第百二十二話 今出来る最善策
「ダニエラ、ちょっと木ぃ切って来るわ!」
「はぁ?」
まるで馬鹿を見るようなダニエラ。見てる相手は僕だ。もうすぐ日が暮れるというのに藍色の大剣を担いで陣地の外に飛び出していくのだからあながち間違ってない。しかしこれには理由があるんだ。
陣地の中を見て回っていた所、土壁の向こうに木が見えた。奴等は樹上から弓で攻撃してくるし、奇襲も仕掛けてくるが、陣地の人間はそれを見ていない。話はしたが、実感がないのだろう。オークのやることじゃないからな。なので、僕が数本の木を切り倒せばそういった弓矢対策をとれるという訳だ。切った木は入り口に詰めば障害にもなる。そこでもちょっと考えがあったりする。
まずは目についた大きな木を切り倒す。藍色の大剣に藍色の魔力を流せば剣身を水の刃が覆う。これは以前、《器用貧乏》の脳内シミュレーション映像で見たので扱いは問題ない。簡単に言えばめちゃくちゃ斬れるようになる。ウォーターカッターみたいなもんだな……。触れれば割と何でも切ってしまうので、オーバースペック過ぎる点がちょっと問題だ。それに慣れてしまうと僕の成長はそこで止まってしまう。古代エルフの剣を極力使わないようにしているのも同じ問題があるからだ。目の前の手段をどれだけ活かせるか。それが《器用貧乏》な僕の戦い方だ。
まぁ今回は緊急だからね。是非もないよね! ということでとっとと木を切り倒そう。見た感じ陣地の壁を越えそうな木を選んで切り倒す。勿論、陣地の反対側に倒すことを忘れない。せっかく作った壁を木で崩してしまえば僕は全裸に剥かれてオークの前に転がされるだろう。
切ってて気付いたが、これをオーク達が陣地側に切り倒したら割と拙いよな……。はぁ、仕方ない。その辺の木も切ってしまおう。最終的にこの木で荷車でも作って丸太を運べば再利用も出来るだろう。道具さえあれば《器用貧乏》先生の力で木工は可能だ。
切り倒した木を運ぼうと手を掛ける。が、なかなか持ち上がらない。どうしたもんかと悩んでいると、騒ぎを聞きつけた人間が何人かやって来た。
「うっわ、なんだこれ……銀翆さん、何してんだ?」
「あぁ、丁度いいところに! これ運ぶの手伝って!」
「えぇ……?」
困惑顔の冒険者達を扱き使い、何本かの丸太を運ぶ。それを陣地の入り口に詰めばちょっとした防壁だ。どうせ破壊されるが、その間に出来ることは沢山ある。ゼェゼェと息を荒げる冒険者を一人ずつ抱えて《森狼の脚》で壁を越えて中へ運ぶ。置かれたテーブルの上にあるカップに水を生む。氷も乗せてやれば文句は出ない。ちょろい。
次はバージルだ。リーダーを探さないと。結構自由に動いてしまってるし、全部事後報告だけと緊急ということで勘弁してもらおう。きっと頭を抱えることになるけど、これもこの戦いを乗り切る為だ。と、正当化してみるが、駄目だな。冒険者ギルドという会社に勤めている正社員なので『報連相』はしなくちゃいけない。社会で生きていく大事なコツだ。しっかりと心に刻みながらテントを潜る。
「バージル、居るか?」
「アサギか。陣地の外で何かやっていたみたいだがあんまり自由奔放にされると……」
「すまんすまん。まぁ聞いてくれよ。実はこういう理由があってな……」
と、ここに帰ってくるまでに起きたことを事細かに話し、その対策であることを伝える。
「……という訳だ。正直、皆で斧とか持って切って周るより僕1人で動いた方が早かったからそうさせてもらった。木は入り口に積んで防壁代わりにしたから」
「そういうことなら構わないが、せめて事前に言ってくれ……胃が痛い」
「悪かったって。でな、作戦を思いついたんだが……」
「まだあるのか……」
げんなりするバージルに追加の報告……というか提案だ。腹を擦るバージルが可哀想になってきた。まぁ原因は僕なのだが。
「……ってのはどうだろう?」
「ふむ……よし、ダニエラも呼んで検討してみよう」
