第百二十六話 束の間の暇
テントに入ると中にはバージルとアンジェリカが居た。
「来たか。単独遊撃で疲れてるところ悪いが、今後の方針の話だけさせてくれ」
「それは別に構わないが。アンジェリカが居るということは居留地の探索に行くんだろう?」
「あぁ、そうだ。まぁ、それ以外に無いってぐらいにここまで順調だ」
陣地は崩れること無く、森では『必中』が、森の先では僕を含めた7人が大暴れした。森の中のオークは殲滅したし、森の外のオークも撃退した。あれだけの数のオークが逃げたのだ。痕跡はバッチリ居留地まで続いているはずだ。
「正直に申し上げますと、探索に私が出る必要も無いくらいですわ。オークの足が居留地まで道を作っているんですもの」
嘆息しながらアンジェリカは言う。確かにこれだけの戦力でやり返したんだ。でも、そこに僕達の油断が生まれる。
「ブービートラップとかあるかもしれないし、油断なく調べた方がいい。気を抜いて掛かると手痛い反撃を食らうぞ」
「ま、その辺は抜かり無いですわ。勝って兜の緒を締めよと、大昔の勇者が残した言葉もありますしね」
大昔に日本人が召喚されてたのか……気になるが、それはまた別の話だ。今はオーク退治に集中しよう。
「ということでアンジェリカ達谷底班は居留地探索に出てもらう。アサギ達はそれまで休んでてくれ」
「了解」
「了解ですわ」
あぁ、やっとゆっくり出来そうだ。結構な数のオークを倒したからもうクタクタだ。きっとレベルも上がってるんじゃないかな。なんて期待してみる。
「んー……気になるな」
休憩用のテントにやってきて横になった僕はポケットからステータスカードを取り出す。気になって眠れなくなってしまった。
「ステータスオープン」
いつもの文句を唱えると僕の現在のステータスが表示される。
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:冒険者(ランク:C)
二つ名:銀翆
LV:69
HP:621/673
MP:581/640
STR:340 VIT:336
AGI:724 DEX:361
INT:334 LUK:30
所持スキル:器用貧乏(-),森狼の脚(-),片手剣術(7/10),短剣術(6/10),槍術(2/10),弓術(2/10),大剣術(5/10),気配感知(6/10),夜目(5/10)
所持魔法:氷魔法(8/10),水魔法(7/10),火魔法(2/10)
受注クエスト:南の谷調査
パーティー契約:ダニエラ=ヴィルシルフ
装備一覧:防具
頭-なし
体-氷竜の軽鎧
腕-氷竜の小手
脚-氷竜の脛当て
足-黒瞬豹の革靴
武器-鎧の魔剣
-足切丸
-藍色の大剣
衣服-風竜のポンチョ
-風竜の腰布
-風竜のズボン
装飾-なし
◇ ◇ ◇ ◇
「地味に上がってるな……」
今までの感覚では大幅な値上がり感があったが、今回は結構地味だった。やっぱり格下の経験値を大量に摂取してもあまりレベルアップにはつながらないらしい。そういえばダニエラもこれくらいのレベルになると上がるのが遅くなってくるとか言ってたっけ……であれば4も上がってるのは逆に言えば凄いことだろう。
よく見てみると大剣術や夜目も上がっている。結構使ってきたからな……上がってないと困る。大剣が良い感じに使えるようになったら次は短剣でも上げようかな……まぁまだまだ先のことだけど。
気になってたステータスを確認出来たら安心と疲れからか、急に睡魔が襲ってきた。オークの襲来が無いことを祈りつつ、身を委ねて意識を手放した。
□ □ □ □
さて、どこから説明しようか。僕は今、オーク居留地に居る。目の前にはオークだ。彼は異常進化個体だ。自称『オークの王』で、名を『アーサー』というらしい。彼は居留地の地下、谷底へ続く通路の途中にある地下牢の中に居る。
「助けてくれ! ここから出してくれ!」
怪しすぎる彼との邂逅までを説明するには、やはり僕達冒険者が居留地を目指して陣地を出たところから始めないといけないだろう。
時間は今日の朝へと遡る。
□ □ □ □
ガザゴソという物音にぼんやりと意識が呼び起こされ、重い瞼を全力で持ち上げて原因を探る。その視界に写ったのはテントを開けて僕の顔を覗き込む顔だった。
「ぅあ……っ!?」
「……なに、だれ?」
ぼやける目を擦り、ゆっくりとはっきりしてくる視界、意識。そしてその人物を認識する。不審者の正体はローリエだった。
「ローリエ……?」
「ぁああ、あの、えっとー……」
明らかに挙動不審だ。僕は湧き出る欠伸を我慢せずに放出してから辺りを見回す。テントの外は少し明るい。そろそろ夜明けというところか。周りには僕以外の人間は居ない。僕が入ってきた時には何人か寝てたようだが……もう起きてしまったのか。ということは僕が最後で、出てこない僕をローリエが起こしに来た……って感じかな?
