第百三話 子供に絡まれる日
翌日の朝、掛け布団を全て奪われた僕は寒さに震えながら目を覚ました。隣では温かそうに、幸せそうに眠るダニエラが居る。一瞬、布団を奪い返してやろうかと思ったが、この呑気な寝顔を見てしまえばそんな気も失せた。
普段着ている外用の服に着替えて、顔を洗う。歯も磨いて身だしなみを整えたら、ダニエラを起こす。ボーッと半眼でどこを見ているのか分からないダニエラが布団の上で胡座を掻く。夜勤前の僕と同じ姿だ。
「今日も良い天気だな……町並みも綺麗だし、最高の部屋だな。なぁ、ダニエラ?」
そう言いながら振り返ると胡座のまま後ろへ倒れ込んで寝ようとするダニエラが視界に入った。二度寝する気だな? そうは問屋が卸さないぞ。ギルドでクエスト見る約束だったじゃないか!
「ほら、ギルド行くんだから起きろって。遅れちまうぞ」
「うー……」
いやいやと顔を振り、手にした枕で顔を隠す。本当に朝が弱いなぁ……。
「もう、置いてくからな? ギルド行っちゃうぞ?」
「…………あとでいくからさきいってて……」
「はぁぁ……」
一緒に行きたかったんだけどな……しょうがない。一応ギルドへ行く旨を紙に書いてガラステーブルの上に置き、腰のベルトに鎧の魔剣だけ差して部屋を後にした。
階段を降りる際にすれ違う宿泊客に朝の挨拶をしながら、フロントのベガンさんの元へ向かう。ベガンさんも此方に気付いたのか、丁寧な礼と挨拶をしてくれた。
「おはようございます、アサギ様」
「おはようございますベガンさん。ちょっとギルドへ行ってきます」
「畏まりました。鍵の方は?」
「連れが朝弱くてまだ寝てるんで……」
なので鍵は部屋の玄関の傍に置きっぱなしだ。例の防犯グッズの置いてあった棚の上だな。
「あぁ、それなら我々の方が外から鍵を掛けておきますね」
「親切にどうもです」
「いえいえ。いってらっしゃいませ」
「行ってきます」
再び礼をするベガンさんに送り出されて、朝の日差しの中を進んでゆく。大通りに出るまではそれ程人は見当たらなかったが、通りの方まで出てくると活気ある人達が大勢居た。朝から元気だなぁと観察しながらギルドの方へ歩いて行くと、冒険者達とすれ違う回数が増えていく。動きやすい革鎧を装備した男や、フルプレートアーマーに身を包んだ巨漢、ローブを頭からすっぽり被ってそれっぽい杖を手にした女性なんかも居る。冒険者の見本市みたいだ。これまでギルドへは通ったが、これほどまでに大勢の冒険者は見たことがない。流石は冒険都市だなぁ。
ギルド周辺は冒険者で溢れかえっていた。人混みというものをこの世界に来て初めて見た気がする。皆、その手には紙のようなものを持っているが、もしかしてあれはクエスト依頼書ではないだろうか? だとしたら、稼ぎの良いクエストはほとんど売り切れてしまっていることになる。拙いと思い、慌ててギルドに入りクエスト板の方を見ると、がっくりと肩を落とした。スカスカになったクエスト板には依頼書は疎らだった。
「うっわぁ……マジか……」
完全に出遅れたな……まさかこれ程までに競争率が高いとは夢にも思わなかった。冒険都市なんだからその辺は結構不平不満が出ないようにされているんだとばかり思っていたが……こういった熾烈な争いを勝ち抜いてこその冒険者なのだろうか。だとしたらダニエラにはまるで勝ち目がないことになる。きっとあいつは今も寝ているんだろう。
「とりあえず確認だけでもしてみるか……」
最悪、薬草回収でも受けるしかない。あれはあれで結構好きだしな。黙々と回収するだけの作業は頭を使わなくて楽だ。
「さてさて……」
ジッと取り残された哀れな依頼書達を見つめる。ゴブリン駆除依頼、グラスウルフ討伐、ペット探し、毒草回収……毒草回収? そんなもん集めてどうすんだ……?
