第百七話 子煩悩マスター
昼食後はペンローズに気配感知の手解きをしながら数の少ない群れを崩して周った。刃物を持ったゴブリンを中心に周り、今更ではあるが刃物に対する恐怖を学んでもらう。剣を教えてくれるのは父であるギルドマスターであるらしいが、今対峙しているのは魔物だ。教えてくれる相手ではなく、襲ってくる相手だ。教科書通りの剣筋はなく、ただ命を刈り取ろうという意思だけが込められた剣。だがそれに対してもペンローズは油断もなく、不意を突かれることもなく、きちんと対処してみせた。やはり教わる相手がそれなりの人間だと教わる側も良い腕を持つのだろうか。関心しながら見ていると斜陽が僕の視界を邪魔する。そろそろ日暮れということで狩りを終え、レプラントへと戻ってきた。
「今日はありがとう!」
「あぁ、お疲れ。かなり仕上がっていたように思える。やっぱりギルマスに教わるというのは強みだな」
「父さんは最高だからな!」
ペンローズはお父さん大好きだな……。まぁ、それだけ良い父親だということだろう。
「じゃあギルドに報告したら解散だ」
「そっかー……」
少し寂しそうに頭の後ろで手を組むペンローズ。ワシャワシャと撫でてやると嬉しそうに笑う。やっぱ子供は素直が一番だな。
西門を抜けてからはまっすぐギルドへ向かう。町には夜の明かりが煌めき始め、いよいよ本番と言わんばかりにあちこちが賑やかになりだす。今日は解散したらダニエラを連れて飯でも食いに行くか……あ、そういえばガルドとネスが居たっけ。忘れてたな。後でダニエラに話さないとな。
「着いたよ」
ペンローズの声に顔を上げるとギルド前だった。考え事をしながら歩くと早いな。油断しまくりだ。
扉を押し開け、中に入ると今日のクエストを終えた冒険者達でごった返していた。今日はこれだけの魔物を倒したぜ! とか、すげぇ技を思いついたんだ! とか、実に賑やかだ。荒々しくもあるが、絡んでくる奴は居ない。やはり教育が行き届いている。実に素晴らしい。
しかしその中で、変な奴がいた。長い金髪を後ろで括った線の細い男がいかにも慌ててますって顔であちこちを走り回って誰かを探している。その様子に気付き始めた冒険者達も怪訝な表情でそいつを見る。金髪優男は探しても見つからないのか、絶望を顔に浮かべながらついには声を上げてその人物を呼び始めた。
「どこだ!? 居ないのか!?」
あまりの焦り様に周りがざわめき出す。が、冒険者達の顔を見ておや? と首を傾げる。何だ此奴という顔じゃない。心配している顔でもない。どいつも此奴も呆れ交じりの顔だった。
「どこだ、ペンローズ!?」
あれぇ? ふとその名に心当たりのある人物を見る。僕の傍に居たはずのそいつは壁際でダニエラと何だか楽しげに話している。
「おい、ペンローズ……」
「ペンロォォォズ!!」
僕がペンローズを呼ぼうとしたところで僕の横を金髪優男が絶叫に近い声を上げながら駆け抜けていった。
「あ、父さん!」
「ペンローズ、お前! ゴブリン退治にって……!」
「うん、アサギとダニエラさんと行ってきたよ」
「あ、あああ、危ないじゃないか!」
金髪優男はペンローズの父だったのか……つまり、この人が帝国最高(息子談)のギルドマスターなのか。見た感じ絡まれる側っぽい感じだが……。
「マスター、また息子探しか……」
「あの人の子煩悩も筋金入りだよなぁ」
近くに居た冒険者コンビがぼやく。なるほど、いつものことなのか。それで納得がいった。あの冒険者達の顔。大体いつもこんな感じなんだなぁ。
「アサギに、ダニエラだって? 新進気鋭の二つ名コンビじゃないか」
「そうだよ! 一緒に居たから大丈夫だった!」
そろそろ行くか……非常に面倒臭い感じがして嫌だが、息子さんを預かったことは報告しないといけない。
「すみません、ギルドマスターですか?」
「ん、そうだけど……あ、君がアサギ君かい?」
「はい、アサギ=カミヤシロです」
「息子が世話になったね……まさか、Gランクでありながら討伐クエストに行くとは思いもしなくて取り乱してしまった。すまなかったね」
「いえ、ダニエラ共々楽しく狩りに行かせてもらいました」
「それなら良かった。ここじゃなんだ、奥の部屋で話を聞きたいけど、いいかい?」
「えぇ、是非」
チラ、とダニエラに視線を向ければ首肯一つで話が通る。ペンローズも一緒に居られることに嬉しそうだ。3人並んでギルドマスターの後ろに並んでついていく。周りの目は気になったが、最近気にしすぎかなと思う。見たけりゃ見るが良いという気持ちを持つことも大事かもな……。
□ □ □ □
「さて、自己紹介がまだだったね。僕はクライン=メイヴィス。グランドギルドマスターだ。よろしくね」
「『銀翆』アサギ=カミヤシロです」
「『白風』ダニエラ=ヴィルシルフ」
「さぁ掛けてくれ。色々聞かせて欲しい」
そんなやり取りで始まった四者面談。僕達二人は今日あった出来事から話し始める。勿論、クエスト板で絡まれたところからだ。その間ペンローズは反省してますといった風に肩を落としていたからワシャワシャと撫でてやる。その後は自身が銀翆であること、相方が白風であることを見せつけてやり、ぽっきり鼻っ柱を折ってから一緒にゴブリン退治に向かったことを話す。
「……で、ペンローズには気配感知の手解きをしてみました。ペンローズ、発現してるか確認してみてくれ」
「ん、分かった。ステータスオープン。…………あっ! あった、気配感知!」
「今日一日でここまで……アサギ君、君には感謝してもしきれないね」
「いえ、預かったついでみたいなものですから」
途中、ギルド員が持ってきてくれた果実水で喉を潤す。ふとダニエラを見ると何故か菓子なんかを食べている。あれ、包みが4つあるけどそれって皆の分じゃない?
