第十四話 走る男、走る女
なんで此奴等がこんなところに居やがるんだ? 何で仮面の女性を囲ってるんだ?
出来るだけ冷静に観察しながら僕は話しかける。
「何の用なんだ? その人を囲む理由は?」
「あ? おめぇには関係ねぇよ。帰んな」
「そうもいかない。その人は一緒に飯食った仲なんだ。こんな雰囲気ではいそーですかと帰るわけにはいかないな」
もしかして此奴等、僕を陥れる為に仮面さんを人質にでもする気なのか? 怪我したくなけりゃ有り金置いて消えろ、とか。
「おい黒兎、痛い目に遭いたくなけりゃ金だけ置いてとっとと消えろ。でないとこの女がどうなっても知らねぇぞ?」
うっわ……テンプレ……ちょっと言葉が出てこない。何だろう、台本でもあるのだろうか。
「おら! とっとと金置いて消えろ!!」
「そんな訳にいくか阿呆野郎! さっさとその人を解放して消えろ! ぶっ飛ばされんうちにな!」
「てめぇ……黒兎の分際で……ッ」
クズ筆頭がこめかみに青筋を立てながら腰に下げた剣の柄に手を掛けた。すると周りの連中もそれに習い、下卑た笑みを浮かべながら剣を抜いた。
こうなってはもう後には引けない。ここまできたら後は戦うだけだ。しかし人死はあまりよろしくない。ラッセルさんに連行される様子を思い浮かべただけで情けなくなってくる。
だから僕は鞘ごと抜いた。素早く剣帯を鍔に巻き付けると、その様子を見た筆頭がさらに怒鳴り散らす。
「黒兎ぃ!! てめぇ舐めてんのか!?」
「舐めちゃいないさ。大将から貰った剣に汚い血を……吸わせたくないだけだ!!」
剣と短剣を左右の手に握る。短剣はボタンで留めるタイプの鞘なので準備に時間は掛からなかった。そして走る。勿論全速力じゃない。それはまだだ。
「ぅおらぁあ!」
筆頭が剣を振り上げる。僕は腰を落とし、振り下ろされる寸前に前転で脇をすり抜ける。背後で地面を叩く音がする。正面には仮面さんの前に壁となった腰巾着共。其奴等のうちの見た目がひょろい奴に向かって全力で踏み込んでタックルでぶつかる。
「ぐほぁ!!」
重さは無いがAGI極振りの鋭さみたいなものはあるだろう。あってほしい。
壁を抜けて僕は仮面さんの前に躍り出て背後の連中へと向き合い、剣を構える。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。君こそ大丈夫か?」
「今のところは、ね。走れる?」
ちら、と後ろの仮面さんを見て尋ねる。
「問題ない」
「なら南の門の衛兵隊の詰め所まで。そこにいるラッセルという隊長が僕の知り合いだ。助けてくれるはずだ」
「君は……どうする?」
「僕か? 僕は逃げ足だけは自信があるんだ」
そう言っておどけてみせると仮面さんはきょとん、とした顔をしたかと思えばクスクスと笑いだした。
「君は面白いな。名前を教えてほしい。私の名はダニエラだ」
「僕はアサギ。アサギ=カミヤシロだ」
仮面さん改め、ダニエラは頷くと走り出した。
「てめぇ……舐め腐りやがって……」
筆頭が壁を抜けて僕の前に立つ。もう完全にブチ切れていらっしゃる。周りの連中も獣のように目をギラつかせながら剣を軽く振っている。もう奴等の頭のなかには僕を殺すことしかないようだ。
だから周りが見えなくなる。ここが公園だということも。
「悪いがお前らを相手にするつもりはない。僕はもう腹いっぱいで、眠いんだ!」
町は石畳だ。だがこの公園は違う。足元は土、それも砂寄りだ。だから僕は剣を地面に突き立て、振り上げる。前方に満遍なく、砂が飛び散るように。
「ぐぁ……ッ! クソがぁ!」
そのギラついた目に砂はよく入るだろう。お陰様で僕は全速力で逃げられる。ダニエラの後を追うように走る。ダニエラの足もなかなか速いようで、その姿はどこにもない。僕は人混みに紛れるように大通りを注意しながら走る。何事かと振り返る人や迷惑そうに睨む人もいるが、勘弁してもらおう。今は緊急だ。命の危機だ。いのちをだいじにが危機を切り抜けるコツだ。チラチラと後ろを気にしながら僕は南の衛兵隊詰め所を目指した。
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屋台の料理が美味しそうだったんだ。思わずじっと見てしまうくらいに。私にぶつかった相手も、そうだった。私の不注意を咎めることなく、逆に気を利かせてくれて、その実に美味しそうな料理を見てお腹を鳴らしてしまった私にご馳走してくれた。優しい人なのだろう。珍しい黒髪は少し長く、一見女性と見間違えそうになる。伸びた前髪の奥の瞳は少し見え隠れしていたが、優しげに微笑んでいた。
そんな彼とした公園での食事は静かで、落ち着いたものだった。遠くに聞こえる酒場の喧騒や、屋台の店主の宣伝の声がまるで別世界のように思える。良い雰囲気だ。料理も美味い。私は味わって食べていたが彼はさっさと食べ終わってしまった。美味しい料理だ。気持ちは分かる。ただ、手持ち無沙汰だったのか、私の食べる姿をちらちら見ていたのは恥ずかしかった。あまり女性が物を食べる姿は見るものではない。照れてしまう。
食べ終わり、ちょっとした縁から知り合った彼は宿へ帰ると言って手を振って公園を後にした。さて、私も宿を探して寝ようかと立ち上がったその時だった。
急に茂みから現れた男共に囲まれたのは。どいつもこいつも下卑た笑みを浮かべている。思わず驚いて声を出してしまったが、結果的にそれはいい方向に繋がったらしく、さっきの彼が戻ってきてくれた。様子を見る限り、どうやら此奴等とは知り合いらしい。しかし仲間ではなく、敵としてだ。黒兎と彼を呼んだが、彼はいい顔をしない。言葉だけを聞けば愛らしいものだが、彼には侮蔑の言葉だったようだ。
彼と此奴等のリーダー的存在が剣を抜き、一勝負始まるかと思えば彼は軽業のように剣を避けたかと思えば、まるで重騎士の如き突進で私の前にいた奴等のうちの一人を突き飛ばした。その顔に焦りの色はなく、どこまでも私を案じてくれていた。本当に彼は優しい。そんな彼を寄って集って嬲ろうとする連中の気が知れない。怒りがふつふつと湧いてくるが、彼は私に衛兵隊へ向かうよう指示した。助けを呼べとのことだが、どう考えても私を逃がそうとしている。一瞬、躊躇したが時間は待ってはくれない。私は彼の名を聞いて、忘れぬように心に刻んだ。どんな状況でも気にかけてくれる彼の名をこの胸に。
アサギ。待っててくれ。必ずラッセルという隊長の下へ辿り着くぞ。私は風の魔法を付与し、壁を越えて屋根伝いに南の門を目指した。




