第百二十一話 作戦失敗
僕はテントを出てすぐに《森狼の脚》で空を駆けながらネスを探した。一瞬、森の中にオークの姿を見た気がしたが、《気配感知》は下には飛ばせない。降りて探す時間は勿体無かった。
痕跡を見つけた場所から更に南東へ進むと川が見えてきた。それ程大きな川ではないが、陽の光に反射してキラキラと輝く水はとても綺麗だった。
でも、その川のある付近はとても綺麗とは言い難い光景だった。
何人かの冒険者が岸辺で横になっていた。その横になった冒険者から先の水は血交じりの赤だ。上から数えて3人。その3人ともが微動だにせずに、河原で倒れて動かなかった。
僕は焦る気持ちを抑えられないままにその冒険者達の傍に降り立つ。
「おい……おい! 大丈夫か!?」
血と土で汚れた頬を叩くが、反応はない。だがどうやら息はあるみたいで、心の底から安心した。が、川の水に曝されて体温が冷えてきている。脇から抱えて引っ張り上げ、どうにか川の近くの木の下へと運んだ。
3人目を木の下に運んだ時、最初に運んだ冒険者が呻きながら目を開いてくれた。
「う……ここは……」
「おい、大丈夫か?」
「お前、は……銀翆か……」
「あぁ。いや、僕のことはどうでもいい。何があった?」
そいつはどうにか体を起こし、木に背を預けながらぽつりと言った。
「オーク……」
「オークだと? でもお前ら、斥候だろう? どうして気付かなかったんだ?」
「奴等……木の上から奇襲して来やがったんだ……」
木の上だと……。気配感知が上に伸ばすのが難しいことを知ってか……?
「ネスさんが、ギリギリ気付いたんだが……反応が遅れて、この様だ……」
「地上班は5人だった。他の2人は?」
「散り散りバラバラさ……俺等は、川に逃げたが、ネスさんともう1人は……分からん」
「そうか……いや、お前達が生きてて良かった。すぐに助けを呼んでくる。もう少しの辛抱だ」
そう言うと冒険者は安心したように気を失った。死んだかと思って焦ったが、息はしてるみたいだから大丈夫だろう……。
そして僕は現在、蜻蛉返りとなってしまった野営地から何人かの冒険者を引き連れて川へと向かっている。ちょっと見ない間に野営地が土の壁で囲まれていたのには驚いたが、バージルが居留地探索が失敗し、奇襲されてしまった場合の措置だと言っていた。こうして地上班が壊滅してしまった今ではその判断が正しかったのだろう。兎に角、簡易的ではあれ壁を得た陣地の中に地上班を運ばないといけない。
川辺の木の下には先程と同じように冒険者達が横になっていた。
しかし、その胸には皆、剣が刺さっていた。
「そんな……」
膝の力が抜け、崩れてしまう。あの時、僕が無理してでも3人を運んでいれば……いや、そんなのは現実的じゃない。大の男3人を抱えて移動なんて出来る訳がない。
でも、と思ってしまう。助けを呼んでくると、言ったのに……。
「アサギさん、切り替えろ。ここはもうオークの領域だ」
「くそ……っ」
連れてきた冒険者に無理矢理立たされる。彼の言うとおりだ。こうして被害者が出たんだ。ここはもう、敵地だ。辺りに気配感知を飛ばすが、周囲に反応はない。ならばと微弱ではあるが上にも飛ばす。この木の上にも反応はなかった。
「戻ろう。彼らを回収して野営地へ向かう。周辺への警戒は僕がする。奴等は樹上からの奇襲を仕掛けてくるから、上にも注意してくれ」
引き連れてきた冒険者達が3人を背負うのを見てから僕達は一直線に野営地を目指した。
帰り道、そろそろ野営地だという所で気配感知に引っ掛かった反応があった。そっと腕を伸ばして隊を停止させる。ゆっくりと樹上を見上げると枝葉に隠れたオークを見つけた。ダニエラとの旅で見たオークそっくりではあったが、手には弓を握っていた。そのオークと、目が合う。
「敵襲!」
僕の声に地上班の亡骸を地面に寝かせて剣を抜く冒険者。その周囲に樹上からオークが剣を手に降ってきた。
「クソ、本当に木の上から……!」
「やられるかよ、ちくしょう!」
悪態をつきながら剣を振るう冒険者。僕は『氷矢』を樹上のオークに向けて放つ。それと同時にオークも矢を放ってくるので、それを伸ばした掌に生成した『氷の盾』で防ぐ。飛び道具を防ぐ手段が無かった僕が考えた魔法だ。多分、もう誰か考えていると思うけど……。魔法名は『氷盾』。またダニエラに馬鹿にされるだろうから後で魔法学校基準の名前を聞いておこう。
矢を防がれたことでオークは二の矢を構えるが、それが放たれるよりも速く、僕は飛び出して飛び上がり、剣を振り上げてオークの乗った枝ごとオークを斬る。流石に一刀両断とはいかなかったが、足を1本、斬り飛ばせた。その所為でバランスを取れなくなったオークは落下し、そのまま地面に叩きつけられ動かなくなった。
振り返ると冒険者達が苦戦しているのが見えたので、引き返して加勢する。いつもはダニエラとのコンビだったが、知らない冒険者達とでも割と戦えた。でもちょっと体がぶつかったり、後ろの気配を感じ取ることが疎かになっていたのでそこはこれからの僕の宿題となった。
