98『長い彗星の夜に……』
「……信長様、信長様」
……誰かが呼んでいる。
しかしその呼ばれた者は、恍惚の表情で、ずっと長く尾を引く彗星を眺めながら……思案している。
……あれは……
……遥か西方の三賢者が、私に会いに来たということ……か。
「信長様!」
大きな声て呼ばれたので、まだ思案の中で答えた。
「……あなたは、私に会いに来たのですか?」
……なぜか“ですます”調のその者。
「は……はいそうです」
フロイスは、信長の突然の変な話し方、変な質問に首を傾けながらも返事をした。
(信長が、話があるから早く来いと言うから来たのだが……)
「……やはり、そうでしたか。私に会いに来たのですね」
……あの時と同じですね、あの時、東方の三賢者が……
……私に会いに来た時と。
……あの時も、彗星がずっと夜空を照らしていましたね。
――彗星を見てまだボ~としているその者を見て……
「信長様、もう用件が無ければ、帰る準備をせて頂きますよ!」
といって、持ってきた聖書等を片付け始めるフロイス。
「帰る……そうか、もう“天に”帰る時が来たということか……」
「いえ帰るのは“天主”じゃないですよ!ここが天主です!
帰るのは教会です。きょうかいに帰ります!」
今日の信長の変な対応に、少しキレ気味で大声を出すフロイス!
「で……であるか、ご苦労であったフロイスよ」
いきなりの大声で、ようやく我に返った信長であった。
――帰って行くフロイスを見送りもせず、また夜空を眺める信長。
織田信長は、彗星を見ながら今一番関心があるイエスのことを考えている、イエスのことを思っている内に……
そう私たち読者が、登場人物の気持ちになってしまうように感情移入して、ついイエスの気持ちになっていたのであった。
……そうか、イエスが生まれた時、東方三賢者がやって来たである。
……そして……
……彗星は、神が生まれた印であった……。
ということは、余の生誕の年に世界の西の果てで、結成された、神を崇める宗教団体が、その三賢者が遙々余に会いに来た――
そしてようやく、余に出逢った。
そして、この彗星……
……彗星は、神が生まれた印……
イエスは自ら十字架にかけられ、死した後に神、
――そうキリストとなった。
それを三賢者が、いやこの彗星そのものも……
余に知らせに来たのかも知れぬな。
ようやく、この余による、
そうこの『織田信長による福音書』を――
そう、エヴァンゲリオン計画の実行の時であると――!
あるいは……彗星が、
……私を天に向かえに来たのかも知れませんね。
……またイエス気分になっていた信長は、口癖の“である”調を忘れていた。




