第百話 喫煙室の才能人
ついに百話です。ここまで来てしまいました。
道行く冒険者の間を縫うように歩き、時折ぶつかりそうになりながら衛兵に教えてもらった冒険者ギルドへと向かう。
「それにしても人が多いな……はぐれそうだな」
「しっかり手を握ってやろうか?」
「馬鹿言え、僕は子供じゃないぞ」
まったく……と馬鹿にしたように笑うダニエラを睨む。
「あ、でもダニエラにしてみれば子供みたいなものか」
「ぶっ飛ばすぞ」
寄り道することなく大通りを進めば意外とすぐに到着した。目の前の大きな建物を見上げると看板には『グランドギルド』と表記されていた。普通のギルドとは違うということだろう。さぞかし福利厚生の整ったエリートちゃんが居るのだろう。扉も観音開きで立派なもんだ。扉の左右には赤いこれまた立派な紋章が描かれた垂れ幕が飾ってある。龍と剣と盾と……これは靴か? これがグランドギルドの証なのだろうか。戦い、守り、探索するってことなのか?
「とりあえず入るか」
「流石の私も少し緊張するな……」
「長く生きてても緊張はするんだな」
「あんまり私を苛めない方がいい。アサギは夜中に仕返しを受けて私の下で鳴くことになる」
「痛いのはあんまり得意じゃないから加減してくれよ」
なんて、ふざけ合いながらギルドの扉を開く。
「おぉ……広いな」
中は大きな都会のホテルのような広さだった。3階まで吹き抜けになっていてそこに大きな照明の魔道具がぶら下がっている。上ばかり見てアホ面を晒しているとダニエラに脇腹を小突かれる。そうだな。最初が肝心だ。舐められてはいけない。
正面を見るとカウンターが並んでいる。左右には休憩所と食堂があるようだ。左の食堂からは楽しそうな笑い声と音楽が流れてくる。休憩所では複数の冒険者がギルド員さんと談笑している。ふむふむ、雰囲気は良さそうだ。流石にグランドギルドと言うだけあって素行の悪い冒険者は見当たらない。管理が行き届いているのか、教育が行き届いているのか。後者だと後々ギルマスなんかに絡まれそうではあるが。
カウンターには今まで見てきた『登録受付』『クエスト発行』『報酬引渡』『質問・その他』とはちょっと違い、『登録受付』『クエスト発行』『クエスト依頼』『報酬引渡』『換金』『質問・その他』となっていて、『クエスト依頼』と『換金』のカウンターが増えている。
今までクエスト依頼はその他から行っていたので、種類分けして仕事を分担させたのだろう。換金に関してはクエストの報酬とはまた別の、魔物の素材などの換金を行うらしい。見ていると冒険者達が素材を出し合っている。これで依頼とは関係なく素材の換金が出来るので楽になるな。
そのカウンターも結構並んでいるように見えるが、各種カウンター二人ずつ並んで同時に2組ずつ対応出来ているので捌けるのは早い。滞ることはなさそうだ。
「さて、まずは僕達のステータスカードのアップデートからだな」
「この場合は『その他』からだろうか?」
「『質問』って書いてあるし、当たりでもハズレでもそのカウンターに行けばどうにかなるさ」
「それもそうか。じゃあ行くか」
壁際でダニエラと相談し、『質問・その他』カウンターの列に並ぶ。二人並んで立っていても横入りもないし、ダニエラに絡む人もいない。いいねぇ、平和で。でもぶっちゃけ暇だな。なんかこう、トラブルとかあると話の種になるんだが、やはり主人公補正は松本君にごっそり持って行かれてるので僕が不当に絡まれることはない。いやぁ、悪いね!
