第百二十九話 王との別れ
僕はダニエラ先生に聞いてみた。
「で、どうするのが一番良いと思う?」
「そうだな……私はアサギの考えには賛成だが、冒険者としての視点から考えると、オークが国を作れば戦争になると思う。ひっそり暮らす分には問題ないとは思うがな」
やっぱりそうか……いや、それが普通なんだ。僕は異世界人だし、こういう展開はぶっちゃけラノベとかで読んだことあるから、そうなってくれれば良いなという気持ちもあった。人に忌み嫌われる魔物が、自らの生き方を変えたいと願う。報われて欲しいと、思ってしまう。ただしアサルトコボルトみたいなのはノーだ。即殲滅だ。
「私は、皆が幸せに暮らせればそれで良いんだ。アサギ殿、気持ちは嬉しいが……」
「いや、僕が夢見すぎなだけだ。アーサーは気にしないでくれ」
現実を見よう。ここは異世界だ。人が生きる世界で、魔物には辛い世界で、それが現実だ。
「国を作るんじゃなくて、人と接せずに上手く生きていける環境を作ることに専念するべきだな」
と、ダニエラは言う。
「なるほどな……じゃあ、移動式の建物とか作ってみるとかはどうだ?」
僕は遊牧民という生き方があったことを思い出した。牧畜をしながら移動する生活スタイルだ。確か、定期的に移動することで家畜の食事を尽きさせないようにするんだっけか……畑とか作れないけれど、オークなら多分問題ないだろうな。
「なるほど、家畜を育てながら定住せずに……それはいい考えだ!」
アーサーはうんうんと頷きながら未来のオークの生活を思い浮かべる。
「我々は食べることが大事な種族だ。オークは肉が好きだからな」
「肉さえあれば世は事も無しだな」
ダニエラがうんうんと頷きながら『蟻塚亭』の焼いた肉を思い浮かべる。
「問題は、その生活に賛成するオークが生きているか、だ」
「それに関しては問題ないと思う。ここに来るまでに分かれ道があっただろう?」
あったあった。ダニエラの勘に頼って左の階段状の道を進んだ。右側は平坦な道が続いていたが……。
「あれはここから離れた場所に逃げる為の道だ。この集落を作った時に何かあった時の為に集落内から谷底に逃げられるように道を掘っていたのだが、途中でホールモール達に出会ったんだ。彼等に頼んで谷底への道を作って貰っていたんだが……」
アーサーは暗い顔で続ける。
「モルドレッドの動向が怪しくなってきてな……隠れてホールモールに頼んでいたんだ。いざとなった時、別口で逃げる経路を掘って欲しいと。そして私は信頼出来る者と、戦いを望まないオークへこっそりとその道の場所を伝えている。彼らならモルドレッドがクーデターを起こした時点で逃げ出してるはずだ」
確かに何人かの足跡がこの穴へと続いていた。あの足跡はこの集落の壁沿いにある程度進まないと見つけられない場所から続いていた。隠し扉を見つけられるとも思えない。きっと、彼が檻に入れられてから二週間掛けてゆっくり、夜中とか見つからない時間帯に逃げ出したんだろう。そして集落には誰も居なかった。つまり、あの足跡が最後のグループということだ。
「そして彼らはここを通る時に私に会っている。私はいつか後を追うから今は逃げろと伝えて、ジッとここでチャンスを待っていたんだ」
「……ちょっと待て、この檻は、じゃあ何のために作られたんだ?」
逃げる道を作ればそれで済んだはずだ。檻を作る必要はない。
「モルドレッドを収監しようと思っていた。独房として、反省してもらえればなと思っていたんだ……だが、皮肉なことにその檻に入れられたのは私だった」
自虐の笑みを浮かべながら溜め息混じりに言う。なるほど……やり直そうとしていたんだな。アーサーは。ただ反逆の意思があるからと殺さず、チャンスを与えようとしていたんだ。
「ふむ……ではこれからのことを話そう。まずアーサー。お前は逃げろ。モルドレッドは私達冒険者が討伐する」
「私が出ても話が拗れるだけか……すまない」
「気にするな。お前は逃げて、民を追うんだ。そして、自由に生きろ」
「だな。それが一番良い。移動式の建物は……お前なら思いつくだろう?」
「あぁ。実はいくつか案がある。作るのが楽しみだ」
