第百二十話 もたらされた報告
祝120話です。
何度か霧を晴らし、ミストゴブリンを討伐しながら強行探索のお陰であっさりと谷底へ続く洞窟は見つかった。それは岩と岩の隙間に巧妙に隠されていて、きっと僕では見つけられなかった。
「これが多分、オークの居留地と谷底を繋ぐ洞窟ですわ。これを見てくださいな」
アンジェリカが示す場所をジッと見る。そこには出ていく足跡と入っていく足跡が無数に重なっていた。ここが何度も利用されている動かぬ証拠だ。
「よし、これでここが探していた場所ってことは確定だな!」
ローリエの太鼓判に僕も頷き返す。目的は果たした。場所さえ分かれば後は野営地に緊急の報告をしてネス達を探さないといけない。ここを塞いでしまえば奴等の行動を阻害させられるかもしれないが、相手側にホールモールがいるのであれば意味はない。あっさり掘られて開通するだろう。それならそんなことに時間を使う必要はない。
「急いで戻ろう。降りてきた時みたいに上へ連れていくから皆は警戒しながら待機しててくれ」
「私は最後で良いですわ。皆さんからよろしく頼みますわ」
アンジェリカが洞窟を調べながら僕に言う。よし、じゃあ最初はローリエからだ。
「よし、行くぞ」
「あ、あぁ、分かった……!」
また顔を真っ赤にしながらギュッと僕にしがみついてくるローリエ。松本君のとこだったらハーレム入りの展開なんだろうな……。
オリーブとオレガノは最初の頃よりも落ち着いたものだった。寧ろ、『もっとスピード出ないの?』みたいな顔でジッと僕を見つめてくる。慣れるの早いな……これも冒険者としての素質とかなのだろうか?
「アンジェリカ。君が最後だ」
「えぇ、お願いしますわ!」
抱きかかえ、空を踏みつけながら尋ねる。
「洞窟に何かしてたけど、何してたんだ?」
「ふふ、火薬を仕込んでおきましたの。仕掛けた線に触れればボン! ですわ!」
「マジかよ……」
貴族怖い。僕は改めてそう思った。
「ここからは皆で警戒しながら戻ってくれ。バージルには伝えておくから」
「アサギ様は先に向かうのですね?」
「あぁ、悪いけどここで一旦お別れだ。ごめんな、ローリエ」
「なななななんで私に謝るんだよ!?」
顔を真赤にしながらプンスカするローリエは実にいじり甲斐のある奴だ。何だか生意気な妹って感じだな。僕は一人っ子だったから、こういうのは新鮮かも……無事に帰ってきて欲しいな。
「じゃあ先に行く!」
それだけ言うと僕は銀翆の風の力で走り出す。この辺りはまだ森が無いから走れるが、森付近まで来たら空を行くしかない。もしオークが僕達に奇襲を仕掛ける準備があるのなら森を走れば見つかるし、それなら空を走っても一緒だ。それならこの速度を活かした方が良い結果に導ける。
谷沿いに走りながら、ある物を見つけた。いや、それは最初から知っていたものだった。
谷の上に寝かせられた丸太だ。谷の終点に向かう際にここを歩いた時に見ていたものだ。最初、僕はこれがこの辺りに住む人達が生活の為に置いたものだと思い、気にも留めなかった。しかし、今の状況では見方が変わってくる。この丸太の橋は、オークが使えば反対側……つまり、レプラント側にもあっさり渡れるじゃないか。人目の少ないこの場所ならすんなり渡ることが可能だ。
「何の時間稼ぎにもならないが……!」
目についたそれを放置は出来ない。もし後から必要になったら僕がここにもう一度来て丸太を置けばいい。
僕はその丸太に向かって《森狼の脚》の蹴りを放つ。蹴りの軌道から放つ鎌鼬は丸太を真ん中から真っ二つに折り、そして自重により谷底へと落下していった。またオークが丸太を用意しないとも限らないが、それでも時間稼ぎになれば……。よし、これ以上寄り道はしていられない。早く野営地へ行かないと。
□ □ □ □
レプラントをベースにしているだけあって、この魔法使い達は優秀だ。冒険都市にいるということは、それだけの腕を持っていると言っても過言ではない。ただ……
「お姉様! 風魔法を使う秘訣はなんですか!?」
「お姉様、私にも教えてくださいっ」
「私も教えてほしいです。夜の訓練を提案します」
この子達はちょっと、何だろう。ユニークだった。
「君は火魔法使いだし、君は水魔法だろう? 風の適正は無いじゃないか。夜は寝るから駄目だ。睡眠は取らなきゃ駄目だ」
「「「あぁ、お姉様ぁ……!」」」
何なんだ一体……助けてくれアサギ……!
