第百二十七話 居留地へ
こうして僕達オーク討伐隊はアンジェリカ達谷底班とネスの活躍によって発見されたオーク居留地へと出発した。場所は勿論、谷の中腹。終点にあるという予想を裏切られた形になり、少なくない犠牲を払い発見した目的地だ。
バージルを先頭に森を進む。まだオークの死体は転がったままだ。辺りは血の所為か鉄臭い。いずれ大地に還り、龍脈の流れの中に消えるとはいえ、地獄のような光景だった。
だが、森を抜けると更に地獄のような光景が広がっている。勿論、僕達の戦った跡だ。
「いやぁ、太陽の下で見るとなかなか酷いな」
「酷いなんてものじゃないぞ……」
自身が散らかしたオークの残骸を見ての感想だが、バージルはまるで僕を恐ろしい何かのように見ている。失敬な。僕が全部やった訳じゃないぞ。8割くらいだぞ。
そんな戦場跡の向こうには何本もの丸太が倒され固定された橋があった。明るいとよく見える。あれを渡ってオーク共は攻めてきたんだ。あれ程分かりやすいものが今まで無かったのは、恐らく目立たないよう、斥候だけに使わせていたからだろう。だから1本で済んでいたんだ。
丸太橋を越えた先はオークの領域だ。アンジェリカ達が改めて辺りを警戒しながら進む。実際、オークは何度か奇襲をかけてきた。だが、準備も何もかも整った戦力相手には無謀な攻めでしかなかった。怪我人も出ること無く、確実に仕留める。これが僕達の油断を誘うオークの作戦だったら拍手もんだったが、こうして居留地に到達するまで大それた反撃はまったく無かった。
「これがオークの……」
丸太の先端を尖らせ、それを何本も立てた壁に囲まれたオークの地。でかい門まで付いている。これを異常進化個体の指示だけで作り上げたというのなら、その手腕は恐るべきものだ。だが、どうも様子がおかしかった。
「静か過ぎないか?」
気配感知を飛ばしていたダニエラが誰にともなく呟く。そっとアンジェリカが門の隙間から中を覗く。
「……気配感知でもそうでしたけれど、姿も形もありませんわ」
「オーク共はどこへ消えたんだ?」
バージルがジッと木の壁を睨みながら熟考する。
「なぁ、とりあえず入ってみようぜ」
僕の後ろでネスと並んで歩いていたガルドが言う。確かに中に入ってみないと現状の確認は出来なかった。バージルも少し考えてその意見しかないなと漏らすと振り返り、号令をかける。
「これから居留地に潜入する。何があるかわからないから慎重に行くぞ」
大声でも号令ではなく、あくまで警戒しながらと伝えると冒険者達も頷き合う。
まずはアンジェリカが門の隙間から潜入する。それに続いてローリエ、オリーブ、オレガノ、ネスが入る。しばらくして内側から門が開かれる。僕達は武器を手に先へ進む。今回は居留地戦を想定して僕も大剣は虚ろの鞄にしまって陣地に置いてきた。今回は鎧の魔剣と足切丸を左右に持ちながらあたりを警戒する。
居留地の中は木で出来た家屋が何軒も続いていた。ちょっとした村だ。見れば家々が実に緻密に作られている。ただ木を突き立て、屋根を乗せたなんて小屋とも呼べないような木製の箱が並んでるものだと思っていたが……。
「これは……こんな、いや、本当にオークが……?」
バージルが呆然とした表情で言う。周りの冒険者もあまりの光景に言葉を失っていた。その中でも僕は気配感知を家々に向かって広げる。が、どの家にも何の反応も無かった。アンジェリカ達が一軒一軒周って中を確認するが、やはり何も見当たらない。寧ろ荒らされているとのことだった。どうにも状況が読めない。
「皆、ちょっと良いか」
バージルの声に皆が振り返る。
「ここからは谷底班だけではなく、俺達も捜索に参加だ。ただし、不意の奇襲があるかもしれない。何人かで固まって捜索に当たってくれ!」
人海戦術ということか。しかしバージルも酷なことを言う。これ、『はーいじゃあ友達と組んでー』じゃないか。ぼっちが死ぬやつだ。
だが、僕は何の問題もない。何故ならば、ダニエラが居るからだ。
