第百四十二話 傷だらけの魔物
旅は続く。勿論、僕とダニエラの二人旅だ。フィラルドから始まったこの旅はスピリス、アレッサ、ヴァドルフ、センカ村、レプラントと多くの町や村、都市を渡り歩いてきた。
居心地が良いと感じた場所も沢山あった。仲良くなった人達、別れを惜しんでくれた人達。そういった出会いと別れは旅の醍醐味とは言うけれど、実際に目の当たりにしてみると驚くほどに辛いものがあった。しかし、別れがあると同時に旅立ちがあり、そして新しい出会いがある。その先には別れがあるのだけど、それが終わりではないと僕は知っている。
果たして次に僕達を待つ出会いとは、一体どんなものなのだろう?
素敵な出会いなのか。それとも、思いも寄らない再会なのか。
僕の興味は尽きない。ダニエラと2人で続いていくこの旅路の先には何が待ち受けているのだろうと、夢想する日々が僕は大好きになっていた。
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岩山を下山して進んだ先の小川の傍で夜を明かし、南へと歩く。小川は南に流れていくので、それに沿って南下する形だ。さらさらと清涼感溢れるせせらぎを聞きながらダニエラと雑談しながら歩き、疲れたら休憩し、腹が減ったら食事にする。魔物が現れたらこれを撃退し、討伐証明になり得そうな部位を剥ぎ取って虚ろの鞄に仕舞う。荒っぽいことはあるが、実に平和と言える旅路だ。そう思えるくらいには僕はこの世界に順応してきているとみえる。
川の沿って歩いていたが、途中で川は西へと進路を変えた。僕達は川を渡って更に南下。平原だった辺りは変化し、背の低い木々が僕達を迎え入れてくれる。この森が目印だそうだ。ダニエラの脳内マップによればここから進んだ先に小さな村があるらしい。
その日は森の傍で焚き火を囲んで夜を明かした。
午前4時頃、僕は焚き火に薪を放り込み、立ち上がってグイ、と背筋を伸ばす。見上げた空はまだ夜闇に包まれているが、東の空は薄く色付いている。
そんな夜明け間近の頃。最近では常時オン状態にしている気配感知に小さな反応が引っ掛かった。薄く広範囲に広げていた感知エリアに、外側から何かが入り込んできたみたいだ。僕は立てかけていた藍色の大剣の柄に手を伸ばし、肩に担ぎながら反応のあった場所を目指して歩きだす。
そこは森の中で、見通しはあまり良くない。《夜目》スキルでジッと木々の隙間や、茂みを注視する。広範囲に広げていた範囲を縮小し、周辺環境を細かく調べていく。すると2時の方向の木々の裏から小さな反応があった。僕は確認すべく、大剣を構えながら歩み寄る。足音を出来る限り消し、そっと遠回りして木の正面が見える位置へ回り込む。
ジッと草の隙間から木の根元を見つめる。反応はそこにある。《夜目》のお陰で暗がりの森の中でもはっきりと確認出来た。
そこに居たのは傷だらけのフォレストウルフだった。
反応の小ささはフォレストウルフの命が風前の灯だからだろうか。手負いの獣は恐ろしいというが、あれだけの傷であればもう動くことも難しいはずだ。問題は、誰が、何があれだけの傷を負わせたかだ。
僕は油断なく注視しながらフォレストウルフの前に立つ。何故かそのまま見過ごすことが出来なかったのは僕が森狼の加護を得ているからだろうか。僕は普通の冒険者よりはフォレストウルフ側の人間だからだろうか。
チラ、と僕を見てクゥンと鳴く様子から、僕の事には気付いていたようだ。抵抗する様子も見られない。
「酷い傷だ……」
全身に傷が見られる。流れ出た血が水溜りを作り、ここまで歩いてきた足跡と点々と流れ落ちた血が続いている。
「キュウン……」
か細い、今にも消えてしまいそうな声に僕は此奴を助けられないかと考えてしまう。普通の冒険者であればタダで討伐証明が得られると喜ぶか、放置してこの傷を負わせた者を探し始める場面だろう。けれど、どうにも僕は無視出来なかった。
