第百二十四話 戦場を駆ける銀翆
入り口に寝かせた丸太は全部で3本だ。なかなか太い丸太を3本。そのうちの2本が折られ、撤去されれば侵入者は最後の1本を乗り越える。わざわざ律儀にその最後の1本を折る必要はない。そこに、文字通り落とし穴がある。この作戦の真髄がある。
その作戦が発動してから1時間が経った。現在は深夜1時半頃。深夜コンビニアルバイトで言えば、そろそろ準備運動も終えてさて始めますかといった頃合いだ。
僕は大剣を手に、冒険者達を見る。軽鎧を身に着け。片手剣を持った冒険者。重鎧を纏い、戦槌と大盾を持った冒険者。小盾に短槍といった出で立ちの冒険者も居る。僕は彼らと共に陣地の外のオークを殲滅するのだ。この冒険者部隊を指揮するのはバージルだ。僕は単騎で遊撃だ。武器が武器だしな……一応、腰には鎧の魔剣も下げている。
「諸君、これからが本番だ。今からこの壁を越えて外のオークを殲滅する。数は不明。おまけにバックには異常進化個体が付いている。つまり、普通のオークではない。知恵を、作戦を与えられたオークだ」
バージルの演説に冒険者達がざわつく。彼らもオーク討伐経験者ではあるが、普通ではないオークとは戦ったことがない。
「だが恐れることはない! 俺達は冒険者だ。それも冒険都市を根城にする凄腕だ! 知恵があろうと無かろうと、力で捻じ伏せる! いつだって俺達はそうだった。だろう?」
冗談交じりに見回せば、笑い声があがる。
「そうだそうだ!」
「俺達は冒険者だぜ!」
「富も名声も、この手の中に!」
ガツンガツンと盾と剣、鎧を打ち合い、お互いに鼓舞する。僕もガンガンと大剣を篭手で叩く。正直、脳汁がドバドバだ。
バージルが土壁の上の弓部隊を見上げる。弓持ちの合図で壁の向こうにはオークが居ないと分かると、次に土魔法使いに合図を飛ばす。すると琥珀色の魔力が流れた。その魔力の流れに壁がうねり、縦に亀裂が入り、そして左右に開かれた。
「さぁ行くぞ! 小賢しいオーク共を捻じ伏せろ!!」
「「「オオォォォォォォォオ!!!」」」
鬨の声と共に走り出す。壁の向こうにはオークは居ない。が、気配感知で分かる。この先の森の中には無数の反応があった。
オークの居留地は森を抜けたその先。谷の中間、岩山側にあると僕達は予想している。つまり、この森の向こうからわんさかやってくる訳だ。僕の使用武器は大剣。ならば、木がある場所より拓けた場所の方がその真価を発揮できる。ぶっちゃけ魔力通せば木なんか関係ないが、森林破壊は良くない。自然は大切に、だ。
僕達が壁の外に現れたことに気付いたオーク達がやって来た。その数は当然、僕達より多い。だが、一騎当千の冒険者達にかかれば烏合の衆も当然。振るわれた武器が相対したオークの命を消し飛ばしていく。
僕は走りながらバージルを探す。その間にも僕に攻撃してきたオークは真っ二つだ。ペンローズの長剣を見ていたのが切っ掛けとなったのか、この大剣の扱いもただ振るうだけではなく、技と呼べるものになってきていた。彼が魅せた半円を描く振り下ろしは実に使いやすい。
5匹目のオークを屠った時、バージルの姿を見つけた。双剣がオークの首を刎ねている。
「バージル!」
「アサギか、どうした?」
「僕は森の向こうのオークを減らしてくる。こっちの数が減ったら部隊を進めてくれ!」
「分かった! だがお前1人で行かれては俺達が不安だ。邪魔にならないような手練を何人か送るぞ!」
「あぁ、頼む!」
バージルが頷いてくれたので心置きなくここを離れることが出来る。さぁ、善は急げだ。手練の分も全部平らげるくらいの気持ちで戦うことにしよう。
森に向かって駆け出し、両足に銀翆の風を纏う。その進路に居る3匹のオークが僕を行かせないようにと立ちはだかるが、何の問題もない。速度を上げ、遠心力をかける為に一回転し、タイミングを合わせてすれ違いざまに振り抜けば、上半身と下半身が分離する。そのまま剣の遠心力を逃がす為にもう一回転し、空を踏みつけて駆け上がる。その一部始終を見てたのか、冒険者達の歓声が上がる。その声を背に僕は森の向こうを目指した。
