第百三十一話 オーク殲滅
オーク空間はその名の通り、オークで満たされていた。ざっと見た感じ弓を持ったオークとの距離は下ってきた滑走路とほぼ同じ程だ。オークの筋力があれば問題なく届く距離だろう。
部屋に飛び込んだ僕を視認したオーク達ではあるが、弓を構えるより早く、速く、僕はその並んだオークの壁へ突っ込む。前面に突き出した剣が一匹のオークを突き刺し、それでも止まらない僕は壁を突き破り、両方の踵でブレーキを掛けながら集団の中心へ到達する。
二振りの剣が突き刺さったオークは絶命し、転がっている。刺した剣はそのままに、周囲を紺碧の魔力で支配する。形成するのは氷の弾丸。やり方と結果は《器用貧乏》が教えてくれる。
「氷弾・全方位射出」
矢程の長さは必要ない。ダニエラと初めてフォレストウルフを狩りに行った時に作ってみせたあの弾丸を僕の前後左右に隙間なく無数に形成する。幸いにも小さな弾は魔力消費が少ない。コップに入れる氷よりも小さいからな。だが、塵も積もればなので結局はそれなりだ。
魔術学校風に名付けたその魔法は文字通り全方位に弾丸を射出した。その結果を僕は既に知り得ている。氷の弾丸はオークを撃ち殺す。はずれることはない。大量の弾丸を避けることなんて不可能だからだ。
僕の周囲から外側へ向かって、弾の届く距離にいるオークはもれなく土の上に沈む。そして弓矢隊の生き残りが慌てて僕に向かって矢を向けたと同時に、バージルを先頭に冒険者達が鬨の声を上げながら雪崩込んできた。死屍累々の中に立つ僕を見てバージルは口元を歪めて笑う。どうだ、期待以上の働きだろう?
「アサギがやってくれたぞ! 続けェ!」
走るバージルの声に咆哮を返す冒険者。弓矢隊は再び慌てて冒険者達に矢を向ける。さて、僕の目的はモルドレッドだ。気配感知にはビンビンに伝わってくるその大きな気配。振り返ると白い剣を握った黒い普通のオークより一回りは大きなオークが僕を憎々しげに睨んでいた。
「てめぇがモルドレッドだな? 村を襲った罰として殺されるついでにアーサーの剣、返してもらうぜ!」
「ブゴォォォォォォォ!!!!」
手にした剣を突き出し、周囲のオークに指示を飛ばすモルドレッド。黒いオークは最上位種なのだろうか。それなりの知能はあると見える。恐らくはアーサーの入れ知恵も多少はあるとは思うが、その判断は迅速だった。
モルドレッドを囲う灰青色のオークが剣を手に迫ってくる。仲間の死体も気にすること無く踏みつけて。
「ブモォォォォアア!!」
「ふっ……、うらァ!」
突き刺していた剣を抜き、迫ってきた先頭のオークの剣をアシキリマルで防ぎ、グラム・パンツァーで剣を握る腕を切り飛ばす。怯んだ所で心臓にアシキリマルを突き立てる。どんどん迫ってくるオークを両手の剣で屠りながら前へ進む。
「ブゴォ!」
「グモォォ!」
二匹のオークが僕の剣を邪魔しようと同時に剣を振り下ろしてくる。防げばその二匹の後ろに控えたオークが僕を攻撃するのだろう。防いでも意味がないなら、避ければいい。《森狼の脚》の瞬間加速で二匹の剣を潜り抜けて背後のオークの腹に剣を握った拳で殴り飛ばす。そして振り返ってくるりと回して逆手に握った剣をがら空きの背中へ突き刺す。それを抜けば二匹は前のめりに崩れ落ちる。殴られたオークが半身を起こした所で銀翆を纏った蹴りを御見舞してやれば、まる何十本のカミソリで切り裂かれたかのような傷がオークを襲う。痛みに転がるオークの首をすれ違い様に突き刺し、前へ進む。
「ブモオオオ! ブモォォオ!」
モルドレッドが吠える。だが灰青のオークは僕には敵わないと見て前へ進もうとしない。一度敗走したんだ。それでも一度は向かってきたことは褒められる。が、三度目の攻撃に出る勇気はなかったようだ。
自分の思い通りに動かない手下にモルドレッドは歯ぎしりをする。
「アサギ」
不意に僕の傍で声がした。見れば頬を血で汚したダニエラが来ていた。
「ダニエラ、弓部隊は?」
「バージル達が上手くやっている。あれがモルドレッドだな?」
「あぁ。手にしている剣が恐らくエクスカリバーだ」
チラ、と後ろを見ると冒険者達がオークを相手に戦っている。弓を持ったオークは近接攻撃が難しいのだろう。どんどんその数を減らしている。この様子なら安心だろうと、前へ向き直る。
白いオークが持つべき白い剣は、依然として巨大な黒いオークが握り締めている。その剣を振り上げる。そして、自身の一番近くに居たオークの頭へと振り下ろした。当然、オークは頭を割られて絶命する。
「野郎、癇癪を起こしてやがるぜ」
「哀れだな。自分の手下を殺すとは」
あぁなってしまえば人も魔物も終わりが見えてくるというものだ。
戦場で冷静な判断が出来ない奴は死ぬ。
