第百四十話 アサギとダニエラ、二人旅
祝140話です。
アサギと別れてから2日。今日、アサギが発掘から帰ってくるはずだ。
久しぶりの一人旅だった。アサギと別れた野営地跡から山道の入口へ歩くまでは何となく隣にアサギが居る感覚があった。けれど山道を登り始めて少しすると足場が滑りやすくなってきた。
「ここ、滑りやすいぞ」
おっちょこちょいなアサギにいつもの様に注意を促してからハッとする。その後に漏れる溜息と苦笑。どうやら私はアサギと2人で旅をすることが当たり前のことになっていたようだ。1人で旅をしていた時間の方が多いはずなんだがな……。
何だかんだでやはり私も寂しいらしい。
山道が整備されているとは言っても山小屋まで用意されている訳ではないので、少しはずれた場所でテントを設営して焚き火の準備をする。アサギは目に付いた焚き火に使える木を拾っては鞄に詰めているので、薪には困らなかった。とんでもないドジをする割にはこういう所に気を遣うアサギではあるのだが、それが私との旅を快適に行う為だとこうして1人で居ると良く分かる。
「はぁ……」
明日の夜も1人かと思うと自然と溜息が出る。自分でも驚くほどに彼奴が恋しいようだ。手にした夕食も何だか味気ない。ベガンの所の肉なので最高に旨いはずなんだがな……やっぱりアサギという最高のスパイスが欠けてしまっては仕方ないということなのだろう。結局その日は4本しか入らなかった。
翌朝、薄っすらと煙る霧の中を進む。生態がはっきりとしないミストゴブリンではあるが、この程度の霧では出てこないらしい。濃霧の時だけ現れるようだ。しかし普段はどこに居るんだろう?
登山客とすれ違った。お互いに会釈して終わる。アサギなら元気よく挨拶でもするんだろう。彼が居ないと私は殆ど口を利かない。元々1人で旅をしていたから必要最低限しか喋らないのだ。別に話すことが苦痛とか苦手とかじゃない。決して初対面の人との会話が怖い訳ではない!
人とすれ違ったのはその一度きりではあったが、余計にアサギが居ないことが響いてくる。余程人恋しいと見える。昔の私ならそれを『弱い』と感じていたかもしれない。
他人に依存しないと生きていけない軟弱者。他人と何かを行うという甘え。隣に誰かが居ないことで不安になる未熟さ。
世界を相手に生き残るということは個々人の実力の高さこそが重要だと、それさえ間違わなければ生きていけると思っていた頃もあった。しかしアサギと二人で旅をするようになり、お互いにお互いのことを慮れるようになって、世界の厳しさの中に『優しさ』を感じられるようになった。
私はこれを『退化』とは思わなかった。素直に成長と思えた。そう思えたのがアサギのお陰だと分かった時、私は嬉しかった。
『あぁ、私は此奴と出会う為に1人で頑張ってきたんだな』
と、そんな感情がスッと心に染み込んで、私を包み込んでくれた。
あの時の気持ちを思い出せば、こんな一人の夜なんてどうということはない。アサギは帰ってくると言った。ならば私はそれを信じて先を行くだけだ。もう一度、二人で旅を続けることを夢見ながら私は一人の夜を耐える。
□ □ □ □
「……とまぁ、昨日の夜はこんなことを思いながら寒さに負けずに頑張っていたんだがな」
「……」
「なのにアサギと言ったら……無機物の裸を見て喜んでいるとはな。がっかりだ」
「申し訳ないです」
「あ?」
「すみません!!!」
ダニエラ先生は完全にキレていらっしゃった。原因は言わずもがな、この自動人形だ。
『お前はなんてものを拾ってきたんだ!』
ダニエラとの再会の第一声はそれだった。それからは昨日一昨日のダニエラが抱いていた気持ちというものを滔々と説明された。内容事態は非常に心が温かくなるようなハートフルストーリーだったのだが、ダニエラの目が笑っていないのが僕の背中をびっしょりとさせた。
ブチギレていらっしゃると。僕のこの世界に来てから培われた野生の勘と呼べる第六感が泣きながら走って逃げていったことではっきりと理解出来た。さらば第六感。君の犠牲はきっと無駄に終わるだろう。
「はぁぁ……そんなもの、どうするんだ……」
「それを相談したくて……」
「拾ってきた所に戻してこい。うちには自動人形を養う余裕はありません」
「やだ、ちゃんと世話するから! 魔力の補充するから!」
「そう言って結局私が世話することになるんだ! 目に見えている!」
「世話するもん……」
「はぁぁ……」
駄々をこねてみるが何の形にもならなかった。こうして回収してきた炉心も意味がない。
「……帝都で炉心とセットでオークションに掛ければ大金にはなるだろうな」
「鬼かお前は!」
こんなに可愛い自動人形を売るだなんて!
