第百二十三話 月夜の戦い
2つの月が森を照らす。見上げれば1つ足りないことが分かる。この世界の月は3つだ。どういう周期かは分からないが、増えたり減ったりするこの月が今日は2つ並んで夜空に浮かんでいるので、明るさもそれ程ではない。時間的には何時くらいだろう。日が沈んでから5時間程経ったから11時くらいだろうか。
バージルと最終的な作戦会議を行ってからオークの襲来は無い。やはり寝込みを襲うつもりだろうとバージルと話し、既に見張りは立てて先に休む者と警戒する者を分けてある。夜通しの戦いになるのは明白なので全員を起こしたまま戦うのは戦力の低下に繋がる。ちなみに僕は警戒組だ。朝方は疲れるかもしれないが、オークを撃退したら仮眠を取る。撃退出来なければ、永遠の眠りだ。つまり僕はこれから安心して眠る為に戦うのだ。
見張りを始めてから1時間。現在の時刻は0時だ。見張りの為に土壁の淵に作った足場を歩いているが、変化はない。
この足場はダニエラに頼んで作って貰った。ここから外を覗けるし、弓を引くことも出来る。最初に作っておけば苦労はなかったのだが、そこまで気が付かなかったんだろう。防壁としか連絡されていなかったそうだし。ということでダニエラにお願いしてぐるりと一周作って貰ってお礼に腰に挿してあったポーションをあげた。
「これ、私が買ってきたやつ」
「まぁまぁグイッと」
「……」
飲めばスッキリ魔力回復。呑む前に飲め的なね。グイッといったダニエラは不機嫌そうに女子組テントに戻っていった。ダニエラは休憩組だ。
土壁の上には何人か巡回している冒険者がいる。その中にガルドを見つけたのでじーっと見ていると、様子がおかしい。一点を見つめて動かない。
「ガルド、どうした?」
「……あそこ。あの茂み。何か居る」
「なんだって? ちょっと待て」
ガルドが顎で指した茂みを《夜目》スキルを行使して見つめる。ジッと暗闇を見つめるとその様子が鮮明になってくる。茂みの向こう。そこには……。
「ガルド、オークだ!」
「やっぱりか!」
確証を得たガルドが大きく息を吸い、陣地全体に聞こえる声で知らせた。
「オークだー!!」
その声にテントの中で休んでいた冒険者が転がり出て、警戒していた冒険者達が剣を抜き、弓を手に戦闘態勢に入った。
声は勿論、オークにも聞こえる。茂みから覗いていたオークは慌てて引っ込み、そして幾つもの矢が暗闇から放たれてきた。それを慌てて壁際に伏せて躱す。
「こっちから奇襲しても良かったな」
叫んでから失敗したぜと頬を掻くガルド。
「その手もあったけど、結局何匹居るか分からんしな。襲ってるつもりが囲まれてましたじゃ話にならないぜ」
「それもそうだな。で、アサギ。これからの作戦は?」
「壁に近付くオークを上から攻撃しつつ、数を減らす」
「了解だ!」
まぁそれは弓部隊の仕事だ。剣部隊の僕達の出番は後だ。その場から降りると弓部隊が土壁の上から矢を放つ。外からはオークの鳴き声が聞こえる。順調そうなので、その場は任せ、ガルドと別れてバージルの元へ走る。
バージルは2本の剣を手に指示を飛ばしていた。彼は双剣使いだそうだ。僕に気付いたバージルが近付いてくる。
「始まったな」
「あぁ、今は弓部隊が頑張ってくれてる。入り口はどうだ?」
「あぁ、どこからか見ていたのだろうな。こぞって破壊しにやって来ているぞ」
2人で並んで入り口へ歩き、新たに作った壁の上へ登り見下ろすと、何匹かのオークが槌か何かで叩いている様子が見えた。ガンガンと叩く度に壁が揺れるが、頑丈な壁は崩れない。叩かれた木が小さな破片を飛ばしながらどんどん折れていく。僕はそれを見ながらほくそ笑む。
「その木を破ってもその先は地獄だぜ」
「だな……だが、待つ必要もないだろう」
バージルが左手の剣を鞘に収め、人差し指と中指を揃えた。その手を右肩へと曲げ、自身の左側へと、まるで目の前の敵を斬るかのように薙ぎながら魔法名を発した。
「エアロスライサー!」
その声と共に薄緑色の風の刃が空気を裂きながら槌を振り上げたオークの腕へと真っ直ぐに飛んでいき、そして事も無げに2本の腕を切り飛ばした。
「ギャオォオオア!!」
苦悶の表情で痛みに声を上げながら傷口を抑えようと無い腕を振り回しながらよろめいたオークが地面へと転がった。汚い青色の血を撒き散らしながら叫ぶ仲間を見ながらオーク達は、それでも槌を振り上げて木の壁へと走る。
「風魔法か。双剣を使いながら魔法までとは恐れ入ったよ」
「ふん、嫌味か?」
「まさか。素直に感心してるよ」
そういうとバージルは口角を歪めながらふん、と鼻を鳴らす。褒めてるんだけどな……。
「さて、この調子なら何とかなりそうだ。所詮はオークと言ったところか……」
「油断は禁物だ。此奴等はどうせ捨て駒だよ。此方の出方を伺ってるんだ」
「それでも弓部隊が動いている。レプラントの冒険者は優秀だ。矢の数だけオークは減るだろう」