さぁ、死んで詫びろ。アーサーが目指した理想を踏み躙り、無関係の村を襲い、焼き払った罪に対する罰は死だけだ。
僕とダニエラは並んでモルドレッドへ向かって進む。もう、周囲のオークが攻撃してくることはなかった。
モルドレッドは引き攣った表情で一歩下がった。逃がすつもりなど無い僕達は走り出す。一気に距離を詰めれば焦ったモルドレッドがエクスカリバーを振り下ろす。それをグラム・パンツァーとアシキリマルを交差させて防ぐ。その隙を突いてダニエラが細剣でモルドレッドの心臓を狙うが、それを体を捻って躱す。巨体の癖になかなか早い。
ダニエラがそのまま連続して突きを放つが、これをモルドレッドが巧みな剣さばきと足さばきで弾く。その間も僕を視界に収める。土壇場になって緊張を取り戻したのか、その目には油断の色はない。が、油断しようが慢心しようが僕は此奴を殺すだけだ。ダニエラが突きから変則の切り上げで剣を弾いたところで懐に入り込む。ギョッとした顔が僕を見下ろすが、まずはその機動力を削ぐ。開いた足の間に両手の剣をさし込み、外側へと振り抜く。
「ブグァァ!」
汚らしい悲鳴と共に青い血がモルドレッドの内腿から吹き出す。これで今までのような動きは出来ないだろう。
怒りに燃えるモルドレッドの剣が僕の頭へと振り下ろされるが、生成した『氷盾』がそれを防ぐ。そのまま押し返そうとするが、渾身の力を込めているのか、剣と盾の攻防は均衡する。が、それは大きな隙だ。
「がら空きだ!」
ダニエラの鋭い突きがモルドレッドの顔面を突き刺す。透き通る氷の盾の上に血がボタボタとこぼれ落ちた。フッと盾に掛かる圧力が弱まった所で一気に押し返し、シールドバッシュで突き飛ばす。蹌踉めいたモルドレッドが尻もちをつく。血は左の目から流れ落ちている。ダニエラの細剣が穿ったのだ。ピッと血振りをするダニエラの隣に並ぶ。
「なかなか強いな」
「あぁ、今まで戦った中でも強い方だ」
残った右目で睨むモルドレッドに油断なく剣を構える。手負いの獣の恐ろしさはここからだ。
エクスカリバーを杖に立ち上がったモルドレッド。右手に握り締めた剣ではなく、左手を前に突き出す。一瞬、何をするのか判断に迷った。が、それが命取りだった。オークがそんなことをするはずがないと、思い込んだ僕の判断ミスだった。
「危ない!」
隣のダニエラが僕を突き飛ばす。弾かれた僕の視界が振れる。が、その振れた視界でも目を見張る光景が見えた。モルドレッドの突き出した左手には紅色の魔力が。そしてそれは魔法へと昇華し、巨大な火炎球が僕達に向かって射出された。
「くっ……!」
熱気が僕の肌を焦がす。しかしそんなことよりダニエラだ。僕を突き飛ばしたままの姿勢のダニエラが火炎球に飲み込まれた。
「ダニエラーッ!!」
火炎球は急速に膨れ上がり、そして爆発した。その爆風に僕は為す術もなく吹き飛ばされる。
風圧に宙を舞い、オークの死体の上に突き落とされた僕に更に悲劇が襲った。
「ぐぅぅ……ッッ!!」
僕の左腕に鋭い痛みが走った。痛みと熱に視界の色が目まぐるしく変わる。額に脂汗を滲ませながら左腕を見る。翻ったポンチョの下。その更に下の服の中の二の腕が、オークの持っていた剣で貫かれていた。じわじわと血で染まっていくのが見える。良い気になって殲滅した結果がこれだ。油断しているつもりはなかったが、それでもオークが魔法を使うだなんて考えもしなかった。無知からくる無意識の油断だった。
「クソが……!」
それでも寝ている暇など無い。出来るだけ傷を広げないように起き上がるが、ズルリと剣が抜ける感触が腕の中からとてつもない痛みを発生させる。一身上の都合により刺されるのは駄目なのだ。クッソ痛いとかそんなレベルじゃない。震える手からアシキリマルが抜け落ちる。
「ダ、ダニエラ……ダニエラ……!」
握り締めていたグラム・パンツァーを置き、拾ったアシキリマルを鞘に仕舞い再びグラム・パンツァーを手に取りながらダニエラを探す。憎きモルドレッドの姿は見えない。どっちを探せば良いのか頭の中で考えてしまう。
「アサギ! ダニエラは無事だ!」
そんな僕の耳にバージルの声が飛び込んできた。その声のする方へ顔を向ければ、気を失って力無く沈むダニエラを抱えるバージルが居た。
「俺の魔法でギリギリで防いだ! お前は奴を追え!」
モルドレッドの居た方向を指し示すバージルに無言で頷き、力の入らない足を動かす。その方向へ行くと、壁際に穴が開き、通路が続いていた。あれが谷底へ続く道か……。
左手を見れば流れ出た血で真っ赤に染まり、だらりと下がった指先から血が滴り落ちる。血の失い過ぎで倒れる前に奴を仕留めなければ……その一心で、僕はその洞窟へと向かった。




