたブレスが暴発し、切り裂かれた頭が宙を舞う。同時に鮮血が断面から吹き出し、辺り一面を赤く染める。


「やっぱり、最後に物を言うのは速度だな」


 剣を地面に突き立てて振り返る。その視界に映ったのは命の灯火が消え、脱力したレッサーワイバーンが血の海に沈む瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔物ってなんなんだろうな?自然発生するから絶滅の恐れはないって言うくらいだから魔素が集まって魔物が形成されるのかと思いきや普通の動物が変異するという話もあるし、今回のヴァルトウルフは普…
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