第百二十八話 囚われの王
ダニエラと2人で下り坂を進む。意外にも立派な階段状の坂をゆっくりと警戒しながら進む。
「アサギ、気付いてるか?」
「ん? あぁ、バッチリさ」
「……本当か?」
さっぱりさ。
「はぁ……いいか、今降りてるこの階段。崖とは違う方向に進んでる」
「ということは……これは谷底には続いていない?」
「そうなるな」
じゃあこれは何の為に作られた穴なのか……それを知るためには進むしか無い訳だが。
ある程度階段を降りると平坦な道になった。やはり谷底へは続いていないらしい。おまけに照明の魔道具なんかが等間隔に置かれている。まったく予想が出来ないこの洞窟だが、ダニエラの頭の中では様々な可能性が巡っているようで『いや……』『しかし……』と独り言を漏らしながら思案している。代わりに僕が警戒しているのだが、正直索敵能力はダニエラの方が上なのでちょっと怖い。
10分程進んだ所で道が二手に別れた。右の道は更に奥へ。左の道はまた階段状になっていて下へと続いている。だが、崖とは正反対の方向だ。
「これはどっちへ進むべきだと思う?」
「……左だな」
「その根拠は?」
「私の勘だ」
ダニエラの勘か。信用出来る。ダニエラであれば僕は無類の信頼を置いているので、勘と言われればそれを信じて先へ進むのみだ。一応、腰の剣の柄をギュッと握りながら進む。何かあったとき、ダニエラを守れるのは僕だけだ。必要があるかは分からないが。
更に別れ道の階段から20分程進む。階段が地下水か何かで濡れていて非常に危険だったのでゆっくり降りていたので時間が掛かった。普通に進めば半分の時間も掛からないだろうけど、一体どこまで続いてるか分からない階段で滑って転ぶような真似はしたくなかった。
階段を降りた先はまた道だ。本当に長い道だと思いながら歩くが、変化は突然現れた。
「誰か、そこに居るのか……?」
男の声だ。ダニエラにアイコンタクトを送り、片手剣と細剣を手に進む。ダニエラの気配感知と僕の気配感知が同時に反応する。なんだろう、突然現れたように思う。ある程度の距離を縮めてから反応する気配、か?
「そういう魔道具がある。人を隠す魔道具だ」
そんな物があるのか。用途は様々だろう。何か怖いものから身を隠したい時や、或いは誰かを隠したい時。今回はどう使われているかは……その場に立って漸く分かった。
「に、人間……?」
檻だった。岩をくり抜き、そこに鉄の棒を何本も嵌めた頑丈な檻。良く見ればその鉄の棒1本1本に魔力が流れている。これがダニエラの言った魔道具なのだろうか。そして、そんな檻に収監されていたのは……
「オーク……?」
そう、オークだった。しかし普通のオークとは違う。肌は白いし、何より人語を話す。
「助けてくれ! ここから出してくれ!」
「いやいやいやいや、怪しすぎる」
「頼む、時間がないんだ!」
物騒な鉄格子に触れそうなぐらい近付きながら懇願するオーク。ちょっと審議だ。
「ダニエラ、どう思う?」
「……まず私達の経験から言えば、此奴は異常進化個体だろうな」
高い知恵を持つ異常進化個体は人語を解する。
「でもそうであれば、この状況は一体なんだ?」
「分からないな……オークの裏切りでもあったのかもしれないが」
ダニエラの言葉に白いオークが反応する。
「そう、そうなんだ。私は、裏切られた……アイツに、アイツに!」
ダン! と地面を強く叩くオークはさも悔しそうに顔を歪める。
「だから、早くここから出てアイツを倒して、皆を解放しないと……」
「必死なのは伝わるが、状況が読めない。話せるなら話してくれ」
考えても答えが出ない。此奴の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、此奴から語らせれば何か分かるかもしれない。
「……そうだな。状況が分からなければ貴方達もどうすればいいか分からないだろう。分かった。まずは自己紹介だ。私はオークの王。名はアーサーという」
「アーサー王……」
嘘臭いぞ……このオークは選定の剣でも抜いたのだろうか……。
「私は他のオークとは違うようで、どうやら賢いみたいだ。この世に生まれた時には私が他とは違う生き物であると知っていた。知らされていたといった感じだが」
「それは誰に教わったことなんだ?」
「分からない。感覚で知っていたという感じだ。すまない、上手く説明できない」