「お、あの風は銀翆の奴じゃないか?」
そんな声が私の耳に届く。限界ギリギリまで首を曲げて振り向けば。森の向こうから銀と翠の風が尾を引きながら吹いてきた。正しくあれはアサギの風だ。私の祈りが届いたに違いなかった。流石は私のアサギだ。
「悪い、通してくれ! 緊急だ!」
いつもなら周りに被害の出ないように風を抑えて着地するアサギが、何の気遣いもなしに着地する。辺りを吹き抜ける風が敷き布や地面に置いた盾なんかを吹き飛ばし、テントを揺らした。それだけでただ事ではないことが分かる。私は魔法使いの女の子達を置いてバージルのテントへ向かうアサギに駆け寄る。
「アサギ」
「ダニエラか! ちょうど良かった。お前も来てくれ!」
「あぁ」
それだけのやり取りではあったが、アサギは多少落ち着いた様子で頷いた。私にはアサギへの鎮静効果があるのかもしれない。なんて馬鹿なことを考えながらテントへ向かうと、騒ぎを聞いてかなバージル本人がテントから出てきた。
「そんなに慌ててどうした!? 何かあったか!?」
「僕もそうだけどバージル、君も落ち着け。話は中でするから」
アサギはバージルの肩を叩きながらテントへと促す。それに私も続いて3人でテントへ入る。中にはどこから持ってきたのかテーブルがあって、その上には辺りの地形を書き込んだ地図が広げられていた。恐らく自作だろう。辺りを警戒していた冒険者に書かせたのかもしれないな。
「まず落ち着いて聞いてくれ。僕がさっき報告した地上班が見つけた痕跡。あれは多分、罠だ」
「なんだと!?」
「落ち着けバージル、話はまだ途中だ!」
珍しくアサギが声を荒げる。あまり見ないことなので思わず肩がビクリと跳ねる。
「谷底班の調査結果の報告だ。谷の終点には何の痕跡も無かった。これは終点付近に来る用事が無かったということだ。そして、そこから何の痕跡もないまま、北西に向かった所で洞窟を見つけた」
探し求めていた場所だ。思わずゴクリと唾を飲む。
「その洞窟には何度も何人も出入りした足跡があった。ビンゴだ」
「よし……っ!」
バージルがグッと拳を握る。が、アサギの顔は晴れない。
「アサギ、まだ何かあるんだろう?」
「……あぁ。それで、ここからが緊急の報告だ」
促すと、コクリと頷いたアサギが報告を続ける。
「谷周辺には痕跡は無いって言ったよな? ということは、だ。洞窟よりこちら側には来ていないってことだ。そして、谷と地上を繋ぐ洞窟。あまりそれを長く掘るとは思えない。つまり、オークの居留地はここに来る途中にあったんじゃないかと僕は疑っている」
「しかし、ここに来るまでには何も……」
「そう、何も無かった。僕達が歩いてきた側にはな」
「……!!」
ハッと息を飲むバージル。私もアサギの言葉に思わず固まってしまった。周りも冒険者も同様だ。
「気付いたか?」
「見られて……いた……?」
「そうだ。ここは多分、バレてる」
「なら、あの痕跡は……」
「恐らくは斥候を見当違いの方向へ動かす罠だろう。ま、ただ単に誰かが躓いて何かをぶつけた後かもしれないがな……でも、ここが奇襲される可能性は、ほぼ確実だ」
全員が沈黙する。見つけてやろうとしていたオークが、実は既に私達を見つけていて、しかも奇襲を計画しているなんて……と戦慄しているのだろう。
「アサギ、ネス達を回収しないと」
「あぁ、それは僕が行く。バージル、それで良いな?」
「あ、あぁ……。クソ、ここまでとはな……」
握った拳を更に握りしめるバージル。
「……よし、アサギ。ネスを回収したら洞窟があった付近に地上の斥候に回す」
「奇襲に関しては良いのか? 此方に向かっているなら鉢合わせになるだろう?」
「ガルドが居る。あいつを含めた数人を地上班へ加える。それで多少強引に偵察をさせる。ここに居ても襲われるだけなら、此方から打って出るぞ」
「了解だ。なら僕はすぐに出るぞ」
「頼む!」
アサギは走って出ていく。が、寸前で一度、私に向かって振り返った。何も言わず、優しく微笑むだけ。そしてまたすぐに前を向いて走り去っていく。すぐに風がテントを揺らしたので、もうアサギは居ないだろう。せっかちな奴だが、こういう時も私への気遣いは忘れない。まったく、可愛い奴め。
「ダニエラに頼みたいことがある」
「何だ?」
「魔法使い達の中に土魔法使いが居たはずだ。俺のポーションが何本かあるからそれを使ってこの陣地を囲う壁を作らせて欲しい」
「打って出るんだろう? それは必要なのか?」
尋ねるとバージルは地図に視線を落とす。
「囲って、一箇所だけ開けて置けばオークはそこからしか入れない。例え偵察が失敗に終わったとしても此方が不利になる状況は作りたくない」
ふむ……常に失敗したことを考えるのは大事なことだ。この男もこれで多くの実戦経験があるということだろう。
「了解だ。早速指示してこよう。私も土魔法はある程度使えるから手伝ってこよう」
「これがポーションだ。4本あるから分けて使ってくれ。頼んだぞ。開ける箇所は谷側だ」
「あぁ、任せろ」
ポーションを受け取った私はテントを出る。チラ、と辺りを見回すが、やはりアサギの姿は無かった。だがきっと無事に帰ってきてくれるはずだ。何故なら、私があいつの帰る場所だからな。ふふ、仕方のない奴め。まったく、あいつが安心して帰って来られるように私も与えられた役目は果たさなければな。
だが、あの子達の元へ進む一歩を出すのに多少の時間が掛かってしまったのは、多分、仕方のないことだったと思う。
タイトル変更の件ですが、3つ程に絞ったのでもう少しじっくり考えてから変更します。その際には報告しますので、よろしくお願いします。




