第百三十七話 寄り道発掘
どこかで見たような気がするが思い出せないでいるとダニエラが散策から戻ってきた。
「やっぱり周辺にも何もないな……って、おい、それ……!」
「あぁ、ダニエラ。これなー。どっかで見た記憶があるんだけど思い出せなくてな」
「それは古代エルフの紋章だ!」
「え、マジか」
慌てて背負っていた鞄を降ろして中から古代エルフの剣を取り出す。よく見るとその鍔に、目の前の物と同じ紋章が刻み込まれていた。なるほど、滅多に見ないから思い出せなかったのか……。
「同じだな……」
「するとここは古代エルフの遺跡だったのか……アサギ、これは大発見だぞ?」
「そうだな。でも何でそんな歴史的価値があるのに気付けなかったんだ?」
何度も調査をしたというのに、あまりにもザル過ぎないかと疑問に思う。
「誰もがこの遺跡を価値あるものと思い込んできた。当然、その場を荒らすなんてことはしないだろう。掃除くらいはしても、あれやこれやひっくり返すなどな……」
「つまり、僕が初めてこの石をひっくり返した結果、紋章が発見出来たと」
世の中、変な偶然というものはあるらしい。夜勤時代は掃除が基本作業だったから、綺麗好きだったりするのだ。それが幸いしてこうした発見に繋がった。僕のフリーター生活も無駄ではなかったということだ。
「しかし古代エルフの遺跡にしてはボロいな」
「重要な部分には環境保存の魔法が掛かっているはずだ。つまり、目に見えない場所に何かあるはずだ」
それこそしっかり調査しろって感じだけど、この世界ではひっくり返したり掘り返したりといった調査はあんまりしないようだ。7割くらい自然に還っている現状を見て無理もないなと思う。
「じゃあこれで僕達がここをしっかり調査すれば、大発見に繋がると……」
「だがいくら急ぎの旅ではないとはいえ、いつまでもここに陣取って掘削作業を行う訳にはいかないぞ?」
食料の問題だってあるし。と、ダニエラが言う。ダニエラが言うと何だかなぁと思ってしまうが、実際その問題はでかい。ここで何日も消費してしまうと山越えの最中に食料が尽きてしまう。
「いっその事一回レプラントに戻って……」
「お前……あれだけ挨拶回りをして一週間もせずに戻れるのか……?」
僕に恥はないのだ。
「あーでも目の前にお宝があるかもしれないのに素通りするのはなー」
「気持ちは分かるが無理だ。隠されているんだから見つけるところから始めるしかない。ここを起点に地下にあるのか、空にあるのか……」
「空? どうやって空に隠すんだ?」
どこぞの城じゃあるまいし……。
「超魔導時代では島も空を飛んだらしいぞ? 今でもその名残があるかもしれない」
「へぇ……凄い時代だったんだな……」
晴れている日は島も見えたのだろうか。空を見上げるが、勿論島は見えない。隠蔽されてるだろうな……。
「はぁぁぁ……諦めるしかないのか……」
「私も残念だけどな」
理屈は分かる……でも諦めきれない……!
「ダニエラ、お前は先に行け」
「はぁ?」
「僕は浪漫に生きる男だ。目の前の可能性を捨てたくない!」
ギュッと拳を握り、冒険心に浪漫という名の薪を焼べる。ここで諦めては男じゃないだろう?
「食料はどうするんだ?」
「その辺で狩りをする」
「馬鹿じゃないのか?」
「馬鹿で結構!」
呆れた目で僕を見るが、僕の決意は変わらなかった。
「はぁ……アサギは変な所で頑固だからな。私が折れるしかないか……」
「悪いなダニエラ。約束だ。2日で終わらせる。見つかっても見つからなくても2日を過ぎた時点で後を追うよ」
「……それなら良い。昨日の野営地からまっすぐ歩けば山道に入る。後は整備された道だし目印もあるからお前の速さなら問題なく追いつくだろう」
「分かった!」
僕は虚ろの鞄をダニエラに渡す。
「野宿は慣れてる。全部持ってけ」
「絶対に2日だぞ。熱くなりすぎて忘れるなよ?」
「まかせろ。約束は守るさ」
ダニエラには迷惑を掛けるが、偶にはやりたいことやってもいいよね……。
せめてもの罪滅ぼしにと、ダニエラを抱きかかえて野営地跡まで《森狼の脚》で空を踏んで送り届けた。無駄な体力を消耗させないようにだ。
「じゃあ2日後に」
「あぁ、期待せずに待ってる」
「良い物あったら持ってくよ」
あればな、と笑ったダニエラに手を振り、急いで遺跡へと引き返した。限られた時間の中で今まで誰も見つけられなかった物を見つけるのだ。大急ぎでやらねばならない。
ということで僕の盛大な寄り道が始まった。
□ □ □ □
そして1日目が終わった。何も見つからなかった。空を探索したのだが、ハズレだった。
《森狼の脚》の力があれば、僕は空を走れる。ということは誰も見つけることが出来ない空を探索出来るということだ。鳥しか飛べないこの世界で、空を探せる者は居ない……はずだ。多分だけど。
遺跡から真っ直ぐ垂直に空へと駆け上がる。いきなり目の前に何かが現れたら事故どころの騒ぎではないので。僕の真上に『氷盾』を何枚か重ねて障壁として用意した。そのまま体が耐えられる限界まで高度を上げる。どんどん寒くなるし息が続かない……という地点まで昇ってみたが、結果はハズレだった。ただ、凄く景色が綺麗だった。今度ダニエラにも見せてあげたいくらいに不意打ちの感動があった。やっぱりこの世界も丸いんだなーとか思ってたらガッツリ魔力を消費したので降りてその日は探索を終わらせた。
体が怠い中、野営地を探す。道具やら何やらはダニエラに渡したので僕に出来ることと言えば、蔓ロープを作って樹上野宿だ。ブラッドエイプなんかが居たら絶望的だが、幸いにもこの辺りでは目撃されていないらしい。あれはレプラントの北の森方面に生息しているらしい。
一応、獣道に罠を仕掛けて木の上に登る。寝るまでに罠に掛かってくれれば夕食にありつけるが……まぁ、期待せずに待とう。僕は自身を蔓ロープを使って木に括り付け、落ちないことを確認してから目を閉じた。
翌朝、結局僕は夕食抜きで朝を迎えた。はぁ、と溜息をついて蔓ロープを解こうとお腹の結び目に視線をやった時、眼下に罠に掛かったタヌキが目に写った。どうやら朝食にはありつけるようだ。蔓ロープを解き、今も罠から抜け出そうと藻掻くタヌキの脳天に『氷矢』を落とす。その一撃で絶命したタヌキの傍に降り立ち、手を合わせて合掌してから手早く解体する。辺りの枝を掻き集めて小さな火種を氷魔法に比べればオーバー気味の魔力で用意する。火魔法苦手……原理は分かっても体に属性が適応しないというのは実に歯痒い。適応さえしていれば僕はフィンガースナップで大爆発を起こせるというのに……いや、大爆発は起こせなくても大氷結は起こせるのでは?