熟考したバージルが頷いてくれる。この作戦が上手くいけば戦闘も楽になるはずだ。
「恐らくオーク達は夜中に仕掛けてくるだろう。俺が敵側ならそうする」
「それには僕も同じ意見だ。樹上から奇襲を仕掛けるくらいだ。寝込みを襲うのなんて朝飯前だろうな」
「あぁ。残された時間は少ない。ひょっとしたら裏を突いて今すぐに来るかもしれない。油断せずに行こう」
「頼むぜ、リーダー」
「そう言うなら俺を労ってくれ……」
またげんなりするが、今回だけということで。僕はテントを出てダニエラ率いる魔法使い部隊の元へ向かった。
□ □ □ □
魔法使い部隊は魔力の消費を少なくし、使った分を回復させるために薬草を煎じたお茶を飲んでいた。よく見れば魔法使い達は女の子ばかりだ。ここにケーキがあれば女子会だな。
「ダニエラ」
「アサギか。どうした?」
飲んでいた薬草茶を置いたダニエラが振り返る。
「ちょっと作戦会議だ。バージルのテントまで来て欲しい」
「ふむ……了解だ。先に向かっててくれ」
「ん、分かった」
薬草茶を飲み干したダニエラが壁際で土壁のチェックをしている子達の元へ向かう。何か連絡事項でもあるのだろう。じゃあ先に向かっておこうかな……と、テントに戻ろうとしたところで視線を感じたので振り返ってみる。すると女子会メンバーが僕をジッと見ていた。ちょっと視線に敵対心が混じっている気がするが……なんだろう。僕何かしたかな……。
困惑顔で頬を搔いていると、視線が合った子達が立ち上がって僕の元へやってくる。なんだろう。嫌な予感がする。
「貴方、銀翆でしょ」
「はい。えっと、アサギといいます」
「名前なんてどうでもいいのよ! あんた、ダニエラお姉様と付き合ってるんでしょ?」
はい?
「とぼけないでよ! お姉様と別れて!」
「そうよ! お姉様は私達と一緒の方が良いに決まってるわ!」
「あんたみたいなのがお姉様の傍に居るなんて由々しきことよ!」
僕知ってるよ。こういうの女の嫉妬って言うんだよね。
「何とか言いなさいよ!」
「黙ってないで『別れます』って言いなさいよ!」
「ムカつく顔してるわね!」
僕に迫る女子3人が寄ってたかって苛めてくる。苛められても僕はダニエラと別れる気はないんだが、言っても聞かなそうだ……ならば、手段は1つだ。
「あ、ダニエラ」
「「「えっ、ダニエラお姉様!?」」」
だが居た壁とは全然違う方を指差せば3人が仲良く振り返ってくれる。作戦通りだ。ここでアクセル全開。バージルのテントへ向かって本気ダッシュで逃げる。後ろから罵声が飛んでくるが、今は忙しい。覚えてたら後で話し合ってやろう。
「……という作戦で行こうと思うが、出来るか?」
「問題ない。他の土魔法使いの子達の力を借りれば楽に出来ると思うが、壁の防御が薄れる。私一人でやろう」
「ダニエラ1人では負担が掛からないか?」
「問題ない。攻撃は他の子達に任せる」
「ふむ……それなら大丈夫か。よし、じゃあ魔法使い部隊にはこの作戦で行くことを伝えてくれ」
「了解した」
テント内で僕が立案した作戦をバージルがダニエラに伝える。作戦内容は僕とダニエラには馴染みのあるものだった。だから、恐らく問題は無いだろうと思っていたが、その通りになった。これでオーク戦が捗るだろう。ダニエラがテントを出て行くのを見送ってから僕とバージルは椅子に座ってふぅ、と溜め息をついた。
「後は、オークを待つだけだ」
「そうだな……アサギ、生きて帰ろう」
「何当たり前のこと言ってんだ。当然だろう?」
きっとこんな知恵の付いたオーク達と戦うのが不安なのだろう。僕は異常進化個体とは2回やり合ったし、オーク自体とも戦ったことがある。ここの特殊なオーク達ともだ。だから、結構勝つ見込みはあると思っている。作戦を考えて襲ってくるなら、それを上回る作戦と武力をぶつけてやればいい。僕達は知恵と勇気を持つ人間……冒険者なのだから。
「そうだな……よし、やるぞアサギ!」
「おう!」