「僕は自他共認める子煩悩でね……いつも甘やかした所為でちょっと、ね」
「ですね。まぁ今はしっかりと反省して色んなことを学ぶ姿勢を見せています。これからは良い方向に進むんじゃないかと思っています。言ってましたよ? 父さんみたいな帝国最高のギルドマスターみなるんだって」
「あははは……確かにレプラントのギルドは帝国でも名高い冒険者ギルドだからね。ここを憧れ、目指すのは良いことなのかもね」
「それでグランドギルドなのですか?」
「そうだね。各支部を纏めるギルドって言えば分かりやすいかな。本部はまた別にあるんだけどね」
それでグランドギルドだったのか。知らなかったな。こんな線の細い男が、ねぇ。見た目とは違った実力があるんだろうな。僕は戦士でもなんでもないから『此奴、出来る……!』みたいな直感はない。線が細いなら、線が細い。ごつい奴なら、ごついと言った感じでしか受け取れない。だから油断なく接することにしてる。
「ところでクラインさん」
「ん? なんだい?」
「子煩悩と言ってましたが、色々な冒険者の話を聞かせるのが好きだそうで」
「あぁ、世界には色んな冒険者がいるからね。君の話をした時は息子も喜んでくれたよ」
そう、そこなのだ。
「ボルドーからはどの程度まで?」
「君のことかい? 君が異常進化個体に付与されたっていう……あっ」
「そこ、あんまり吹聴されると困るんです」
そこだけが、やはり気になっていた。イイ冒険者の話は子供には受けがいいだろう。だけど、拙い話もあったりする。
「一応、追われる原因にもなり兼ねないので……」
「すすすすまなかった! 僕自身聞いたこともない話だったから、つい……!」
「いえいえいえいえ、悪いのはボルドーですから。あいつの口の軽さが原因です」
「確かに彼はちょっとね……でもギルドマスター連盟からは『最高だ! イイ冒険者だ!』って意見で一致したからあんまり心配しなくてもいいと思うよ。こうしてバラしてしまった僕が言うのはなんだけどね……」
ギルドマスター連盟とかあるのか……支部を纏める『グランドギルド』。そして『本部』があれば、ギルドマスターを纏める組織もあるということか。にしても碌な奴いないのな……。
「これはユニークスキルとして扱っていますので、理由はいくらでもこじつけることが出来ます。僕が勝手に気にしてるだけなので、クラインさんはあんまり気に病まないでください。全てはボルドーが原因ですから」
「ありがとう……君、ボルドーのこと嫌いすぎじゃない?」
「これくらいでちょうどいいんですよ、あいつは!」
まったくボルドーの所為で散々だ。僕の冒険者人生はあいつの所為で狂ったと言っても過言じゃないな。いつか仕返しをしてやりたい。なんてことをクラインさんに愚痴り、時間も時間ということで解散した。ダニエラは半分寝ていたが、『ではこれで』の声一つで起き上がった。授業嫌いな中学生か此奴は。ペンローズは疲れからかグッスリだった。大人の話はつまらないよね。
「また時間があったら息子のこと、頼んでもいいかい?」
「えぇ、僕も考えさせられることがあったので、良い刺激になります」
「それは良かった。でもくれぐれも危険な場所には行かないでね? それと門限は6時までだから早めに帰って来て欲しい。今日みたいに日が暮れるのはアウトだ。あとでペンローズには言い聞かせないとね。君もだよアサギ君。あまり遅くまで外に出ているのは関心しない。夜の外は危険なんだからすぐに宿に帰るんだよ? それから」
「よし、行こうダニエラ」
「だな」
「あっ、まだ話は終わってないよアサギく」
扉を閉めることでクラインさんとの話は終わった。まったく、子煩悩ぶりは他所で発揮して欲しい。
廊下を歩きながら話していなかったガルド達のことを話す。ダニエラも覚えていたらしく、嬉しそうにしていた。まぁ、『蟻塚亭』の話をした途端ウキウキしだしたから、どっちに喜んでるかは分からないけどね……。