嬉しそうに話すアーサーを見て僕とダニエラは可笑しくなって笑う。もう先のことを考え、楽しみにしてるなんてな。ポジティブというか、何というか……。ま、ここからは僕達の仕事だ。
「とはいえ、それももう終わってるかもしれないがな」
「だな……集落にある谷底に続く道。きっとモルドレッドはそこに隠れてるはずだ。逃げ場なんてないのだから」
「人間は優秀だ。必ず奴を見つけて狩るだろう。事情は知らなくとも、オークはオークだからな」
悲しいが、それが現実というものだ。アーサーには生きてもらいたい。人に見つからず、自由に生きる選択肢を選び、そして民を安心させて欲しいな。
「さて、ではそろそろ動こう。アーサーは荷物はないのか?」
「私の剣があるはずだ。が……きっとモルドレッドが持っているだろうし、私の手には戻らないだろう」
剣……アーサーの剣か。
「なぁ、その剣ってもしかして銘とか付いてる?」
「ん? あぁ、エクスカリバーだ」
「エクスカリバーね……」
何から何までなんだな……。
「ところでアーサー、お前がその名を名乗るのは名付け親とか居たのか?」
「いや、居ない。自分で付けた。王になると決めた時、この名が脳裏を過ぎったんだ」
「じゃあモルドレッドは? お前みたいな異常進化個体なのか?」
「いや違う。奴はただのオークだ。まぁ、オークよりは進化した個体だが……奴が私を裏切って敵になろうとしているのを知った時、またその名が脳裏を過ぎったんだ」
ふわっとした理由だけど、何となくそれっぽい感じになってるのがちょっと腹立つな。でも、そういう物なのかもな……彼らが授けられた知識。もしかしたら地球産だったりしてな。
「そろそろ良いか?」
「あぁ、すまない。剣はもう諦めている。剣が無くとも私は私だ。行こう」
「もしエクスカリバーが僕の手に渡ったらそのうち渡しに行くよ。会えたらな」
「ふふ、ありがとうアサギ殿。期待せずに待っている」
ちょっとは期待しろよな!
濡れて歩き辛い階段を慎重に昇り、例の分かれ道までやってきた。ここから右に進めばアーサーは自由の身だ。人知れずこの場を脱出することが出来る。
「ここから出たらダニエラにここは埋めて貰うよ」
「あぁ、そうしてくれ。アサギ殿、世話になった」
「後のことは気にするな。達者でな」
「あぁ、ダニエラ殿もお元気で」
ギュッと握手をする。オークの手って大きいんだな……だが、優しい手だった。
ゆっくりとアーサーが歩き出す。少し進んでは何度も振り返り、手を振るアーサーに手を振り返す。やがて照明の魔道具でも見えない程の距離が開き、アーサーは見えなくなった。
「……さて、僕達もやるべきことをやろう」
「あぁ、アーサーは別だが、人間に反旗を翻すオークは敵だ」
僕達も歩き出す。アーサーとは逆方向にだ。この穴を抜けて集落へ向かう。そこにあるという谷底へ続く穴を見つけ出し、その先に居るモルドレッドを倒す。きっと奴に賛同したオークが何名か居るはずだ。あの谷の淵で僕も何匹もオークを倒したが、逃げ出したオークはそれでも結構な数だった。きっと谷底への道の途中にも前線基地のような空間があるんだと思う。
そこが僕達オーク討伐隊の最終決戦予定地だ。
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先を歩くダニエラに付いて歩きながら照明の魔道具を両手に抱える。ここを埋めるなら勿体無いじゃんと思って一つずつ外しながら歩いていたらもういっぱいいっぱいになっちゃったのだ。もったいないお化けに取り憑かれた男、上社朝霧である。
漸く最後の一つを外して抱えながら穴から這い出る。近くの茂みの傍にそれを置いた。あとで帰る時に虚ろの鞄持ってここに来ないとな……なに、《森狼の脚》さえあれば何の問題もない。俊足だぜ。
「アサギ、尊敬するよ」
「なんだよ、照れるだろ」
「安心しろ、皮肉だから」
「……」
よしじゃあダニエラにはここを埋めてもらって、とっとと集落に向かおう。そこにはきっとバージルが居るはずだから状況を確認したら穴探しだ。まだ見つかっていないことを願うばかりだな。アーサーの剣、出来れば取り返してやりたい。