「そうは言っても実際どうするんだ? 私達の旅に此奴を連れていくのは難しいぞ」
「身の回りの世話とか……」
「自分で出来る」
「夜の見張りとか……」
「自分でやるという緊張感が大事なんだ」
「うぅ……」
もう駄目だ……ダニエラは自動人形反対派だった。突きつけられたNOという意見。ダニエラの意思と自動人形を天秤に掛ける。散々駄々をこねていながら、悲しいことに圧倒的にダニエラの方が沈む。諦めるしか無いか……。
「ダニエラが反対ならしゃーないか……」
「私はお前と2人が良いんだ。自動人形であろうと邪魔者は必要ない」
「悪かったよ。ごめんな、寂しい思いさせて」
「アサギ……」
「ダニエラ……」
自然と距離が縮む。目の前には吸い込まれそうなダニエラの新緑の目。その目を覆う長い睫毛がそっと降りて、それに習って僕も目を閉じた。
□ □ □ □
さて、ダニエラと合流したのは岩山の頂上付近を遠回る山道が下り始めた辺りだった。この辺りは標高も高く、寒さが半端ない。しかしそんな寒さの中でも運動をすれば温かくなることに気付いた僕とダニエラは一緒に運動をした。旅の途中での運動はしないルールだったのだが、ダニエラも離れ離れになって思うところがあったみたいだし、この辺は高すぎて魔物も出ないということで運動に専念した。
そして翌日。焚き火で沸かした湯を含ませた布でお互いの体を拭きながら旅再開の準備をする。後は下るだけだった。この山を越えたら南東に進路を取る。その先は帝都ヴェルフロストだ。
「まず南に進む。それから暫く進んでから東だ」
「レプラントに行く時と一緒だな」
「だな」
センカ村みたいな場所はあるんだろうか。メリカちゃんは元気だろうか……虚ろの鞄に付けたストラップ人形のぐみちゃんをそっと撫でる。その様子を見ていたダニエラは僕が考えていることが分かったのか優しく微笑んでいる。
「テントも片付けたし、そろそろ行くか」
「今日の朝食は歩きながらだな」
手にした串焼き肉を噛りながら歩きだす。ここが何の整備もされていない山だったらこんなことする余裕はないのだが、なだらかな道や階段といった風に加工されているので実に歩きやすい。
さて、先程から触れないようにしている自動人形だが、今は僕の鞄の中に居る。やはり無機物状態の人形はあくまでも物として扱われるようで、すんなりと収納することが出来た。
此奴はヴェルフロストに到着したらオークションに出すつもりだ。古代エルフの遺物。オーパーツ。超魔導時代の遺産。そんなネームバリューがきっと僕達に大金を呼び込んでくれるはずだ。金はいくらあっても困ることはないからな……装備の新調とかはする気がなくとも、整備は必要だ。この装備にしてから結構酷使してきたからなぁ……帝都なら腕の良い職人も居るだろうし、そこでばっちり整備して新たな冒険を開始するのも良いだろう。
「本当のことを言えばな、アサギ」
「うん?」
「自動人形はレア過ぎるから傍に置きたくないんだ」
ダニエラが言うには、過去にも自動人形が発掘されたことはあるという。何十年か前には1体の自動人形を巡って人死が出たらしい。
「さっさと手放すのが一番安全なんだ」
「身の危険と引き換えに傍に置く……というのは流石の僕もちょっとなぁ」
「浪漫はあるけれどな」
ダニエラもなかなか話が分かるようだ。冒険者だものな。しかし僕より経験が豊富だから理性という部分が強い。僕のような考えなしではないから本当に頼りになる。
「炉心まで拾ってきたんだ。絶対に売れる」
「ダニエラの予想ではどれくらいになりそうだ?」
尋ねると串を咥えたまま腕を組んで考え出す。
「んー…………過去の値段から言えばだが」
「言えばだが?」
「多分、5000は超える」
5000? それって金貨?
「勿論だ。炉心まで用意されているのだからな。過去の出品は人形と炉心で1000枚だった。保存状態、予備の炉心、そして最近では全く出回らなかったということが破格の値段に繋がるだろうな」
「ダニエラ、実はあの場所にはもう1体完璧な人形が」
「もう遅い」
クッソ、もう少し頑張れば1万枚に到達出来たかもしれないというのに……!
僕は自分の愚かさを呪いながら山道を下る。隣のダニエラは呆れたように笑っている。霧は晴れて、柔らかな日差しが僕達を照らしてくれる。一番、雲に近い道を歩く僕達を祝福してくれるようだ。……やっぱり、この旅は僕とダニエラの2人だけで良いかな。と、そう思えた。
明日からゴールデンウィークが始まりますね。更新は多分、まちまちになると思います。アサギとダニエラは二人旅ですが、僕は近場を一人旅する予定です。




