第百十二話 続・ダニエラ先生の魔法授業
「さて、大前提については教えたな。私が教えられるのはあと少しだ」
串焼き肉を両手に、ダニエラ先生は言う。
「属性について、もう少し深く教えよう。属性というからには、守らなければいけないことがある」
「それなら僕にも分かるぞ。反対属性だろ?」
「正解だが、間違いだ」
「うん?」
チッチッチ、と串焼き肉を左右に振るので先端を捉えて食ってやる。
「……」
「で?」
「対にはなっていないから、反属性だ」
ちょっとぶっきらぼうになったダニエラが僕を恨めしそうに見ながら言う。さっき僕のネーミングセンスをディスってくれた礼は返してやったぜ。
「対にはならないのか」
「火の弱点は水と氷。水の弱点は雷と氷。氷の弱点は火と水。雷の弱点は土。土の弱点は風。風の弱点は土だ。次元属性は次元属性でしか対処出来ない」
「結構偏ってるんだな。それにしても氷の弱点は水?」
「水の温度を維持出来れば氷は溶けるからな」
あぁ、まぁそうかもしれないが。何となくゲーム脳で考えるとちょっとな……でも水の弱点が氷というのは納得出来る。どうにも自分の属性で考えてしまうが……。
「土と風と雷は弱点が少ないんだな」
「そう。そこでバランスが取れていないから対にはなっていないんだ。だが、逆に火、水、氷の三角形と土、風、雷を逆三角形として六芒星でバランスを取ろうとする考え方もある。そしてその三角形と逆三角形に囲まれた六角形の空間が……」
「次元属性か」
うむ、とダニエラが頷く。肉の無くなった串で地面の土に六芒星を描き、そして最後にそれをグルっと丸で囲んだ。
「この丸で囲んだ六芒星の外側の空間。これが無属性を表す。巷ではこれを『ヘキサグラム理論』というらしい」
「また難しい単語が……」
そろそろ頭ん中がパンパンだぜ……。
「まぁ別に覚えなくても良い。イメージを固め、魔力を込めた魔法は何よりも強い」
「そうは言ってもダニエラ、氷は火には勝てないぞ」
「魔力量で競えば勝てないこともない。ただし、約3倍程の魔力を込めなければならない」
「ゴリ押しは自殺行為なんだね!」
魔法なんて頭使う技術をゴリ押しで突き通すのは無理があるということだ。大人しく避けるか逃げるか物理で殴るしかない。
「ちなみにだが、同じ魔力量でぶつけ合うと対消滅させることが出来る。此方が多ければ『上書き』して相手の魔法を乗っ取ることがが出来るし、少なければ相手に『上書き』される。魔力量が勝負の要だな」
「結局ゴリ押しじゃないですかねぇ」
「いや、これが割と難しい技術でな、上書きした魔法を上手く制御出来なかった場合や、お互いの魔素が激しくぶつかり合うことで起きる反発等が原因で魔素暴走を引き起こして周囲の魔素がごっそり無くなったりする。無論、人体内の魔素も持っていかれる」
「なにそれ怖い」
周囲の魔素同士が反発して対消滅していくのか……おまけにそれが人体にまで響くとなると、魔力が欠乏してやばいことになるとか、やはり魔法は難しい。
「圧倒的魔力で相手をねじ伏せ、魔法を鷲掴みして制御してしまえば問題ない」
「その脳筋みたいなセリフを挟まれる度に僕の中の魔法のイメージが崩れるからやめてくれない?」
脳筋は放置して自分の中で考えよう。
魔法は魔力と属性とイメージ力で成り立つ。魔法は魔素から作り出す方法と媒体を使う方法がある。相手の魔法には反属性の魔法で対処する。
これだけ分かれば大丈夫だろうか。
「……あ、そうだ」
「どうした?」
「魔素から作り出した魔法に反属性魔法をぶつけると、上手くやれば対消滅するんだよな?」
「そうだな。魔力量が等しければ対消滅する。多ければ上書きして自身の魔法を構成する魔素に還元して強化出来る」
上書きってそういう風になるのか……じゃなくて、
「媒体から作り出した魔法って、魔素以外の物も含まれてるよな。それに関してはどうなるんだ?」
「空気中の水分から作り出した氷や、土を操作して魔法を行使した場合だな」
「あぁ。魔力の供給を止めると、魔素が抜けて本来の物質に戻るんだっけ」
「そうだ。だが、魔法として扱っている場合は媒体が『魔法化』する」
「『魔法化』」
「限りなく魔素に近い状態に変化する。つまり、その状態なら対消滅する。上書きは出来ないけどな」
「魔素を奪えば物質が残るからか」
「正解だ」
ということは、だ。僕が媒体を使った水魔法で戦ってる時に相手が雷魔法で上書きを狙ってきたとする。見事上書きされた時、水分子が雷魔法に取り込まれると、それは雷魔法じゃなくなる、と。
「媒体の水属性魔素を還元し、魔素として雷魔法に取り込む。結果、自身の魔法の強化に繋がる。媒体となっていた水はその辺にぶち撒けられてアサギは死ぬ」
「勝手に殺すんじゃねーよ! まったく……まぁ、魔法の仕組みについては大体理解出来たよ。あと一つだけ気になるのは精霊だ」
ベンチの背もたれに体を預け、空を風と共に舞う精霊を幻視しながら言う。
「精霊と魔法の関係性は?」
「あぁ、精霊は自分の属性の魔法をブーストさせることが出来る」
「マジかよ!」
「ブーストさせてくれるが、自身の魔力が尽きると休眠状態になって龍脈へ還るからあまり酷使はさせたくないな」
精霊さん凄いんだな……つまりダニエラの風魔法は精霊さんの力で更に強くなるってことか?
