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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百六話 新人教育

 ということで森までやってきた。見渡す限り木、木、木。時々茂み。あと落ち葉。


「あぁいった茂みの向こうに隠れていたりする」

「それくらい俺にだって分かるさ。見たことはまだないけどな」


 今日が初めてだから、まぁ仕方ないね。さて、まずはとりあえず1匹やってみようということで気配感知に引っ掛かった中で単独行動の流れゴブリンの元へと3人で進む。


 この森に住む魔物は全部で3種類だそうだ。まず、これから狩りに行くゴブリン。此奴はまぁどこにでもいる普通のゴブリンだ。木の槍だとか、捨てたとか落としただとかで人の手から離れた刃物なんかを武器に襲ってくる。この刃物は手入れもされていないので錆びついてボロボロではあるが、Gランクとか収入が少ないうちは意外と馬鹿に出来ない収入源になる。なんてことをペンローズに教えた。


「なるほど……金属は金属ってことか」

「そういうわけだ。鍛冶屋に持っていくと喜ばれる。気に入られれば、いい武器も融通してくれる。良いこと尽くめだな」


 ふんふんと頻りに頷くペンローズ。僕の時は教えてくれる人が居なかったから結構苦労したけど、こうして先輩冒険者が付いてくれると楽だろうな。これが今後、ペンローズがベテランになった時に引き継がれてくれると良いのだが……。


 さて、森に住む魔物2種類目。これはフォレストウルフだ。ランブルセンに居た種と同じだ。だがあの時はゴブリンの森とフォレストウルフの森で別れていた。その原因はベオウルフの発する魔素の所為だったのだが、ここでは奴は居ない。つまり、フォレストウルフが好み、ゴブリンが嫌う魔素はない。この森ではゴブリンとフォレストウルフが混在しているのだ。ま、それが普通の森なんだが。その辺の教育はされているみたいだし、ある意味どの国でも常識ではあるのでここで気を付けるのは僕だけだ。ゴブリンと共にフォレストウルフも襲ってくることを意識しておかないと焦って余計なミスをすることになる。


「そのベオウルフに付与されたのが銀翆の風だって父さんから聞いたぜ」

「それ割と機密事項だから言い触らすなよ?」


 ボルドーの口の軽さには呆れるが、話しておくことで余計な詮索を防ぐことも出来るからやめろとも言えない。まったくムカつく野郎だぜ……。


「周りにはただのユニークスキルってことになってるからな」

「分かった!」


 素直少年になったペンローズは元気に頷く。


「ところでペンローズ」

「なんだい、ダニエラさん」

「今年でいくつになったんだ?」


 お、ダニエラ自ら年齢の話を振るとはな……その話題は墓穴だぞ。


「今年で12だ! 立派なオトナだぜ」

「成人は15からだろう。まだまだだな」


 ワシャワシャとペンローズの頭を撫でて子供扱いするダニエラ。此奴が社交的なのも珍しいがパーティーメンバーとして打ち解けてくれるのは嬉しい。今朝は『血を見ることになる』なんて物騒なこと言ってたからな……。


「ダニエラさんはいくつなの? もう大人?」

「ははっ、ペンローズ。ダニエラは『アサギ』……立派な大人だからしっかり冒険者としての知識を学ぶんだぞ」

「? 分かった!」


 僕の氷魔法よりも冷たい視線が僕を突き刺す。油断は身を滅ぼす。僕は新たな生きるコツを学んだ。3種類目の魔物は、年齢を気にした女性だ。



  □   □   □   □



 さて、そんな馬鹿話も一旦中止だ。その茂みの向こうにはゴブリンがいる。そっと覗くと此方に背を向けたゴブリンが木の槍で地面を突いている。群れからあぶれた個体だな。一人じゃ碌な狩りも出来ないからああして地面に落ちている木の実を探して生きていくしかないんだ。その背中には悲哀に似た何かを感じるが、生きていくのは僕達も同じだ。ということでサクッとやってしまおう。狩りの時間だ。


「周りに他のゴブリンは居ない。敵は奴のみ。獲物は木の槍だが、喉なんか貫かれたら普通に死ねるから油断は禁物だ。分かったか?」


 初の戦闘ということで緊張しているペンローズはただ頷く。手にした長剣を見ると些か握る手に力が入りすぎな気もするが、油断していないのは良いことだ。程良い緊張は必要だ。過度な緊張は戦闘を繰り返すことで慣れていくだろう。


「よし、行って来い!」


 トン、と背中を押すと弾かれたようにペンローズが駆け出す。しっかりと地面を踏み締め、足元にも気を配っているので落ち葉で滑ることもない。

 背後まで一気に駆け抜け、腰溜めに構えた長剣を抜き様に振り抜く。腰で剣を振る感じか。あれなら長い剣身に振られることもないだろう。逆に、長い剣身を利用した遠心力の乗った良い一撃だ。その一撃はゴブリンの首を難なく切り飛ばした。吹き出した血が納まると、ゴブリンの身体は落ち葉の上に倒れる。


「よくやった! お見事!」

「はぁ、はぁ……!」


 荒く息を吐くペンローズだが、その顔は満面の笑みだ。戻ってきたペンローズの頭を撫でくりまわして、息が整ったところでゴブリンの元へ戻る。血の噴出は収まり、動かない首無しゴブリンを見ると、その断面の何と鮮やかなことか。これまでの鍛錬の結果だろう。これならすぐにGランクも脱して昇格もあるだろう。彼は立派な原石だったということだ。


