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第百二話 高級宿でした

 屋台のおじさん兼、宿屋のおじさんの案内で大通りから外れた閑静な通りへとやってきた。冒険者達の姿はあまり無い。宿があるというから旅の冒険者達がいるのかと思っていたので肩透かしを食らった感じだ。


「着いたぞ」

「おぉ……」


 到着した宿は、それはまぁ、立派で綺麗な建物だった。結構大きいし、端々におしゃれなデザインが彫り込んであって実に良い。実に高そうだ。


「綺麗な建物だ」

「ありがとよ、えっと……」

「あぁ、私はダニエラ。此奴はアサギだ」

「よろしくお願いします」

「おぅ、俺はベイケンだ。よろしくな!」


 ベイケンさんが開いてくれた扉を抜け、中へ入ると久し振りに見た間接照明的魔道具がエントランスを照らしていた。左に設置されたカウンターでは何かを書き留めていた男性が顔を上げて此方を見ていた。


「いらっしゃいませ。お泊りですか?」

「おぅ、ベガン。客だ! 良くしてやってくれ!」

「父さん……ちょっとどいてよ。商売にならないでしょ……」


 ベガンと呼ばれた男性が溜め息混じりにベイケンさんを見る。ベイケンさんは肩を竦めて知らん顔だ。息子に継がせたとは言っていたが、やはり心配なんだろうな。


「アサギと言います。こっちはダニエラ。ベイケンさんに紹介されて来ました」

「父がすみません……」

「いえいえ、宿が見つからなくて困っていたんです。とても助かりました。しばらく滞在するつもりなので、よろしくお願いします」

「この町は宿が見つかり難いですからねー……ありがとうございます。お部屋は……あー……一部屋しか空いてないんですけど、大丈夫ですか?」


 ベイケンさんが『一部屋くらいなら空く』と言っていたが、普通に一部屋しか空いてなかった。まぁ、僕とダニエラの仲なら問題ないだろう。


「えぇ、構いません。とりあえず……2週間程良いですか?」

「畏まりました。2週間で金貨2枚と銀貨20枚になります。お部屋は3階の一番奥ですね。鍵をどうぞ。ようこそ、『子羊の蹄亭』へ」


 虚ろの鞄から財布を入れた袋を取り出し、その中の金貨袋から2枚、銀貨袋から20枚取り出し、きっちり数えてカンターに並べる。ベガンさんはそれを数えてから壁に掛かった鍵を取り、渡してくれた。鍵を見ると『310』と記入されていた。1フロアに10部屋かな。結構あるな……外から見た時はそれほど広くは見えなかったが。と、一人考えながら適当に納得し、腕を組んで息子の仕事っぷりを眺めていたベイケンさんにお礼を言った。


「ベイケンさんのお陰で助かりました。ありがとうございます」

「なぁに、困った時はお互い様ってな。気にすんな!」

「また屋台に食べに行く」

「おぅ、ダニエラちゃん。待ってるぜ!」


 いやぁ、良い人に会えた。これもダニエラの嗅覚のお陰だな。いつどこで何があるか分からないから馬鹿に出来ないよな。




 カウンターを後にして、絨毯の上を歩いて階段へ向かう。階段も絨毯が敷かれていて踏み心地は良い。なんとなくふわふわした感じが高級感ある。

 ダニエラと並んで3階の廊下を歩き、一番奥の部屋へ行く。途中にあった窓から外を見ると、すっかり日が暮れて夜の灯が揺らめいていた。レプラントの夜はこれからと言ったところか。町に慣れたら夜の町に繰り出すのも面白いかもな。


「ここだな」

「どんな部屋か楽しみだ」

「だな。……っと、開けるぞ」


 鍵を挿し込み、捻ってロックを外し、ドアノブを捻る。新しい町の宿の扉を開く瞬間はいつもドキドキワクワクだ。そーっとドアを引き、中を二人で覗き込む。


「おぉぉ……」

「これはまた……」


 中はまさに高級ホテルと言っても差し支えない豪華さだった。まず、広い。そして大きなベッド。大きい癖に圧迫感がない。この部屋の広さが半端ないからだろう。この大きなベッドがあればダニエラと並んでも何ら問題無いだろう。例えダニエラの寝相が悪くても十分に逃げる余地がある。

 ベッドの向こうにはガラス製だろうか。透き通ったテーブルがある。骨組みは勿論、金属なのでオールガラスではない。しかし壊しそうで怖いな……。椅子は木製だったが、背もたれ部分や座面はふかふかのクッションが縫い込まれていた。肘掛けも付いてるし、座り心地は期待できる。


「アサギ、こんなところに扉があるぞ」

「なんだって?」


 ダニエラに呼ばれて振り返ってみると、確かに玄関から部屋に行く途中の壁に扉が設置されていた。恐る恐るダニエラが扉を開く。


「なんとまぁ……」

「此奴は拙いな……嬉しすぎる」


 扉の向こうにあったのは風呂だ。大きな浴槽がドンと僕達を待ち構えていた。大理石かは分からないがツルツルした石で出来た床と浴槽は清潔感があり、よく見るとシャワーや石鹸なんかもある。ここだけ日本なのでは?

