第百四話 イイ冒険者≠良い大人
「ペンローズ様、これ以上問題を起こすようでしたら冒険者資格の剥奪も可能ですが、どう致しますか?」
「くっ……」
ギルドマスターの息子とは言え、一介の冒険者であることには変わらない。であるならば、冒険者としてのルールを破ることは出来ない。と、ギルド員は言う。ペンローズ君はギルドマスターの息子であることで優遇されるべきという考えだそうだが、それを許すほど世間は甘くない。世界は甘くない。結局はこうしてギルド員の裁定により、資格剥奪も有り得るぞと言うことで漸くペンローズ君は論破された。暗に『次はないぞ』と言うことで釘を刺すことも成功している。ギルド員、恐るべしである。
「くそ……この俺が、何故こんな思いをしなきゃならんのだ……!」
ペンローズ君は反省の色なしのようで、悔しそうにギルドの床を睨みつける。僕はというとガルドと並んでギルド員から『この方はこういう方なので、扱いには気を付けてください』と説明を受けていた。ギルド員がギルマスの息子を問題児扱いして良いのかと疑問に思ったが、ギルマス本人も手を焼いているという。それでギルド員も厳しく対応しろとのことらしい。全く迷惑極まりない存在だ。死角からの事故なんて気付ける訳がない。こんなところに居られるか。僕は帰らせてもらうぞ。
「クエストも良いのなかったし帰るわ。ガルドはどうするんだ?」
「俺は良いのを見つけたからネスと行ってくる。お前ェに会ったことも伝えるぜ」
ガルドは早起きしたのか。いいな……良いクエストなら稼ぎも良いんだろうな。
「どうせなら今夜飯でも食おうぜ。そのクエストで稼いだ金でさ」
「この野郎、俺だって金ねぇんだよ! ……まぁ良いけどよ。『蟻塚亭』って店が安くて旨い」
「『蟻塚亭』? 変わった名前だな」
「肉が蟻塚のように盛られてくるんだよ。すげぇぞ」
「ふぅん、ダニエラが喜びそうだな」
ということで今夜の飯の確保は出来た。久し振りにガルドとも会えたし、良いことがあったと言えばあったのか。さ、今日は町の散策でもするかな……ダニエラも流石にもう起きただろうし、誘って二人でデートと洒落込むか!
「おい、待て。凡骨冒険者」
「ぁあ?」
帰ろうとした所でペンローズ君に呼び止められる。
「その凡骨って言うのをやめろ」
「うるせー! この俺に迷惑を掛けたんだ。謝れ!」
「はぁ? 迷惑は僕の方だ。良いクエストはねぇしお前みたいなのに絡まれてこっちは散々だぞ」
「知るか! 俺のクエストを手伝わせてやる! そうしたら許してやる!」
何だ此奴……頭おかしいんじゃねーの?
「大体お前、Gランクなら討伐クエストは出来ないだろ。あれはFランクからだ」
「そんなもん関係ないね。俺がやると言ったらやるんだ」
「ならお前一人でやるんだな。僕は関係ない」
くるりと反転して出口へ向かう。クソガキの相手をしている暇はないんだ。此奴に許してもらう必要もないしな。何か面倒を起こせば困るのは此奴だ。僕は関係ない。
さっさと出口へ向かって歩く。これからの予定を頭の中で組み立て、クソガキのことを思考の外へ放り出して。そして扉を開け、出口から放り出されたのは僕だった。
「どぅわっ!?」
突然、背中に食らった衝撃に足を床に引っ掛けて勢いよくギルドの外に転がり出た。地面に顔を擦り付け、急な出来事に戸惑いながらも背後を確認する。
あぁ、だと思ったよ……。前蹴りを放った格好のまま立つペンローズと視線が絡む。
「ふん、俺の言うことを聞かないからそうやって地面に這いつくばることになるんだ。凡骨」
「てめぇ……」
流石の僕もそろそろ堪忍袋の緒がプッツンしそうだ。何で僕がこんな目に遭わなきゃならんのだ。いい加減、此奴に人付き合いの仕方というものをお話しなければいけない。勿論、拳でだ。
「あんまり大人を舐めるなよ」
「大人には従うさ。俺より優れた大人ならな」
「ほう? ならどういう大人が優れてるのかお聞かせ願おうじゃないか」
ジッと睨みつけるとふん、と鼻を鳴らしたペンローズは『優れた大人』というのがどういうことか話し出す。
「まず冒険者であることだ。危険に挑み、未開を探索し、良い結果を残す。男なら町の外へ出て冒険しないと駄目だ。冒険して、金を稼ぎ、強い武器を持ち、良い防具を身に着ける。お前のような安い服の冒険者なんかお笑い草だな! そして冒険者であるなら二つ名を貰うのが目標だ! イイ冒険者にはイイ二つ名を。誰もが知るギルドの掟だ。お前みたいな凡骨は逆立ちしても貰えないだろうがな! 分かるか? 強い武器、良い防具。二つ名を持ち、勇猛果敢で探究心溢れる冒険者こそが、優れた大人だ!」