「なぁダニ『お姉様、さぁ行きましょう!』『そうですわ! オークを退治しましょう!』……あれ?」
「おい、お前達ちょっと、引っ張るな。分かったから、分かったから……」
あれぇ……ダニエラが……ダニエラが……。
「……ハッ!?」
慌てて周りを見る。ガルド……はネスと行っちまった。ローリエはアンジェリカと……オリーブはオレガノとだ。バージル……はもう見当たらない。6人衆も男女に別れて家の影に消えた。気合いっぱいの冒険者達もさっさと散らばっていった。うっそぉ……。
と、絶望している僕の肩が叩かれた。救いの神は居たか……! バッと振り返ると魔法使い組の子が立っていた。あぁ、もしかしてダニエラと組めなかった僕と組んでくれるのかな……ええ子や……。
「やーい、ぼっち、です」
「……」
それだけ言うと女の子は走って行った。
止めを刺された僕は静かに泣いた。
□ □ □ □
3分で心を切り替えた僕は一旦居留地の外に出た。なぁに、夜勤だって1人だったんだ。それが災いして強盗に刺されちゃったけれど、今の僕には戦う力がある。同じ轍は踏まないさ。と、単独での探索を始めた。皆が居留地の中を調べるなら僕は外だ。と、捻くれた発想で壁の周囲をぐるりと歩く。別に一人ぼっちの姿を誰かに見られたくなかった訳ではない。涙を拭こうと外に出た訳じゃない。
「ダニエラ……僕というものがありながら裏切るなんて酷い奴だ……」
みみっちい男がそこには居た。猫の額程の器しかない男は自分を捨てて百合ハーレムを築いた彼女を恨んでいた。でも恨んですぐに何だか惨めになってそっとまた涙を流した。情けない男が居た。つまり僕だ。
「はぁ……ぐすん。……ん?」
落ちた一滴の涙を追って地面を見ると、そこには何かが歩いた跡があった。辺りを見回すと、それは一つだけではなく、無数にあった。それはどう見ても足跡だった。
「うっそぉ……」
こんな偶然なんてあるのか……? ていうか、どうしてこれだけの足跡を見逃したんだ?
その理由は少し調べて分かった。足跡を辿って見ると壁の中に消えていた。その壁に仕掛けがあったのだ。地面から少し浮いている。軽く押すと揺れた。そして、グッと押すと開いたのだ。
「隠し扉……忍者屋敷かよ……」
この居留地に居たオークは僕達との戦闘後、夜のうちにここから逃げていたのだ。迅速な行動は異常進化個体の指示だろうか。
今度は足跡を進む方向に向かって辿っていく。辺りには土と草と茂みと少しの木が生えているだけだ。……このロケーション何処かで見たな。
「……やっぱり」
あの村を襲った時と同じだ。巧みに隠された穴があった。足跡で台無しではあるが、遠目には分からない。
しかし穴を目の前にして疑問が湧き上がる。あれだけのオーク……残されたわずかな時間。この穴に隠れることが出来るのだろうか。
ふと自分が歩いてきた道を振り返る。そこにはどう見ても逃げたオークよりも少ない足跡しかなかった。あれだけの数が動けば、きっとこの辺りは草も踏み散らかされてしまうことだろう。どうにも怪しい。一旦戻ってダニエラを呼ぼうかな。でもなぁ、あの子達怖いもんなぁ……あ、またちょっと泣けてきた。はぁ、心が痛い。
「……どうしたもんかな」
「ん? 行かないのか?」
「ふぉぉお!?」
慌てて飛び退き転がり振り返ると、そこにはダニエラが立っていた。
「え? え? なんで?」
「はぁ? 何がだ?」
その馬鹿を見るような目はやめていただきたいのだが……。
「だって、ハーレム作って僕を捨てて行ったじゃないか」
「何言ってるんだ? 馬鹿野郎なのか?」
ダニエラは、あの時引っ張って行かれたが、ずっとくっつかれて探索にならないので一喝して僕を探しに気配感知でやって来たそうだ。僕は捨てられていなかった。
「まったく……お前という奴は放っておけないな」
「うぅ、ダニエラ……好き」
「ほら、行くぞ馬鹿野郎」
無事にコンビを再結成した僕達は穴へと進む。その先にはとんでもないことが待ち受けているとも知らずに。