 浴室から出て、改めて部屋を眺める。玄関から正面、部屋の奥には大きな窓があり、町の様子がよく見えた。やはり3階からだと見晴らしが良いな……。




「すごい宿に来ちゃったな……」

「幸いにも金があるから良いが、これが金欠状態だったらベイケンに文句を言うところだった」

「まったくだ」


 二人して椅子に座りながら天井を見上げる。真っ白な天井には染み一つない。天井の染みを数えている間に……とはいかなさそうだ。

 首をそのまま横に向けると、入り口の傍の棚の上には例の防犯グッズが置いてあるのが見えた。部屋の中ばかり気にしてて視界に入ってなかったが、どこにでもあるんだな……。


「2週間で金貨2枚と銀貨20枚……一日大体銀貨15枚か。やっぱ高いな」

「しかしこの部屋を見てしまうとな……二人分と考えて、銀貨7枚と銅貨50枚とすれば納得出来る額ではある」

「こんな部屋一人で借りられねーべや……」


 どんな高給取りだって話だ。しかし、僕達も無限に金がある訳ではない。ワイバーン討伐報酬の一部は僕の防具で消えたし、スタンピード鎮圧報酬、アサルトコボルト討伐報酬も旅の準備や、呪われた装備のお陰でだいぶ使ってしまった。この宿に1ヶ月は泊まれるだけの金はあるが、そろそろ金策を始めておかないといざという時、金の力に頼れない。


「そろそろ金、稼いでおかないとな」

「冒険者が多いからクエストは取り合いになりそうだな」

「素材換金が出来るみたいだから適当に狩れば金には出来そうだぞ」

「それこそ狩り尽くされてそうだけどな」


 魔物は自然発生するから絶滅の心配はない。とは言ってもこの町の冒険者が、仮にだが総出で大規模討伐なんてやってたらリポップの取り合いが発生してしまう。まぁ、教育が行き届いているみたいだからそんな身勝手な奴はいないだろうとは思うが……そもそもこの町には来たばかりだから情勢が分からん。まずはギルドで聞くのが良いだろうな。と、結論が出たので風呂に入ることにした。




 浴槽の傍には蛇口型魔道具があった。お湯を出そうと蛇口を捻るが、何も出てこない。はて……此奴の仕組みが分からない。首を傾げていると、小箱が目に入った。何となしに手に取り、蓋を開けてみると青い石と赤い石、そして謎の金属器具が入っていた。更に首を傾げる。まるで意味が分からない。


 数分考えて、ひょっとして……と蛇口を観察する。蛇口には漏斗のような穴があった。異世界特有のデザインかと思っていたが、手にした箱の中身を見ると、その石が嵌りそうだった。この穴と石を見比べれば、流石の僕でも理解した。青い石を穴に嵌めてから蛇口を捻る。するとさっきまでは何の反応もなかったのに、勢い良く水が出てきた。


「よっし……!」


 この青い石は水鉱石だった。しかし水じゃ駄目だ。なら赤い石、恐らくは火鉱石。此奴を嵌めればお湯が出るはずだ。


「よーし……と、あれ!? うっわ!!」


 蛇口が火を吹いた!! なんで!? 


「馬鹿! 何やってるんだ!」


 僕の悲鳴を聞いて慌てて飛び込んできたダニエラが蛇口を捻る。すると火は消えて少し煤の付いた浴槽が顔を出す。


「焦ったー……」

「焦ったのは私だ……何してるんだ……勘弁してくれ」

「だって水が出て来るからさ……火鉱石入れたらお湯出ると思うじゃん……」

「此奴の使い方はこうするんだ」


 ダニエラが小箱の中にあった器具で火鉱石と水鉱石を砕き始めた。あー、その器具はそうやって使うのね……。その砕いた砂粒程度の大きさの火鉱石と水鉱石を嵌っていた穴に入れる。そして蛇口を捻ると、湯気の立つお湯が出てきた。


「へぇー……」

「まったく……異世界人なんだから魔道具は分からんだろ? 無茶しないで私を頼ってくれ」

「悪い悪い。今度から気を付けるよ」

「頼むぞ? こんな大きな浴槽を弁償するのは流石に厳しいんだからな?」

「気ぃ付けるって」


 ところでこの鉱石を全部砕いて入れたが、これじゃあ1回しかお湯を沸かせないのでは……?


「なぁアサギ」

「なんだダニエラ」

「アレッサの時みたいに一緒に入るか」

「……おぅ」


 その日、僕は逆上せた。

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