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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百九話 ダニエラの内緒話

「ふぅ……」


 夜風と共にパジャマ姿の精霊達が私の周りを楽しそうに飛び回る。火照った体には心地いい冷たさに思わず笑みが溢れる。すると精霊達も釣られたように微笑み、飛び回り、やがて空の向こうへと消えていった。


「今日のアサギは楽しそうだったな……」


 ふと、今日の夜会の風景を思い出す。久し振りに会ったフィラルドの冒険者コンビ、ガルドとネスと共に行った『蟻塚亭』での光景だ。その食事中のアサギは実に楽しそうに笑っていた。ネスのからかいに語気を強めて、しかし笑顔で反論し、ガルドが褒めれば照れ臭そうに笑う。どれもが心からの笑顔だったように思う。


 この眼の前で気楽そうに寝る二人はアサギが人を殺したことを知らない。


 あの盗賊の首は私が処理した。この町に来た最初の日のことだ。



  □   □   □   □



 アサギが風呂場で火遊びをした後、私はアサギを誘い、共に風呂に入った。散々体を弄んでやり、狙い通り湯あたりして寝込んでくれた。それについては申し訳ないと思うが、私にも都合があった。


 アサギがふかふかのベッドに沈んだ深夜。私は一人ベッドから抜け出した。隣のアサギの頬を突いてみても何の反応も示さない。逆上せた所為か眉間に皺が寄っているが、可愛い寝顔だ。その眉間をぐりぐりと解してやると不快そうに寝返りを打つのでクスクスと笑った。

 そんなアサギの心の問題。その原因を私は手に、部屋から出る。何重にも布を巻いた盗賊の首領の首だ。今は見ないように、見えないように鞄に詰め込んでいるそれを手に私は夜のレプラントへ繰り出した。向かう先は勿論、衛兵隊詰所だ。途中、深夜でも営業している食事処を見つけたがとても寄る気分ではなかった。私が彼に強いた行為、そして負ってしまった深い、深い、傷。その原因を視界に入れていては腹は減っても食欲は沸かなかった。


 道行く人の中に巡回している衛兵を見つけたので詰所の場所を聞く。出てきたは良いが場所は調べてなかった。最悪、入ってきた門の傍の出張所でも良かったが、こういう手続は中央詰所で行う方が良い。結局、業務のやり取りの為に中央との行き来が必要になるからだ。

 巡回していた衛兵は最初、私のことを娼婦か何かと勘違いしたようで、下衆な視線を向けてきたが、殺気を向けてやると慌てて手にしていた槍を私に向けた。ふむ、だらしはないが教育はされていると見える。彼ならまぁ、ギリギリ頼れるだろう。


「すまない、聞きたいことがあるんだが」

「そ、その前にその殺気を抑えるんだ……!」

「あぁ、悪い悪い。私を下卑た目で見る輩が居たのでつい、な」

「それについては謝罪する……! だから、頼む……っ」


 これ以上は気絶してしまうか。お仕置きはこんなもんで良いだろうと殺気を鎮め、中央詰所の場所を聞き出す。息を整えた衛兵は詰所まで送ると言っていたが、場所さえ分かれば一人で問題ないと伝えるとあっさりと引き下がった。私の実力を把握してくれたようで助かる。


 首を詰めた鞄を手に、教えられた詰所の扉を押し開ける。深夜担当の事務員が私を眠気たっぷりの目で見るが、私の要件を聞いて慌てて奥へ引っ込み、隊長格の衛兵を連れてきた。


「レプラント中央詰所夜間担当のアッサムだ。重要な要件があると聞いて来たが、何用だ?」

「ダニエラだ。先日、ある盗賊の襲撃を鎮圧した。そのリーダー格の首を持ってきた。検分してもらいたい」

「ふむ……その鞄か。預かろう。ダニエラ殿は奥の部屋で待っていてもらいたい」

「了解した」


 鞄を受け渡し、その隊長……アッサムの後に続いて指定された部屋に入る。ふむ、フィラルドでアサギと一緒に居た部屋に似ているな。テーブルは一つ。椅子は二つ。ベッドは一つ。窓には鉄格子。殺風景な部屋だ。私は椅子に座ってジッと天井を睨む。考えることはアサギのことだ。


 あの盗賊との一件以来、と言う程時は経っていないのだが、笑顔の裏に陰があった。時折どこかを寂しそうな目で見つめながら溜息をついていたりもした。マリーエルと過ごした夜の後は心を持ち直したみたいだが、やはり傷は負ったらしく、治癒には時間が掛かりそうだった。私が良い気分にしてやって、その後ゆっくり話しても良かったのだがまずはこの首を、アサギの心を苛む原因を処理してからだ。



  □   □   □   □



 と、思っていたのだがな……今日のあの二人のお陰でアサギもかなり楽になったみたいだった。私の役目だと自負していたのだがな。しかしアサギの事を思うならあれはあれで良かったと思っている。まぁ、詰所では如何にしてアサギを元気づけようかと画策していたのだが、いつの間にか如何にして昇天させてやろうかなんて下衆な考えになっていたのだから救いようがなかった。私もまだまだという訳だ。