「最近知ったが私の風魔法は熟練度が10だ。多分これが最大だと思うが、精霊を頼れば更に1段階上に行くことが出来ると思う」
「マジかよ……」
そんなんチートやん……。
「ま、それ相応の魔力量の消費はあるし、何より私がイメージ出来ない。風で一番強い魔法って、アサギには分かるか?」
「んー……風、か……風で恐ろしいと言えば竜巻、だろうな。自然災害に勝てるものは無い」
「竜巻なら本気出せば起こせるな」
「マジかよ……」
やっぱりチートやん……。
「な? 竜巻以上のイメージが浮かばないだろう?」
「だな……イメージ力が足りないと宝の持ち腐れになるのか……」
柔軟な発想が魔法の行使には大事と。僕の《森狼の脚》もただ早く移動出来るだけじゃなく、蹴れば鎌鼬を飛ばせる。イメージ力を鍛えればそれ以外の使い方も出来るかもしれない。
「ふぅ……魔法についてはこれくらいだな。多分、教えられることは全部教えた」
「助かったよ。基本と仕組みさえ分かればこの器用貧乏な僕が最強の魔法に昇華してやんよ!」
「無茶はするなよ。魔法の暴走で町一つ消えた話は腐るほどある」
「……」
用法用量は守って正しく柔軟に使おうと心に決めた午後の公園、ベンチの上のアサギ選手でした。
□ □ □ □
それからはダニエラと魔法のイメージ力訓練を行った。『これひょっとして最強じゃね?』なんて魔法の使い方をダニエラに話してダメ出しされるの繰り返しだったが、良い刺激にはなった。
今ある僕の戦う手段はステータスに記載されている魔法と剣術だ。僕のAGIと組み合わせて、どこまで自身の力を使いこなせるかが今後の課題となった。戦闘を繰り返し、反省を繰り返し、訓練を積み重ねて僕は《器用貧乏》というユニークスキルを更に1段階上に押し上げたい。貧乏貧乏とちょっと馬鹿にしてきたが、使いこなせればそれも力だ。貧乏なりにやりくりすれば何とかなるもんだと信じたい。
ということで僕達は翌日の早朝、ギルドへやってきた。ダニエラは実に眠そうだが僕は張り切っていた。寝る前に妄想した新戦術を早く試したくてうずうずしていた。
ギルド前は血の気の多い冒険者諸君が屯していた。僕を見て絡んでくる人間は居ない。行き届いた教育が彼らを蛮族から文化人に成長させている。
「おぅ、アサギじゃねーか」
「ん? あぁ、ガルド。おはよーさん」
「おはよう……」
眠たげなダニエラも挨拶くらいは出来るようで安心。気さくに片手を上げながら近付いてきたガルド。おや、ネスが居ない。
「ネスなら寝てやがるよ……」
「なんだあいつ。しょうがねーな……」
「私も寝たいんだが……」
ダニエラは寝過ぎなんだよ。と、ジト目で睨んでいるとふい、と顔を逸らし、あくびを噛み殺すダニエラ。良い度胸じゃねーか……。
「夫婦喧嘩すんなって。そろそろギルドが開くぞ」
「だってよ、ダニエラ。扉の方行こうぜ」
「宿に帰りたい……布団が私を呼んでる」
「呼んでるのはクエストだ。ほら行くぞ」
うだうだ言うダニエラをガルドと一緒に引き摺りながら扉へ向かう。血気盛んな文明人達と一緒に並び、朝日と共に開いたギルドの扉へ飛び込んだ。向かうはクエスト板。狙うは討伐クエスト。押し合いへし合い、我先にと走る。今日もレプラントの朝が始まった。
これで魔法授業はおしまいです。足りない頭で考えた理論ではありますが、どうかよろしくお願いします。
そして総合評価が1000ポイントを越えました。4桁ですよ4桁。本当にありがとうございます。皆様のお陰でここまでやってこられました。ネット小説大賞の一次選考は落ちてしまいましたが、挫けずこれからも頑張っていきますので、末永くよろしくお願いします。