フィンガースナップで辺り一面氷結……めちゃくちゃ格好良い……。
なんて、馬鹿な事を考えていたら火が消えてしまった。僕はやるせない気持ちで再び沢山魔力をつぎ込んで火を起こした。
焼けたタヌキ肉を頬張りながら遺跡を歩く。空にないとしたら地面だ。思えば遺跡というのは埋もれていることがよくある。あっちのテレビ番組でもよく掘り返してたっけ。ナントカの埋蔵金とか、ナントカ土器とかはもれなく土の中だ。1000年も前であれば埋もれて、その上に森が出来上がってもおかしくない。
というのは僕の現代式知識なので当てにならない。普通に地面の上に遺跡として出来上がってるのだ。1000年の時間は関係ない。
であれば最初から地面に隠したということになる。隠した上で、地上に建物を作る。と。目の前にあるそれこそが遺跡なのだと言わんばかりに主張させ、本当に隠したい物は誰にも見つからない場所に。でも何となく見つけて欲しいからヒントは残す。本当に隠したいなら地上に目印なんて用意しなければ良いのだ。
だから見つければそれは凄く価値がある物ということになる。そういうことにして僕は肉の削げ落ちた骨をプッと吐き捨てて掘り返す場所に当たりを付ける。
まるごとひっくり返すなんてことは僕に出来ない。一点集中で《森狼の脚》の風を爆発させるしかない。魔力を消費し過ぎては行動が阻害されるので、チャンスは多くない。
まずは遺跡の中心。そこを掘り返すことにした。《器用貧乏》で脳内にイメージ映像を映す。色々試してみて、一番効率良く掘り返せるやり方を模索する。本当にこのユニークスキルはイメージに特化してるな……技術がそれに追いついてくれれば何も言うことはないのだが。
数分後、僕は自身の足を覆う銀翆の風を軽く浮かせた足の裏に集中させる。両足を纏うはずのそれを一点に集めて凝縮させ、真下の部分を針で刺して破裂させるイメージで力を解放させる。そうすることで爆風の如き森狼の力が地面に向けて放射される。その勢いで僕は上方向へ弾き飛ばされるが、計算の内だ。
「ふぅ……イメージ通りであれば成功だが……」
濛々と立ち込める砂煙がゆっくりと風に流されていく。その中から抉れた地面が顔を出す。大成功だった。深さ2メートル程の穴が出来上がっていた。しかし見た限りでは隠された遺跡は見えない。煙が完全に流された所で降り立ってジッと観察する。
「ふむ……んー……ん? なんだこれ」
気配感知も使ってよく観察してみると、この地面の中だけ魔力の流れを感じた。勘違いかと思い、穴から出て周囲を感知してみるが変なとこをは感じない。もう一度穴の中で感知してみると、やっぱり変な感じがした。何だか龍脈の中みたいだった。
「何かの魔法が発動してる……?」
ひょっとしてこれが環境保存の魔法なのだろうか? 分析出来る程の力は僕には無い。でも何かあるということは分かる。あの遺跡はあれだけ壊れてても何かの魔法の媒体になっていたりするのだろうか。そう考えたところで思考が引っ掛かった。
「まさか……初めからああいう風に作られていた?」
風化……したような見た目。崩れ落ちた……ような雰囲気。そしてわざと見えないようにひっくり返された古代エルフの紋章。あれがそもそもの魔法陣としての機能を備えていたら?
確認するのは恐ろしいな。紋章を破壊したら大爆発……なんてのは御免だ。そもそも環境保存として機能しているなら紋章自体、干渉出来ない。術式が分かる人間でないとな。そしてそれが分かる奴はこの世界にはもう存在しない。
「環境保存しておきながら地面は掘り返せるということは、地面そのものには魔法は掛かってない……掛けられてるのは人工物だけ?」
もう少し掘り返してみよう。ちょうどここはあの紋章があった場所だ。もしかしたら当たりかもしれない。トレジャーハンターアサギはニヤリと笑みを浮かべて再び足の裏に風を集めだした。