槌を振るうオークを見ながらバージルが言う。確かにそこら中で矢に射られたオークが絶命している。一射一撃。必殺の矢は確実にオークの額を貫いていた。そんじょそこらの使い手じゃないな……。
「その矢を放ったのは弓部隊を率いる『必中』だ。彼の矢は必ず的に当たる」
「それで『必中』ね……シンプルな二つ名だが、的を射た名前だな」
「彼を超える弓使いはそうそう居ないだろうな。ほら、あれが『必中のフェイルノート』だ」
バージルの指差した先に居たのはシンプルな弓を持った壮年の男だ。左手に弓を持ち、右手で弦を引き絞り、そして放つ。その右手に4本の矢を番えてだ。何と彼は一度に4本の矢を射るらしい。そしてその矢は必中。まさに人間離れした技だ。彼が1度矢を放てば、4匹のオークが死ぬ。彼が居れば正に、矢の数だけオークが減るだろう。
「恐ろしい腕だな……」
「あぁ、それだけの腕を磨くのにどれほどの鍛錬を積んだのか……ん?」
バージルと話しているとベキャ、という音がした。見ればオークが積んだ丸太の内の1本を叩き折っていた。
「よし、そろそろダニエラの出番だな」
「呼んでくる」
それだけ伝えると僕は壁から飛び降りる。着地の寸前に一瞬だけ《森狼の脚》を発動させて衝撃を緩和し、ダニエラの元へ向かう。ダニエラは各ポジションに別れた土魔法使いへ指示を飛ばしている。定期的に魔力を流し、壁を補強するためだ。彼女も土魔法を使うことから、一瞬で脆い箇所を見つけられるそうだ。ダニエラに最初、その指示を中断して問題ないかと尋ねた所、何の問題もないとのことだった。
「土魔法使いなら誰でも分かるはずだ。基本だからな」
と、軽く言ったが、多分年の功という面もあるはずだ。ちょっと期待し過ぎではあるが、基本であれば大丈夫だろうということでダニエラを引き抜き、入り口方面での作戦に使うことになった。
「ダニエラ、そろそろだ」
「了解だ。お前達、後は任せたぞ!」
「「「はい! お姉様!」」」
うむ、元気な良い返事だ。しかし声とは裏腹に僕に殺気の篭った視線を飛ばす彼女達。普通に怖い。まぁ、触らぬ神に祟り無し、だ。とっとと逃げよう。ダニエラと共に入り口へ駆ける。壁の上へ上がったところでバージルが此方を見て頷いた。
「来たか。頼むぞ、ダニエラ」
「あぁ、お安い御用だ」
ダニエラが壁の傍からオークの様子を見る。それに続いて僕も見ると、どうやら2本目の丸太は折られたらしい。そろそろ丸太を越えて進みだすだろう。だが、進んだ先は奈落だ。
「ゴガァァ!」
指示を飛ばしているらしい革鎧を付けたオークが入り口の方へ棍棒を向けた。すると槌を持ったオークが下がり、棍棒を持った何匹もの全裸オークが森の中から飛び出してきた。
「本格的に来るぞ! ダニエラ!」
「任せろ!」
ダニエラが両手を土壁に当てると、魔力が壁を伝う。丸太を乗り越えたオークはそのまま地面に降り立……つことなく、地面に空いた深い穴の中へ落ちていった。
これが僕の考えた作戦だ。名付けて『攻め込めると思った? 残念、奈落でした!作戦』だ。
ダニエラの土魔法で地面に深い穴を穿ち、そこにオークを落とす。穴の深さに力を注いだ分、穴自体の広さは無いが、今日の月明かり程度の明るさではまず見えない。3つの月夜であればこの作戦は破綻していた。
「アサギ、成功だ! いける、いけるぞ!」
「僕の言った通りだろう?」
はしゃぐバージルにドヤ顔で自慢する僕。ダニエラは魔力を消費して疲れた顔をしている。が、懐からポーションを取り出すとグイッと飲み干した。あれ、まだ持ってたのか。
「ん? あぁ、これは魔法使いの子達から分けてもらった。作戦概要を伝えたら持っていってくれとな」
「ふぅん……ダニエラには優しいんだな」
「私には、な」
ダニエラも僕が魔法少女達から疎まれていることは気付いている。はぁ、百合展開は好きだが病み系女子は勘弁だ。いつか刺されそう。
こうしている間にもオークはどんどん穴の中に消える。丸太を越えて行くので地べたに立っているオークにはその丸太の向こうが見えないのだ。だから、先に行ったオークがまさか穴に落ちているとは気付きもしない。落ちる時にあげる声なんて戦場の声にしか感じないだろう。
つまり、この穴が埋まるか、バレるまでオークは全自動で処理されるという訳だ。考えた奴はとんでもない切れ者だな。一体誰だろう。天才じゃね?
こうして見事に嵌った作戦にご満悦な僕達は冒険者を呼んで穴を見張らせ、その場を離れる。各々が担当する場所へと向かい、各冒険者達に指示を飛ばす為だ。バージルは作戦本部のテントへ。ダニエラは魔法使い部隊へ。僕は遊撃部隊だ。これから僕達は壁の外へ出てオークを蹴散らす。入り口の自動処理と弓部隊の狙撃。そこに僕達の剣が混じれば処理スピードは更に上がるだろう。問題は異常進化個体に指示されているこのオーク達がどう動くか、どれだけ動けるかだ。今は上手くいってるが、本番の本番はこれからだった。




