第百三十九話 寄り道終了
さて帰るかと蓋を閉じる。すると箱がひとりでに床へと沈んでいき、平らな床と同化した。ひょっとしてそういうトラップかと慌てて後ろを見るが、特に閉じ込められる様子も守護的な物も者も出てこなかった。これでこのアトラクションは終了ということだろう。僕は2つの鑑定眼鏡を手に悠々と六畳間を後にした。
緊張いっぱいに歩いた通路も、帰り道となると短く感じる。それほど歩かず、寝かせていた自動人形の元までやってきた。
「さてさて、此奴はどうしたものかな、と」
掛けた眼鏡で鑑定してみると、やはり自動人形と表示された。
『自動人形タイプF 炉心欠如により活動停止中』
動かすには炉心というものが必要らしい。タイプFというのはFemale……女性のことだろう。炉心というのはどんなものだろう。どこに入れるのだろう? と、ひっくり返したり色々調べてみると首の後ろに非常に見えにくいが切れ目が入っていた。そこに指を引っ掛けると皮膚が捲れた。
「ひぃ……なんだか猟奇的だ……」
その皮膚の下からは部屋に転がってる自動人病のような機械の骨組みが見えた。
「……あ、駄目だ。なんか上手く戻せる自信がない」
僕は発明家でも科学者でもないので、あまり弄ると取り返しがつかないことになる。そっと捲った皮膚を綺麗に戻して部屋の中の骨組みが丸見えの物を手探る。同じようなタイプで丸見え状態の物を調べてみた結果、肩甲骨と肩甲骨の間に蓋があって、そこに何かを入れる空間があることが判明した。ここに炉心とやらを入れるのだろう。
続いてはその炉心を探してみる。鑑定眼鏡で一体一体確認して炉心が欠如していない個体を探す。欠如以外の理由で停止しているのであれば、体内に炉心があるはずだ。
「なかなか見つからないな……此奴はどうだ?」
手足がなく、体にミミズ腫れのような後のある人形を鑑定してみる。
『自動人形タイプF 嗜虐嗜好用 身体ダメージにより行動不能。魔力残量ゼロの為、活動停止中』
嗜虐嗜好……? この子はサディストに壊されたのか? やはり古代エルフはHENTAIらしい。ドHENTAIだった。
しかし朗報だ。魔力残量セロが停止の理由であれば……
「やっぱりな。これが炉心か」
背中の蓋を開ければ多面体の水晶のような物が出てきた。ちょっと大きめのスーパーボールみたいだ。鑑定眼鏡で鑑定してみると、自動人形用炉心、と表示された。
『自動人形用炉心 魔力残量ゼロ』
これに魔力を注ぎ込めば充電されるに違いない。しかしこの子は可哀想だな……こんな姿にされて魔力の補充もされずに停止してしまったのか。両手を合わせてご冥福を祈っておこう。
手にした炉心に魔力を注いでみる。無属性の純粋な魔力だが、どうだ?
『自動人形用炉心 魔力残量5%』
少し補充されたようだ。良いぞ。
しばらくは補充と休憩を繰り返す。この後は休んで、明日ダニエラと合流するつもりだったので今夜はここで寝ようと決めていた。危険もないしね。
何度か補充を繰り返して鑑定してみたところ、無事に残量が100%に達した。これで自動人形が起動するはずだ。……でもあの皮膚捲りは難しいな。ちょっとその辺の人形で練習しよう。
その日の夜は食事も取らずに機械いじりで過ぎていった。
□ □ □ □
「……んが、ぁ……寝落ちした……」
自動人形が散らかった部屋の真ん中で目を覚ます。床の上で寝たので体のあちこちが痛い。それに冷えて寒い。
「風呂入りてぇ……腹減った……」
口から突いて出る願望は誰に届くこともなく、叶うことなく霧消する。手元には炉心が4つ。あの後機械いじりをしていると他の個体から出てきたものだ。補充はしていない空っぽだ。
皮膚捲りの方も大分コツを掴んで上達したと思う。手が片方無かったり足がもげていたりする個体で練習した後、最初に拾った奴とは違う完全体の個体で練習したので大丈夫だ。捲っても綺麗に戻せる。
そしてまた分かったことがある。この自動人形達は見た目は勿論、骨格も人間ベースで作られていた。厳密に言えば、機械だからと言って人間離れした動きはしないということだ。関節は逆方向へ曲がらないし、人間にはない独自の構造もない。無いのは内臓と血液だ。彼らは炉心からの魔力供給だけで動いていたようだ。
脳に当たる部分には球体が入れられていて、文字通り自動人形の頭脳として働くらしい。鑑定してみると特殊な魔法陣が刻み込まれていることが分かった。恐らくここに自動人形として動くための情報がプログラミングされているのだろう。
調べれば調べる程新たな発見がある。まるで古代の技術詰め合わせセットだった。散々調べた結果スイッチ等は無く、やはり背中の蓋を開けて炉心を入れるだけで動き出すようだった。
「……でも起動してどうするんだ?」
珍しい物を見た興奮でいじくり回してしまったが、此奴を起動させた後はどうしたら良いのだろう今更に思う。此奴の役目は何だ? 願望はあるのか? よくある人類の敵として復活なんてのは御免だ。私達は言われたことをするだけ、とかだったら面倒臭いことこの上ない。
「浪漫は時に残酷だな……」
トレジャーハンターはハントした物に対する責任というものが付き纏うのだろう。最初に手にした責任。それは最後まで面倒を見るという責任だ。売るなり管理するなり、所有権を主張すれば管理責任が追従する。当然のことだな。
「ダニエラと相談しよう」
僕1人では難しい問題だった。異世界には異世界のルールがあるはずだ。ここは生き字引であるダニエラ先生に丸投ゲフンゲフン、相談することが最適解のはずだ。
しかしこのまま運ぶのは非常に拙い。黄金比と言っても過言ではない見事なプロポーションの女性の体だ。全裸だ。隠すべきところを隠す必要があるので、僕はポンチョと腰マントを外して着せることにした。ポンチョで上半身を覆い、腰マントで下半身を隠す。5つの炉心はポケットに入るサイズだったので詰め込む。そして此奴を背負えば準備完了だ。
「……一応、誰にも見られないようにしなくちゃな」
きっと後ろめたいことをしている人間の気持ちはこんな感じなのだろうな……。僕は背中に当たる二つのクッションを極力気にしないようにしながら通路を抜け、梯子を……梯子は登れなかったので《森狼の脚》で垂直に駆け上がった。両手塞がってるしね。是非も無いよね!
「誰も居ないな……? よし……」
そっと掘り返した穴の中から気配感知で周囲を探る。が、人も魔物も居なかった。掘り返したこの大穴はどうしようかと思ったが、きっと埋めたらもう誰も見つけられないと思ったので、ハッチだけ閉めて放置することにした。決して面倒だった訳ではない。トレジャーハンターは後世に偉業を残さねばならないのだ。
僕は空を踏んで駆け上がる。南に見える岩山を目指して一直線だ。眼下の森は流れていき、焼け落ちた村が見えた。ふと動く物が目に入り、立ち止まって見下ろす。
するとそこには燃えた家を崩し、綺麗に掃除する人達の姿があった。復興が始まったのだろう。逞しいなぁ……きっとそれ程待つこと無く、あの村は活気溢れる良い村になるだろう。背負ってる物が背負ってる物なので応援は出来ないので、心の中で声援を送りながら、再び岩山目指して走り出した。
自動人形は魔道具です。自我はありません。