「次の方、どうぞ」
お、前の冒険者の対応が終わったようだ。僕とダニエラはステータスカードを取り出しながらカウンターへ進む。
「すみません、ステータスカードのアップデートをお願いしたいんですけど」
「はい、畏まりました。ステータスカードの提示を」
「はい」
差し出されたトレーに2枚のステータスカードを乗せる。
「アサギ様とダニエラ様ですね。10分程で済みますので、そちらの待合室でお待ち下さい」
丁寧な仕草で指された方向を見ると『待合室』と書かれた看板の下がった扉が見える。ガラスの壁になっていて中が見える。まるで喫煙室だな。
「分かりました。よろしくお願いします」
「はい、承りました」
ゆっくりと礼をするギルド員さんに釣られて頭を下げてダニエラと喫煙室……じゃない、待合室へ向かう。外から見ると中には数人の冒険者がいるようだ。流石にこれは絡まれるかな。なーんてな、はっはっは。松本君じゃあるまいし。
「しつれいしまーす」
「……」
扉を開けて失礼のないように挨拶しながら入室すると椅子に座って俯いてた冒険者達が顔を上げて僕を見るが、すぐに興味を無くしたように揃って床とのにらめっこを再開する。椅子も埋まってるのでにらめっこ選手権には参加出来なさそうだ。仕方ないので壁際で暇をつぶすことにした。
それにしても暇だ。ダニエラは絡まれないようにお面を被ってジッとしている。初めての町に来ると大体お面を付けているが、次の日には外しているので多分、自衛の癖のようなものなのだろう。僕もああいうお面欲しいな……あーでもそれならポンチョのフードを被ればいいのか。試しにフードを被ってみる。目深に。
「……」
「……にーちゃん、暑苦しいからやめてくれよ」
「……すんません」
同じく壁際で暇つぶしをしていた冒険者に文句を言われた。クソ、なんだこの羞恥心は。やらなければ良かった。
10分ってこんなに長かったか? ダニエラは微動だにしないし、冒険者達も声一つ出さない。開催されてるのはにらめっこ選手権だけじゃないのか? 声を出しちゃいけない大会まで開かれてるなんて聞いてないぞ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
駄目だ、耐えきれない。時間つぶしと訓練を兼ねて手遊びに氷魔法を手の平に展開する。そこで固まってるダニエラを模した手の平サイズの氷像を作ってみた。魔力を込めて細かい造形を作り上げ、衣装を別に生成し取り付ける。キャストオフ可能な高性能フィギュアだ。勿論、お面も取り外せる。お面の下は目を閉じてちょっと賢そうにしてやった。
ふむ、なかなか上手く出来たな。これが氷じゃなかったら売れるんだけどな……と、出来上がった氷フィギュアをダニエラの足元に置いて、一人ほくそ笑む。時間があれば徐々に小さくしていったフィギュアを隣に並べてやるんだけどな。
と、作り終えて背中を壁に預け、正面を向くと冒険者が全員、此方を驚愕の目で見ていた。
「……な、なんスか?」
「お、お前、それ、魔法で作ったのか……?」
「そうですけど……暇だったんで……」
「マジかよ……」
にらめっこ出場者達が僕と床のフィギュアとダニエラを順繰りに見る。首が痛くなりそうだな……。
「な、なぁ、あんた氷魔法使いなのか?」
「氷魔法は得意ですけど……魔法使いじゃなくて剣士志望ですね」
「近接も出来るのかよ……」
「なぁあんた、俺らと組む気はないか?」
壁際の冒険者達がこぞって僕の傍に来て勧誘を始めた。そんなに僕って有能なのか?
「報酬は出すからよ、一緒に迷宮行かねーか?」
「うちのパーティーは湖の主狙いなんだ。氷魔法があれば非常に助かるんだが」
「いや、その、僕は」
むさ苦しい強面のフレンズに囲まれてあたふたしてしまう。ちょっと予想外の事態にどう対応したら良いか分からない。
「おい」
すると先程まで固まっていた我がマイフェイバリットエルフが声を上げる。突然、置物が喋りだして固まる冒険者達にダニエラはピシャリと言ってのけた。
「そいつは私の相棒だ。譲る気はない」
クッソイケメンだわ……思わずドキッとしてしまった。下腹部がきゅんきゅんする。
「そうか、悪かった」
「不躾だったな。すまん」
やはり教育が行き届いているのかあっさりと引く冒険者達。正直助かるが、自身がこれ程までに欲しがられる人材だとは思いもしなかった。結構僕って有能なのな。
思わぬ所で自分の才能と評価を知って、ダニエラにときめいてしまったが10分は程なく経過し、僕達はギルド員さんに呼び出されてカウンターに戻る為に喫煙室を後にした。
”左右には換金所と食堂があるようだ。”を”左右には休憩所と食堂があるようだ。”に変更しました。換金と休憩の書き間違いです。