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気配感知を下に伸ばすのは、上に伸ばすのと同じくらい難しい。今の僕には出来ない。が、必要は無かった。《夜目》を使えば目視で森の木々の隙間を動くオークが見える。結構な数ではあるが、彼らなら何の問題もないはずだ。『必中』がいるのが心強い。彼ならば木々の隙間を縫ってでも当てるだろう。
森の中にもオークは居るが。森の外にもオークは居る。先へ進むに連れて森の木々は減り、更にオークの姿が鮮明になり、そして木が無くなり、オークが丸見えになる。ここが僕の戦場だ。戦う前に腰のポーションを飲み干す。魔力も回復し、準備はバッチリだ。下に居るオークは僕には気付きもしない。ならば、ここから奇襲が掛けられるというものだ。
《器用貧乏》を1画面にし、その中心に僕を映す。これから行う魔法攻撃のシミュレーションだ。魔法を具現化する為のイメージ。その魔法を発動させる為に必要な魔力量。映像ではあるが、どうすれば良いのかが脳内から発信され、体で理解出来る。画面の中の僕と同じように、僕は魔法を行使する。空気中の水分を集める。だけど、水分だけじゃなく魔素も利用する。膨大な量……というほどでもないが、その水分と魔素を使って僕は大量の『氷矢』を生成した。向きは勿論、下だ。
これは魔法ではあるが、技だ。『氷矢』を使った技。僕はその技にダニエラにも馬鹿にされないような立派な名前を付ける。即興ではあるが、ダニエラも納得の命名だ。
「名付けて、『氷雨』だ」
氷の雨と名付けた技はその名の通り、雨の如く降り注ぐ。降り注ぐのは氷の矢。無数の矢がオークの頭上に降り注ぎ、僕の下は阿鼻叫喚だ。我ながら恐ろしい。僕が矢を生成した範囲内のオークの中に無傷の者は居なかった。僕は大剣を手に地面に降り立ち、ついでに足元に居るまだ生きているオークの背に剣を突き立てる。
勿論、これが全部じゃない。まだまだオークは居るし、元気なオークは僕を親の敵のように睨みながら吠える。数名のリーダーらしきオークが棍棒ではなく剣を持って振り上げて雑兵オークを怒鳴りつけて僕へと追い立てる。リーダーオークは肌の色が緑ではない。青色だった。いや、灰青色だろうか。多分洗剤で綺麗に洗えば青色にはなると思うが、汚いのでくすんで見える。
其奴等の指示に従って緑色の雑兵達が僕に迫ってくるが、手にした大剣を振れば地に沈む。背後からも向かってくるが、剣と棍棒を打ち合わせること無くその胴体を切り払い、その後から続くオークの攻撃も躱して剣を突き立てる。
「ハァッ!」
迫るオークを切り捨て、上手くタイミングがずれて躱せないような攻撃は『氷盾』で防ぐ。そしてその盾でシールドバッシュ。よろめいた所を袈裟斬りだ。
剣でもある程度数が減ってきた。足元の死体が邪魔だ。《森狼の脚》で死体の上の空を踏み、地形を無視して駆け抜ける。すれ違いざまに振り抜いてはオークを減らす。此方の速度について行けないオークの攻撃など当たるはずもなかった。
そうしてどんどん数を減らしていても、後から後からオークは湧いてくる。一体それだけの数が居るのか分からないが、多分僕だけでもう200は殺している。剣を持ったオークリーダーはしびれを切らしたように指示することを忘れて、その剣を振り上げて僕へ襲い掛かってくる。見るからにボロっちいその剣は斬るというより叩くといった感じではあるが、それに従って叩かれること無くその腕を、首を切り飛ばした。
青い色の体から噴き出る青い色の血が頬にかかって生温さを覚えていると、後ろが騒がしくなってきた。多分、バージルの言っていた手練達だろう。気配感知を飛ばすと……6人か。僕を含めて7人。これだけ居れば居留地も殲滅出来るだろうか。
オークリーダーを1匹倒したところで指示系統が混乱することもない。元々此奴等はただ只管、前に進むだけだ。それをさせない為に僕は此処に居る。ある程度減ったとはいえ、まだまだオークは沢山居る。7人で力を合わせれば、その処理スピードも跳ね上がる。この月夜の戦いもクライマックスだ。




