第百十一話 ダニエラ先生の魔法授業
お待たせしました。再開です。
「なぁダニエラ」
「なんだアサギ」
いつものやり取りは朝、ベッドの上で行われた。
「そういえば昨日さ、店の外に呼びに行った時、誰かと話してたと思ったんだけど誰か居たのか?」
「あぁ、あの時は風の精霊と話してたんだ。今日は冷えるなって」
「あー。なるほどな」
それで僕には誰も居ないように見えたんだな。
ダニエラの《新緑の眼》は風の精霊の姿を捉える。しかし見えるのであれば会話も出来るものなのだろうか。
「いや、親和性が高くないと出来ないな。私はエルフで、これでも森の住人でもある。住んでたのは平原だが、先祖は森出身だからな」
「ふぅん……そういうもんか」
「そういうもんだ」
先祖の血というのは受け継がれていくのだろうな。
「そもそも精霊って何なんだ?」
「精霊は龍脈の魔素から生まれた存在だと言われている。各地の魔素によって属性が変わっていくから、龍脈の属性も場所ごとに変わる。だから精霊も場所によって属性が違う」
「例えば寒い場所なら氷の精霊。暑い所なら火の精霊。水辺なら水の精霊……みたいな感じか」
「そうだな。それを専門に研究している人間もいると聞いたが、会ったことはないな」
世界は広いからな。ダニエラもまだ巡りきれてないということだろう。その旅に着いていくには知識という武器は必要だ。思えば魔法に関しては知らない事だらけだ。何せ、僕には無かったものだ。
「ついでだし今日は魔法について教えてくれよ」
「私も何でも知ってる訳じゃないが、教えられることは教えよう」
こうしてダニエラ先生の魔法授業が始まった。
□ □ □ □
朝食を宿の食堂で食べてから部屋に戻った。テーブルを挟んで向き合い、メモ用の紙を取り出し筆を握る。
「さて、まず魔法というものについてだが、これに関しては説明が難しい。私達にとってはあって当たり前の技術、現象だ。今更、息の仕方を教えるようなものだ」
「考えるな、感じろというやつだな」
「そんな感じだ」
イメージは簡単だ。RPGや映画で散々見た物だから。実際に目の前にしたことはなくてもイメージさえ出来れば具現化出来る。ただ、僕はその仕組がはっきりと分かっていなかった。
「魔法の大前提というものが3つある。昔から言われていることだが『魔力の有無』。これがないとそもそも魔法を扱えない。皆無な人間など見たことはないがな」
下手したら僕には無かったかもしれないものだ。この世界出身じゃない僕は最初、割と本気で魔法は使えないと思い込んでいた。
「次に『属性の適正』。火・水・氷・土・雷・風・次元7つの基本属性。に、加えて無属性。この8属性の適正があって、魔法という技が使える」
「無属性って誰でも持っているのか?」
各種属性は己の中のイメージが関係してくる。僕は腹を刺された熱。手足の感覚が無くなっていく寒さ。そして、それでも生きたいと願い、止まることを許さなかった血流。それらが火・氷・水の属性となって僕の中に存在する。
そしてそれらの、あの衝撃的な体験がなかったら? 僕の中には無属性だけが残ったのだろうか。
「無属性は誰にでもあるし、誰にも無いとも言える。誰であれ、内面のイメージというものがある。そのイメージに属性が傾けば無属性という属性は限りなくゼロにされてしまう。だが、稀にその無属性だけに特化した人間が現れることがある」
「あの行列であった女冒険者だな」
「そうだ。あの無属性魔法は見事だった。普通はあそこまで完全に汚れが落ちる洗濯日和は使えない。せいぜい、泥を落とすくらいだ」
あの女冒険者、何者だったんだろう。分かってることは僕のファン第一号のということだけだ。そして新しい情報が、無属性使い。
「そして勇者、ヤスシ=マツモトが得意だと言った光属性。これは古代に存在した属性と言われている。ちなみに闇属性魔法も存在した」
「した、ってことは今は無いってこと?」
「そうなる。大昔の勇者が発現した属性で、その血筋の一部が使えたという話だが、そんなものはもう淘汰されている」
「勇者ってだけはあるな、松本君」
「勇者だから光属性が使えるのか、光属性が使えるから勇者なのか……ま、それは知りたい奴等が知れば良い」
だな。主人公補正などない僕には全く関係ない話だ。
「まぁ、属性の有無は理解したな。最後に必要な前提条件は『イメージ力』だ。魔法という法則が引き起こす現象を正しく脳内でイメージすれば、完璧に行使することが出来る。それが出来ない者が利用するのが……」
「詠唱、だな」
「正解だ。魔法学校で最初に教わることだ。私は行ったことはないが、通っていた人間に話を聞いたことがある。火の玉を飛ばす『ファイヤーボール』という魔法を使う為の詠唱は『我が手に集え、火の理よ。集いて放て、ファイヤーボール』だそうだ」
「なにその恥ずかしい呪文」
「まったくだ。初心者丸出しだな。だから皆、全力でイメージして無詠唱魔法を使いたがる。ただ、完全無詠唱は難しい。大抵の者は魔法名だけを唱えて魔法を使う」
つまり『ファイヤーボール』と言えば火の玉が飛んでいく訳か。完全無詠唱も良いが、それはそれで格好良いな。あの若かりし頃のココロが疼くぜ……。
「ちなみに聞きたいんだが」
「なんだ?」
「僕が使ってる『氷剣』『氷矢』『逆さ氷柱』『氷縛り』にも正式な名称はあるのか?」
「あるにはあるが、そのアサギ流魔法名称、めちゃくちゃ格好悪いな」
「嘘やろ」
分かりやすくて良いじゃんよ!