「起こしに来てくれたのか……ふぁあ……ありがとう」
「えっ、えぇ、まぁね! おはよう!」
「……で、寝てる僕に何しようとした?」
「んんぅ!?」
起こすだけならそんなに怪しい挙動は必要ないし、起きた時に目の前にあった顔。僕は鈍感ではないのですぐに分かるが……誤解があってはいけない。これは彼女の口から言わせないといけない事だ。別に楽しんでなどいないさ。
「で?」
「いやっ、その……起きない、から」
「起きないから?」
「う、ううぅ……あの、ごめんなさい……もう許して……」
「いやいやいやいや、何を許せばいいのかさっぱりだよ。ちゃんと、ローリエの口から聞かないとさ。ほら、内容が分からないことには許すも許さないもないでしょ? ほらほら、ローリエ、ちゃんと言ってごらん? さぁさぁ!」
耳まで真っ赤にしながら俯くローリエに息荒く攻め立てる僕。果たして最終的に許しを請うのはどちらか。
「おい、馬鹿野郎。早く出てこい」
「おはようダニエラ」
チッ、もう少し遊びたかったがダニエラが来てしまっては仕方ない。
「どっこいしょ……ローリエ、いつまでそうしてるんだ? 早く行こうぜ」
「うぅぅ……アサギの馬鹿……」
真っ赤になりながら付いて来るローリエの前を歩くダニエラが僕の延髄を爪で突く。その痛みに耐え、何だか新しい扉が開きそうになりながらも広場の方へと向かう。そっちに沢山冒険者が集まってたからだ。
「で、見つかったのか?」
「あぁ、先程アンジェリカ達が戻ってきた。土産と一緒にな」
「土産?」
その言葉が気になり振り返ると、悪戯っぽく笑うダニエラ。
「行けば分かるさ」
「ふぅん?」
その言葉に土産の内容を想像しながら、冒険者を掻き分けて前の方へ進む。きっとバージルと谷底班が並んで今後の説明をしてるだろうと進んでいく。
「……という訳でこれから居留地に向かう!」
バージルの声だ。
「後は殲滅だけですわ! 油断なさらないように!」
アンジェリカの声が聞こえたところで視界が開ける。予想通り、バージル、アンジェリカ、ローリエは僕を起こしに来たので後ろ。オリーブとオレガノが並んで立っている。そしてその隣には……
「ネス!」
行方不明だったネスが腕を組んで立っていた。野郎、生きてたか!
「アサギ、心配掛けちまったな」
「てめぇ、死んでるんじゃないかって心配してたんだぞ!」
「へっ、グッスリ寝てた癖によく言うぜ!」
んん、ぐうの音も出ない。でも超疲れてたし、是非もないよね!
周りの冒険者はそれぞれの部隊毎に集まっている。その中で全滅した地上班の生き残りのネスは軽装部隊に配属されることになった。そこへ行くまでの間にどうしていたかを聞く。
「で? どういうトリックで生き延びたんだ?」
「一つ言えるのは、俺は超絶運が良かったってことだな」
痕跡を見つけた後、ネス達はオークの襲撃に遭った。ギリギリで気付くことは出来たが、ほぼ不意を打たれた形で班は散り散りバラバラに散開したらしい。運良く逃げ切ったネスが警戒しながら辺りを捜索すると、オークから逃げる冒険者を見つけた。それは僕が見つけられなかったもう一人の行方不明者だ。その冒険者はオークに殺されたらしい。
多勢に無勢と悟ったネスはひたすらオークの居ない方へ走った。谷の終点付近にあると予想された居留地から離れる形で北上する。そして見つけたのが、木で囲まれた村のような場所だった。それが、僕達が探し求めた居留地だった。
「俺よう、必死に逃げた先でオークの棲家にぶち当たるとは考えもしなくて、死ぬかと思ったんだ」
しかし、そこに運良く谷底班の斥候部隊がやって来た。お互いに気配感知で調べながらの接触だったらしい。これが普通の冒険者相手ならどうなっていたことか。それにタイミングの問題もある。もしもう少し遅かったら、早かったら……ネスはオークにやられてたかもしれない。
ネスを見つけた谷底班は目の前の集落がオークのものであることを確認してすぐに引き返したらしい。
「と言う訳で俺は運が良かったってぇことよ。他の地上班の奴等には申し訳ないけどな……」
「それを言うなら僕の責任だ」
あの時の3人のことを思い出す。
「聞いたぜ。でもよう、アサギ。そりゃあお前ェ、無理があるってもんだぜ。ガルドでも3人を運ぶことなんて出来ねぇよ」
「そうだけどな……一時は助けてたんだ。悔いが残るのは当たり前だろう?」
そう言うとネスはジッと僕を見て言う。
「アサギ、忘れろとは言わねぇ。だが割り切れ。感情を抑えろとは言わねぇ。だが、割り切れ。でないとお前、擦り減って擦り減って、最後には自分のことを殺すことになるぞ。俺はそういう奴等を見てきた。だから分かる。お前はいつか、自分を殺す」
「……僕さ、レプラントに着く前に人を殺したんだ。馬車を襲う盗賊だった。初めて殺したんだ。そして、首領の首を、落とした。それからは鬱っぽくなったけど、僕が盗賊を殺したことで、1人の女の子が助かった。その子が生きてるのを見て、何ていうのかなぁ……こう、救われたって思ったんだ」
マリーエルを胸に抱きながら繰り返したありがとうという言葉。あの言葉には僕を罪の沼から掬ってくれてありがとうという意味も篭っていた。
「それから、人の生死に対して特別思う所が増えた気がするんだ。殺したことには必要なことだったと割り切れた。でも、救えなかったことに対してはまだどこか、割り切れないところがあるんだ」
「そこだ。アサギがこの先を生きていく上で乗り越えないといけない物だぜ」
「あぁ、そうだ。僕は彼らの死を抱いて乗り越えなければいけない。まぁ、ちょっと時間掛かるかもだけど」
死を胸に、糧に僕達は生きていくんだ。冒険者だけじゃない。あの盗賊達もだ。
「ありがとう、ネス。生きててくれて本当に嬉しい」
「よせよ、俺は自分が生きる為に生きたんだ。お前ェの為じゃねぇよ!」
そう言いながらも僕の背中を叩く。仲間の死を糧に生き残ったネスは満面の笑顔だった。