「これで全部か……?」
「はぁ、はぁ……あぁ、くそ、焦って足を捻っちまった……」
「もう少しで野営地だ。頑張れ」
剣を杖代わりに歩く冒険者の代わりに地上班を背負いながら、再び歩き出す。力の抜けた人間の体がこれ程までに重いとは思わなかった。きっと生きてる人間は自然とバランスを取るから背負う者への負担が減るのだろう。自分で動けない死体は、揺れや傾きにお構いなく倒れ込む。それを背負い直す度に額から汗が滴り落ちた。でも、この生命を奪った原因は僕にもある。文句の一つも出ることは有り得なかった。
30分程歩くと見慣れない土壁が見えてきた。野営地だ。ここから谷側へぐるりと回れば唯一の入り口がある。
「もう少しだ……」
「はぁ……はぁ……やっと、か……」
「水が飲みてぇ……」
「水なら、後で……たんまり、飲ませてやるって」
「流石銀翆だぜ……」
もう僕を含めて皆、息が上がってしまっている。一度の休憩を挟まずに、加えて戦闘もこなしながらの強行軍だ。流石にヘロヘロだ……。
と、正面から誰かがやって来る。オークかと身構えたが、どうやら冒険者……しかもアンジェリカ達だった。
「あぁ、アサギ様!」
「アンジェリカか……良かった、お前達は無事に辿り着いたんだな」
「お前達、ということは……っ!」
アンジェリカが、僕の背負う冒険者を見て息を呑む。
「地上班は、やられた……ネスと、もう1人は行方不明だ」
「そんな……いえ、すぐに中へ! あなた達!」
アンジェリカの声にローリエ達が地上班を背負ってくれる。アンジェリカに肩を貸して貰いながら野営地に入ると、中は篝火が焚かれ、正に戦場の陣地と言った様相だった。壁は中からも補強されて、頑丈に出来上がっている。
「アサギ!」
ダニエラが目敏く僕を見つけて走ってきた。
「ダニエラ、すまん……作戦失敗だ」
「何を言う、生きていれば戦える」
「あぁ、そうだな……ネスと、もう1人が、見つからないんだ……今も多分、何処かで戦ってる。早く探しに行かないと……」
「もう日が暮れる。捜索は日が昇ってからだ。それに……」
ダニエラがジッと野営地の入り口を睨む。
「あぁ、奇襲が始まる……バージルに知らせないと」
「バージルの元へ行こう」
ダニエラがアンジェリカの反対側に並び、僕を支える。まるで負傷兵みたいだ。僕は体力が無くてヘロヘロなだけなんだが……でもちょっと胸が当たって良い気分だった。
バージルは腕を組んで熟考している。僕が齎した悪い知らせに眉間の皺を谷よりも深く刻ませている。
「……せめて、壁を作っていたことが役に立って良かったと思うべきか」
「悪い、僕の軽率な判断が彼らを死なせてしまった」
「いや、男3人を運ぶことなど出来ない。君が飛び出す前に何人か付けるべきだった。俺の判断ミスだ」
2人して責任を負おうとする。が、ダニエラが机を叩く音に遮られる。
「そんな無意味なやり取りをしている暇はない。死んだ者は蘇らないし、死んだからには生きている者が戦わねばならない。そうだろう?」
その言葉に僕とバージルは無言で頷いた。そうだ。これから始まる奇襲……いや、もう奇襲じゃない。襲撃に備えて準備をしなければいけない。時間はもう無い。
「これから居留地を探索するのは不可能だ。なので、この陣地に篭りながらオークを追い返す。上手く行けばそのオークを追って居留地まで辿り着けることが出来るかもしれない」
バージルの作戦なら、何とかなるかもしれない。幸いにも作っておいた土壁のお陰で全方位からの襲撃は防げた。崩される可能性はあるが、その度に土魔法で修復すれば大丈夫だろう。補強もしてるしな。
「その事で一つ提案があるんだが……」
「何かあるのか? アサギ」
「あぁ、入り口から壁沿いに壁を作って狭い道を作ってやれば、オークがなだれ込んでも何とかなると思うんだ。新しく作る壁はオークからは届かない高さに僕達の足場を作って、上から攻撃してやれば……」
「なるほど、いい考えだ。おまけに死んだオークが道を更に塞いでくれるな」
僕が提案した作戦にバージルが頷きながら更に付け足してくれる。そう、これなら一方的に攻撃出来るし、オークが詰まれば内壁を攻撃することも出来ない。あとは外壁を守りながら戦うだけだ。隙を見て僕が外で奴等を蹴散らせいてやってもいい。
「そうと決まれば早速壁を作らせよう。現場の監督はアサギとダニエラに任せる」
「おう。立派な壁を作るぜ!」
「壁を作るのは土魔法使いの子達だけどな」
ダニエラのツッコミにテント内には笑いが起き、空気が和らぐ。さぁ、オークとの決戦だ。これ以上、誰も死なせてやるものか。勝つのは、僕達だ。
この度、タイトルを変更しました。これからは『異世界に来た僕は小手先と速さを頼りに旅をする』となります。そして、総合PVが30万を突破しました。これも皆様のお陰です。ありがとうございます。
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