第百四十三話 風車の村
フォレストウルフに導かれて僕達は森に沿って歩き、やがて日が暮れる頃に一つの村に到着した。風車の着いた屋根が目立つ。ここは風の通り道みたいだ。
「ワン!」
一声鳴いてフォレストウルフが走り出す。どうやらここで番犬をしていたのは正解らしい。普通なら魔物1匹が村に近付くことはないし、何より僕達を放置して走り出したフォレストウルフの尻尾が雄弁に語っていた。千切れるんじゃないかと心配になる。
「あぁ、帰ってきた! おーい、ミド! マルコが帰ってきたぞー!」
フォレストウルフの鳴き声を聞いてか、家から飛び出してきたおじいさん……というよりはおじさん寄りのナイスミドルが走ってきたフォレストウルフを抱きとめ、撫でながら誰かを呼ぶ。すると小さな少年が家の裏から走ってきた。汗でビショビショの彼が飼い主なのだろうかと話の行間を読んで推測してみるとその様子も納得出来た。きっと大慌てで探し回っていたんだろう。おじさんは何かあった時の為に家で待機とか? でもその喜ぶ姿から心配していたのが伺える。
「マルコ! あぁ、良かった……って、酷い怪我じゃないか! ……でも治りかけてる?」
「怪我していた其奴を保護したんだ」
落ち着いてフォレストウルフ……マルコの様子が見えてきたところで声を掛ける。するとマルコを抱き締めていた2人が顔を上げる。
「冒険者さん……貴方が助けてくれたの?」
「あぁ、森で血だらけだったからポーションでな」
「ありがとう! ありがとうございます!」
立ち上がった少年、ミドがペコペコと頭を下げる。その頭をダニエラが撫でていた。
「でもまさか冒険者が魔物を見つけて殺さないとはな……」
フォレストウルフが無事に帰ってきたのは嬉しい。でも見つけた奴は怪しいとこの上ない。なんて僕を訝しむ。
「まぁ、フォレストウルフには縁があって。襲われない限り殺さないようにしてるだけですよ」
「ふむ……?」
顎を左手で擦りながらジロジロと見る。失礼とは思うが、事情が事情なので我慢出来た。ダニエラも僕が何も言わないことで動かないことにしたらしい。
「そうだ。その……マルコ? に案内されてここまでやってきたんですけど、宿とか無いですかね?」
「旅の者だったのか」
「えぇ」
おじさんは僕達が旅装というより武装寄りの姿を見て頷く。
「ここは小さな村でな。宿はない」
「……ですか。じゃあどこか邪魔にならない場所を」
「なので、うちに泊まりなさい」
おじいさんがにこやかに微笑みながら提案してくれる。さっきとは様子が違う気がするんだが……いや、その提案は嬉しいのだが。
「君は信用出来るようだ。マルコも助けてくれた礼もしたいしな」
「うん! 泊まってってよ!」
マルコを離したミドが立ち上がって僕とダニエラの手を掴んで引っ張る。
「いいんですか?」
「あぁ。ゆっくりしてってくれ」
道を開けて家へ案内してくれるおじいさん。チラとダニエラを見ると『ま、仕方ないだろう』と目でコンタクトしてくる。だな……今夜はお世話になるしかないか。
「ありがとうございます。えっと……」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はイース。君は?」
「アサギと言います。こっちはダニエラ。よろしくお願いします」
「よろしく」
「あぁ、こちらこそな。ようこそ、ダアナ村へ。さ、入ってくれ」
扉を開けてくれたイースさんに従い中へ入るとミドとマルコもそれに続く。
家はいくつか部屋があるらしく、玄関を抜けたところでリビングが。その先に扉がいくつかある。何でもイースさんが自分で増築したのだとか。確かに小さな村でこれほどの大きさの家は普通はないものな。
いくつかあるとは言え、それはミドとイースさんの部屋と物置代わりだそうで、僕とダニエラは一部屋を借りることになった。夕飯は僕とダニエラでご馳走することにした。一宿一飯の恩義ってやつだ。一飯は僕達の提供だけどな。
「食材はあるのか?」
「えぇ。旅をするのでこの鞄にいくつか常備してありますので」
「ほう、虚ろの鞄とはレアな物を……」
僕が鞄から肉や野菜を取り出す様子を見て驚くイースさん。何だか照れ臭い。貰い物だしな……ラッセルさんは元気にしてるだろうか。離れてみるとフィラルドのことが懐かしく思う。嫌なこともあったけれど、それを上回るくらいに素敵な人達にも出会った町だ。ダニエラにも会えた。
「ん? なんだアサギ」
「ううん、何でもないよ。さ、今夜は本気出すぞ!」
鞄からどんどん食材を取り出す。肉、野菜、魚、果物。魚は川魚だ。竿に蔓を裂いた物を括り付けて先に針代わりの鋭い魔物の骨と餌を付けて小川に垂らして釣った物だ。見た感じは食べられそうだ。ていうか旨そう。此奴はシンプルに塩焼きだ。肉と野菜は分けて炒めて異世界ソースで味付けする。もう半分はスープだ。少しピリ辛に仕上げてみた。果物は絞ってジュースにしてバランスを取る。
出来上がった料理をテーブルに並べて、別口に焼いた肉をマルコに与える。
「お待たせしました。さ、食べてください!」
「よし、いただこう」
「いただきまーす!