「『氷剣』はフロストソード。『氷矢』はアイスアロー。『逆さ氷柱』はアイシクルインヴァース。『氷縛り』はフロストヘイムだ」
「アイスとフロストの違いは?」
「習得レベルだな。アイスよりフロストの方が難しい。フロストの上はウィンターだ。これが一応、最上とされる」
「あれ、アイシクルは?」
「これがまた難しい話なんだが、基本の名称に加えてどこぞの誰かが開発したオリジナルの名称というものが存在するんだ。大昔は色んな名称があったらしいが、魔法学校が設立する時に統一されたらしい」
「なるほどな……つまり、魔法の名称なんか適当で良いってことか」
「そうだな。何よりもイメージ力が大事ということだ」
「そして僕が考えた魔法じゃなくて前例があると。なんかそれが一番ショックだな」
ショックではあるが、つまり魔法に関しては僕のネーミングセンスでも何の問題もないということか。安心した。でもまぁ? もし名前を呼んで魔法を使う場合は魔法学校基準で使うことにしよう。その方が皆分かりやすいしね!
「さて、話が脱線したな。アサギのネーミングセンスのお陰で話が逸れた」
「脱線したな、で良いだろうが。何で僕のことディスる必要があるんだ」
「大前提は理解してもらえたと思う。次は魔法の行使についてだ」
「おい」
ゲフンゲフンと態とらしい咳をして、ダニエラは指を2本立てた。
「魔法は2種類ある」
「うん?」
「2種類の使い方があると言うのが正しいか。魔法は魔素に魔力を流せば脳内でイメージした現象を引き起こす。魔力量というのも関わってくるが、今は割愛だ。魔法は魔素と魔力だけで発動させる手段と、媒体となる物を使ったやり方がある」
「媒体」
「そう。火の魔法ならその場にある火を使ったりだな」
何もない所からファイヤーボールを出すのと、松明や焚き火なんかを使ってファイヤーボールを出す、ってことだな。
「あれ、てことは僕、氷魔法は何から作ってるんだ?」
「空気中の水分から作ったり、魔素から作り出してるパターンがあるな。無意識に使い分けているのを私は傍で見ていた」
「ふぅん……じゃあ、昨日の酒場で使った氷魔法は何から作ってたんだろう?」
「魔法なんか使ったのか?」
ダニエラは外で精霊とお話していたから知らなかったのだろう。僕は昨日あったことを話した。
「ふむ……ならばアサギは魔素から氷を作り出したんだろう」
「それは何で分かるんだ?」
「魔力を流すのを止めたら氷が砕けて消えたのだろう? 魔素が空気中に還元されたからだ。水分を使っていたら魔素が抜けた氷だけが残るはずだ」
「あー、なるほど」
つまり氷属性の魔法は『熱を奪う』という手段を魔法によって行われているということか。熱を奪うだけなら火属性っぽいが、イメージの違いで変わるのだろう。
魔素・魔力を使って『熱を奪う』。その現象の後には凍った水分だけが残る、と。
で。魔素を魔力だけで氷に変換した場合は、魔力の供給を止めると氷属性の魔素は砕け、ただの魔素となって還元される……と。ここまでメモに書いてふむふむと頷いた。
「魔法って難しいな」
「いや、簡単だ。イメージさえすれば大抵の事は出来る」
「それは言い過ぎでは?」
「魔力量、というものが関わってくるから大抵、だな。世界を氷で閉ざすイメージが出来ても魔力量が足りなければ氷の世界は具現化出来ない」
「極端だなぁ」
「だが、分かりやすいだろう?」
「確かにな」
この世界、思ったよりやりたいことが出来るらしい。しかしそれはイメージ力という力があればこそだ。僕や松本君はゲームや映画などのファンタジー作品のある世界からやってきたからスタートラインが違うが、この世界の住人は多くの現象を謎として捉えているところがある。光の速さなんて分からないだろうしな。
ダニエラは長く生きていることで知識という武器がある。300年で現代人に近い域に到達するのはやはり才能があればこそだとは思うが……。
「ふぅ……ちょっと疲れたな。飯にするか」
「さっき食ったばっかじゃねーか……」
ダニエラ先生の食事休憩宣言により、僕達は屋台街に繰り出し、ベイケンさんの串焼きを頬張りながら公園へ歩く。ダニエラが待っていた公園だな。そこで二人でブランチを取りながら、授業の続きが始まった。
続きはありますが、1週間悩んだ魔法理論。僕が気付かない矛盾はあると思いますが、そういうものだと思ってください(白目)