「待ってろ」
通じるかは分からないが、それだけ言うと僕は野営地へと走り出す。急いで大剣を降ろして鞄の中の鑑定眼鏡と回復用のポーションを複数取り出し、フォレストウルフの元に戻る。大丈夫かと声を掛けるとゆっくりと顔を上げる。その顎を手で支えながら口を開けさせてポーションを飲ませた。飲ませながら掛けた鑑定眼鏡でフォレストウルフの様子を見る。一番深い傷は胸元の切り傷だ。何か、爪のようなもので負わされたようだ。僕はそこにどうにかポーションを掛けてやる。滲みるのか、力ない体を捻って逃げようとするが、それを押さえて傷を癒やす。どうにか塞がったようで、ダニエラが買ったポーションの効果の高さに感謝しながら、そっとフォレストウルフを背負って野営地へ戻った。
焚き火の傍に寝かせてやれば気持ち良さそうに目を閉じた。死なないでくれよと願いながら、一方で魔物を助けるなんてと思う冒険者アサギである部分が顔を出す。ダニエラにどう弁明するつもりだと訴えてくるが、上社朝霧は非情になれない。必要のない殺しが出来る程僕は冒険者ではないのだ。
東の空はゆっくりと明るさを増していく。僕は水魔法でフォレストウルフの傷を洗い流してやりながら、今後のことを考える。
兎にも角にもまずは、ダニエラへのごめんなさいだな……。
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「……という訳なんだ。勝手にポーション使ってごめん」
「いや、構わない。アサギの事は分かってるつもりだからな。そういう場面で止めを刺すことが出来ないのは理解しているさ」
「ありがとな……後でポーションのお金、渡すからさ」
「ん、分かった」
お金のやり取りはパーティーメンバーでも恋人同士でもはっきりさせるべきだ。ということでポーション代を支払うことを約束した。
件のフォレストウルフは目に見える傷は塞がったが、まだまだ回復には至らない。今は僕が用意した串焼き肉をガジガジと囓っている。2本食べて、口の周りをぺろりと舐めてごきげんそうに伏せて休み始めた。
「魔物にしては人馴れしているというか……」
「ひょっとしたらだが、本当に飼われていた魔物かもしれないな」
ダニエラが言う。そんなことってあるのか?
「魔物使いというか、田舎の方では幼い時に拾った魔物を番犬代わりにすることもあるそうだ。その番犬が、何かに襲われて逃げてきた……なんてこともありそうだ」
「この先の村で飼われていた番犬ってことか?」
「可能性はあるな」
そっと背中を撫でてやるが、抵抗は無かった。あまりにも人馴れし過ぎだ。飼われていた犬としか思えなかった。
「魔物は丈夫だから、普通に犬として飼うよりは飼育が楽なところはある。問題はなかなか馴れないことと、歯向かわれた時に対処が出来るかだ」
「そこは魔物なんだな」
この無抵抗っぷりから察するに、慣れるという問題はクリアしているようだ。歯向かうこともなさそうだ。
「丈夫だし、そろそろ歩くことも出来るだろう。片付けたら村まで連れて行ってみよう」
「了解」
ダニエラの提案に乗り、立ち上がる。食べた後のゴミを片付けてテントを折り畳む。広げた荷物も虚ろの鞄に放り込んで最後に水魔法で焚き火の火を消す。全て済んだ所でフォレストウルフが起き上がり、尻尾を振りながら僕の足に顔を擦り付けてくる。可愛い奴め……ギリギリまで寝ていた部分にダニエラみを感じる。
「なんか今、馬鹿にされた気がする」
「気の所為だろ。行こうぜ」
虚ろの鞄を背負って歩きだすとフォレストウルフが先導してくれるように前を歩いてくれる。進路は東。ちゃんと村の方向だった。本当は僕達の言葉が分かるんじゃないかと勘ぐってしまう程に賢い奴だ。
こうしてまったく予想出来ない展開ではあったが、新たな出会いは魔物との出会いだった。2人と1匹の短い旅が始まる。