  □   □   □   □



「ダニエラ殿」


 アッサムの声がノックの音を共に降りかかり、慌てて卑猥な思考で埋められた頭を振って霧散させる。


「どうぞ」


 その一言を言うまでに少し時間は掛かったが、お陰様で平常心は取り戻せた。


「首の検分が完了した。その話をしたい」

「ここでか?」

「いや、検分室があるのでそこへ」

「分かった」


 立ち上がり、椅子を元の位置に戻してアッサムの後に続く。私が居た部屋の4つ程隣りにあった階段を上り、2階。その階の真ん中辺りの部屋が目的地だった。そこに入ると私が殺し、アサギが切り落とした首が私を迎え入れる。不愉快な気持ちになり、溜息を吐きながら腕を組む。


「で? 此奴は誰なんだ?」

「この者はレプラント周辺を荒らしていた元冒険者だった男だ。名は『ガルガン=ズィーラ』。元柘榴石だな」


 ふむ……柘榴石。つまりCランク冒険者か。今のアサギと同じランクか。まぁ、アサギの方が強いが。


「繰り返し行われた暴行事件、窃盗の罪で何度も牢と外を行き来していたのだが、強姦事件を起こしてついに鉱山送りになったところだ。しかし、」

「脱走した、と?」

「そういうことになる」


 あの町の鉱山奴隷の管理は杜撰も良いところだった。あれでは脱走者が居ても何らおかしくはない。枷の鍵さえ見つければ人目を掻い潜ることは訳ないだろう。何せ、此奴はCランクだからな。実力もある。


「そして、盗賊として活動していたと」

「そうだ。度重なる襲撃に何度も衛兵を派遣したのだが、いつも肝心なところで取り逃がしていた。此奴等の棲家は森にあったんだ」

「森だと?」


 あそこはブラッドエイプの縄張りだ。棲むなんて正気の沙汰とは思えなかった。しかし、いつも森に逃げ込むのとの事だったので棲んでいたのだろう。襲われない仕組みは分からんがな。


「そいつを仕留めたのか」

「あぁ、感謝してもしきれない。此奴には何度も煮え湯を飲まされた」

「それは大変だったな。取り巻きは一応、森の傍に埋めた。被害者もな」

「報告は上がっている。少女が一人で帰ってきたと……」

「一人じゃない。私と、連れの冒険者の三人だ」

「そうだったな。我が市民を助けてくれたこと、盗賊を討伐してくれたこと、重ねて感謝する」


 敬礼をするアッサムと検分をしていた衛兵。私も頷き返し、この首の処理は終わった。


「ガルガンには当然、賞金が懸けられている。金額は此奴の強さ、それと取り逃がしたことが度重なり、危険度が上がったことで破格の金貨10枚となっている」

「ふむ……懐が温かくなるのであれば何も問題はない」


 金は金だ。旅を続けるには必要なので貰えるものは貰う。これは私の長年の旅の中で学んだコツの一つだ。


「では確認を」


 衛兵が金貨を詰めた革袋を持ってきたのでその場で確認する。


「……ん、ちゃんと金貨10枚。確かに受け取った」

「この度はありがとうございました」

「いや、偶々だ」


 森を出たら盗賊に行き会っただけ。マリーエルの父を救えなかったのは悔やまれるが、マリーエルは助けられたのだ。マリーエルを庇って死んだ父親も、幼い命を救えたことをきっと喜んでいるはずだ。


 懐に革袋をしまい、詰所を出る。さっきより冷たい風が吹く中、宿へと帰る。これで一件落着……とはいかない。事務的なやり取りは完了した。首も、もうない。しかしアサギの心はまだ血を流している。帰り道もやはりそのことばかり考えていた。今度は脱線すること無く、宿に着くまで考えっぱなしだった。


 部屋に戻り、やはりうなされるように眠るアサギの隣に腰を下ろし、布団に潜り込む。頭を使い過ぎた疲れからか、すぐに眠りに落ちた。翌朝は少し睡眠不足感はあったが、すっきり目が覚めた。……と思っていたのは私だけだったようで、後から聞いた話では私はアサギが起きてもずっと寝ていたらしい。道理で起きたらアサギが居ない訳だ。居ないしいいやと思って風呂にも入って最高の朝を過ごしていたのだがな……そこにアサギが飛び込んできて、あとは詳しく言うまでもない。生意気な子供を叱り、一緒に狩りをして、子煩悩と話して、肉だ。




「アサギには話しておかないとな……」


 勿論、首のことだ。ふぅ、と吐息を漏らし、夜空を見上げる。上空ではやはりパジャマ姿の風の精霊がふわふわと漂っている。この《新緑の眼》のお陰で風の精霊とはよく目が合う。今も目が合った精霊が嬉しそうに手を振りながら降りてくる。

 ふと、精霊が私とは別の方向を見る。釣られてそちらを見ると、気持ちの良い銀と翠の風を足に乗せたアサギがやって来るのが見えた。あの風は精霊達にも評判は良いみたいで、上空の精霊達は手を叩いて喜んでいた。精霊の見えないアサギが実に可哀想だ。こんなに愛らしい精霊が見えないなんてな。

 降りてきた精霊が私の肩に座る。まっすぐ此方に向かってくるアサギを指差して嬉しそうにはしゃぐが、私は人差し指を添えて『しーっ』と言った。すると精霊も『しーっ』としてみせ、二人して笑う。

 さ、銀翆の風はすぐそこだ。精霊と内緒話をしながら迎えようか。

ブックマークが400件を突破しました。ユニークPVも3万を突破しました。ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張っていきます。

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[気になる点] 今のところ新緑の眼が役に立った場面がないんだけど精霊を見れることが大きなアドバンテージになることって無いのかな?
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