異常進化個体の知恵というものは、何かに授けられたこのなのだろうか。
「それで私はオークとは少し違う中身を抱きながらオークと共に育った。そして思ったのだ。この世界はなんと辛く険しい世界なのだと」
グッと拳を握ったアーサーは地面を見つめながら小さく呟く。
「ある日、私の居た村が襲われた……冒険者達が、やってきたのだ」
顔を上げること無くアーサーは続ける。
「女も子供も関係なく、無差別に殺された。皆と力を合わせながらようやく作った小さな家は倒され、燃やされた。冒険者達は皆、歪んだ笑みを浮かべながら私達を殺して回ったよ」
小さく、苦しげに話したアーサーは顔をあげる。しかしその顔には恨みといった感情はまるで無いかのように思える。
「でも、私は知っていた。それが自然の摂理だと。オークは、魔物は人間に殺される生き物だと」
「それで、この集落を作って、村を襲おうと?」
「いいや、違う。私は村を発展させ、自給自足の生活が出来る環境を作りたかった。人を襲わないオークとして、皆の生き方を変えたかったんだ。そして、ゆくゆくは国として認められたかった」
このオークもそうなのか。異常進化個体は国を求めるのか? 何者にも邪魔されない、安息の地を求めて彼らは生きるのだろうか。
「前にお前のような奴に会ったことがある。同じく魔物でありながら人並みの知恵を持つ魔物だった。奴も国を作ろうとしていた」
ダニエラが言う。奴とは勿論、アサルトコボルトのことだ。
「だが、奴は武力によって人を滅ぼして自身の国を立ち上げようとしていた。お前は違うというのか?」
「……その者も国を欲したのだろうが、私は違う。私は自身の為に建国を考えたのではない。皆が幸せに暮らせるようにと思ってのことだ。人に危害を加えるつもりなど、微塵もない!」
「だが、村が一つ消された」
そう、実際に被害が出てしまっている。オークの手によってだ。
「そ……そんな……くっ、遅かったということか……」
ダン! と悔しげに地面を叩くアーサー。
「それは、アイツがやったんだろう……私を裏切ったあのオーク……モルドレッドが!」
モルドレッド……アーサーを裏切ったという……。
「モルドレッドが私を、ここに押し込んだんだ。もう、二週間も前のことだ」
「村が襲われたのはその後だな」
「すまない……私が不甲斐ないばかりに、村の人達を……」
地面に頭を擦り付けながら謝るアーサー。
「お前は何もしてないんだろう? なら謝る必要はないさ」
「だが、私の責任だ……王としての責任がある」
「なら、これから生きて償えばいい」
僕はそれが一番良いと思った。ダニエラは僕を見て呆れたように微笑む。
なんだろう、僕はベオウルフと出会ったことで魔物にも良い奴は居ると知ってしまったからだろうか。こういう実直な奴とは敵になれないところがある。勿論、モルドレッドは殺すが、アーサーは別だ。
「生きて、いいんだろうか。人を襲わないオークとして生きるのは正しいことなのだろうか?」
「あぁ、良いじゃないか。僕はそういうの、好きだぜ」
「……名前を、伺っても良いだろうか?」
顔をあげたアーサーは目に涙を浮かべながらジッと僕達を見る。
「僕はアサギ。アサギ=カミヤシロだ」
「私はダニエラだ。ダニエラ=ヴィルシルフ」
「ありがとう……ありがとう、アサギ殿、ダニエラ殿。2人にお願いがあるんだ。聞いてもらえないだろうか?」
僕とダニエラは顔を見合わせ、笑う。
「あぁ、良いぜ」
「聞こう」
「ありがとう……ありがとう。お願いだ!」
アーサーは立ち上がり、言う。
「私を助けてくれ! ここから出してくれ!」
僕とダニエラの剣が鉄格子を切り裂く。ちょっと手が痺れたけど、その程度のことはまったく問題にならなかった。
「よし、国を取り返すぞ」
「行こう、アーサー」
アーサー王はモルドレッドを殺し、モルドレッドに殺された。けれど、僕達がそうはさせない。彼の言う人を襲わないオークの国……それが見てみたかった。見てみたくなった。やはり、魔物に加担する僕は異端なのだろう。ダニエラは何も言わずに僕を受け入れてくれるが……いざとなったら僕は……いや、今考えることじゃないな。
こうして僕は、地下で囚われの王と出会った。
さぁ、作戦会議だ。アーサーを助けると決めたんだ。バージル達にはどう説明するべきか、ここで考えておかないと後でややこしいことになるはずだからな。