「ま、今のは不意打ちだ。動かない的に向けて剣で薙ぐ。簡単だったろう?」

「そうだね……でも、斬った感触はずっとこの手に残ってる……」


 ギュッと握る拳は震えている。初めて命を奪ったんだ。その実感は12歳の少年には重いものだろう。


「その感覚を忘れるな。それを忘れれば人は獣へと堕ちる」

「ダニエラさん……」

「命を奪うこと。奪い、そして生きること。それを忘れるな。ペンローズ、お前の命は命の上に成り立っている」

「……分かったよ。この感触、気持ちは大事にする」


 そうだな……僕も、それを忘れかけたことがあった。あの坑道跡でのことだ。ただ、殺すだけの自分が酷く冷たい生き物に思えてしまったことがある。あれが、獣に堕ちる感覚なのだろうな……。


「必要のない殺しは悪だと、僕は大事な人に教わった。僕の、生きる上での大事なコツだ」

「必要のない殺し……うん、分かったよアサギ。僕は二人みたいな立派な冒険者になる。それで、父さんの跡を継いで帝国最高のギルドのマスターになる!」


 ほう、ペンローズはギルマス志望なのか。どこかの支部マスみたいにならないことを祈るしか無いな。


「……ん? ダニエラ、どうしたんだ?」

「……なんでもない」


 顔を真赤にしたダニエラが僕の背中に隠れている。……はっはぁ、此奴、今の僕の言ったことで照れてやがるな。可愛い奴め。ま、今は戦地だ。弄るのは夜にするとして、次のゴブリンを目指すことにしよう。



  □   □   □   □



「見えるか?」

「うん」

「よし、じゃあ目を瞑って、奴の気配だけを感じてみろ。目を閉じたまま、奴を見るんだ」

「……うん、やってみる」


 今は気配感知の訓練をしている。僕がダニエラに教わったやり方だ。あの時は不慮の事故でめちゃくちゃ不機嫌だったダニエラだが、今の僕よりは分かりやすい指示をしていた。感覚って大事だな。


「何となく……見える、気がする」

「今はそれで良い。その感覚さえ忘れなければそれが研ぎ澄まされていくから」

「分かった」

「よし……じゃあ行って来い」

「うん!」


 目を開いたペンローズが茂みの向こうのゴブリンを見据えて長剣を構える。ぽん、と背中を押してやると駆け出すので、それに合わせて僕は小さな氷の礫をゴブリンに向かって射出した。


「グギャ!」

「!?」


 後頭部に当たった痛みに鳴いたゴブリンが此方に振り返る。予想外の出来事にペンローズも振り向くが、そんな暇はすぐになくなる。ゴブリンは先程の攻撃がペンローズだと誤認して雄叫びを上げながら襲ってきたからだ。手にした錆びた短剣を振り上げて走ってくる。


「ギャギャッ!」

「う、わっ!」


 慌てて剣を構え、振り下ろされた短剣を弾くペンローズ。距離を取る為に下がり、しっかりと剣を構えながら僕に向かって叫んだ。


「何してるんだ! あんなの聞いてない!」

「戦闘中に事前に話したことだけが起こるとは限らない。予想外のことにも対処出来てこそ冒険者だ」

「くっ……!」


 僕の言葉に苛立ちながらもある程度は理解出来たのだろう、剣を構えて走り出す。後ろに引いた長剣を体をバネとして使い、振り上げ、半円を描くようにゴブリンの真上から振り下ろす。僕からしてみれば見え見えの軌道だが、ゴブリンにあれの対処は出来ないだろう。下がることも出来ず、慌てて両腕を上げたその腕毎、ゴブリンを切り捨てた。やっぱりある程度剣を習っていると違うなぁ。




「……酷いよ。あんなの」

「酷い? お前は何を言ってるんだ。戦闘に酷いも酷くないもない。起こった状況に速やかに対応、対処するのが優れた冒険者のすることだ」


 僕の所業に恨み節を言うペンローズに横に立っていたダニエラが一喝する。しゅんと項垂れる少年ではあるが、あれは見事な対処だった。防御、反転、しっかり状況を確認してからの一撃。僕が見た限りでは良かったと思うが。


「私なら接近にバレたところで立ち止まらない。気付かれたところでそれに対処されない速度で接近、声を上げさせる間もなく刈り取る」

「……」


 なるほど、そういうやり方もあるか。ゴブリンも突然のことに確認は取るはずだ。その隙を狙えということだろう。


「まぁ、あれはあれで良い対処のうちの一つではあるとは言える。他の危険は増えるが、安全ではある」

「他の危険?」


 ボーッと聞いていた僕は気になる単語を聞き返す。僕を見たダニエラははぁ、と溜息を吐いて言う。


「アサギ、それでも冒険者か? ちょっと考えれば分かるだろう」

「お、言われちまったな……ちょっと待て。ペンローズと考える」

「俺にも分かんないよ……」

「まぁまぁ、一緒に考えれば分かることもあるさ」


 僕とペンローズは倒れた幹の上に座って考える。あーでもない、こーでもないとうんうん唸っていたら、腹が減ったので買った屋台飯を3人で食べる。食べながら意見をお互いに交換し、ダニエラのヒントも加えて考え、その答えが『仲間を呼ばれる』であった時、気配感知に頼りすぎていた僕は目からウロコだった。なるほど、僕もまだまだということか。ペンローズに教えながら、ダニエラに教わることで僕も『優れた冒険者』へと成長出来た気がした。

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