「碌なもんねーな……」
まるでハズレばかりだった。ゴブリンくらいだろうか……副収入があって旨味があるのは。しゃーない、今日の所は此奴で我慢するか……と、依頼書に手を伸ばすと、同じタイミングでもう1本の手が伸びてきた。
「ん?」
「ん?」
伸びてきた手を辿って視線をやると、いかにも駆け出しです!といった風体の少年が僕を見ていた。
「なんだお前、割り込むんじゃねーよ!」
「いや、割り込んできたのはお前だろう。僕が来た時には誰も居なかったぞ」
「うるせー! 邪魔すんじゃねー!」
どうやら僕はガキには縁が無いらしい。ま、イラつくけど僕は大人だ。ここは大人しく若者に譲ってやるとするか……。
「あぁ、悪かったよ。どうぞ頑張ってくれ」
「はん、腰抜けのおっさんが」
ピク、と耳が反応する。
「……おい、今何て言った?」
「腰抜けのおっさんって言ったんだ」
ピクピク、とこめかみが痙攣するのを感じた。
「おい、いいか、誰にも、おっさんとは、言わせないぞ!」
「うるせーじじい! 防具も買えねぇ貧乏人はすっこんでろ!」
「てめぇこのクソガキ! ぶっ飛ばすぞ!」
金はないが装備はあるわ! 一発ぶん殴って立場というものを分からせてやろうとわなわなと震えていた手を握り拳にしたところで、更に割り込んでくる人影があった。
「おい、お前ェら、ギルド内で喧嘩はやめねぇか」
「あん?」
「なんだてめぇ、やんのか?」
完全に僕が見てきた荒くれ冒険者の所業だが、僕にも誇りというものがある。未だ三十路の域には達していない僕はお兄さんであって、断じておっさんではない。それをこのガキに分からせるために僕はお話をしなければいけない。なのにこのでかい男と来たら……と、ジッと顔を見る。……僕の記憶違いだろうか。見たことのある顔だ。
「あれ……お前ェ……」
「ひょっとして、ガルドか?」
「アサギか!?」
このいかつい顔、でかい体。あのフィラルドで出会った冒険者、ガルドで間違いはなかった。
「久し振りだな、おい!」
「ガルドこそどうしてこんな所に?」
「そりゃあお前ェ、冒険都市つったら冒険者の憧れだろ? 一度は来てみてーじゃねーか!」
「知らねーし! でも元気そうだな。ネスはどうしたんだ?」
「あいつならそこの食堂で朝飯食ってるよ。お前ェこそダニエラはどうしたんだ?」
「あいつは宿で寝てるよ。朝が弱いんっってぇ!?」
喋っていたら急に脛を蹴り飛ばされて跳ね上がった。こんな真似するのはどこのどいつだと涙目で蹴ったであろう犯人を睨む。
「てめぇら! 俺を無視するんじゃねー!」
「このガキ……っ」
腰に手を当てて仁王立ちしたキッズが僕を睨んでいた。
「随分絡まれてるじゃねーかアサギ。お前ェはどこ行っても絡まれるのか?」
「人を主人公みたいに言うんじゃねーよ……くそ、あー痛ぇ……」
「無視すんな!」
何なの最近の子供……キレやすい世代なの……。最早理解出来ない生物でしかないクソガキを見て恐れを感じ始めた頃、騒ぎに気付いたギルド員がやってきた。正直遅いッス。
「どうされました?」
「この子が僕を蹴るんです。依頼書にも割り込んで来て逆ギレするし超怖いんですけど」
「はぁ」
と、僕とガルドを見ていたギルド員が僕達の後ろで陰になっていたキッズを見つけ、盛大なため息を吐いた。
「また君ですか……」
「うるせー! ギルド員風情が偉そうに見てんじゃねー!」
ギルド員に逆らう冒険者って何なん。最近の子供はどうなってんだ?
「いいえ、ギルドマスターからも息子である君のことは他の冒険者と同じように扱えと言われていますので」
「はぁ!? 俺がそこの凡骨冒険者と一緒って言いたいのか!?」
と、勢い良く指をさす。その指先はどう見ても僕を指していた。凡骨……ていうか、えっ? 聞き逃せない単語が聞こえた。
「息子? ギルドマスターの?」
「はい、此方はギルドマスター『クライン=メイヴィス』のご子息の『ペンローズ=メイヴィス』です」
「ふん!」
息子のペンローズ君は偉そうに腕を組んで鼻を鳴らす。
「ちなみにランクはGです」
「それは言わんでいい!」
ギルドマスターの息子は立派な石だった。




