第十三話 出会いは屋台前
「こんにちはー」
「おう、アサギか。また武器か?」
奥から肩に下げたタオルで汗を拭きながら大将のアラギラさんが出てきた。相変わらずの迫力だ。
「はい。武器くださいな」
「つってもおめぇ、この間買ってったばっかじゃねぇか」
「そうなんですけれどね…ちょっと酷使しちゃって」
ついつい森で張り切っちゃった。ゴブリンを見つけると背後から寄って倒してたからな…気付けば刃の部分に小さな亀裂が入っていた。もう少し戦っていたら危なかったのが昨日の夜のことだ。
「それに今日で”水晶”まで上がったので、記念にちょっと良い武器が欲しくなって」
「はぁ? ”水晶”? おめぇ冒険者になったばっかだろ!」
「ゴブリン倒してたらレベルが20超えたんですよ。それでさっきギルド員さんに『今日からEランクです』って言われて」
「はー……あんま無茶すんなよ……?」
頑張ったはずが呆れられてしまった。おかしい……ここは褒められてもいいはずなのにな。
「それで、記念つったか……しゃーねーな! 俺が武器作ってやる!」
やったぜ! 大将の武器は非常に評判が良いので期待してたんだ。お弟子さんの武器も値段の割には切れ味が抜群だからそれでも良かったが、そろそろちょっと物足りない。
「つってもまだおめぇはEランクのひよっ子だ。あまり良い武器は持たせられねぇ。わかるな?」
「えぇ、勿論です」
これは何も意地悪をしている訳ではなく、切れ味が最高に良い武器で敵を倒しても自身の経験値にはならないからだ。相手の弱点、切っても刃毀れしない部分、骨と骨の隙間等といった情報はステータスに表れない経験値だ。それを、何もかも無視して甲羅や骨を切断していけば本来切るべき部分が理解出来なくなる。大将が言っているのはそういうことだった。
「だからおめぇには鉄より硬い剣をやる。もっと学べ。経験しろ。折れる前に持ってきたら研いでやる」
「大将、いつもありがとう」
そう言うと大将は腕を組んでそっぽを向く。
「けっ!」
僕はほっこりした気持ちで大将から武器制作の予約カードを貰った。武器が出来上がるのは6日後。それまではお弟子さんの武器を使えとタダで貰ってしまった。勿論、一番出来の良い物をだ。
貰った剣を腰に吊るしてから鍛冶屋を後にして、辺りを警戒しながらも自然体を装いながら町を歩く。もう日も暮れて辺りは夕闇から星のちらつく夜の闇へと移り変わっている。大通りに面した屋台からは胃袋を刺激する香りが僕を誘う。たまには屋台飯もいいかな……。
フラフラと歩きながら夕飯に当たりを付けていると通行人と肩がぶつかった。僕としたことが匂いに釣られて注意散漫になっていたようだ。
「どうもすみません」
ぶつかった相手に向き直り頭を下げる。顔を上げるとそこには仮面を付けた僕より背の高い人間?が立っていた。仮面の模様は……何だ? 目、か?
「こちらこそすまない。よく見てなかった」
「いえ……それ、見えるんですか?」
つい聞いてしまった。だってこれ、すごい気になる。
「そういう魔法が掛けてある。そこの料理が美味そうだったから……」
それは僕も気になっていた料理だ。二人してその鉄板の上の何処と無く焼きそばに似た料理を見やるとクゥ、と仮面の人のお腹が鳴った。聞いてしまった。
「ん……んんっ……」
必死で咳払いして誤魔化してる……可愛い人だな。
「お腹空きましたね。よかったら一緒にどうですか?」
「良いのか……?」
「ぶつかってしまったお詫びに、奢らせてください」
「いや、ぶつかったのは私もだし……」
「いいからいいから」
ここは買ってしまえば良い。奢るか割り勘にするかなんてものは食ってから決めればいい。そして食ってしまえばそんな話は終わりだ。
「おじさん、それ2つください」
「あいよ!」
料理を受け取ってお金を支払い、少し歩いて通りから外れた公園にやって来た。クエストが早く終わった日なんかはここで時間を潰していたりする。割とお気に入りの場所だ。
「どうぞ」
「悪いな。ありがとう」
「いいんですよ」
二人してベンチに座って料理を手に取る。
そして気になる。その仮面を付けてどうやって食べるんだろう?
「ん、しょ……」
ゴソゴソと仮面を外し始めた。普通に外すのか……何か、ここに来るまで強すぎる力を抑えるリミッターとか、仮面を付けたまま生活する種族とか、とある絶滅したはずの辺境の部族の証だとか、見られてはいけない修行とか、色々妄想してたのが阿呆らしくなった。
「ふぅ……。じゃあ、いただきます」
そして仮面の下から現れたのはとっても美しい女性の顔だった。
□ □ □ □
料理はすでに食べ終えている。買う前は美味しそうに見えた料理の味は結局最後までわからなかった。隣の仮面の人改め、仮面を外した女性はちゅるちゅると麺を啜っている。その顔は美味しいものを食べられてさぞ嬉しいって表情だ。可愛い。そんな表情をチラチラと見ていると目が合ってしまった。
「ん? どうした?」
「いや……美味しそうに食べるなぁって」
「あ、あんまり見るんじゃない……」
そう言って頬を染めた。可愛い。
それにしても居心地が悪いな……いや、逃げ出したい訳じゃないが僕みたいなのがこんな美人と一緒というのは緊張して息が詰まりそうだ。嫌なわけではない。美人は大好きだ。目の保養には、だが。
「ん……ごちそうさまでした」
「美味しかったです?」
「あぁ、また明日も食べたいな」
「ふふ、買って正解でしたね。それじゃ腹も満たしたことだし……」
立ち上がり、ぐっ、と背を伸ばす。
「解散しますか」
「悪かったな。わたしの不注意だったのに夕飯までご馳走になってしまった」
「いえいえ、誰かと食べる夕飯は格別でした」
「そ、そうか…」
また頬を染めている。キリッとした顔の美人だが照れ屋さんなのだろうか。
「じゃあ僕はこれで」
「あ、あぁ。夕飯、ありがとう。またな」
「えぇ。おやすみなさい」
軽く手を振ってその場を後にする。角を曲がって宿へ向かう。勿論、ゴミの妨害を避ける為に警戒は怠らない。とか言ってさっきまで緊張して油断しまくりだったのだが…。気を取り直して警戒しよう。僕は頭を振って気持ちを切り替え、歩き出す。
しかし、耳に小さな声が、確かに聞こえてきた。
「な、なんだお前ら!」
慌てて振り返る。さっきの仮面の女性の声だ。公園へ逆戻りして広場へ飛び込む。そこには仮面の女性が付けかけの仮面を頭の横に引っ掛けながら立ちすくんでいた。その周りに5~6人の男。
「おいお前ら何してんだ!」
大声を出しながら駆け寄り、腰に吊るしてあった武器に手を掛けてキッと睨む。その僕の声にこちらを見た男、振り返った男。それはどれも見覚えのある顔だった。
「よぉ、黒兎」