「ワンッ」
「もぐもぐ」
イースさんとミドの2人が手を合わせてから食べ始め、マルコが一声鳴いてハグハグと食べ始め、ダニエラは待ちきれないとばかりに魚にかぶりつく。一口食べた皆が浮かべるのは笑顔だ。良かった、口に合うようで安心した。さ、僕も食べ……
「なぁダニエラ」
「もぐもぐもぐ」
「僕の魚が無いんだが?」
「もぐもぐ……ゴクン。あるじゃないか。私の腹の中に」
「……」
ダニエラに関しては何だろう、『あっ、そんなに美味しかったんだ』なんて諦めに近い感想が浮かぶ。本当に此奴はもう……仕方のない奴め。
□ □ □ □
食後、僕達はジュースを飲みながら談笑していた。主に僕達の冒険譚だが。ダニエラは食べ過ぎたと食後の散歩に出かけている。
「なるほどな……アサギ君達は相当な修羅場を乗り越えてきたのだな」
「僕なんかまだまだですよ。旅を始めたのも最近ですし、冒険者を始めたのも……」
「しかしそれだけのオークを相手に立ち回るのは相当なやり手だ」
「あっはっは、そんなに煽てたって何も出ませんよ?」
くっくと笑いながらイースさんがジュースを流し込む。
「まぁ、そんなアサギ君に折り入ってお願いがあるんだがな」
「何でしょう? あまり無理難題は出来ないですが……」
「いや、マルコが傷だらけになっただろう? その原因がな、実はこの村の家畜を荒らすある魔物の所為なんだ」
ジッとテーブルを見つめながらイースさんが言う。僕は床で休むマルコを見る。小さな怪我は完治したが、大きな傷跡はまだ確認出来る。
「……僕個人としてはマルコを傷つけた魔物をどうにかしてやりたいです」
「そう言って貰えると有り難い。何、すぐに返事してくれとは言わん。ダニエラさんと相談してからで構わない」
「すみません、ありがとうございます」
ダニエラが戻ったら相談してみよう。その後もイースさんと雑談を続けていた。今度はイースさんの話をしてもらった。
イースさんは昔、冒険者をしていたそうだ。様々な場所で色んな魔物を狩っていたが、大きな怪我をして引退したのだそうだ。それからは生まれた村に帰って悠々自適な暮らしをしているのだとか。
ミドはそんな村にマルコと一緒にやってきたんだそうだ。ある日突然、魔物と共にやって来た少年ということで村中が殺気立って大変だったそうだ。
「殺した方がいい。殺すべきだという意見が多かった。だが俺はあの子が悪い人間ではないと分かるからそれには反対したんだ」
「何故分かるんです?」
と、自分で聞いてからイースさんにジッと見られたのを思い出した。
「ふむ、気付いていると思ったのだがな」
「最初に僕を観察したアレですか?」
「あぁ、やっぱり分かってたか」
「どういったものかは分かりません。でもそれかなって」
そういうと納得顔のイースさんが自身の左目の瞼をそっと撫でる。
「こっちの目は妖精に弄られた目だ。昔、森で大怪我した時に妖精が助けてくれたんだが、その時にちょっと不手際があってな」
「不手際?」
イースさんは当時を思い出したように喉の奥で押し殺すように笑う。
「いやこれがまた傑作でな。妖精は人間の目と自分達の目が違うことを忘れて治したんだ。だから、この目には人の善悪が写ってしまうんだ」
元々、妖精に愛されやすい体質だったのもあるのかもしれないがな、とイースさんは付け足す。
「つまり、妖精には人の善悪が見えると?」
「あぁ。あまり知られてはいないがな。ダニエラさんも、あれは妖精が見える口だろう? だから俺が何を見ているかも理解してくれたはずだ」
「なるほど……」
ダニエラは大事な時に口下手へなるというか、必要なことを話し忘れることが多いからな……僕が気付いていると思ったのかもしれないが。嬉しいけれど僕に対する期待値がデカすぎる。何も知らない異世界人だぞ。
「まぁそういうわけで私にはユニークスキルが発現した。名を『心色の眼』という。文字通り、相手の心の色が分かる目だ」
「そういう後天的な発現の仕方もあるんですね」
「特殊だがな。だがそのお陰で俺はミドの命を救えた。マルコも元気だし、ハハッ、良いこと尽くめだな」
クイ、と杯を傾けて喉を鳴らして流し込んでいるが、中身はジュースだ。締まらない。
そんな時、リビングの窓がガタガタと鳴った。風が強いみたいだが、嵐なんて時期でもないだろう……と、首を傾げているとペシペシと頬を叩かれた。驚いて辺りを見るが、何もない。ふわりと風が玄関へと抜けていくだけだ。
「ひょっとして今の……精霊?」
「風が騒がしいな。何かあったのかもしれない」
「風……もしかして、ダニエラに何かあったのかも!」
僕は慌てて剣を掴んで飛び出そうとするが、イースさんが僕の腕を掴む。
「待て、アサギ君。俺も行く」
「イースさん、助かります!」
「今夜はゆっくりして欲しかったんだが……どうやら奴が出たらしい。感覚でわかる」
「奴?」
僕は焦る気持ちを落ち着けて、イースさんの言葉を待つ。イースさんは立てかけてあった剣を手にし、真剣な顔で僕を見てその正体を教えてくれた。
「ワイバーンだよ」