腕を組み、仁王立ちで素晴らしい大人というものを力説するペンローズを見上げる。そうかそうか。優れた大人というのはそういう人物像の事を言うのか……なるほどなるほど。良~いだろう。次は優れた大人というものがどういうものか、この僕が教えてやろう。
「10分待て」
「はぁ?」
「10分待てと言っている」
「それで何になる?」
僕は立ち上がり、腕を組んでペンローズを見下ろす。
「僕が、お前に優れた大人というものを教えてやろう」
「……ふん、良いだろう。お前が俺のの言う『優れた大人』に能わなかった時、お前の冒険者資格を剥奪してやる。このペンローズ=メイヴィスの名に懸けて、絶対にだ!」
「あぁ、良いだろう。その代わり僕がお前の言う『優れた大人』だった時、お前は僕に謝罪しろ。ごめんなさい。僕が間違ってましたと。地に頭を擦り付けてだ!」
「ハッ、そうなるのはお前だ! 床に頭を打ち付けながらお前はこう言うんだ。『すみません、僕が間違ってました。資格を戻してください』とな! 戻さないがな!」
唾を飛ばしながらお互いに罵り合う。
「よし待っていろ」
「とっとと行け。最後の冒険者人生だ。満喫するがいい」
口の減らない奴め。絶対に謝らせてやる。
僕はギルドに背を向け、路地裏へと走る。路地裏の、裏の裏まで行ってから《森狼の脚》を発動させ、空を踏みつけ、屋根まで上がる。方向を確認したら一直線に『子羊の蹄亭』へと向かった。
移動には1分も掛からなかった。『子羊の蹄亭』の扉を押し開け、フロントの従業員に名前を告げ、310号室の鍵を貰う。受け取ったらすぐに階段を駆け上がり、部屋へと入った。
「キャッ!」
ダニエラが風呂上がりの格好で慌てて胸を隠していた。
「……ってなんだ、アサギか」
部屋への侵入者が僕だと気付き、はぁ、と腰に手を当てて溜息を吐いた。
「いやいや、隠しなさいよ」
「別に今更だろう。で、そんなに急いでどうしたんだ? 確かギルドに行くと書いてあったが」
「あぁ、ギルドには行った。そこでちょっとした問題が起こった。出来ればダニエラの力も借りたい」
「分かった。何をすればいい?」
理由も聞かず、即答するダニエラ。本当イケメンだよな。
「とりあえず大急ぎでフル装備に着替えろ。で、ギルドへ行くぞ。説明は走りながらする」
「了解だ!」
お互いに駆け出し、大急ぎで着替え始める。僕は虚ろの鞄から二人分の装備を取り出す。ダニエラの分を渡し、急いで準備する。服も一旦脱いで風竜の服に着替える。ダニエラは着るだけだから楽だな。この準備も大急ぎで行ったので5分足らずで完了だ。
飛び出すように部屋から出て、走り出したところで鍵の掛け忘れに気付いて慌てて戻り、鍵を掛ける。くそ、つまらない時間ロスだ。階段を駆け下り、途中すれ違う宿泊客に謝りながら先を急ぐ。フロントで鍵を預け、『子羊の蹄亭』の外へと転がり出たところでダニエラを抱えて《森狼の脚》で空へと駆け上がった。
「で、何故こんなに急ぐんだ?」
腕の中で若干頬を染めたダニエラが僕を見上げながら尋ねる。僕は起こった出来事を時間の都合上、色々端折りながら説明する。主にガルドの部分だけどな。
「……ということがあったんで、目に物見せてやろうってな」
「はぁ……アサギ、それが『良い大人』のすることなのか?」
「……」
言われてハッとした。全くダニエラの言う通りだった。頭に血が上っていた僕はそのことにまるで気が付いていなかった。
「だが、それは世間一般でのことだな」
「えっ?」
「私のアサギを凡骨扱いしたんだ。血を見ることになる」
「流血沙汰はやめてくれ」
マジで冒険者資格剥奪されるわ。と、そんな話をしているとギルドが見えてきた。ギルドに一番近い建物の上に立つ。ペンローズはギルド前で仁王立ちをしていた。その周りを冒険者が囲んでいた。はて? と首を傾げたが、恐らく僕とペンローズの舌戦を聞いていた野次馬だろう。それらがギルドの前に立つペンローズの周りをぐるっと半円を描くように囲んでいる。好都合だ。
「ダニエラ、風魔法であの中に降りる。降りたら僕の言う通りにしてくれ。作戦はこうだ……」
「……ふむふむ……なるほどな……よし、良いだろう」
「よし、作戦開始だ!」
藍色の大剣を取り出し、鞘から抜く。柄を握りながら二人並んで、屋根を飛び立つ。僕は《森狼の脚》で、ダニエラは風魔法で勢いを殺しながら、お互いに不敵な笑みを浮かべながら半円の中へと飛び込んだ。




